204 / 231
第四部
王太子妃殿下付き筆頭侍女候補の回想
しおりを挟む
「あとは、殿下からも手紙送ってもらわないとね。お互い手紙が届かないのか、それともやっぱり殿下はエレナに送ってないのかわからないから。殿下から僕宛てと、リリアンナを送り主にした封筒で僕宛てに手紙を送ってね」
「私の言うことを信じてないのか」
ムッとした顔のシリルに対して、珍しくエリオットもムッとした顔で見返している。リリアンナは様子見をすることにした。
「信じてあげたいから頼んでるんでしょ。そもそも僕は殿下のために手紙が届くか確認したいわけじゃない。エレナがまた『頭の中のエレナ』とばかりおしゃべりして話が拗れ出したから、エレナのために助け舟を出してるだけだよ。だいたい殿下がエレナの昔からの理解者ぶって語るなら、エレナが幼い頃からすぐ『頭の中のエレナ』とおしゃべり始めちゃうのだって知ってるだろうし、おしゃべりして出した結論がいつも突飛なのだってわかってるでしょ? エレナが『頭の中のエレナ』とおしゃべりして話を拗らせる前に、きちんと殿下はエレナと話をしてあげてよ」
「それはわかっているが……」
「待って! 『頭の中のエレナ』ってなんのことなの?」
聞き慣れない言葉に困惑しているのはリリアンナだけで、シリルもランスも普通に受け止めている。
「ほら、頭の中で自問自答することがあるでしょう? エレナはそれを『頭の中のエレナとおしゃべりする』って表現するんだ。エレナが言うには『頭の中のエレナ』は、こことは異なる世界で生きていた前世のエレナなんだってさ。前世のエレナは僕たちと常識が違うから『エレナ』と『頭の中のエレナ』がおしゃべりを始めると思ってもない方向に話が拗れるんだよね。で、僕はそのこねくり回して拗れきった結末だけいつも聞かされる」
「前世?」
「そう。エレナには前世の記憶を持ってるんだ」
エリオットはたいしたことじゃないようにそう言って肩をすくめる。
世の中には「前世の記憶」を持つ人がいるのはリリアンナも聞いたことがある。
それは何十年も前の記憶だったり、神代の時代にまで遡ったり、この国とは別の国であったり。稀に全く別の世界から来たと人もいるらしい。魂だけ使わされる場合も身体ごと使わされる場合もある。
いま正教会がやたらと「聖女様」に傾倒しているのも、「聖女様は『異世界からの使者』で我が国の窮地を救う」なんていう伝説があるからだ。
正教会で匿っている「噂の聖女様」はその伝説通り「異世界からの使者」だという。
(つまり、エレナ様は魂だけ異世界から来て、聖女様は御身ごと異世界から来たと言うこと?)
「じゃあ、この『水着』も前世の記憶によるものなの?」
リリアンナは水着を再び手に取る。
「多分ね。さすがに最近はエレナも人前で『頭の中のエレナ』だとか『前世の記憶』がとか騒いだりしないから、はっきりは言ってなかったけど、そうだと思うよ」
海で水遊びをする風習があるイスファーンで流行っているものかと思っていたリリアンナは、感心する。
「ちょっと殿下。エレナが着た水着に触らないでよ。嫌らしい」
エリオットはシリルから水着を奪い、睨みつける。
「違う! 誤解だ!」
「ふーん。じゃあ、どうして何枚もある中からわざわざエレナが着ていた水着を手に取るわけ?」
「それはその、マーガレットのモチーフが見事だなと思い、目についたから手を伸ばしただけで、嫌らしい気持ちがあったわけでは……」
「で、手に取ったら、ボルボラ諸島で水着を着て波打ち際ではしゃいでいたエレナを思い出すんでしょう?」
「それは……」
シリルがごくりと喉を鳴らし背中を丸めた。
「ほら! 嫌らしい気持ちで見てるじゃないか!」
「エリオットが思い出させたんじゃない。さすがにそれでシリルを責めるのは可哀想よ」
リリアンナは糾弾するエリオットの頭を小突き机の上に広げた水着や茶器を片付ける。
「ほら。そろそろ官吏たちが休憩から戻ってくる時間だわ。私も業務に戻らなくっちゃ」
「そうだね。僕もそろそろエレナを連れて帰ろうかな? じゃあ次に会うのはリリィの手紙で伝えた日かな? まあ、その前に一回くらいは王宮に来て様子伺いでもするか」
「ああ」
「いい? 殿下。エレナに会ったら手紙を送ったけど届かなかったことをきちんと説明してね?」
エリオットはそう言って部屋を後にした。
***
(まあ、なにしに来たもなにも……確かにエリオットはエレナ様を連れてくる約束しかしていないわね。後はシリル次第か……)
リリアンナはそんなことを考えながら二つ目の胡桃ケーキを手に取る。
「エリオットさま! 大変! ユーゴさまが王子様とケンカをしているわ!」
バタバタと廊下を走る音が聞こえ、いきなりドアが開く。
息を切らしてエリオットに助けを求めに少女が走り込んできた。
「えー。僕は殿下にエレナと話せって言ったのに、どうしてユーゴとケンカになっちゃう訳?」
エリオットはぶつくさ文句を言いながらも、迎えに来てくれた少女に微笑みを浮かべて近づくと慇懃にお礼をする。
赤くなった少女に導かれて出向いた先は、喧嘩ではなく神話劇の一幕が繰り広げられていた。
「私の言うことを信じてないのか」
ムッとした顔のシリルに対して、珍しくエリオットもムッとした顔で見返している。リリアンナは様子見をすることにした。
「信じてあげたいから頼んでるんでしょ。そもそも僕は殿下のために手紙が届くか確認したいわけじゃない。エレナがまた『頭の中のエレナ』とばかりおしゃべりして話が拗れ出したから、エレナのために助け舟を出してるだけだよ。だいたい殿下がエレナの昔からの理解者ぶって語るなら、エレナが幼い頃からすぐ『頭の中のエレナ』とおしゃべり始めちゃうのだって知ってるだろうし、おしゃべりして出した結論がいつも突飛なのだってわかってるでしょ? エレナが『頭の中のエレナ』とおしゃべりして話を拗らせる前に、きちんと殿下はエレナと話をしてあげてよ」
「それはわかっているが……」
「待って! 『頭の中のエレナ』ってなんのことなの?」
聞き慣れない言葉に困惑しているのはリリアンナだけで、シリルもランスも普通に受け止めている。
「ほら、頭の中で自問自答することがあるでしょう? エレナはそれを『頭の中のエレナとおしゃべりする』って表現するんだ。エレナが言うには『頭の中のエレナ』は、こことは異なる世界で生きていた前世のエレナなんだってさ。前世のエレナは僕たちと常識が違うから『エレナ』と『頭の中のエレナ』がおしゃべりを始めると思ってもない方向に話が拗れるんだよね。で、僕はそのこねくり回して拗れきった結末だけいつも聞かされる」
「前世?」
「そう。エレナには前世の記憶を持ってるんだ」
エリオットはたいしたことじゃないようにそう言って肩をすくめる。
世の中には「前世の記憶」を持つ人がいるのはリリアンナも聞いたことがある。
それは何十年も前の記憶だったり、神代の時代にまで遡ったり、この国とは別の国であったり。稀に全く別の世界から来たと人もいるらしい。魂だけ使わされる場合も身体ごと使わされる場合もある。
いま正教会がやたらと「聖女様」に傾倒しているのも、「聖女様は『異世界からの使者』で我が国の窮地を救う」なんていう伝説があるからだ。
正教会で匿っている「噂の聖女様」はその伝説通り「異世界からの使者」だという。
(つまり、エレナ様は魂だけ異世界から来て、聖女様は御身ごと異世界から来たと言うこと?)
「じゃあ、この『水着』も前世の記憶によるものなの?」
リリアンナは水着を再び手に取る。
「多分ね。さすがに最近はエレナも人前で『頭の中のエレナ』だとか『前世の記憶』がとか騒いだりしないから、はっきりは言ってなかったけど、そうだと思うよ」
海で水遊びをする風習があるイスファーンで流行っているものかと思っていたリリアンナは、感心する。
「ちょっと殿下。エレナが着た水着に触らないでよ。嫌らしい」
エリオットはシリルから水着を奪い、睨みつける。
「違う! 誤解だ!」
「ふーん。じゃあ、どうして何枚もある中からわざわざエレナが着ていた水着を手に取るわけ?」
「それはその、マーガレットのモチーフが見事だなと思い、目についたから手を伸ばしただけで、嫌らしい気持ちがあったわけでは……」
「で、手に取ったら、ボルボラ諸島で水着を着て波打ち際ではしゃいでいたエレナを思い出すんでしょう?」
「それは……」
シリルがごくりと喉を鳴らし背中を丸めた。
「ほら! 嫌らしい気持ちで見てるじゃないか!」
「エリオットが思い出させたんじゃない。さすがにそれでシリルを責めるのは可哀想よ」
リリアンナは糾弾するエリオットの頭を小突き机の上に広げた水着や茶器を片付ける。
「ほら。そろそろ官吏たちが休憩から戻ってくる時間だわ。私も業務に戻らなくっちゃ」
「そうだね。僕もそろそろエレナを連れて帰ろうかな? じゃあ次に会うのはリリィの手紙で伝えた日かな? まあ、その前に一回くらいは王宮に来て様子伺いでもするか」
「ああ」
「いい? 殿下。エレナに会ったら手紙を送ったけど届かなかったことをきちんと説明してね?」
エリオットはそう言って部屋を後にした。
***
(まあ、なにしに来たもなにも……確かにエリオットはエレナ様を連れてくる約束しかしていないわね。後はシリル次第か……)
リリアンナはそんなことを考えながら二つ目の胡桃ケーキを手に取る。
「エリオットさま! 大変! ユーゴさまが王子様とケンカをしているわ!」
バタバタと廊下を走る音が聞こえ、いきなりドアが開く。
息を切らしてエリオットに助けを求めに少女が走り込んできた。
「えー。僕は殿下にエレナと話せって言ったのに、どうしてユーゴとケンカになっちゃう訳?」
エリオットはぶつくさ文句を言いながらも、迎えに来てくれた少女に微笑みを浮かべて近づくと慇懃にお礼をする。
赤くなった少女に導かれて出向いた先は、喧嘩ではなく神話劇の一幕が繰り広げられていた。
40
お気に入りに追加
1,107
あなたにおすすめの小説
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
二度とお姉様と呼ばないで〜婚約破棄される前にそちらの浮気現場を公開させていただきます〜
雑煮
恋愛
白魔法の侯爵家に生まれながら、火属性として生まれてしまったリビア。不義の子と疑われ不遇な人生を歩んだ末に、婚約者から婚約破棄をされ更には反乱を疑われて処刑されてしまう。だが、その死の直後、五年前の世界に戻っていた。
リビアは死を一度経験し、家族を信じることを止め妹と対立する道を選ぶ。
だが、何故か前の人生と違う出来事が起こり、不可解なことが続いていく。そして、王族をも巻き込みリビアは自身の回帰の謎を解いていく。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる