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第四部 

144 エレナ、王宮で働く

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 リリィさんを先導にして内政機関お役所の各部署を説明してもらう。
 わたしは女官達について歩いて、新しく着任した見習い女官の一人として挨拶をするだけだ。

 女官達はおしゃべりが大好きみたいで挨拶回りの傍ら、色々な話を教えてくれる。
 リリィさんに窘められたり、時にはリリィさんも話題に混ざりながらにぎやかに王宮内を歩く。

 ただ、挨拶回り自体はだいたいどの部署でも「上席のものはおりません」の一言で終わってしまっていた。

「大臣のみなさんはお忙しいのね」
「お忙しいと言いますか……ねぇ」
「ええ」

 わたしの発言に女官達は困ったように笑う。

「もともと大臣達は来てもいないのですよ。それでも挨拶回りをしていないことがわかると目くじらを立てるのですから困ったものです」

 リリィさんはため息をつく。

 各部署の大臣達は貴族の当主達が多いけれど、基本的に名ばかりの名誉職としか思っていないらしい。
 貴族院の会議なんかで王宮に来ても自分の抱える部署まで顔を出しに来たりしない。
 書類の決済をもらうために貴族院の控室や王都の屋敷に足を運ぶくらいならまだいい方で、わざわざ領地まで行かなくちゃいけないこともあるんだって。

 知らなかった。
 だって、お父様も国土開発を担う部署で大臣をされているけれど、農地の土壌改良や開墾、灌漑設備や水路の整備をライフワークにされているからか、王宮に足繁く通ってる。
 他の大臣達もみんなそんなもんだと思っていたのに。お父様みたいな方の方が珍しいそうだ。

 だから、状況によっては担当責任者が確認してない書類を王弟殿下や宰相閣下が担当者に確認して決済の判断をすることになることもあるそうで。

 そうそう。王弟殿下はまだまだ二十代半ばと若くて独身だから、女官達に大人気だった。
 みんな王弟殿下の話題になると「物憂げな横顔が素敵」とか「遠慮がちな微笑みにときめく」とか「庭園で花を愛でる姿が絵になる」なんて色めき立つ。

 わたしは姿絵でしか王弟殿下を拝見したことがないんだけれど、王弟殿下と殿下は叔父と甥だというだけでなく、母親である王太后様と王妃様が姉妹同士だからか雰囲気が似ている。
 大人になった殿下なんてそりゃイケメンに違いない。

 婚約破棄される前に一度くらいは本物の王弟殿下を見られるかしら……

 わたしがそんな事を考えていると、殿下の婚約者な事を思い出した女官達から「最近は王太子殿下も拝見する機会が増えたので、綺麗な顔で整っていて目の保養になるなんて言われてますよ」なんて的外れなフォローされた。

 名誉職の大臣達はいいとして、現場を取り仕切る上級官吏達に挨拶をしたいのだけど、現場は中級官吏や下級官吏と言われる役人達ばかりで上級官吏もほとんど不在だった。

 役人が階級を上げるには年に一度の試験の結果だけじゃなく、コネが物を言う。
 多くの上級官吏にとっては現場で仕事をするよりもコネクションづくりのために奔走することの方が大切で、上級官吏になっても現場で仕事をしてるのは揺るがないコネがある一部の人たちだけらしい。

 上級女官のリリィさんは優秀なのはもちろん殿下の筆頭補佐官であるランス様の奥様なんていう最強のコネクションがある。

 お兄様なんて、侯爵家の嫡男で、殿下の幼馴染で、かりそめでも殿下の婚約者の兄で、これから友好を深めるイスファーン王国のお姫様を婚約者にもつなんていうコネのデパートだから、あっという間に上級官吏になるんだろうな。
 なんならスタートから上級官吏でもおかしくない。

 ようやく挨拶回りというか職場見学が終わって、わたし達は文書室に通される。
 わたしとメアリさんが行うのは文書回送の仕事だ。
 リリィさん達に代わって、今度はハロルド様が説明してくださることになった。




 内政機関お役所の仕事というのは一つの部署や担当者で終わらない。いろんな部署の確認が必要になる。

 次の部署に書類を回す都度担当者が出歩いていたら効率が悪いので、いったん文書室に集めて定期的に書類を届けることになっている。
 それが文書回送の仕事だ。

 本当はわたしもお兄様と一緒に翻訳の仕事をしたかったけど、殿下に書類を持ってきていたあの感じの悪い役人が文書回送の仕事から追い出されて、ハロルド様が殿下宛の文書回送をしている。
 ……そういえばあの感じの悪い役人は今何をしてるんだろう。
 解雇されたのかな。

 まあ、それはどうでもいい。
 ハロルド様は元々はイスファーン王国の法規集の翻訳編纂の仕事をしていたらしく、私たちが文書回送をしてハロルド様に本来の仕事に戻ってもらおうということになったらしい。

 ちなみにハロルド様は王宮内の出世にはまったく興味がないらしく下級官吏のままなんだそうだ。
 ご実家が資産家だから立身出世する必要がないし、自分の興味がある翻訳や編纂の仕事に従事したいそうで。
 わたしやメアリさんが文書係に配属されて文書回送を担う事でハロルド様は元の仕事に戻れると喜んでいる。

「では、お二人には主に特設部署に関わる書類の回送を担っていただきます。まずは文書室に届いた書類を届けにいきましょう」

 そう言ってハロルド様は各部署宛に仕分け済の書類棚から、書類を取り出してケースにしまう。

 ハロルド様のいう特設部署はどこの部署よりも大量な書類が集まっていて、一つのケースには収まらない。
 わたしとメアリさんで分けてもかなり重い。
 私たちは書類ケースを両手で抱えて目的地に向かうことになった。
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