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第四部
168 エレナと女神様の礼拝堂
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「いやぁ。今日は最高の一日ですね!」
「……最悪の一日よ」
「またまた。エレナ様ったら何言ってるんですか」
馬車の向かいに座るくりくりな髪の毛の美少年は上機嫌だ。
「領地の屋敷からわざわざ一式持ってくるなんて信じられない」
着たくもない女神様の衣装を身にまとったわたしは、ユーゴに文句をいった。
「約束しましたから」
「約束はしたけどここまで本格的にするとは思わないじゃない」
「大丈夫。似合ってるよ。領地じゃなくてもその衣装を身にまとっていれば女神様に見えるから安心して」
不貞腐れるわたしに向かってお兄様は笑顔を向ける。
相変わらずキラキラしていて眩しい。
「そうです。馬子にも衣装ですよ」
ユーゴもキラッキラのニッコニコだ。
「いい? ユーゴ。馬子にも衣装は褒め言葉じゃないのよ」
「僕だってそれくらい知ってますよ」
そりゃユーゴは弟みたいなものだけど、それでも一応ご令嬢と使用人の息子の関係のはずだ。
こんな失礼な態度で許されるのかしら。
お兄様はユーゴを窘めることもなく嬉しそうに眺めているだけだ。
まあ、ユーゴが王都の繁華街を女神様の格好で練り歩かせようとしたのをお兄様は止めてくれたので、あまり文句ばかり言っちゃいけない。
ため息をついて馬車の外の景色を眺める。
暑いからと少し開けた窓から聞こえるのは馬が奏でる規則正しい四拍子に車輪が周り続ける音。
そこに活気の溢れる街の喧騒が加わる。
普段王都にいても屋敷と王立学園、それに王宮の西棟にある行政機関くらいしか行動できる範囲が限られている身としては、見慣れない景色はテンションが上がってもおかしくないはずだけど……
王都を東西に分ける川に大きな橋が架かる。向こう岸に見える白亜の礼拝堂が近づくにつれ、わたしの気持ちはどんどん沈んでいく。
領地なら女神様の格好をしてるエレナをおじいちゃんやおばあちゃんたちが嬉しそうに見守ってくれるけれど、ここは王都だ。
王都でのエレナは嫌われて馬鹿にされてるんだもの。
ただ賑やかなだけのはずな街の喧騒も、わたしを嘲笑っているように聞こえた。
わたしは昨日の王宮での出来事を思い出す。
貴族院の決議が終わってからしばらくの間、お兄様に編立工場の建設計画に関するあれやこれやで引っぱり回されていたわたしは、昨日が久しぶりの出仕だった。
いつも通り受付を済ませて廊下を歩いている時に感じた視線に嫌な予感はした。
書類を取りに文書室に向かおうとすると、先輩である教育係の女官達が必死にわたしに話しかける。文書室に行くのを邪魔しようとしてるみたいだった。
文書室にたどり着く前にいろんな部署に届ける書類を渡されたわたしは廊下を歩く。
今まで廊下で会えば挨拶をしたり、話しかけてくれていた役人たちは急によそよそしくなり、わたしが話しかけても目が泳ぐ。
──何故かわたしが殿下の婚約者であることがバレていた。
女官見習いとして出仕して一生懸命に仕事して、ようやく少しずつ話をしてくれる役人たちが増えてきたと思ったのに。
わたしの正体を知ってしまった役人たちとの距離は簡単には縮まらない。
ステファン様に正体がバレた時と一緒だ。
あの時ステファン様に尋ねたようにみたいに、もうわたしと話して下さらないのか役人たちに尋ねても、苦しそうな表情をみんな浮かべていた。
わたしが返事をまっていても、小さな声で「……エレナ様がお許しくださるのなら」なんて気を使わせた答えが返ってくるだけだった。
馬車は大きな橋を渡る。橋の下に流れる川は領地の湖に繋がっている。
「この川に飛び込んで泳いでいったら、領地に辿り着けるかしら」
「ちょっ……エレナったら、なんてこというの!」
お兄様の切ない顔に胸が詰まる。
そうだ、みんなエレナは屋敷の階段から身を投げたと思ってるみたいだったんだ。
「そうですよ。いいですかエレナ様。トワイン侯爵領は川の上流ですよ。エレナ様が川の流れに逆らって泳げるわけないじゃないですか」
「もうっ! ユーゴったらなんてこというの!」
ユーゴの発言に流石のお兄様も片手で顔を覆い天を仰いだ。
「だから逃げようなんて無駄なことは考えずに、女神様を全うしてください」
ユーゴの目は真剣だ。
そうだ。ユーゴは女神様の熱狂的な信者で強火すぎて困ることも多いけど……
だからこそ、エレナが女神様として振る舞えるように背中を押してくれる。
「子どもたちはお菓子をもらうのを楽しみにしているだけです。子どもたちにとってはお菓子をくれる人が女神様ですよ」
