197 / 231
第四部
181 エレナと女神様の礼拝堂
しおりを挟む
廊下を走る。
メリーがいたらはしたないと注意されるけれど、今日の私に付き添ってくれたのはお兄様とユーゴだもの。怒られることはない。
もうすぐ庭に出る扉に手が届くと言うところで、わたしの腕は掴まれる。
引っ張られたかと思うとギュッと抱き寄せられた。
押しつけられた胸板。耳元ではバクバクと速い心音が聞こえる。
頭上で聞こえる呼吸も浅い。
わたしは腕を引っ張っり抱き寄せてきた相手を見上げる。
サラサラの淡い金髪が目に映る。
「……すまない。エレナ。その、エレナを追い詰めるためにここにきたのではなかったのだ」
苦しげな表情は走って追いかけてきたから?
「こちらこそすみません。殿下は正教会への牽制のためにきたのですものね。それなのにわたしが騒いでしまって」
「そんなのはここに来るための言い訳だ、エレナが気にすることはない」
強く抱きしめたまま、殿下はかぶりをふった。
わたしだって言い訳なのは理解している。
何か話したいことがあることも。それを素直に受け入れられないのは、わたしがエレナであってエレナじゃないから?
エレナが殿下と婚約してからの記憶がほとんど思い出せないけれど、いつまで経っても思い出せないのは辛くて苦しい記憶から逃げたかったからなんだと思う。
それくらい一方的に恋心をつのらせたエレナに殿下は今更何を言おうというの?
「……私は真実を確かめにきたのだ」
「真実?」
どういうこと? 思ってもみなかった単語にわたしの体は強張る。
もしかして前世の記憶についてとか?
「あぁ。エレナに話せばならぬことがある。だからその逃げずに聞いてもらえるだろうか」
「……はい」
本当は首を横にふりたい。今までだったら「真実」なんて言われたら怖くて逃げ出していた。
わたしがいつもみたいに逃げ出さないように抱きしめたまま、殿下は話を続ける。
「今日、私がこの礼拝堂を訪れることができたのは、エリオットの手紙がリリアンナ夫人に届いたからだ」
「お兄様がリリィさん宛に手紙?」
「そうだ」
そういえばさっきお兄様がリリィさんが考えた大義名分とか言っていた。
なんでわざわざリリィさんに手紙を出したんだろう。殿下やランス様宛ならわかるけど……
わざわざリリィさんに送る意味がわからない。
「お兄様がランス様を揶揄うために送ったの?」
「……エレナは僕に厳しくない? 僕にもっと感謝してくれていいと思うんだけど」
聞き慣れた声に顔を上げる。殿下の肩口から半目のお兄様の顔が覗く。
お兄様も追いかけてくれていた。
「……感謝って? 今日付き添いに来てくれたことですか?」
「今日なんで付き添ったと思う?」
「アイラン様がバイラム王子殿下とお会いになることになってお暇だからでしょう?」
なぜか「バイラム王子」と聞いて殿下の腕の力が強くなる。
「違うよ。今日はエレナの慰問に付き合うからバイラム王子殿下にアイランを預けたの」
「じゃあ、わたしがトビーと会えるのは今日で最後だから? トビーを孤児院から送り出す時にわたしが泣いてしまうと思って?」
お兄様の呆れ顔が視界から消える。
「会えなくなるから泣く? トビーというのはエレナにとってどんな存在なのだ?」
「くっ苦しいわ……」
震える声の主がわたしをキツく抱きしめる。
「バイラム王子殿下はまだしも、エレナに懐いてる孤児院の子供にまで嫉妬しないでよ。ほら、エレナともっと離れてください」
お兄様がわたしと殿下の肩を掴んで引き離そうとする。
殿下は力を弱めてくれたけどまだ腕の中から解放はしてくれない。
お兄様のため息……これは心を落ち着かせるための深い呼吸ではなくて、本当に呆れているため息が聞こえる。
「残念なことに我が国の王太子殿下に物語の進行をお任せすると話が進まないみたいだから、僕が進行役を買ってでるよ」
「──! お兄様も殿下も物語の役割があるの?」
そうよ! メアリさんがお兄様のことを転生者じゃないかって疑っていた。
わたしはあの時否定したけれど、お兄様はわたしよりも何枚も上手だ。転生者であるわたしに転生者だとバレないようにすることくらい造作もないに違いない。
やっぱり、ここは何かの物語の中なのね?
ヒロインは誰? コーデリア様も、アイラン様も、もちろんお兄様も違かった。
やっぱりネリーネ様? ネリーネ様だとして……
ああ、ネリーネ様が悪役令嬢として転生した世界で、ネリーネ様が破滅フラグを回避した後の世界線だったらいいのに。
悪役令嬢のネリーネ様が破滅フラグを回避した。殿下の婚約者にならなかったことで、モブのわたしが殿下の婚約者になったとしたなら。
悪役令嬢に転生してフラグ回避をしたらネリーネ様にはハッピーエンドが待っているはず。
悪役令嬢のネリーネ様がフラグ回避して結婚するのは殿下付きの秘書官になる予定のステファン様だ。
ステファン様が破滅することはあり得ない。
つまり殿下も破滅するわけがない。殿下の婚約者であるわたしも破滅しないで済むんじゃない?
