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第三部 運命の番(つがい)のお兄様に婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します!

120 マリッジブルーのお兄様と逃避行

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 お兄様と別れてお借りした部屋に向かうと、ソファでふんぞり返って座ったアイラン様がメリーにあれこれわがままを言っていた。
 イスファーン語が分からず困っているメリーに、わたしの分もお茶を出したら荷解きに戻るように指示を出す。

 わたしもソファに座りお茶を飲む。

『なあ、エレナ。いつまでここにいる気なのだ』
『屋敷の工事が終わるまでとお兄様が言っておりましたよ。十日ほどだと思います』
『そうではない』
『と、おっしゃいますと?』

 アイラン様は持っていた茶器をテーブルに置くと、やれやれと肩をすくめる。ユーゴもお兄様もそっくりな仕草をするけれど、アイラン様もいつのまにかお兄様と仕草が似てきた。

『わたしとエリオットは新婚なのだから、気を使いなさいよ』

 アイラン様はそう言ってため息をつく。

『だから、エレナ様にも一緒にいていただいているのです。放っておいたら碌なことにならない。よろしいですか? 結婚ではなく婚約です。二年強何も起きないように──』

 ネネイのお小言がはじまると、急にドアがあく。

「エレナ! 助けて! 追いかけてきた!」

 お兄様が飛び込んできて叫ぶ。

「追いかけてきたって、誰が?」

 返事もせずに、慌ててアイラン様の座るソファの裏に逃げ込むお兄様を見て、思考を巡らせる。

 こんなに慌てるなんて誰が来たって言うの?

 お兄様を狙っていたご令嬢?

 だって、お兄様はとんでもなくおモテになる。

 上位貴族の子女達はみな齢十六になり婚約が解禁されれば、内々に打診していた家同士で婚約が決まることがほとんどで。
 相手の年齢で少し待つことはあるだろうけど、相手が全くいないなんてことは普通あり得ない。
 なのにお兄様は十八歳の成人を迎えても、婚約者どころか特定のお相手もいなかった。
 お兄様自身は、王宮に働きに出て働き者の女官を娶ろうと考えていたらしいけど、婚約者が決まっていない年頃のイケメン侯爵令息は、多くの貴族令嬢の注目の的だった。
 しかも、イケメンなだけじゃなく、お兄様は勉強が出来る。
 王立学園アカデミー内でもトップクラスに頭がよい。
 それに勉強だけじゃなく、小さい頃から馬に慣れ親しんでいたお兄様は馬術も得意だし、ダンスのリードも上手だし、ヴァイオリンも弾けたりする。
 殿下の幼馴染な上、未来の王妃の兄なんだから、王室に関わる時の地位も確約されたも同然。
 そんな釣書だけでモテるのが間違いないのに、上辺は紳士的で優しいなんて、とんでもない優良物件なので常日頃お兄様を狙う……じゃなくて、慕うご令嬢達にお兄様は囲まれていた。
 そしておモテになるお兄様は、そんなご令嬢達とちょっとした火遊びもされていたのは自明の理だ。
 お兄様が社交界にデビューしてすぐ、お兄様といい雰囲気だと主張するご令嬢達がひっきりなしに領地の屋敷まで押しかけてきて、大騒ぎだったんだから。

 お兄様の突然の婚約にいてもたってもいられずにここまで乗り込んでくるご令嬢がいてもおかしくない。

「ご自身が蒔いた種でしょう? 逃げずに立ち向かわれたらどうですか」

 わたしもソファの裏に周る。両手で顔を覆い、座り込んでいるお兄様を見下ろす。

「そりゃ僕が蒔いた種かもしれないけれど、僕だってずっとずっと後悔していたんだ。それなのに今さらあんなこと言うなんて裏切りだよ……」
「裏切りもなにもお兄様が火遊びなんてされるからいけないのよ」
「……火遊び? 何のこと?」

 キョトンとした顔でわたしを見上げるお兄様に、何でも許してあげたくなるけれど、ここは心を鬼にする。

「お兄様が手を出したご令嬢が乗り込んできたのでしょう?」
「ちょっとエレナ、違うから! アイラン様がいるのになんてこと言うの! 僕は身を滅ぼすような遊び方はしていないからね!」
「じゃあ、誰が追いかけてきてるっていうのよ」

 わたしはそう言って窓辺に向かう。

「エレナ! 待って!」

 お兄様の叫び声を無視して覗き込んだ窓の下では、白馬に乗った殿下王子様がこちらを見上げていた。


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