そう言ってユーゴは髪飾りを直してくれた。
「……最悪の一日よ」
「またまた。エレナ様ったら何言ってるんですか」
馬車の向かいに座るくりくりな髪の毛の美少年は上機嫌だ。
「領地の屋敷からわざわざ一式持ってくるなんて信じられない」
着たくもない女神様の衣装を身にまとったわたしは、ユーゴに文句をいった。
「約束しましたから」
「約束はしたけどここまで本格的にするとは思わないじゃない」
「大丈夫。似合ってるよ。領地じゃなくてもその衣装を身にまとっていれば女神様に見えるから安心して」
不貞腐れるわたしに向かってお兄様は笑顔を向ける。
相変わらずキラキラしていて眩しい。
「そうです。馬子にも衣装ですよ」
ユーゴもキラッキラのニッコニコだ。
「いい? ユーゴ。馬子にも衣装は褒め言葉じゃないのよ」
「僕だってそれくらい知ってますよ」
そりゃユーゴは弟みたいなものだけど、それでも一応ご令嬢と使用人の息子の関係のはずだ。
こんな失礼な態度で許されるのかしら。
お兄様はユーゴを窘めることもなく嬉しそうに眺めているだけだ。
まあ、ユーゴが王都の繁華街を女神様の格好で練り歩かせようとしたのをお兄様は止めてくれたので、あまり文句ばかり言っちゃいけない。
ため息をついて馬車の外の景色を眺める。
暑いからと少し開けた窓から聞こえるのは馬が奏でる規則正しい四拍子に車輪が周り続ける音。
そこに活気の溢れる街の喧騒が加わる。
普段王都にいても屋敷と王立学園、それに王宮の西棟にある行政機関くらいしか行動できる範囲が限られている身としては、見慣れない景色はテンションが上がってもおかしくないはずだけど……
王都を東西に分ける川に大きな橋が架かる。向こう岸に見える白亜の礼拝堂が近づくにつれ、わたしの気持ちはどんどん沈んでいく。
領地なら女神様の格好をしてるエレナをおじいちゃんやおばあちゃんたちが嬉しそうに見守ってくれるけれど、ここは王都だ。
王都でのエレナは嫌われて馬鹿にされてるんだもの。
ただ賑やかなだけのはずな街の喧騒も、わたしを嘲笑っているように聞こえた。
わたしは昨日の王宮での出来事を思い出す。
貴族院の決議が終わってからしばらくの間、お兄様に編立工場の建設計画に関するあれやこれやで引っぱり回されていたわたしは、昨日が久しぶりの出仕だった。
いつも通り受付を済ませて廊下を歩いている時に感じた視線に嫌な予感はした。
書類を取りに文書室に向かおうとすると、先輩である教育係の女官達が必死にわたしに話しかける。文書室に行くのを邪魔しようとしてるみたいだった。
文書室にたどり着く前にいろんな部署に届ける書類を渡されたわたしは廊下を歩く。
今まで廊下で会えば挨拶をしたり、話しかけてくれていた役人たちは急によそよそしくなり、わたしが話しかけても目が泳ぐ。
──何故かわたしが殿下の婚約者であることがバレていた。
女官見習いとして出仕して一生懸命に仕事して、ようやく少しずつ話をしてくれる役人たちが増えてきたと思ったのに。
わたしの正体を知ってしまった役人たちとの距離は簡単には縮まらない。
ステファン様に正体がバレた時と一緒だ。
あの時ステファン様に尋ねたようにみたいに、もうわたしと話して下さらないのか役人たちに尋ねても、苦しそうな表情をみんな浮かべていた。
わたしが返事をまっていても、小さな声で「……エレナ様がお許しくださるのなら」なんて気を使わせた答えが返ってくるだけだった。
馬車は大きな橋を渡る。橋の下に流れる川は領地の湖に繋がっている。
「この川に飛び込んで泳いでいったら、領地に辿り着けるかしら」
「ちょっ……エレナったら、なんてこというの!」
お兄様の切ない顔に胸が詰まる。
そうだ、みんなエレナは屋敷の階段から身を投げたと思ってるみたいだったんだ。
「そうですよ。いいですかエレナ様。トワイン侯爵領は川の上流ですよ。エレナ様が川の流れに逆らって泳げるわけないじゃないですか」
「もうっ! ユーゴったらなんてこというの!」
ユーゴの発言に流石のお兄様も片手で顔を覆い天を仰いだ。
「だから逃げようなんて無駄なことは考えずに、女神様を全うしてください」
ユーゴの目は真剣だ。
そうだ。ユーゴは女神様の熱狂的な信者で強火すぎて困ることも多いけど……
だからこそ、エレナが女神様として振る舞えるように背中を押してくれる。
「子どもたちはお菓子をもらうのを楽しみにしているだけです。子どもたちにとってはお菓子をくれる人が女神様ですよ」
そう言ってユーゴは髪飾りを直してくれた。
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