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第四部 

王太子妃付き筆頭侍女候補の奔走2

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 リリアンナが飛び込んだ部屋は思ったよりも静かだった。
 官吏たちの姿がない。休憩時間だ。
 放っておくといつまでも仕事をしてしまう人間たちの巣窟であるため、昼食以外にも午前と午後に一度ずつ強制的に休憩を取るようにシリルが指示している。
 普段言い訳を作っては休憩を取らずに仕事をしている官吏達も、巣窟の主人がいては指示を無碍にできない。

 がらんとした部屋の奥に、リリアンナの憤った声に驚いた顔をした男と、まるで飼い主を見つけた犬みたいな顔をした男と、まったく無視してペンを走らせる男がいた。

「リリィ! いいところに!」

 そう言って立ち上がったエリオットの後ろには振りちぎれんばかりの尻尾の幻覚が見える。

「聞いてよ。リリィ。殿下ったら酷いんだ。僕が今日の貴族院の決議に参加したのはイスファーン王国の第三王女であるアイラン様の婚約者として来賓扱いだからだったんだよ。議会の後この部屋に来たのだってエレナがデスティモナ伯爵令嬢と投資話をすることになってるから様子見で来ただけなのに殿下の仕事を手伝わせるんだ。おかしいと思わない? 本来仕事すべき官吏が休憩しにいって、まだ官吏じゃない僕が仕事をさせられてるんだよ? 理不尽だよ。しかもデスティモナ伯爵令嬢が美味しそうなクッキーを差し入れしてくれたのをまだ少ししか食べてなかったのに仕事を押し付けるんだ。せっかくの差し入れを食べないのは申し訳ないと思わない? ああ、僕はリリィのいれてくれた美味しいお茶で美味しいクッキーが食べたいな」

 幼馴染のいつもの調子に毒気が抜かれる。リリアンナは仕方なしにお茶を入れる準備をはじめた。

「リリィ、構ってやる必要はない。エリオット。お茶入れは上級女官の仕事じゃない。あと十分食べていただろう」
「別に上級女官殿に依頼してるんじゃないよ。お茶を入れるのが上手な幼馴染にお願いしてるだけだもの。ランスったらリリィが僕に優しくしてくれるからって妬かないでよ」
「エリオットに優しくしているわけではないわ。やかましいから黙らせるのにお茶をいれてあげるだけよ」

 すっかり身体に馴染んだ軽口をたたきながら、リリアンナはお茶の用意を進める。
 応接テーブルには、デスティモナ伯爵令嬢との投資話に使った資料などが置かれている。
 リリアンナは端に寄せて、テーブルセッティングを行う。
 エリオットとランスはくだらない言い合いを続けながら、ソファに座る。
 そんな中、言い合いに参加せずペンを走らせ続ける男をリリアンナは睨んだ。

「シリルもこっちにいらっしゃい」
「……午後は紅茶は飲まないようにしている」

 ようやくリリアンナを見たかと思えば、そうひとこと言って再び書類に視線を落とす。
 仕事中毒者ばかりの巣窟の主人は、周りには休めというくせに自分は休まない。

「紅茶を飲むかどうかはどうでもいいのよ。わたしの話を聞きにいらっしゃい」

 リリアンナはこの場の年長者として子供の頃から世話を焼いていた。みな立場は上でも、リリアンナに頭が上がらない。
 シリルは渋々仕事の手を止めお茶の席についた。

 ぐるりとリリアンナは三人の顔を見回す。

「どうして、エレナ様が目を腫らして文書室に戻ってきたのです?」

 リリアンナの言葉に皆揃って驚いた顔をした。

(反応がおかしいわ。また前のように政務にかこつけて泣いているエレナ様を放置したわけではないの?)

「……そう。みんなの前で元気よく啖呵を切ってこの部屋を出てったのに。帰る途中でまた誰かが『エレナの悪口』を言ってるのを聞いたのかな。リリィ達がいつも慰めてくれてるんでしょう? ありがとうね。って痛っ!」

 エリオットは手をさする。リリアンナの手を握ろうとするのをランスに勢いよくはたき落とされていた。
 リリアンナは二人のやりとりを一瞥し、水を飲むシリルを睨む。

「わたしはこの前、婚約してからエレナ様に宛てたシリルの手紙は届いていない事を伝えたわよね?」
「ああ」
「そのあと、何か行動したのよね?」
「……」

 黙りこくる男にリリアンナは苛立つ。

「何もしていないの?」
「……何かできると思うか? 以前兄のように慕ってくれる少女に向けるには、私の愛は重すぎると言ったのはリリィではないか」
「程よく伝えるくらいできないの⁈ エレナ様がおままごとでも王太子の婚約者を演じてくれるなら、自分は物語の王子を演じるのでしょう?」

 以前リリアンナが言った事を蒸し返すシリルに、リリアンナは去年の茶会でシリルが言っていた言葉で言い返す。

「物語の王子の真似事をしようにも、私がエレナを見かける時はエレナは他の男と楽しそうに話しているのだ。私の出る幕はない」
「は? 自分がエレナに構ってもらえないからって、エレナが男好きみたいな言い方しないでよ」

 さっきまで笑いながらランスをからかっていたエリオットが、怒気をはらんだ顔でこちらを見つめていた。
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