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第四部 

167 エレナと社交界の毒花令嬢

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「なんだか不穏なこと呟いて出ていかれたけど、大丈夫かしら?」
「ブツクサ言いながらも職務をまっとうしようとするなんて、さすがバリキャリですよね」

 心配で出ていった扉を見ているわたしに向かってメアリさんは肩をすくめた。

「まあ、そんなことよりエレナ様。ハロルド様の妹君が可愛いってどういうことですか?」
「そんなことよりって……」
「リリアンナ様なら、きっと大丈夫ですよ」
「もう」

 あっけらかんと笑うメアリさんに冷ややかな視線を送る。

「噂のネリーネ様の見た目は、リリアンナ様の言うように噂通りだったのでしょう? どこが可愛らしかったんです?」
「……見た目の問題じゃないわ。確かに見た目は派手だったけど、『毒花令嬢』なんて悪評をたてられるのもわからなくもないけれど、話してみたら婚約者であるステファン様のことが大好きな可愛い女の子だったの。仲睦まじいエピソードを嬉々として話したり、急に自信を無くして泣きそうになったりして、とにかく可愛いかったんだから。お兄様がふざけて『僕や殿下はどうですか?』なんて聞いても、きっぱりとお断りされて、もうステファン様しか目に入らないって感じだったのよ」

 どれだけネリーネ様が可愛かったか熱弁するわたしに、今度はメアリさんが冷ややかな視線を向けた。

「あのいけ好かない役人に夢中とか言われても、胡散臭さしか感じないんですけど……」
「もう。メアリさんたら何をおっしゃるの。ステファン様は真面目で素敵な方よ?」
「……そうですか」
「いつかメアリさんもわかると思うわ。で、とにかくもう恋する乙女って感じで、喜怒哀楽がわかりやすくて、なんて言うかほらギャップ萌えよ。例えば、見た目はギャルなのに中身は誰よりもピュアみたいな……」

 わたしは語っていてある可能性を思い当たる。

「ねぇ、メアリさん。もしかしたら、ネリーネ様も転生者なんじゃないかしら」
「えっ?」
「きっとそうよ! それでわたしたちが転生したこの世界はネリーネ様が主人公の物語に違いないわ!」
「えぇっ……エレナ様ってば、まだその設定引っ張ってたんですか」

 メアリさんの視線は冷ややかを通り越して虚無だ。
 わたしがどれだけ熱心に語っても、物語の世界に転生しちゃってる説について、メアリさんは信じてくれていない。

「だって『毒花令嬢だなんて悪名名高い悪役令嬢』が、貴族のご令嬢らしからぬピュアっぷりで可愛らしいのよ? きっと、転生者だから毒花令嬢らしくないのよ!」
「はあ」
「ほら、よくある転生悪役令嬢の物語みたいじゃない? ある日何かをきっかけに、転生者の主人公がゲームとか小説の悪役令嬢に転生したのに気がついて、物語の行く末を知ってる転生者だから破滅フラグを回避しているうちに、貴族の常識とは異なる行動をして全然悪役令嬢っぽくなくなっちゃって、対象者だけじゃなくてみんな転生者の主人公に惚れちゃうなんてストーリー」
「……はあ。そうですね」
「でしょう? わたしたちは『悪役令嬢に転生した転生者であるネリーネ様が、転生先で破滅フラグ回避する物語』のモブに転生したのよ! ねえ、そう思わない?」
「えっと、ちょっと『転生、転生』って言われすぎてエレナ様のおっしゃる意味がわからなくなっちゃいました。聴覚でもゲシュタルト崩壊って起きるんですね」

 もう! 真剣に聞いてくれてないなんて!
 わたしは頬を膨らます。

「メアリさん。からかわないで。いい? 確かネリーネ様は殿下の婚約者探しのお茶会に参加されてないのよね? ねえ。おかしいと思わない? 国内一の資産を誇る名門伯爵家のお嬢様が婚約者候補に上がらないなんて。ってことは、呼ばれないようにするために何か画策したんじゃないかって思わない? わたしが思うに、ネリーネ様は転生者で物語の内容がわかってるから、だから殿下の婚約者になって破滅フラグが立たないように悪評をあえて流したんじゃないかしら?」

 理路整然と推理を披露するわたしをメアリさんは見つめていた。

「……王太子殿下の婚約者になるのが、破滅フラグなんですか?」
「権力者に固執するのは破滅の第一歩だと思わない?」
「思わなくはないですけど」
「でしょう? それを証拠に、代わりに殿下の婚約者に座ったエレナは悪評高いもの」
「代わりじゃないとおもうんですけど……。えっと、そしたらなぜ毒花令嬢は悪評高いままなんですか?」
「……それは」

 わたしは考えを巡らせる。
 もうすでにフラグを折っているなら悪評を垂れ流し続ける必要はない。

「もしかしたら、この後の物語でエレナと殿下の婚約が破棄されて、また殿下のご婚約者を探すことになるのかもしれないわ。きっとネリーネ様はその時にまた婚約者候補にならないように、ステファン様と結婚するまで悪評を流し続けるんじゃないかしら」
「なんかエレナ様が熱弁してると、うっかり言ってることが正しいような気がしてしまいます」
「うっかりじゃないわ。きっと真実よ」

 メアリさんは腕を組んで考え込む。
 わたしはメアリさんを見つめる。

「ねえ、メアリさん。わたしと一緒に、ネリーネ様が転生者なのかどうか確かめるのを手伝ってくださらない?」
「ええっ?」
「お願いよ。一人じゃうまく立ち回れる気がしないもの」
「わたしだってうまく立ち回れないですよ」
「そんなことないわ。それに……ネリーネ様が転生者で物語の行く末をご存じで、エレナが婚約破棄される未来をご存じだとしたら、その事実を一人で受け止めるのは怖いわ」
「そんな……わかりました」

 メアリさんは困った顔でわたしを見つめ返した。

「その代わりと言ってはなんですけど、お兄様は国内で水着流通させるの嫌がってたのを説得して、ジェームズ商会に便宜を図ってもらうように進言するわ」
「本当ですか⁈ 約束ですよ」

 困った顔から笑顔になったメアリさんはわたしの手を握った。
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