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第五部

202 エレナ、殿下からの手紙を受け取る

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「そうだったな。ステファン報告を」

 殿下もお兄様もステファン様たちをほったらかしにしてたのを微塵も悪いと思っていないのか、当たり前のようにお詫びもなく報告を促した。

「お待たせしたのにごめんなさいね」

 代わりにわたしがステファン様の手を取りお詫びをすると、謝られると思っていなかったのか身体がびくりと跳ねた。

「……エレナ。ステファンが殿下に消される前に手を離してあげなさい」
「お兄様。ステファン様たちはお仕事でいらしていたのにお待たせしてしまったのはこちらだわ。殿下は寛大なお方よ? わたしがお詫びをする少しの間くらいステファン様の説明をお待ちくださるもの。それにステファン様のような優秀な方を殿下が手放すなんてあり得ないわ」

 お兄様がステファン様を脅すような事を言うから萎縮してしまっている。わたしは安心してもらえるように握っていた手をもう一度強く握りしめてから離す。

「いえ、その、エレナ様のお気持ちは大変嬉しく思いますが、王太子殿下の貴重なお時間をいただくのですから、私どもがお待ちすることなどなんの支障もございません。ですのでお気になさらないでください」

 ステファン様は殿下の顔色を伺いながら壁際に立っていたハロルド様に声をかける。
 ハロルド様は抱えていた資料をテーブルに置いた。
 わたしと目が合うとウィンクしてくれる。相変わらず濃い。

「逓信省の内偵結果がこちらになります」

 内偵? 逓信省に? 逓信省って、手紙とか貨物の運輸全般に携わったり、軍部が使う通信基地の管理とかをする組織よね? そこにどうして?
 疑問いっぱいのわたしを横目にお兄様と殿下は当たり前のように受け取った資料のページをめくりはじめる。
 ここのところ、ステファン様やハロルド様が殿下の元に訪れていたのは、逓信省の内定調査に関してあれこれ打ち合わせしてたってこと?

「ステファン様。逓信省で何が起きているの?」
「……エレナ様もご存知なのではないのですか?」

 わたしの疑問にステファン様が驚く。受け取った書類を見ていた殿下が顔を上げた。

「説明がまだだったな。私から話そう」

 目があった殿下にわたしは頷きを返す。

「エレナに送ったはずの手紙がエレナに届いていないという話を以前したのは覚えているかい」
「はい。その、昨年何度もお送りいただいていたのに届いていないのですよね? 先日受け取った、リリィさんが預かってらした手紙はわたしがいま大切に保管しております」
「エレナが……大切に……」
「はい」
「そうか……」

 殿下は深いため息をつき眉間をもみほぐす。いつまでも眉間を揉んでいる。
 話は続かず沈黙が続く。

「ごめんなさい。リリィさんにお返しした方がよかったですか?」
「いっいや、もともとエレナに渡すための手紙だったのだ。エレナが保管してくれて構わない」

 沈黙に耐えられなくなったわたしが謝ると殿下はかぶりをふり咳払いをした。

「なぜ手紙が届かないのかを調べるうちに逓信省の関与が浮かんできた。ステファンたちには逓信省に内偵調査をしてもらっていたんだよ」
「ステファン様とハロルド様が間諜に?」

 以前、アイラン様からの指示でユーゴと一緒に間諜スパイまがいな事をしたのを思い出す。
 わたしもユーゴも全く向いていなかった。
 感心して見つめたステファン様は顔の前で手を振って否定する。

「実際に間諜として潜り込んだのは俺らじゃなくて、えっと……覚えていらっしゃるか分かりませんが、少し前に一緒の部署で働いていたケインとニールスなんです」
「もちろん覚えているわ」

 殿下がイスファーン王国との交易に関わる業務を集約するために作った特設部署にいた二人だ。
 何度も書類を届けたから覚えている。
 数字とか細かいものを覚えるのが得意なケインさんなら盗み見た書類の中身も覚えられるに違いないし、人当たりのいいニールスさんなら油断して色々話しちゃう人もいるに違いない。
 そうよね。ステファン様はまだしも、こんなに濃ゆいハロルド様が間諜なんて、わたしやユーゴ以上に向いていない。

「お二人とも間諜に向いてそうだわ」
「エレナ様。わたしも内偵調査に参加したんですよ」
「まあ! リリィさんも?」

 グレーシルバーの前下がりボブの髪を揺らして怪しい決めポーズをとるリリィさんはまさに女スパイだ。
 女官服のスカートをまくると太ももに投げナイフを仕込んでる。なんて姿は想像しただけでめちゃくちゃ似合う。

「リリィさんはどんな事をされたの?」
「官吏への色仕掛けです」
「まあ!」

 落ち着いていて仄暗い色気があるリリィさんがハニートラップなんて似合いすぎる。
 妄想が捗っているわたしはつい口角をにやつきそうなのを耐えていると、いつも冷静なランス様が「聞いてない!」と声を上げた。
 リリィさんはその反応に満足そうに口角をあげる。

「と言うのは冗談ですけど」

 なんだ。違うのか。
 あからさまにがっかりして肩を落とすわたしにリリィさんはクスリと笑う。

「だって相手は女官ですもの。わたしの色気は通じる相手ではなかったのですよ」
「女官?」
「ええ。王太后様の関与が疑われたものですから」
「えっ! ええっ⁈」

 急に出てきた大物の名前に、わたしは戸惑いを隠せなかった。
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