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第三部 運命の番(つがい)のお兄様に婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します!
118 マリッジブルーのお兄様と逃避行
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お忍び婚前旅行を装った帰路は、どんなトラブルが起きるんだろう……
エレナが非難されるようなことに巻き込まれるんじゃないかと心配していたけれど。
南の街道で宿場町を領都に持つケイリー伯爵家のブライアン様が、早馬で付き合いのあるホテルにスムーズに泊まれるように根回しをしてくれた。
それに新聞でも大々的に報じられたボルボラ諸島での婚約式の主役であるお兄様とアイラン様は市井でも知られた存在で、その二人がホテルに泊まったとなれば箔がつくからと、どこのホテルでも大歓迎だった。
何のトラブルもなく旅路は続き、王都は目の前だ。
朝早くに王都にほど近いケイリー伯爵家の経営するホテルを後にして、馬車に乗り込む準備を始める。
馬車に乗ってしまうと碌に話もできない。
わたしは荷物の整理をメリーに任せて、早めに馬車に向かい、馭者との打ち合わせをしているお兄様を捕まえる。
「こんなに早く出なくてもいいんじゃない? いまから帰ったら、王都の屋敷は朝から大騒ぎになるわ」
「僕たちは、王都には戻らないよ」
「えっ! 戻らずにどこに行くの?」
驚くわたしを気にもとめずため息をついたお兄様は遠くを見つめる。
いつもの暢気で無駄に芝居がかって大袈裟で、でもエレナのことを大切にしてくれるお兄様と、最近のやたらため息ばかりついてアンニュイなお兄様は中身が違うんじゃないかってくらい別人だ。
じっと見ていると、お兄様は目を伏せまつ毛を震わせる。
「……領地にある王室の別荘に行く。予定していた王都の屋敷の模様替えが、職人不足でなかなか進んでないから、前々からお借りしたいと申請していたんだ」
そうか。
ボルボラ諸島のリゾートホテル建設の余波ね。
家具や内装を手がける職人達はいま、金払いの良いホテル関連の取引を優先しているらしい。
婚約式の披露パーティーで偉い人周りをして小耳に挟んだ話だと、お父様が要職を勤めている水路や街道整備なんかの公共事業で土木工事をする職人達も、ホテル周りの工事に駆り出されているから人が集まらないなんておっしゃっていた。
王都の屋敷が整うまで、王室の別荘に滞在していただくのは、アイラン様も以前滞在されていらしたし、適切な判断ね。
「じゃあ、これから湖のほとりにある王室の別荘に向かうのね」
「……僕たちにはそうするしか選択肢がないんだ。今となっては、殿下なんかに頼りたくなかったんだけど、まあ、王室の持ち物だってだけで殿下の持ち物なわけじゃないし、きちんと正式な手続きを経て借りるわけだから、殿下を頼ってるわけじゃないものね。エレナも我慢してね」
お兄様はわたしの肩を掴んで揺さぶる。
殿下に頼りたくない? 我慢? 意味がわからない。
「……お兄様は何をおっしゃりたいの?」
わたしは半目でお兄様を見つめる。
「ううん。別になんでもないんだ」
「なんでもないわけないじゃない。殿下と何かあったの?」
逡巡するお兄様はわたしと目を合わせようとしない。
「えっと……あの……ごめんね。うまく言葉にできなくて。もう少し気持ちを整理する時間をぼくに頂戴」
「最近お兄様らしくないわ」
「そうかな」
「そうよ。お兄様は、いつだって自分の気持ちに嘘偽りなく、余計なことまでペラペラ喋るじゃない。うまく言葉にできないなんて考えられないわ」
「……相変わらず、エレナは僕に厳しいね。とにかく、もう少しだけ待って」
もう!
結局なにがあったかわからないまま、お兄様は立ち去ってしまった。
『マリッジブルーですね』
「きゃ!」
頭の上から聞こえた冷静なイスファーン語にびっくりして振り返ると、アイラン様の侍女であるネネイが荷物を抱えて後ろに立っていた。
馬車に積み込むために来たんだろう。
『マリッジブルー? お兄様が?』
バクバクする胸を抑えてネネイに質問する。
『ええ。花嫁があのアイラン様ですもの。うまくやっていけるかご心配なのでしょう』
『そうかしら。ネネイにはそう見えるの?』
『ええ。あれだけ大々的に婚約式を執り行ったのです。後戻りできないことを実感されてるに違いありません』
アイラン様と結婚することを不安視してるようには思えないけど……
でも、ネネイから見てもお兄様は気落ちして見えるってことよね。
本当に何があったのかしら。
心配な気持ちのまま馬車に乗り込んだわたしは、エスコートしてくれたお兄様に「わたしにできることは何でもおっしゃって」と耳打ちする。
そしてそのことを即座に後悔することになるなんて、思ってもみなかった。
エレナが非難されるようなことに巻き込まれるんじゃないかと心配していたけれど。
南の街道で宿場町を領都に持つケイリー伯爵家のブライアン様が、早馬で付き合いのあるホテルにスムーズに泊まれるように根回しをしてくれた。
それに新聞でも大々的に報じられたボルボラ諸島での婚約式の主役であるお兄様とアイラン様は市井でも知られた存在で、その二人がホテルに泊まったとなれば箔がつくからと、どこのホテルでも大歓迎だった。
何のトラブルもなく旅路は続き、王都は目の前だ。
朝早くに王都にほど近いケイリー伯爵家の経営するホテルを後にして、馬車に乗り込む準備を始める。
馬車に乗ってしまうと碌に話もできない。
わたしは荷物の整理をメリーに任せて、早めに馬車に向かい、馭者との打ち合わせをしているお兄様を捕まえる。
「こんなに早く出なくてもいいんじゃない? いまから帰ったら、王都の屋敷は朝から大騒ぎになるわ」
「僕たちは、王都には戻らないよ」
「えっ! 戻らずにどこに行くの?」
驚くわたしを気にもとめずため息をついたお兄様は遠くを見つめる。
いつもの暢気で無駄に芝居がかって大袈裟で、でもエレナのことを大切にしてくれるお兄様と、最近のやたらため息ばかりついてアンニュイなお兄様は中身が違うんじゃないかってくらい別人だ。
じっと見ていると、お兄様は目を伏せまつ毛を震わせる。
「……領地にある王室の別荘に行く。予定していた王都の屋敷の模様替えが、職人不足でなかなか進んでないから、前々からお借りしたいと申請していたんだ」
そうか。
ボルボラ諸島のリゾートホテル建設の余波ね。
家具や内装を手がける職人達はいま、金払いの良いホテル関連の取引を優先しているらしい。
婚約式の披露パーティーで偉い人周りをして小耳に挟んだ話だと、お父様が要職を勤めている水路や街道整備なんかの公共事業で土木工事をする職人達も、ホテル周りの工事に駆り出されているから人が集まらないなんておっしゃっていた。
王都の屋敷が整うまで、王室の別荘に滞在していただくのは、アイラン様も以前滞在されていらしたし、適切な判断ね。
「じゃあ、これから湖のほとりにある王室の別荘に向かうのね」
「……僕たちにはそうするしか選択肢がないんだ。今となっては、殿下なんかに頼りたくなかったんだけど、まあ、王室の持ち物だってだけで殿下の持ち物なわけじゃないし、きちんと正式な手続きを経て借りるわけだから、殿下を頼ってるわけじゃないものね。エレナも我慢してね」
お兄様はわたしの肩を掴んで揺さぶる。
殿下に頼りたくない? 我慢? 意味がわからない。
「……お兄様は何をおっしゃりたいの?」
わたしは半目でお兄様を見つめる。
「ううん。別になんでもないんだ」
「なんでもないわけないじゃない。殿下と何かあったの?」
逡巡するお兄様はわたしと目を合わせようとしない。
「えっと……あの……ごめんね。うまく言葉にできなくて。もう少し気持ちを整理する時間をぼくに頂戴」
「最近お兄様らしくないわ」
「そうかな」
「そうよ。お兄様は、いつだって自分の気持ちに嘘偽りなく、余計なことまでペラペラ喋るじゃない。うまく言葉にできないなんて考えられないわ」
「……相変わらず、エレナは僕に厳しいね。とにかく、もう少しだけ待って」
もう!
結局なにがあったかわからないまま、お兄様は立ち去ってしまった。
『マリッジブルーですね』
「きゃ!」
頭の上から聞こえた冷静なイスファーン語にびっくりして振り返ると、アイラン様の侍女であるネネイが荷物を抱えて後ろに立っていた。
馬車に積み込むために来たんだろう。
『マリッジブルー? お兄様が?』
バクバクする胸を抑えてネネイに質問する。
『ええ。花嫁があのアイラン様ですもの。うまくやっていけるかご心配なのでしょう』
『そうかしら。ネネイにはそう見えるの?』
『ええ。あれだけ大々的に婚約式を執り行ったのです。後戻りできないことを実感されてるに違いありません』
アイラン様と結婚することを不安視してるようには思えないけど……
でも、ネネイから見てもお兄様は気落ちして見えるってことよね。
本当に何があったのかしら。
心配な気持ちのまま馬車に乗り込んだわたしは、エスコートしてくれたお兄様に「わたしにできることは何でもおっしゃって」と耳打ちする。
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