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第五部

【サイドストーリー】王太子の護衛騎士候補達の雑談(ジェレミー視点)

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 中庭で開かれていた刺繍の会は突如お開きとなった。
 警護にあたっていたジェレミーとブライアンは敬礼し、王太子がエレナを伴いその場を去るのをその場で見送る。
 王太子達の姿が見えなくなると、会に参加していた令嬢達が大きなため息をついた。

「はぁぁ……緊張したわ!」

 ブライアンの妹ベリンダの呟きに周りの令嬢達が頷き合う。

「エレナ様が刺繍を教えてくださるってお話でしたのに、王太子殿下までいらっしゃるだなんて思ってもおりませんでしたわ」
「わたくしたちに『エレナと仲良くしてくれてありがとう』なんてお言葉をかけていただくなんて」
「ええ。しかも、そのままおくつろぎになられて、エレナ様の膝枕でお休みになられる姿まで拝見してしまいましたわ」
「あの時のお二人は、まさに絵画のようでいらっしゃいましたわね」

 令嬢達は刺繍枠を手放すと、どこからともなく菓子が振る舞われ興奮気味に口々に話を始める。
 ジェレミーはつい先ほどまでその王太子がエレナの膝枕で寛いでいたラグの片付けをしつつ、ご令嬢達を眺めた。

(王太子殿下はエレナ様が嫌がらせを受けてないか気にされてらしたが……今日で払拭されただろうか)

 いまや王立学園アカデミーに通う令嬢達はエレナと王太子の恋物語に夢中だ。
 エレナに嫌がらせをするものなどいない。
 少し前まで「王太子殿下と婚約者候補筆頭であったシーワード公爵家のコーデリアとの悲恋」や市井で上演されている「とある国の王子が働き者の女官と恋に落ち悪辣な婚約者を追放する話」に夢中になっていたことなど、はるか記憶の彼方にでも追いやられているようだった。

「それにしてもご覧になりまして? 先ほどの王太子殿下のご表情!」
「みましたわ! 王太子殿下が表情をされるなんて!」
「新鮮でしたわね! エレナ様をご心配されてあんな仄暗い顔をされるだなんて、ゾクゾクしましたわ!」
「ええ、憂いで歪む顔も美しかったですわ……」
「それに、エレナ様の頬を触れた時の愛おしむような微笑み!」
「それを言うなら、エレナ様が王太子殿下の手に頬を寄せられた時に顔を赤らめられた時ですわ! 王太子殿下が顔を赤くするだけじゃなくて、緊張してまつ毛まで震えてらしたわ」

 令嬢達は先ほど起きたばかりの出来事を思い出し、黄色い悲鳴をあげていた。
 あまりの熱気にジェレミーはたじろぐ。

「すごいな……」

 一緒に片付けをするブライアンに声をかけると驚いたように目を丸くした。

「あれ? お前の姉貴は騒いでないのか? ベリンダなんて毎日家で大騒ぎしてるぜ」
「メアリは奥様になっちまったし、結婚も決まってない俺はまだ寮暮らしだからな」

 結婚の準備で寮を出ているブライアンは気まずそうな顔をする。
 ブライアンのような由緒正しき伯爵家の後継者なら王立学園アカデミーを卒業するまでに結婚も決まっているだろうが、ジェレミーは小さな町と幾ばくかの畑を持つ子爵家の次男坊だ。
 ジェレミーと同じような立場の生徒達の多くは王宮に出仕して自分で食い扶持を稼げるようになってから結婚する。
 ジェレミーだけが相手が決まっていないわけではないのだが、ジェレミーが好きな女に袖にされ続けているのを知っているブライアンは結婚の話を変に避けている。

(気を使わずに浮かれてりゃいいのに)

 そう思いつつ、ジェレミーはブライアンの気遣いは嫌な気がしない。
 気まずそうなブライアンに免じて話を戻してやることにする。

「しかし、まぁ。普段表情を崩さず感情を露わにされることのない王太子殿下からは想像もつかない一面に大騒ぎしたくもなるのはわかるさ。でも、それにしたって手のひら返しが過ぎるだろ」

 ここにいる令嬢達はコーデリアとの悲恋や悪辣な婚約者を追放する話に夢中になっていただけではない。
 ジェレミーは二年ほど前── シーワード公爵家の令嬢コーデリアが王太子の婚約者候補を辞退した頃を思い出す。
 あの当時王立学園アカデミー内は、婚約者候補がいなくなった王太子に取り入るために、王太子が参加すると聞けば茶会だ舞踏会だなんだと躍起になって参加していた令嬢達が掃いて捨てるほどいた。

「あいつらはみんな、殿下の婚約者探しの茶会に招待されたなんて騒いで、未来の王太子妃を狙ってたんじゃないのか?」
「招待客みんながみんな未来の王太子妃を狙ってたわけじゃない。騒いでいた奴らのほとんどが退学の憂き目にあってるだろ。残ってるのはそんな野心のないものばかりだ」

 フンと鼻を鳴らしたブライアンの視線の先には、盛り上がるご令嬢の中心に座る自身の婚約者ミンディがいた。

「ブライアンは王太子殿下が婚約者をお探しになる茶会に乱入して、好きな女ミンディを奪い去ってきたんだもんな」

 熱い視線を揶揄うと、ブライアンは眉を顰める。

「フン。乱入なんてしていないぜ? 俺はベリンダの付き添いでついて行っただけだからな。それに王太子殿下の婚約者を探す茶会だなんてのは建前で、中立派の領主達を集めてご自身の地盤作りをされていたのくらいジェレミーだって知っているくせに」
「さあね。俺んとこは貧乏子爵家で茶会にお呼ばれなんてしてないから本当のところはわかんねぇよ」
「あの茶会で王太子殿下は令嬢達とは挨拶程度で、領主達の話に熱心に耳を傾けてらしたんだ。ただの付き添いだった俺に対してだって実力を認めてくださり『私の剣になってくれるか?』なんて声をかけてくださったんだ。俺はそれ以来王太子殿下に忠誠を誓い、護衛をさせていただいているんだ」

 何度も聞いた話にジェレミーは肩をすくめる。

「ボルボラ諸島では王太子殿下の護衛を放棄して先に帰ってきたのに?」
「それは……あん時はついカッとなって……仕方ないだろ!」

 バツが悪そうに頭をかくブライアンに、意地悪をしすぎたとジェレミーは反省する。

「悪い。言いすぎたな」
「いや。あん時はジェレミーまで巻き込んで悪かったよ。二人で王太子殿下から愛想を尽かされてもおかしくなかったんだから」
「そうだな。俺たちは王太子殿下の寛大な心に救われたんだ。この恩に報いなくてはな」

 ジェレミーとブライアンは丸め終わったラグを担ぐと、まだ興奮がおさまらないご令嬢達の輪を後にした。

 ──王太子殿下の寛大な心に感謝していた二人が、王太子殿下の狭量さに困惑するのは少しだけ先の話だ。
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