上 下
193 / 241
第四部 

177 エレナと女神様の礼拝堂

しおりを挟む
 ネリーネ様の演説かと思わせるほどの熱がこもった説明が終わると拍手が巻き起こる。
 メアリさんはまだしもコーデリア様たちまで拍手するなんて……と思ってたら、ネリーネ様の侍女が壁際で誰よりも大きな拍手をしていた。
 きっと雰囲気にのまれたのね。

 確かに繁華街にこの変身ドレスを披露したら噂にはなるかもしれない。
 でも。わたしは、そんな作戦に乗りたくない。
 そりゃ、衣装は女神様みたいかもしれないけれど、中身は市井でも悪評高いエレナのままだ。
 領地の子供たちや孤児院の子供たちは、きちんと並んだのを褒めてお菓子を配れば女神様だって思ってくれるけど、大人はそうはいかない。
 噂はいい噂として広まるわけがない。
 悪評高い侯爵令嬢が癇癪を起こしてまわりに自分を「女神様扱い」させるために騒ぎを起こしたと思われるのが関の山だもの。

「ただ、無理をされる必要はないですわ。このデイ・ドレスはエレナ様を勇気づけられればと思って作らせただけでございますもの」

 わたしの反応が悪いからかネリーネ様はそう言ってわたしの手を取る。

「わたくしは自身の悪評なんて気にしておりませんのよ。噂なんて勝手に流せばいいと思っていますし、わたくしに好き勝手に立てられた噂を、もっと大きな噂でかき消そうなんてしておりませんもの。エレナ様にも強制しませんわ」

 ネリーネ様の派手でキツく見えるアイメイクの下で優しげな瞳がわたしを捉える。

「わたくしがどんな噂を立てられても気にせずいられるのは、家族がわたくしのことを大切に思ってくれるのをわかっているからですわ。それにステファン様がわたくしに『ネリネの花は毒花に似ているだけで、毒花ではない』とおっしゃってくださいますの」

 そう言ってネリーネ様は派手な装飾品の中でひとつだけ可愛らしくて浮いているブローチを握りしめる。
 ネリネの花──ダイヤモンドリリィのブローチだ。
 初めてお会いした時にステファン様がアクセサリーを贈ってくださったって惚気ていたから、そのブローチだろう。
 ネリーネ様の名前の由来であるネリネの花は、毒性のある彼岸花リコリスに似ている。
 忌み嫌われる毒花に似ているからというだけで、ネリネの花もこの国ではあまり見かけない。
 みんながネリネの花を毒花扱いする中で、婚約者から違うと言われたら嬉しいだろう。
 なんでネリーネ様がステファン様と結婚をして、貴族籍を抜けて平民になってもいいと思っているのか腑に落ちる。
 転生者だから貴族じゃなくても平気だからだと思っていたけど違う。
 噂に惑わされずに、本当の自分を大切にしてくれる人だからだ。

「ですから、わたくしもエレナ様の勇気づけられるようにと、わたくしもトワインの民のようにエレナ様のことを『恵みの女神様』だと思っているとお伝えしたくて作らせただけなんですの。エレナ様。わたくしたちはエレナ様の味方ですわ」

 今度は自然に拍手が巻き起こった。


***


 わたしはネリーネ様が贈ってくれたデイ・ドレスを着たまま帰路につく。
 馬車の中ではユーゴが大興奮している。

「明日、女神様の礼拝堂へ慰問に行く時に着ていきましょうよ! 最近はずっとただのエレナ様しか訪問してなかったし、久しぶりに女神様が来れば子供達が喜びますよ!」
「喜ぶのは子供達じゃなくてユーゴじゃないの? みんな、お菓子が欲しかったり本を読んで欲しいだけなんだから、わたしが普段と変わらない格好だろうが、女神様の衣装を着ようが変わらないわよ」
「もちろん僕も喜びますけど、絶対に子供達も喜びますって! 絶対に明日はこのドレスを着てください! 馬子にも衣装で似合ってますから絶対大丈夫ですって!」
「ユーゴも適当ね。適当なユーゴに絶対なんて言われても説得力はないし、そもそも世の中に絶対はないのだからそんなに連呼したりしないのよ」

 呆れたわたしはユーゴの唇に人差し指を押し付ける。モゴモゴまだ何か言おうとしているのを睨むとようやく黙った。
 全くもう。
 ネリーネ様はわたしを勇気づけるために贈ってくださっただけで、ユーゴを喜ばせるために贈ってくださったわけじゃないっていうのに。
 チラリとメリーを見ると、ユーゴを叱るでもなく、お任せくださいとばかりに胸を叩いていた。
 帰宅したら明日の準備が入念に始まるに違いない。
 こうなったら絶対に逃げられない。
 ユーゴに絶対なんてないなんて言ったけど、心の中で前言撤回する。
 メリーが逃してくれるわけがない。
 わたしは馬車の中でため息をついた。





ーーーーーーーーーー

ネリーネとステファンのラブコメ? もありますのでよろしければ
エレナの出番は少しだけですがエリオットお兄様と殿下は比較的出てきます。

『社交界の毒花』と呼ばれる悪役令嬢を婚約者に押し付けられちゃったから、ギャフンといわせたいのにズキュンしちゃう件
https://www.alphapolis.co.jp/novel/628003735/104684626
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...