149 / 241
第三部 運命の番(つがい)のお兄様に婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します!
141 恵玲奈は転生先の物語がわからないまま(第三部最終話)
しおりを挟む
刺繍に飽きてしまったアイラン様を連れてお兄様は退室してしまったので、いまこの部屋はわたしと殿下とウェードしかいない。
ほぼ二人きりだわ。
寝起きの気だるげな雰囲気をまとう殿下は、体勢を整えてゆっくりとソファに座る。
目覚ましのためにウェードに用意させた水を嚥下する喉は男らしい。
さっきまであどけない顔で寝ていたとは思えない。
いつものキラキラ王子様な殿下も、もちろん素敵だけれど、気だるげな殿下は色っぽくて、眼福なんて言葉じゃ収まりきらない。
イケメンなはずでも寝起きのお兄様は毎朝だらしなくて始末が悪いのに、どうして殿下は寝起きから素敵なんだろう。
「──つまり、エレナは王宮に出仕したいということかな?」
殿下の問いにわたしは慌てて首肯する。
寝起き姿の殿下にうっとりとしすぎてしまった。
わたしの答えに、殿下は顔の前で指を組み考え込むと、納得されていないのか「出仕か……そうか、出仕……ね」と呟く。
やっぱり、殿下もわたしを王宮に連れて行きたくないんだろうな。
「だって、殿下のお誕生日まであと半年もないわ」
殿下の成人を祝う祝賀会でエレナと殿下の婚約が発表されることになっている。
なんの国益もないどころか、子供みたいで馬鹿にされてるエレナとの婚約なんて、きっとそれまでになかったことにされるだろう。
かりそめの婚約者ですら、なくなる日……
Xデーまでカウントダウンが始まっている。
「その日が来たら、わたしはもう身動きが取れなくなってしまうもの」
わたしは、前世の記憶を思い出しても、まだ自分がどんな物語の世界に転生したのか思い出せない。
何が起きるかもわからない中で、破滅フラグを回避しなくちゃいけないのに。
殿下に近寄らなければ破滅フラグを回避できるのか、近寄らなくてもシナリオ強制力で結局破滅フラグは回避できないのか何もわからない。
それなら幼い頃から大好きな殿下が疲れ果てたご様子なんだもの。少しでもいいから近くで役立ちたい。
役に立てるだけの能力をエレナは持っている。
わたしの答えに殿下は指を組んだ手でそのまま顔を覆うと、下を向き何度も息を吐き出す。
いつもの深いため息一つくらいじゃ、冷静になれないんだろう。
巷で噂されるような、人の心のない王子様じゃない。
殿下は、エレナと過ごした幼かった日々を覚えていてくださっている。
国益にあった婚約者が見つかるまでの場繋ぎでしかない、かりそめの婚約者であるエレナに対して、情があるんだわ。
その情に訴えて婚約者の座に固執したいけど、それは、破滅の道を歩むこと。
殿下をじっと見つめる。
水を飲んだわけでもないのに、喉がゴクリと動く。
「……そうだな。私の誕生日を過ぎれば、エレナには……王宮で王太子妃教育を受けてもらわなくてはいけない」
「ええ」
感情を押し殺した笑顔でわたしにそう伝えた殿下は、わたしの返事を聞くとすぐに顔をそらした。
王太子妃教育なんて始まらないのは、わたしが一番よくわかってる。
嘘をついたことに心を痛めていらっしゃるのか、目の前で胸元を押さえた手は力が入って血管が浮き出ている。
男らしい大きな手に、そっと小さなエレナの手をそえる。
ハッと殿下の顔が上がる。
目が合うと、瞳は所在なさげに揺れる。荒い呼吸に、震える唇。頬まで赤いのは、嘘をついた事で動揺してるから?
