1 / 1
1
しおりを挟む
「いくら金持ちでも、あんな『白豚』が許嫁じゃねぇ」
「友達が『白豚令息』と結婚するなんて、助けてあげたいけれど、私たちはなんの力もないから、助けてあげられなくて申し訳ないわぁ」
よく言うわ。
クスクスと嘲るように笑う、ただの顔見知りでしかない彼女たちは、私と同じカフェのテーブルでお茶を飲んでいる。
なんて、くだらない時間なのかしら。
私はそう独りごちた。
彼は王国の騎士として男爵位をお持ちの父親と商家のお嬢様だった母親の間に、遅くに生まれた一人息子で、それはもう可愛がって育てられていた。
男爵位を継ぐためには騎士にならなくてはいけないのに、剣どころか棒の一本も握ることすらなく成長した。
三年前に騎士学校に向かう馬車を待つ、臆病者な彼が、肉付きのいい身体を不安で縮めて震わせていた姿を思い出す。
許嫁なんて言ってるけれど、親同士が結婚させようと私たちが生まれた時に勝手に話していただけで、正式に婚約者というわけではない。
ないけれど、私は彼と結婚するんだろうなと思っている。
そりゃ、小さい頃は病弱であまり外にも出ずに育って、真っ白でぽっちゃりしていて、おどおどしている彼の見た目はお世辞にもカッコいいとは言えない。
でも彼は誰よりも私に優しい。
おじさんやおばさんだって私にとてもよくしてくれる。
彼らと過ごす時間は穏やかで心が安らぐ。私の大好きな時間だ。
名ばかり貴族の責任を守るために、見た目だけ気遣う嫌味な男に嫁ぐくらいなら、彼に嫁ぎたい。
私はそう思っている。
石畳を走る車輪の音が近づき、止まる。
乗合馬車が到着したのね。
大きな乗合馬車から人が続々と降りてくる。迎えにきた人たちも多くてたちまち停留所がある広場は混雑した。
私はカフェテラスから、彼の姿を探す。
手紙には「今日の馬車で帰る」と書いてあったのに、彼の姿が見当たらない。
あんなに目立つ彼を見つけられないなんてことある?
何かあったの?
心配になった私は、一緒にテーブルを囲んでい顔見知りの一人にお金を渡す。支払いをお願いして立ち上がった。
人混みをかき分け、到着した乗合馬車の中を覗いても、そこにはもう誰もいない。
騎士学校を卒業したことを、明日領主様に報告したら彼は正式に騎士として認められることになる。
それは名誉なことだけど、領主様や王様たちを守るために戦わなくちゃいけなくなる。
もしかして怖くなってしまったのかしら……
そんなことを考えていたら、私を呼ぶ声が聞こえた。
彼の声? でも聞き慣れた声よりも、落ち着いて低い。
振り返った先には精悍な騎士服姿の青年が立っていた。
「誰?」
私の後を追いかけてきた顔見知り達は、青年を見て気色ばむ。
日に焼けた肌に引き締まった筋肉質の身体はまるで絵に描いたような騎士様だ。
目の前の青年はもう一度私の名前を呼ぶ。
「貴女の婚約者である『白豚令息』はもういない」
そうね。
これだけ探しても『白豚令息』はこの場にいない。
私は確信した。
「言いたいのはそれだけ?」
『白豚令息』が現れなかった事を馬鹿にしたように笑っている顔見知りたちを無視して、私は目の前の青年を睨む。
「……ただいま」
ためらいがちにそう言った青年に、私は笑顔を向ける。
「おかえりなさい」
そして、私は彼の名前を呼ぶ。
──彼は三年間の騎士学校生活でしごかれて『白豚令息』ではなくなっていた。
いつのまにか私が精悍な騎士の婚約者になっていたなんて。
思ってもみなかった出来事に驚いている周りの声を聞きながら、私は彼に抱きしめられた。
~完~
「友達が『白豚令息』と結婚するなんて、助けてあげたいけれど、私たちはなんの力もないから、助けてあげられなくて申し訳ないわぁ」
よく言うわ。
クスクスと嘲るように笑う、ただの顔見知りでしかない彼女たちは、私と同じカフェのテーブルでお茶を飲んでいる。
なんて、くだらない時間なのかしら。
私はそう独りごちた。
彼は王国の騎士として男爵位をお持ちの父親と商家のお嬢様だった母親の間に、遅くに生まれた一人息子で、それはもう可愛がって育てられていた。
男爵位を継ぐためには騎士にならなくてはいけないのに、剣どころか棒の一本も握ることすらなく成長した。
三年前に騎士学校に向かう馬車を待つ、臆病者な彼が、肉付きのいい身体を不安で縮めて震わせていた姿を思い出す。
許嫁なんて言ってるけれど、親同士が結婚させようと私たちが生まれた時に勝手に話していただけで、正式に婚約者というわけではない。
