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第一部 最終章

【サイドストーリー】魔法少女は王子様と対峙する

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 栗色の髪の毛を豚毛のブラシでとかしながら、王立学園アカデミーに通う前に聞いていた、王子の婚約者に対する噂話を思い出していた。

 今思えば、噂は聞くに耐えない酷いものだった。
『癇癪が酷くいつも大騒ぎしている。家族は誰も叱ることをせず、甘やかしていてつけ上がらせるばかりだ』
『小太りの醜女のくせにわがままで、領民に自らを「女神」なんて呼ばせている』
『茶会に出ても礼節を知らないため、自分の話ばかりし会話が成り立たない。とうとう誰からも相手にされず茶会に呼ばれなくなった』

 貴族社会の爪弾き者なんて馬鹿にされた侯爵令嬢と王子の婚約に、街の人たちはみんな祝福もなく、ただあざ笑っていた。
 王子の噂だって、酷いものだった。
『婚約者候補の優秀な公女様が無能な王太子から逃げ出したが、王太子は自分の執務を押し付けるために公女を必要としていて、いつでも婚約破棄ができるように自分の意のままに操れる幼馴染の令嬢をかりそめの婚約者に据えた』
『無能で不能な王太子に国内の貴族達は見切りをつけ、誰からも相手にされないようなご令嬢しか、相手が見つからなかった』
『愚かな王子が、自分の見栄えを良くするために小太りの醜女で愚かな令嬢を選んで勝手に婚約者に据えてしまった』
『わがままなご令嬢に大国の王太子妃は務まらないから、侯爵令嬢が結婚出来る年齢になるまでに、政治的に有利でこの国に恩恵をもたらすお相手を探してすげ替える予定だ』

 ──噂話を聞いたときは、わたしも本当のことなんだと信じていた。

「スピカさん。どうしたの?」

 エレナ様の柔らかくてふわふわの髪の毛をとかす私の手が、考え事に気を取られて少し疎かになっていた。
 鏡越しにエメラルドグリーンの瞳が心配そうに見つめている。

「どんな髪型にしようか考えてたら、手が止まってしまったんです」
「ふふ。そんなに一生懸命考えてくれているの? ありがとう」

 小さな顔に、くりっと上向きのまつ毛に縁取られた大きな目。ふっくらとした柔らかそうな頬に、ぽってりとした唇は薄紅色に色づく。
 鏡の中の少女は、まさに女の子の理想を詰め込んだような愛くるしい顔をほころばせた。

 ああ! 今日もエレナ様ってば、可愛い!

 ご自身では背が低くて子供っぽいなんておっしゃるけれど、小柄な可愛らしい少女は、女のわたしですら庇護欲をそそられて、つい抱きしめてしまいたくなる。
 確かに背はあまり高くないけど、小柄なだけ。
 子供っぽいだとか、小太りだなんてとんでもない。
 多分胸が大きいから着る服次第で遠目から見ると太って見えるだけで、誰もが羨ましいがるくらいスタイルがいい。

 もちろん癇癪持ちなんかじゃない。
 貴族のご令嬢なんて美人でも気位が高いばっかりで、集まって陰口叩くような感じ悪い人も多いのにエレナ様は全く違う。
 誰よりも正義感の強いエレナ様は意見をはっきりとおっしゃるだけだ。
 わたしが魔女なんて陰口を言われた時もそうだった。
 多勢に無勢でも感じの悪いご令嬢相手に立ち向かっていた。

 それに、誰からも相手にされないなんてありえない。
 そりゃ王立学園アカデミーに通い始めたばかりの頃はご自身の噂に心を痛めていたのか、控えめを通り越して暗い表情で近寄れない雰囲気だったけど。
 いまは、くるくると表情のかわる可愛らしいエレナ様にお近づきになりたい貴族の子女達はお互いを牽制しあってるだけ。

 悪い噂ばかりの中で、農業と畜産が盛んなトワイン領はお祭りが多くて、領主様ご一家と領民の距離がとても近いなんて噂も聞いていたけど。
 その噂こそが本当なんだろうなっておもう。
 トワイン領の領民の気持ちがよく分かる。

 ──きっと、エレナ様はこの世に舞い降りた「女神様」だ。

 女神様をかりそめの婚約者なんて扱いをして、悪い噂を放置した挙句捨てようとしてるだなんて。
 そんな王子様なんてクソ食らえだ。わたしが命をかけてでもエレナ様を守ってみせる。
 わたしはそう思っていた。
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