破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
上 下
231 / 253
第五部

208 エレナ、殿下の手紙を受け取る

しおりを挟む
 扉の向こうには困り果てて泣きそうな顔のユーゴが立っていた。

「父様がいない日に王太子殿下がくるなんて聞いてないですぅ……」

 家令のノヴァがお父様と事業についての手続きで不在がちなうえ、王都にノヴァ達を呼ぶ代わりに普段この屋敷を取り仕切る執事は領地にいっている。
 不在時はお母様やベテランの使用人たちのサポートを受けながらユーゴが代わりを担っている。
 よりによって今日はその不在の日なのね。
 でも、まだ見習いとはいえ、お兄様の侍従のユーゴは今後お兄様の付き添いとして殿下とお会いする機会がグッと増える。いつまでも殿下に怯えていたら仕事にならない。だいたい殿下に目をつけられたのはユーゴが領地の祭りで騒ぎを起こしたからだもの。自業自得だ。
 そもそも、もうすぐユーゴだってミルズ男爵家の嫡男として社交界に出る歳だわ。貴族の子息として礼節を持って殿下の対応をしなくっちゃ。

「大丈夫。殿下は寛大な方よ。ユーゴの礼儀マナーが完璧ではなくても、誠心誠意真心を持って振る舞えば無碍な態度はされないわ。それにユーゴは王室の別荘で使用人たちを差配して殿下にお過ごしいただいた実績があるじゃない。いまだってイスファーン王国のアイラン王女殿下のお世話をしているんだから自信を持ちなさい」
「エレナ様、いい雰囲気で誤魔化そうとしないでください! そもそもエレナ様が急に帰ってきちゃったから王太子殿下が追いかけてきたのに。エレナ様のせいで僕に迷惑かかってるんですけど……」

 文句ばかりのユーゴの口を人差し指で塞ぐ。黙ったのを確認して両手をギュッと握る。

「ユーゴならできるわ」
「無理です!」
「エレナ!」

 ユーゴと二人で揉めていると凛と響く声が廊下に響いた。
 声の方に顔を向ける。窓から入る陽光に照らされて淡い金色の髪がキラキラと輝く。
 わたしの顔を見て湖のような深い青の瞳は揺れて光る。

 殿下が追いかけて来てくださった。本当に心配してくださったんだわ。

 謝らなくちゃと思っていたのに、殿下の顔を見ると心拍数が上がって胸がキュウっと苦しくなる。
 目が合って一瞬嬉しそうな顔をした殿下が視線を下に逸らすと、青い瞳から光が消えた。
 まるで新月の夜のような暗い瞳。ギリリと歯軋りの音が響く。

「ひいぃ!」

 ユーゴが慌ててわたしの手を振り解いた。

「どっ、どうぞエレナお嬢様のお部屋でお待ちください! ぼっ僕……違っ、わたくしはお茶の用意をして参ります!」
「ちょっと! ユーゴ! 殿下はお客様よ! 応接室にお連れして!」

 わたしの指示を無視して、ユーゴは脱兎の如く逃げ去った。
 信じられないわ! 礼儀マナーがなってない。みんなユーゴに甘すぎるのよ! だいたいユーゴのお茶なんて不味すぎて殿下にお飲みいただくなんて無理なのに……

「応接室でなくとも私はエレナの部屋で構わないよ」

 わたしが頭の中でユーゴに文句を言おうとしていると、殿下が部屋の中に向かっていた。
 殿下の手を握って引き留める。びくりと肩が揺れる。

「殿下、待ってください! わたしは構います!」

 部屋が散らかってるとかそういうわけじゃないけど、それとこれは別よ。
 階段から落ちてすぐの時に部屋に入ってもらったことはあるけれど、あれはまだ自分の気持ちもよく分かってなかったし、だいたいそもそも殿下はエレナのことを好きなんでしょう?
 何かあったら責任取れないわ。
 わたしは偽物のエレナなのに!

 必死に引き留めるわたしに殿下は光のない瞳のまま顔を向ける。

「……あの男は出入りを許すのに、私は許されないのか」
「あの男ってユーゴのこと? ユーゴは我が家の使用人ですよ」
「エリオットの侍従であってエレナの侍従ではない。それにあの男はただの使用人ではなく男爵家の息子だろう」
「そうなんですけど、でもユーゴは弟みたいなものですから」
「私だって……エレナにとっては兄のようなものだろう⁈ 兄だから……だから……エレナは、躊躇いもなく私の手を取れるのだろう? わたしはエレナにとってまだ『シリルお兄ちゃま』なのだろう……」
「……わたしだってもう社交界デビューしていてもおかしくない歳だもの。殿下の事をシリルお兄ちゃまって呼んだらいけないことくらい理解しているわ」

 否定するわたしの手を殿下はギュッと握りしめる。

「エレナはあの時と同じことを、今度は泣きそうな顔で言うのだな」
「あの時?」
「……覚えていないのか?」

 エレナは前に殿下に同じことを言っていたの?
 それはもしかして……思い出せないエレナの記憶?

「去年、エレナの誕生日を祝いに来た時に、エレナは同じことを言って笑っていた」

 エレナの誕生日……
 確かその日に殿下との婚約が内定したはず。
 そんな大切な記憶を無くして、前世恵玲奈の記憶を思い出した。
 偽物だという真実を殿下からも突きつけられた気がして、目の前の景色が濡れて滲む。
 頬を伝う涙がポタポタと床に染みを作った。

「そうか……本当にエレナはあの時の記憶を無くしてしまったんだね」

 そう言って殿下はわたしの頬を大きな手で包み、親指でそっと涙を拭った。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

最愛から2番目の恋

Mimi
恋愛
 カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。  彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。  以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。  そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。  王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……  彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。  その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……  ※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります  ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません  ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

処理中です...