ないけれど、私は彼と結婚するんだろうなと思っている。
そりゃ、小さい頃は病弱であまり外にも出ずに育って、真っ白でぽっちゃりしていて、おどおどしている彼の見た目はお世辞にもカッコいいとは言えない。
でも彼は誰よりも私に優しい。
おじさんやおばさんだって私にとてもよくしてくれる。
彼らと過ごす時間は穏やかで心が安らぐ。私の大好きな時間だ。
名ばかり貴族の責任を守るために、見た目だけ気遣う嫌味な男に嫁ぐくらいなら、彼に嫁ぎたい。
私はそう思っている。
石畳を走る車輪の音が近づき、止まる。
乗合馬車が到着したのね。
大きな乗合馬車から人が続々と降りてくる。迎えにきた人たちも多くてたちまち停留所がある広場は混雑した。
私はカフェテラスから、彼の姿を探す。
手紙には「今日の馬車で帰る」と書いてあったのに、彼の姿が見当たらない。
あんなに目立つ彼を見つけられないなんてことある?
何かあったの?
心配になった私は、一緒にテーブルを囲んでい顔見知りの一人にお金を渡す。支払いをお願いして立ち上がった。
人混みをかき分け、到着した乗合馬車の中を覗いても、そこにはもう誰もいない。
騎士学校を卒業したことを、明日領主様に報告したら彼は正式に騎士として認められることになる。
それは名誉なことだけど、領主様や王様たちを守るために戦わなくちゃいけなくなる。
もしかして怖くなってしまったのかしら……
そんなことを考えていたら、私を呼ぶ声が聞こえた。
彼の声? でも聞き慣れた声よりも、落ち着いて低い。
振り返った先には精悍な騎士服姿の青年が立っていた。
「誰?」
私の後を追いかけてきた顔見知り達は、青年を見て気色ばむ。
日に焼けた肌に引き締まった筋肉質の身体はまるで絵に描いたような騎士様だ。
目の前の青年はもう一度私の名前を呼ぶ。
「貴女の婚約者である『白豚令息』はもういない」
そうね。
これだけ探しても『白豚令息』はこの場にいない。
私は確信した。
「言いたいのはそれだけ?」
『白豚令息』が現れなかった事を馬鹿にしたように笑っている顔見知りたちを無視して、私は目の前の青年を睨む。
「……ただいま」
ためらいがちにそう言った青年に、私は笑顔を向ける。
「おかえりなさい」
そして、私は彼の名前を呼ぶ。
──彼は三年間の騎士学校生活でしごかれて『白豚令息』ではなくなっていた。
いつのまにか私が精悍な騎士の婚約者になっていたなんて。
思ってもみなかった出来事に驚いている周りの声を聞きながら、私は彼に抱きしめられた。
~完~
3
お気に入りに追加
32
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません
Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。
彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──……
公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。
しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、
国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。
バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。
だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。
こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。
自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、
バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは?
そんな心揺れる日々の中、
二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。
実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている……
なんて噂もあって────
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる