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第四部
王太子妃殿下付き筆頭侍女候補の回想
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「こんなのが王立学園が休みのたびにエレナ様に届いていたはずよ」
「こんなの……」
シリルの呟きは聞こえないふりをして、以前添削を頼まれた時に預かったままの手紙をエリオットに渡す。エリオットは受け取ると無言で読み始めた。
「……リリィ。こんなシリルの恥になるようなもの残しておいてどうするつもりだったんだ」
「やだ。握れる弱みは握っておくのは当たり前のことよ」
夫のランスに小言を言われてリリアンナは言い返す。忠誠を尽くすだけなら馬鹿でもできる。何事も万が一に備えておかねば生き抜けない。
妻に熱い視線を送られているのに愛する夫は寒気をしたように身体をぶるりと震わせた。リリアンナは口の動きだけで「愚か者」と伝えた。
シリルは先ほどから神妙な顔で手紙を読み進めるエリオットを見つめている。手紙に対する評価は、リリアンナのこき下ろしかシリルの侍従でリリアンナの兄であるウェードの絶賛しか聞いていないはずだ。
エレナに一番近いエリオットの評価が気になってしょうがない様子だった。
分厚い便せんの束を読み終わったエリオットは封筒に戻し机に置く。リリアンナは素早く回収した。
「やはり、トワイン侯爵家の使用人たちも、私の手紙はエレナに読ませられないと判断したのだろう」
「うーん。うちの使用人たちはこの手紙を受け取ったら、エレナに渡すと思いますけど」
自嘲気味のシリルの顔が、エリオットの発言でパッと明るくなる。
「そうか! リリィは重たいなどと言うが、婚約者に送る手紙としたら普通だろう? ほらウェードの方が正しかったのではないか」
「あ、それは僕はリリィと同意見だよ。子供の頃の思い出話を運命にこじつけて執着してるのは重たいもん」
項垂れるシリルのことなど気にせずエリオットは「やっぱりデスティモナ家が用意するとお菓子も贅を尽くしてるよね」などと言いながら再び差し入れのクッキーに手を伸ばす。リリアンナは少しは残しておくように睨んだ。
「……でも、僕からしたら重いけど、ウェードにしたら生きてるだけで尊い殿下の思いは相手が受け止めて当然なわけでしょう? うちの使用人にしたらエレナは生きているだけで愛されて当然の存在だから、殿下がエレナに執着することに多分なんの違和感も感じないと思うよ」
エリオットはたいした事じゃないかのようにそう言うと、最後の一枚を手に取って頬張った。
「あ」
「え? なに?」
「んんっ。いいえ。シリルの手紙を隠しているのがトワイン侯爵家でないなら手紙はどこにあるというの?」
「どこにって王宮内のどこかじゃないの?」
「まさか!」
「ほら、ちょっと前まで殿下担当の文書係はモーガンだったじゃない。殿下にさっさと署名しろって詰め寄っていたし、公的な書類だけ渡して私的な手紙は後回しにでもしていたんじゃない?」
「……あの男は書類の確認などしない。私宛の書類は全てそのまま持ってくるような男だ。公的な書類と私的な手紙を分けるような手間をかけるとは思えない」
この一年シリルの執務が増えていた原因の一つだ。本来各部署で稟議し、シリルや王弟殿下、宰相閣下に国王陛下が決裁する書類も、宛名の中にシリルの名があると言うだけで全てシリルの元に届けていた。
差し戻したくとも署名をしろと詰める文書係相手に話は通じない。シリルが決裁して問題がないのか、自分が承認して王弟殿下や国王陛下に決裁いただいて問題ないのか、シリルが自ら確認する羽目になっていた。
「それに、私たちが文書係の業務を担った時にもシリル宛の私的な手紙は見ていないわ」
四人で顔を見合わせる。
「逓信省に確認が必要ね」
逓信省は国内の郵便制度を司る。王宮内の事務方として文官が機密書類の輸送には武官が関わる。国内の各領地に張り巡らせた郵便網は各領主たちの関わりも深い。多種多様な立場の人間が関わるため多くの陰謀が渦巻いていてもおかしくない。
「まずは、殿下宛の手紙が今でも本当に届かないのか調べてからだね」
エリオットの発言に頷き四人で計画を立てる。
エリオットとエレナの名前でそれぞれ、シリル宛ての他、念のため従者のウェードと側近のランス宛てにも手紙を送る。
ウェードとランスに宛てて手紙を送るのは誰でもすぐに思いつく抜け穴だ。
シリル宛ての手紙が届かないことに作為的なものがあるのなら全て届かないはず。ランスは言われてみれば私的な手紙が届かないような気がするなどと言っている。
(友好関係の狭さが裏目に出たのね)
リリアンナは夫を憐みの目で見つめる。
もちろんリリアンナには王立学園時代の友人たちから近況を知らせる手紙が宿舎宛てに届いている。
エリオットからの手紙であればリリアンナに届く可能性は高い。
