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第四部 

184 エレナと女神様の礼拝堂

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「ユーゴ。カゴをこちらへ」

 殿下が手を差し出してもユーゴはカゴを抱えて離さない。

「これから行われるのは神事です! いくら王太子殿下でも神事には不可侵なはずです! エレナ様をこちらへ」
「ユーゴ! なに言ってるの!」

 叱るわたしの声に顔を背ける。
 強い。強火すぎる。わたしに対する態度はまだしも、いくらなんでも殿下の前で女神様の狂信者っぷりなんて発揮しちゃいけない。

 さっきまで嬉しそうにはしゃいでいた子どもたちも、なにが起きたのかと心配そうに様子を窺っている。

 だいたい、なにが神事よ!
 いつもは子どもたちにお菓子を配るだけで、子どもたちはお菓子さえもらえればエレナ様のことを女神だと思いこむから大丈夫。とかなんとか言い張っているのはユーゴなのに。

 恐る恐る殿下を見上げる。不快そうにしているかと思っていた顔は妙に嬉しそうだ。

「そうだ『恵みの女神』による神事だ。始まりの神により統治されたばかりの、荒涼とした大地が広がっていた時代。作物が育たず、誰もが飢えに苦しんでいた。大地を護る恵みの女神が子どもらを哀れみ作物を実らせたとされている。いまは菓子に姿を変えているが、女神が子どもらの憂いを払うための神事であることは紛うことなき事実である」

 殿下の宣言にユーゴの目がキラキラと輝き出す。

「おっしゃる通りでございますぅぅ!」

 殿下に、ガソリンを注いだレベルに焚き付けられたユーゴは、異様なまでにテンションが上がっている。
 いつもお兄様にブルンブルン振っている尻尾が、今は殿下の前で千切れるくらいに振りまくっている。

「トワインの女神は『恵みの女神』だ。我が国の地母神であり豊穣を司る神である『恵みの女神』は誰の隣に立つべきだ?」
「それはもちろん混沌から天地を創世された神である『始まりの神』にございます!」
「そうだろう。私も、ユーゴも、ここにいる子どもらも我が国に生まれたものは等しく、そう教えを受けたはずだ。だろう?」

 殿下の響きのいい凜とした声は屋外でも明瞭に聞こえる。
 ユーゴは激しく首肯し、子どもたちもつられたのか頷いている。

「始まりの神は、自分を模した子である人間たちが争いを続けるのを諌め、神の統治を行うための旅に出ていた。その旅路の果て、現在の首都ヴァーデニア旧市街に戻る最中。湖のほとりにある胡桃の木陰、始まりの神はとうとう倒れてしまわれた。そこに偶然居合わせた娘が、始まりの神に祈りを捧げた」

 誰もが知っている神話のワンシーン。
 殿下はわたしから離れると、庭に植えられている胡桃の木に向かって歩く。
 根元に座ると胡桃の木にもたれかかる。
 まるで絵から飛び出したようだ。

「エレナ」
「はい」

 殿下は座り込んだ自分の隣をポンポンと叩きわたしを招く。
 座れってことよね?

 殿下がハンカチを広げようとしてくれる。ユーゴが慌ててカゴの埃除けに被せていた布を広げてハンカチを仕舞わせた。
 ハンカチが汚れるからと遠慮する退路を断たれ、わたしは仕方なく広げられた布に座る。

 太ももに重みを感じる。
 目の前には淡い金色が広がっていた。
 サラサラの髪の毛をそっと撫でる。

 子どもたちは神話の絵本で見たことのある景色に歓声を上げる。
 はじめてわたしがここにきた時に「本物の女神さま」と言ってくれた女の子、お菓子をあげると顔をくちゃくちゃにして笑う子どもたち。いつも絵本を読んでもらいたがる少年。
 それに年長のトビーまでキラキラした瞳をわたしに向ける。

 もちろん殿下に膝枕をするのはドキドキするけれど、それ以上にこんなみんなに見られながら膝枕することの方がドキドキする。

「……エレナ。祈りを」

 わたしの膝に倒れ込んだふりをしている殿下は小さな声で指示を出す。
 さっき、神を演じると言っていたけれど、神話をここで再現するの?

 神話は、娘の祈りが通じて倒れた神は目を覚ます。娘は神に身を尽くし神は本来の力を取り戻した。娘は神から祝福を授かり恵みの女神となった。と続く。

 わたしは両手を組み、目を瞑る。

 殿下が身体を起こし立ち上がると、ユーゴは拍手を打ち鳴らした。
 ユーゴを目で牽制する。
 差し伸べられた殿下の手を掴みわたしも立ち上がると、殿下に抱きすくめられた。

「……エレナにとって、私が兄でもなく、おとぎ話の王子でもなくてよいというのなら。ならば私は『恵みの女神』と対をなす『始まりの神』になりたく思う」

 耳元で囁かれて顔を上げる。
 殿下の顔は真剣だった。

 
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