「ねぇ、お兄様! その物語でわたしの役割は? ヒロインは誰なの?」
「ヒロインってなんのこと? エレナの役割って……エレナは女神様に決まってるじゃない。『始まりの神様』と『恵みの女神様』が出会う話しが大好きだったでしょう?」
お兄様はいつも通り肩をすくめてそう言った。
メリーがいたらはしたないと注意されるけれど、今日の私に付き添ってくれたのはお兄様とユーゴだもの。怒られることはない。
もうすぐ庭に出る扉に手が届くと言うところで、わたしの腕は掴まれる。
引っ張られたかと思うとギュッと抱き寄せられた。
押しつけられた胸板。耳元ではバクバクと速い心音が聞こえる。
頭上で聞こえる呼吸も浅い。
わたしは腕を引っ張っり抱き寄せてきた相手を見上げる。
サラサラの淡い金髪が目に映る。
「……すまない。エレナ。その、エレナを追い詰めるためにここにきたのではなかったのだ」
苦しげな表情は走って追いかけてきたから?
「こちらこそすみません。殿下は正教会への牽制のためにきたのですものね。それなのにわたしが騒いでしまって」
「そんなのはここに来るための言い訳だ、エレナが気にすることはない」
強く抱きしめたまま、殿下はかぶりをふった。
わたしだって言い訳なのは理解している。
何か話したいことがあることも。それを素直に受け入れられないのは、わたしがエレナであってエレナじゃないから?
エレナが殿下と婚約してからの記憶がほとんど思い出せないけれど、いつまで経っても思い出せないのは辛くて苦しい記憶から逃げたかったからなんだと思う。
それくらい一方的に恋心をつのらせたエレナに殿下は今更何を言おうというの?
「……私は真実を確かめにきたのだ」
「真実?」
どういうこと? 思ってもみなかった単語にわたしの体は強張る。
もしかして前世の記憶についてとか?
「あぁ。エレナに話せばならぬことがある。だからその逃げずに聞いてもらえるだろうか」
「……はい」
本当は首を横にふりたい。今までだったら「真実」なんて言われたら怖くて逃げ出していた。
わたしがいつもみたいに逃げ出さないように抱きしめたまま、殿下は話を続ける。
「今日、私がこの礼拝堂を訪れることができたのは、エリオットの手紙がリリアンナ夫人に届いたからだ」
「お兄様がリリィさん宛に手紙?」
「そうだ」
そういえばさっきお兄様がリリィさんが考えた大義名分とか言っていた。
なんでわざわざリリィさんに手紙を出したんだろう。殿下やランス様宛ならわかるけど……
わざわざリリィさんに送る意味がわからない。
「お兄様がランス様を揶揄うために送ったの?」
「……エレナは僕に厳しくない? 僕にもっと感謝してくれていいと思うんだけど」
聞き慣れた声に顔を上げる。殿下の肩口から半目のお兄様の顔が覗く。
お兄様も追いかけてくれていた。
「……感謝って? 今日付き添いに来てくれたことですか?」
「今日なんで付き添ったと思う?」
「アイラン様がバイラム王子殿下とお会いになることになってお暇だからでしょう?」
なぜか「バイラム王子」と聞いて殿下の腕の力が強くなる。
「違うよ。今日はエレナの慰問に付き合うからバイラム王子殿下にアイランを預けたの」
「じゃあ、わたしがトビーと会えるのは今日で最後だから? トビーを孤児院から送り出す時にわたしが泣いてしまうと思って?」
お兄様の呆れ顔が視界から消える。
「会えなくなるから泣く? トビーというのはエレナにとってどんな存在なのだ?」
「くっ苦しいわ……」
震える声の主がわたしをキツく抱きしめる。
「バイラム王子殿下はまだしも、エレナに懐いてる孤児院の子供にまで嫉妬しないでよ。ほら、エレナともっと離れてください」
お兄様がわたしと殿下の肩を掴んで引き離そうとする。
殿下は力を弱めてくれたけどまだ腕の中から解放はしてくれない。
お兄様のため息……これは心を落ち着かせるための深い呼吸ではなくて、本当に呆れているため息が聞こえる。
「残念なことに我が国の王太子殿下に物語の進行をお任せすると話が進まないみたいだから、僕が進行役を買ってでるよ」
「──! お兄様も殿下も物語の役割があるの?」
そうよ! メアリさんがお兄様のことを転生者じゃないかって疑っていた。
わたしはあの時否定したけれど、お兄様はわたしよりも何枚も上手だ。転生者であるわたしに転生者だとバレないようにすることくらい造作もないに違いない。
やっぱり、ここは何かの物語の中なのね?
ヒロインは誰? コーデリア様も、アイラン様も、もちろんお兄様も違かった。
やっぱりネリーネ様? ネリーネ様だとして……
ああ、ネリーネ様が悪役令嬢として転生した世界で、ネリーネ様が破滅フラグを回避した後の世界線だったらいいのに。
悪役令嬢のネリーネ様が破滅フラグを回避した。殿下の婚約者にならなかったことで、モブのわたしが殿下の婚約者になったとしたなら。
悪役令嬢に転生してフラグ回避をしたらネリーネ様にはハッピーエンドが待っているはず。
悪役令嬢のネリーネ様がフラグ回避して結婚するのは殿下付きの秘書官になる予定のステファン様だ。
ステファン様が破滅することはあり得ない。
つまり殿下も破滅するわけがない。殿下の婚約者であるわたしも破滅しないで済むんじゃない?
「ねぇ、お兄様! その物語でわたしの役割は? ヒロインは誰なの?」
「ヒロインってなんのこと? エレナの役割って……エレナは女神様に決まってるじゃない。『始まりの神様』と『恵みの女神様』が出会う話しが大好きだったでしょう?」
お兄様はいつも通り肩をすくめてそう言った。
29
お気に入りに追加
1,108
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる