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第四部
王太子殿下付き秘書官候補の失態2(ステファン視点)
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自身の婚約者である少女を追いかけようとした王太子殿下は、扉の前を塞ぐ側近と対峙していた。
「ランス。そこを退け」
「私を退かして、なにしにいくつもりなのでしょうか」
「なにしにいくもなにも、エレナが泣いていたのだから慰めにいかなくてはいけないだろう」
明らかに取り乱す王太子殿下を、側近の男もお坊ちゃんも半目で見つめていた。
「エレナが泣いてたらここぞとばかり抱きしめれるもんね。あーやだやだ浅ましい。慰めるのを口実にエレナを抱きしめられるから、エレナが泣くのは殿下にとっては願ったり叶ったりなんでしょ? なんでエレナが泣いてるのかもわからないくせに」
お坊ちゃんは吐き捨てるようにそう言った。
「だいたい、エレナを王宮に呼ぶなら王太子妃教育とでも銘打って、安全な部屋から出ないように手配して翻訳でもさせてればいいのにさ。それを文書回送になんてしちゃうから、結局聞かせたくもない噂を聞かせるだけになっちゃったじゃん! 殿下のせいだからね! 自分が忙しいのをアピールして、エレナが殿下に「お仕事大変ね」だなんていってこないだみたいに膝枕で頭撫でてもらいたかっただけでしょ? だいたいこないだだって──」
お坊ちゃんの雑言はとまらない。
王太子殿下を相手に「もう妹だと思ってないなんて言うくせに、兄のように慕われているのをいいことに、隙あらば邪なことをしようとしている」などと責め立てる。
言われたい放題言われても王太子殿下は一言も言い返さない。
──王太子殿下が寛大なのをいいことに、くだらん妄言を吐き散らかしやがって。
私利私欲のために悪評高い妹を我らが王太子殿下の婚約者にねじ込むようなお前と違って、王太子殿下は思慮深く私欲を滅し国益のために人生を捧げていらっしゃるのだ。
いいか。「もう妹だと思ってない」というのはお前の妹のような悪評高い女に兄妹の情すら持ち合わせていないって意味だ。
さっさと婚約者の座から辞退させろ。
だなんて、昨日まで俺であれば心の中で盛大にお坊ちゃんを罵っただろう。
今回の件について王太子殿下は寛大だから言い返さないわけではない。
図星すぎて言い返せないだけだと、この部屋にいる誰もが理解した。
話が飛躍して、あれやこれや卑猥な妄想をしてるんだろうだなんてお坊ちゃんに言い募られても、真っ赤になった顔を逸らして唇を噛むしかできない。
違うなら言い返せといわれても、しどろもどろになるだけ。
いつも感情を表に出さず微笑みをたたえている王太子殿下の姿はここにない。
さっき自分に向けられた、怒りに歪み独占欲と執着心に塗れた顔を思い出す。
目の前でどこにでもいる十七歳の少年のような表情を見せる王太子殿下に少しだけ安心した。
「はいはい。お二人とも冷静になってください。シリル殿下にはエレナ様を追いかけにいくような暇はないと思いますが?」
側近の男は手を叩き、呆れた様子のまま二人に告げた。
「暇か否かではなく、泣いているエレナを慰めるのはすべきことであろう?」
お坊ちゃん相手に言い返せない王太子殿下も側近の男には強気だ。
「すべきこと? これからバイラム王子殿下とイスファーン王国の大使館設置について会談があるのにですか? エレナ様が泣いてるのを慰めに行くのは国家間の会談よりも優先すべきことお考えで?」
王太子殿下以上に強気で側近の男は言い返す。
「それは……でも……エレナが泣いて……」
「はい?」
「いや……なんでもない」
誰もが会談を優先すべきと判断できる場面だ。
いくらご婚約者様を寵愛してるからといえ、王太子殿下もわきまえていらっしゃる。
物凄く後ろ髪をひかれながら部屋を後にし、会談を執り行うホテルへと向かわれた。
王太子殿下たちを見送ると、同僚のケインが神妙な顔で俺を見る。
「本気で告白する前に王太子殿下のご婚約者様だって知れてよかったな」
俺は頷くしかできなかった。
「それにしても酷だよな。運命の少女だなんて言って珍しくステファンが楽しそうにしてたのに」
同僚のニールスは俺の肩を抱く。普段俺のことを冷やかしてばかりの二人も今日だけは寄り添ってくれている。
「いくら優秀でもしがない男爵家の四男でしかない俺に運命の少女だなんて現れるわけなかったんだ。別にいつも通りだ。それよりも俺の不用意な発言で王太子殿下のご婚約者様を傷つけてしまったことが悔やまれる。あの醜悪な噂が市井から消えない限り、また同じことが起きるのだろうな」
俺は少女の未来を憂いた。
「ランス。そこを退け」
「私を退かして、なにしにいくつもりなのでしょうか」
「なにしにいくもなにも、エレナが泣いていたのだから慰めにいかなくてはいけないだろう」
明らかに取り乱す王太子殿下を、側近の男もお坊ちゃんも半目で見つめていた。
「エレナが泣いてたらここぞとばかり抱きしめれるもんね。あーやだやだ浅ましい。慰めるのを口実にエレナを抱きしめられるから、エレナが泣くのは殿下にとっては願ったり叶ったりなんでしょ? なんでエレナが泣いてるのかもわからないくせに」
お坊ちゃんは吐き捨てるようにそう言った。
「だいたい、エレナを王宮に呼ぶなら王太子妃教育とでも銘打って、安全な部屋から出ないように手配して翻訳でもさせてればいいのにさ。それを文書回送になんてしちゃうから、結局聞かせたくもない噂を聞かせるだけになっちゃったじゃん! 殿下のせいだからね! 自分が忙しいのをアピールして、エレナが殿下に「お仕事大変ね」だなんていってこないだみたいに膝枕で頭撫でてもらいたかっただけでしょ? だいたいこないだだって──」
お坊ちゃんの雑言はとまらない。
王太子殿下を相手に「もう妹だと思ってないなんて言うくせに、兄のように慕われているのをいいことに、隙あらば邪なことをしようとしている」などと責め立てる。
言われたい放題言われても王太子殿下は一言も言い返さない。
──王太子殿下が寛大なのをいいことに、くだらん妄言を吐き散らかしやがって。
私利私欲のために悪評高い妹を我らが王太子殿下の婚約者にねじ込むようなお前と違って、王太子殿下は思慮深く私欲を滅し国益のために人生を捧げていらっしゃるのだ。
いいか。「もう妹だと思ってない」というのはお前の妹のような悪評高い女に兄妹の情すら持ち合わせていないって意味だ。
さっさと婚約者の座から辞退させろ。
だなんて、昨日まで俺であれば心の中で盛大にお坊ちゃんを罵っただろう。
今回の件について王太子殿下は寛大だから言い返さないわけではない。
図星すぎて言い返せないだけだと、この部屋にいる誰もが理解した。
話が飛躍して、あれやこれや卑猥な妄想をしてるんだろうだなんてお坊ちゃんに言い募られても、真っ赤になった顔を逸らして唇を噛むしかできない。
違うなら言い返せといわれても、しどろもどろになるだけ。
いつも感情を表に出さず微笑みをたたえている王太子殿下の姿はここにない。
さっき自分に向けられた、怒りに歪み独占欲と執着心に塗れた顔を思い出す。
目の前でどこにでもいる十七歳の少年のような表情を見せる王太子殿下に少しだけ安心した。
「はいはい。お二人とも冷静になってください。シリル殿下にはエレナ様を追いかけにいくような暇はないと思いますが?」
側近の男は手を叩き、呆れた様子のまま二人に告げた。
「暇か否かではなく、泣いているエレナを慰めるのはすべきことであろう?」
お坊ちゃん相手に言い返せない王太子殿下も側近の男には強気だ。
「すべきこと? これからバイラム王子殿下とイスファーン王国の大使館設置について会談があるのにですか? エレナ様が泣いてるのを慰めに行くのは国家間の会談よりも優先すべきことお考えで?」
王太子殿下以上に強気で側近の男は言い返す。
「それは……でも……エレナが泣いて……」
「はい?」
「いや……なんでもない」
誰もが会談を優先すべきと判断できる場面だ。
いくらご婚約者様を寵愛してるからといえ、王太子殿下もわきまえていらっしゃる。
物凄く後ろ髪をひかれながら部屋を後にし、会談を執り行うホテルへと向かわれた。
王太子殿下たちを見送ると、同僚のケインが神妙な顔で俺を見る。
「本気で告白する前に王太子殿下のご婚約者様だって知れてよかったな」
俺は頷くしかできなかった。
「それにしても酷だよな。運命の少女だなんて言って珍しくステファンが楽しそうにしてたのに」
同僚のニールスは俺の肩を抱く。普段俺のことを冷やかしてばかりの二人も今日だけは寄り添ってくれている。
「いくら優秀でもしがない男爵家の四男でしかない俺に運命の少女だなんて現れるわけなかったんだ。別にいつも通りだ。それよりも俺の不用意な発言で王太子殿下のご婚約者様を傷つけてしまったことが悔やまれる。あの醜悪な噂が市井から消えない限り、また同じことが起きるのだろうな」
俺は少女の未来を憂いた。
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