七通の手紙にはそれぞれ別の日のエレナの予定を書き記し、その予定の日に現地にいるかいないかで手紙が届いているか確認することにした。
「こんなの……」
シリルの呟きは聞こえないふりをして、以前添削を頼まれた時に預かったままの手紙をエリオットに渡す。エリオットは受け取ると無言で読み始めた。
「……リリィ。こんなシリルの恥になるようなもの残しておいてどうするつもりだったんだ」
「やだ。握れる弱みは握っておくのは当たり前のことよ」
夫のランスに小言を言われてリリアンナは言い返す。忠誠を尽くすだけなら馬鹿でもできる。何事も万が一に備えておかねば生き抜けない。
妻に熱い視線を送られているのに愛する夫は寒気をしたように身体をぶるりと震わせた。リリアンナは口の動きだけで「愚か者」と伝えた。
シリルは先ほどから神妙な顔で手紙を読み進めるエリオットを見つめている。手紙に対する評価は、リリアンナのこき下ろしかシリルの侍従でリリアンナの兄であるウェードの絶賛しか聞いていないはずだ。
エレナに一番近いエリオットの評価が気になってしょうがない様子だった。
分厚い便せんの束を読み終わったエリオットは封筒に戻し机に置く。リリアンナは素早く回収した。
「やはり、トワイン侯爵家の使用人たちも、私の手紙はエレナに読ませられないと判断したのだろう」
「うーん。うちの使用人たちはこの手紙を受け取ったら、エレナに渡すと思いますけど」
自嘲気味のシリルの顔が、エリオットの発言でパッと明るくなる。
「そうか! リリィは重たいなどと言うが、婚約者に送る手紙としたら普通だろう? ほらウェードの方が正しかったのではないか」
「あ、それは僕はリリィと同意見だよ。子供の頃の思い出話を運命にこじつけて執着してるのは重たいもん」
項垂れるシリルのことなど気にせずエリオットは「やっぱりデスティモナ家が用意するとお菓子も贅を尽くしてるよね」などと言いながら再び差し入れのクッキーに手を伸ばす。リリアンナは少しは残しておくように睨んだ。
「……でも、僕からしたら重いけど、ウェードにしたら生きてるだけで尊い殿下の思いは相手が受け止めて当然なわけでしょう? うちの使用人にしたらエレナは生きているだけで愛されて当然の存在だから、殿下がエレナに執着することに多分なんの違和感も感じないと思うよ」
エリオットはたいした事じゃないかのようにそう言うと、最後の一枚を手に取って頬張った。
「あ」
「え? なに?」
「んんっ。いいえ。シリルの手紙を隠しているのがトワイン侯爵家でないなら手紙はどこにあるというの?」
「どこにって王宮内のどこかじゃないの?」
「まさか!」
「ほら、ちょっと前まで殿下担当の文書係はモーガンだったじゃない。殿下にさっさと署名しろって詰め寄っていたし、公的な書類だけ渡して私的な手紙は後回しにでもしていたんじゃない?」
「……あの男は書類の確認などしない。私宛の書類は全てそのまま持ってくるような男だ。公的な書類と私的な手紙を分けるような手間をかけるとは思えない」
この一年シリルの執務が増えていた原因の一つだ。本来各部署で稟議し、シリルや王弟殿下、宰相閣下に国王陛下が決裁する書類も、宛名の中にシリルの名があると言うだけで全てシリルの元に届けていた。
差し戻したくとも署名をしろと詰める文書係相手に話は通じない。シリルが決裁して問題がないのか、自分が承認して王弟殿下や国王陛下に決裁いただいて問題ないのか、シリルが自ら確認する羽目になっていた。
「それに、私たちが文書係の業務を担った時にもシリル宛の私的な手紙は見ていないわ」
四人で顔を見合わせる。
「逓信省に確認が必要ね」
逓信省は国内の郵便制度を司る。王宮内の事務方として文官が機密書類の輸送には武官が関わる。国内の各領地に張り巡らせた郵便網は各領主たちの関わりも深い。多種多様な立場の人間が関わるため多くの陰謀が渦巻いていてもおかしくない。
「まずは、殿下宛の手紙が今でも本当に届かないのか調べてからだね」
エリオットの発言に頷き四人で計画を立てる。
エリオットとエレナの名前でそれぞれ、シリル宛ての他、念のため従者のウェードと側近のランス宛てにも手紙を送る。
ウェードとランスに宛てて手紙を送るのは誰でもすぐに思いつく抜け穴だ。
シリル宛ての手紙が届かないことに作為的なものがあるのなら全て届かないはず。ランスは言われてみれば私的な手紙が届かないような気がするなどと言っている。
(友好関係の狭さが裏目に出たのね)
リリアンナは夫を憐みの目で見つめる。
もちろんリリアンナには王立学園時代の友人たちから近況を知らせる手紙が宿舎宛てに届いている。
エリオットからの手紙であればリリアンナに届く可能性は高い。
七通の手紙にはそれぞれ別の日のエレナの予定を書き記し、その予定の日に現地にいるかいないかで手紙が届いているか確認することにした。
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