上 下
157 / 231
第四部 

148 エレナ、王宮で働く

しおりを挟む
 わたしの顔を見て、メアリさんはハッとした表情をする。

「あ、ごめんなさい、なにを訳のわかんないこと言ってるんだって感じですよね! やだもう! アイザックのやつに腹を立てていたものだから興奮しすぎちゃいました。すみません、忘れてください」
「無理よ。忘れられないわ」

 わたしは首を振る。メアリさんに真剣な眼差しを返し、周りから注目を浴びてないか見回す。
 大勢の役人達でごった返す食堂は、わたし達が騒ぐくらいじゃ誰も気にとめていない様子だった。
 よかった。あまり人に知られていい話じゃないもの。

 わたしは深呼吸して冷静さを取り戻す。

 思い返してみれば、家柄ばかり気にする貴族達の中で、メアリさんはちょっと変わっていた。

 王立学園アカデミーに通うご令嬢達は、結婚相手を探しにきていることがほとんどで、少しでも家格が上の御令息か、将来有望そうな相手を捕まえるのに躍起になっている。
 だからお兄様がモテたり、お兄様以上にチャラくて女たらしなオーウェン様でも公爵家のご令息だからってモテたり、将来は佐官が確定してるなんて言われているキリアン少尉がモテたりする。
 でも、ご令嬢達は同性相手だと自分と同じか下の立場の人を取り巻きにしようと画策していることが多い。
 だってグループのトップにいないと目立たないから、いいご縁にはありつけないもの。
 うまく立ち回れずに取り巻きその1みたいになってしまうことはあっても、自分から取り巻きに飛び込んでくる人は少ない。
 もし取り巻きになっても、下剋上を夢見て足の引っ張りあいだ。
 それなのに、メアリさんは家格が上であるコーデリア様に、わたしや伯爵家のご令嬢であるミンディさんベリンダさんに対して自主的に取り巻きになりにきていた。
 婚家のジェイムズ家が大きな商会だからコネ作りのためだと思っていたけれど……

 転生者だから、貴族らしくないって言われれば納得よ。

 そうか、そうよね。
 転生者は一人だけじゃないのも転生悪役令嬢物語のよくあるシナリオだわ。
 そういえば、いま教会で保護されている聖女様だって異世界から渡ってきたなんて言われてるし。
 アイラン様の持ってきた編み機だって、異世界からの遺物だ。

 この世界には、思ったよりも転生者は多いんだわ!

「……メアリさん『も』転生者なのね」

 確信を持ったわたしは小声でメアリさんに告げる。
 メアリさんは眼鏡の向こうで目を見開いた。

「……メアリさん『も』って、もしかして」

 わたしは頷き、机の上のメアリさんの手を握る。
 メアリさんの瞳はキラキラと輝いた。

「──やっぱり! エリオット様も転生者ですよね? 怪しいと思ってたんですよ。エリオット様って行動が貴族っぽくないし、普通に考えてポジションおかしいですよね? トワイン侯爵家はほら、侯爵家の中では下の方の位置付けじゃないですか。なのに王太子様とは公爵家のオーウェン様や他の侯爵家のご子息を差し置いてエリオット様が一番親しくされてるし、妹であるエレナ様は王太子妃に内定してるし、いつのまにか隣国のお姫様を婚約者にしてるし、ずっとエリオット様まわりのパワーバランスおかしいと睨んでたんですよ! そっかー! 転生者だからか! うまいことやってるなぁ! なるほどなるほど。それで、エレナ様が驚かないんですね!」

 ええ? メアリさんったらお兄様が転生者だと勘違いして納得してしまった。
 ……確かにお兄様のパワーバランスはおかしい。チートだと言われても納得がいく。
 トワイン侯爵家は二十年以上前に災害に見舞われて農地に打撃を受けた上、その後も天候不順で不作続きだったりして借金まみれで没落の憂き目にあった。
 エレナが生まれた頃には灌漑設備や水路の整備といった投資が実を結んで借金にあえぐことはなかったけれど、当時は領地を親族に売り払うしかなくて、領地だった村もかなり減ったと聞く。
 名ばかり侯爵家なんて言われて馬鹿にされているけれど、お兄様は強かに立ち回り、同世代の中では殿下に次ぐ有力者と目されている。

 けれど、お兄様は転生者ではない。
 ゆびきりげんまんも歌を知らなかったし、日本語がわかれば使えそうな編み機も操作方法はわかってなかった。
 貴族っぽくない……気もするけど、ハロルド様と言ったりやったりすることは似てるし、一定数はああいうタイプはいると思う。

「……違うの。お兄様じゃなくて、わたしが転生者なの」
「……マジですか?」
「……マジです」

 メアリさんは目だけじゃなく、口も開いてわたしを見つめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...