わたしは嘘に気が付かない振りをして笑う。
「ですから、いま殿下のお役にたつために女官見習いとして王宮に出仕したいのです。王立学園の生徒は役人見習いと同じ扱いですもの」
殿下の手にそえた小さな手に力をこめる。
「おそばにいたいの」
「……ぐぅっ」
後ろめたいのか苦しそうにうめく殿下の声を聞きながら、わたしは、転生先の物語も役割もわからないまま、まだまだ生きていかなくちゃいけないと決意した。
~第三部・完~
*********
第四部に続きます。
第三部が思ったよりも長くなってしまいました。
第四部は王都や王宮が舞台になり、相変わらず卑屈な方向に思い込みの激しいエレナと、恋心が伝わらない殿下の物語は佳境に入ります。
ライバル? として純真過ぎる悪役令嬢が現れたりします。
第四部開始前に何話かおまけ話を挟もうと思います。
構想だけで書き溜めがないので、更新間隔は相変わらずバラバラになると思いますが、引き続き宜しくお願いします。
ほぼ二人きりだわ。
寝起きの気だるげな雰囲気をまとう殿下は、体勢を整えてゆっくりとソファに座る。
目覚ましのためにウェードに用意させた水を嚥下する喉は男らしい。
さっきまであどけない顔で寝ていたとは思えない。
いつものキラキラ王子様な殿下も、もちろん素敵だけれど、気だるげな殿下は色っぽくて、眼福なんて言葉じゃ収まりきらない。
イケメンなはずでも寝起きのお兄様は毎朝だらしなくて始末が悪いのに、どうして殿下は寝起きから素敵なんだろう。
「──つまり、エレナは王宮に出仕したいということかな?」
殿下の問いにわたしは慌てて首肯する。
寝起き姿の殿下にうっとりとしすぎてしまった。
わたしの答えに、殿下は顔の前で指を組み考え込むと、納得されていないのか「出仕か……そうか、出仕……ね」と呟く。
やっぱり、殿下もわたしを王宮に連れて行きたくないんだろうな。
「だって、殿下のお誕生日まであと半年もないわ」
殿下の成人を祝う祝賀会でエレナと殿下の婚約が発表されることになっている。
なんの国益もないどころか、子供みたいで馬鹿にされてるエレナとの婚約なんて、きっとそれまでになかったことにされるだろう。
かりそめの婚約者ですら、なくなる日……
Xデーまでカウントダウンが始まっている。
「その日が来たら、わたしはもう身動きが取れなくなってしまうもの」
わたしは、前世の記憶を思い出しても、まだ自分がどんな物語の世界に転生したのか思い出せない。
何が起きるかもわからない中で、破滅フラグを回避しなくちゃいけないのに。
殿下に近寄らなければ破滅フラグを回避できるのか、近寄らなくてもシナリオ強制力で結局破滅フラグは回避できないのか何もわからない。
それなら幼い頃から大好きな殿下が疲れ果てたご様子なんだもの。少しでもいいから近くで役立ちたい。
役に立てるだけの能力をエレナは持っている。
わたしの答えに殿下は指を組んだ手でそのまま顔を覆うと、下を向き何度も息を吐き出す。
いつもの深いため息一つくらいじゃ、冷静になれないんだろう。
巷で噂されるような、人の心のない王子様じゃない。
殿下は、エレナと過ごした幼かった日々を覚えていてくださっている。
国益にあった婚約者が見つかるまでの場繋ぎでしかない、かりそめの婚約者であるエレナに対して、情があるんだわ。
その情に訴えて婚約者の座に固執したいけど、それは、破滅の道を歩むこと。
殿下をじっと見つめる。
水を飲んだわけでもないのに、喉がゴクリと動く。
「……そうだな。私の誕生日を過ぎれば、エレナには……王宮で王太子妃教育を受けてもらわなくてはいけない」
「ええ」
感情を押し殺した笑顔でわたしにそう伝えた殿下は、わたしの返事を聞くとすぐに顔をそらした。
王太子妃教育なんて始まらないのは、わたしが一番よくわかってる。
嘘をついたことに心を痛めていらっしゃるのか、目の前で胸元を押さえた手は力が入って血管が浮き出ている。
男らしい大きな手に、そっと小さなエレナの手をそえる。
ハッと殿下の顔が上がる。
目が合うと、瞳は所在なさげに揺れる。荒い呼吸に、震える唇。頬まで赤いのは、嘘をついた事で動揺してるから?
わたしは嘘に気が付かない振りをして笑う。
「ですから、いま殿下のお役にたつために女官見習いとして王宮に出仕したいのです。王立学園の生徒は役人見習いと同じ扱いですもの」
殿下の手にそえた小さな手に力をこめる。
「おそばにいたいの」
「……ぐぅっ」
後ろめたいのか苦しそうにうめく殿下の声を聞きながら、わたしは、転生先の物語も役割もわからないまま、まだまだ生きていかなくちゃいけないと決意した。
~第三部・完~
*********
第四部に続きます。
第三部が思ったよりも長くなってしまいました。
第四部は王都や王宮が舞台になり、相変わらず卑屈な方向に思い込みの激しいエレナと、恋心が伝わらない殿下の物語は佳境に入ります。
ライバル? として純真過ぎる悪役令嬢が現れたりします。
第四部開始前に何話かおまけ話を挟もうと思います。
構想だけで書き溜めがないので、更新間隔は相変わらずバラバラになると思いますが、引き続き宜しくお願いします。
8
お気に入りに追加
1,099
あなたにおすすめの小説
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
塩対応の公子様と二度と会わないつもりでした
奏多
恋愛
子爵令嬢リシーラは、チェンジリングに遭ったせいで、両親から嫌われていた。
そのため、隣国の侵略があった時に置き去りにされたのだが、妖精の友人達のおかげで生き延びることができた。
その時、一人の騎士を助けたリシーラ。
妖精界へ行くつもりで求婚に曖昧な返事をしていた後、名前を教えずに別れたのだが、後日開催されたアルシオン公爵子息の婚約者選びのお茶会で再会してしまう。
問題の公子がその騎士だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる