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第三部 運命の番(つがい)のお兄様に婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します!

116 ボルボラ諸島での婚約式

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『有力者との挨拶が済めば笑うことすらしないのか。感情のない人形のような王太子だと聞き及んではいたが、ここまでとはな』

 バイラム王子は去り行く殿下の背中に向かってつぶやく。

 わたしが来たタイミングは、多くの有力者達との挨拶を終えたばかりだったらしい。
 ちょうど歓談が始まったタイミングでわたしが来たばかりに、殿下はやるべき仕事が残っているからと下がってしまわれた。

『お忙しいので、お疲れなのだと思います』

 わたしはフォローにならないフォローを入れる。
 感情がない……わけではないと思う。
 きっとわたしを婚約者として他国の王子に紹介しなくてはいけなかったことが苦痛だったから、感情を押し殺しただけ。
 かりそめの婚約者のくせに紹介してもらおうなんて、浅ましいと思われたに違いない。

『やはり、我が国に来ないか? 我が国にくればその美しい瞳を曇らせることはない』

 初対面なのにどこまで真にうけていいかわからない真剣な眼差しに戸惑う。

『バイラム兄様! ほら、可愛い妹のために得意の愛想を振り撒いてきてください!』

 アイラン様は私を背中に匿ったまま、バイラム王子を追いやる。
 やれやれと言わんばかりのバイラム王子は、歓談の輪を見つけるとそちらに向かっていった。

「わたしのせいだわ」
「殿下が気持ちを表に出さないのは今に始まったことじゃないよ。殿下が人形だなんて言われたからって、エレナが気に病む必要は、これっぽっちもない」

 わたしの呟きにお兄様が眉根を寄せる。

「そもそも最近は、殿下の気持ちがどこにあるか、幼馴染としてずっとそばにいる僕にだって、わからないんだからさ」
「お兄様……」
「ほら、エレナもいつまでもアイラン様の背中に隠れてないの。そういえば、アイラン様にエレナから贈り物があるんでしょう?」

 そうだった。
 自分の名前が呼ばれていることに興味津々なアイラン様は、キラキラとした瞳で振り返る。
 いつまでもウジウジと考えていても仕方ない。

『毛糸で水着を編んできたんです』
『水着?』
『はい。海や湖で遊ぶときに着る専用の服です』
『へえ。そんなものを毛糸で作れるのね』
『ええ、前に編み機で編んだ、毛糸の胴着ジレをお見せいただいたでしょ? イスファーン王国は冬でも温暖だからジレの需要がないって伺ったので、だったらイスファーン王国で需要があるものを毛糸で作れないかしらと思って、試しに編んでみたんです』

 イスファーン王国に毛糸を売っても、製品がヴァーデン王国に輸入されるんならあまり意味がない。
 毛糸を輸出するならイスファーン王国で消費して欲しいし、需要が増えれば輸出量が増える。
 現状うちの領地から毛糸を買っていただくことになってるけれど、輸出量が増えれば他の領地もお声がけできる。
 今はお祝いムードだけど、そのうち「トワイン侯爵家ばかり便宜をはかってもらってる」なんて言われるに違いないから、早めに輸出量を増やしたい。

 イスファーン王国は南に位置し、海に面している。
 水着の潜在需要は高いはず。

 防水性を増すために脱脂をあまりしない毛糸を使う。
 誰でも編みやすいように編み図を考えて、メリヤス編みで柄も胸元をボーダーにしたくらいのシンプルなものにした。
 露出は控えめの方がいいかな? って思ってタンクトップと膝上丈のパンツ。
 ヴァーデン王国では、はしたないと思われるレベルだけど、イスファーン王国の風土なら受け入れてもらえるはず。

 っていうのはお兄様の口添えだ。

 元々は前回シーワード領に訪問したときに、パーシェル海まで来たのに海で遊べなかったから、遊ぶために自分の水着を編んでいたにすぎない。

 それを見つけたお兄様が商売っ気を出して、あれこれ注文をつけてきた。

 せっかく前世の知識があっても、それを商売に繋げるのはエレナじゃない。いつもお兄様だ。
 ちっとも転生チートは作動していない。
 まぁいい。お金儲けはお兄様に任せよう。
 わたしはとにかくエレナが破滅の道に向かわないように考えるのに忙しいもの。

『アイラン様もわたしと一緒に水着を着て、海岸で水遊びしましょう』

 アイラン様の好奇心いっぱいの笑顔にわたしもつられて笑顔になる。

 ──そして、約束通り水着でアイラン様達と海で遊んだ直後……
 お兄様に連れられて、わたし達は逃げるようにボルボラ諸島を後にした。
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