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第二部 最終章
89 エレナと羊の毛刈り競争
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「ねぇ、エレナ。アイラン様が『優勝したらご褒美にわたしをあげる』って言ってらした気がするんだけど……。僕の聞き間違いだったりしない?」
お兄様が目を見開いてわたしに尋ねる。
「聞き間違いじゃないと思うわ」
「……そのまんまの意味なのかなぁ? ユーゴの思う様にさせないためには、僕が勝っちゃえばいいのはわかるし、じっちゃま達に文句言わせないためには、僕が頑張る理由づけも必要なのは分かるんだけど。どうしよう? アイラン様は本気なのかな?」
お兄様は頭を抱える。
「……情熱的な夜を過ごしたいとかだったりしないかな」
「エリオット。相手は一国の王女で十四歳の少女だぞ。外交問題に発展する様なマネをするな」
お兄様の浅はかな発言を殿下が窘めるのはもっともだわ。
「お前は婚約者もいないのだし、アイラン王女に望まれているのなら貰い受ければいいではないか」
「ちょっと殿下、勝手な事言わないでよ! 相手は一国の王女様だよ? 僕なんかじゃ釣り合いが取れません」
「情熱的な一晩を過ごすよりもよっぽど正しい行いだろう。大陸一の大国の侯爵家の跡取りと、王族とはいえ側妃の産んだ王女だ。それほど不釣り合いというわけではあるまい」
「不釣り合いだよ! 残念ながら、我が家は侯爵家の中でも、名ばかり侯爵家なんて馬鹿にされてるくらいなんだ。他国の王女様の降嫁先になんて相応しい訳がない!」
「どうしたの? そんな卑下されるなんてお兄様らしくないわ」
普段ナルシストでロマンチストでポジティブなお兄様にしては珍しくネガティブだ。
「もしかして、お兄様はお父様達みたいに恋愛結婚されたいの? だから今までたくさんご縁談のお申し込みがあったのにお断りされてたの?」
わたしの発言にお兄様はキョトンとする。
イケメンのキョトン顔は可愛い。
「違うよ。エレナだってわかってるでしょ? 我が家は昔よりは領地の運営が上向いて来たとはいっても、農業や畜産が主な産業でそんな大きな稼ぎはない。困窮はしていなくても、お姫様や高位貴族のお嬢様を満足させられるほど裕福じゃないんだ。だから僕がまだ婚約相手を決めてなかったのは、王宮に勤める様になったら女官の中で優秀であまり贅沢に興味ない女性を探そうと思ったんだ」
「……そうなのね」
せっかくイケメンなのになんていうか夢もロマンもない……
「そうそう。だから、別に政略結婚だってなんだってうちの利益になったり、国益になって殿下に恩が売れるなら一介の貴族の息子として受け入れるよ。でもイスファーンからしたらうちみたいな家に王女様を輿入れさせても国益にはならないでしょ? 反対されるのがオチなのにさ……」
そっか、アイラン様だけが盛り上がってるだけで、どうせイスファーンの王室から断られるのが分かりきっているのにっていうのがお兄様の本音なのね。
だって下手したらアイラン様を誑かしたなんて言われて、あちらの王室から裁かれる可能性がある。
……お兄様はネネイに証言されたら逃げ隠れできないくらいアイラン様の事誑かしてたものね。
「反対されなければ娶るつもりはあるのか?」
「え?」
殿下がお兄様に尋ねる。
「アイラン様をですか? まぁ、反対されなければ……」
お兄様の発言に驚いて目を見開く。
「待って! お兄様はアイラン様の事どう思ってるらっしゃるの?」
「綺麗で可哀想な子猫ちゃん?」
「……そうじゃなくて。お兄様はイスファーンの人たちがお兄様とアイラン様のご結婚を祝福されるなら結婚してもいいと思ってらっしゃるの?」
「そりゃ、祝福されるならね。だってアイラン様は僕に懐いてて可愛いじゃない? それに異国の王女様が我が家に嫁いでくれるなんて箔がつくよ。しかもイスファーンとはこれから積極的な交易が始まるんだ。僕がアイラン様と結婚すれば、イスファーンと交易したい貴族たちがこぞって僕に頭を下げに来るんだよ。そんな機会願ったりかなったりでしょ?」
そうだ。お兄様はそういう人だった。
わたしと殿下は顔を見合わせてため息をつく。
「エリオット。大丈夫だ。我が国の侯爵領では納税の義務はあるが国の政務官を置かずに独自の自治を認められている。国からの介入が求められるイスファーンの部族の族長よりも国内における地位は高い。上手く説明すれば祝福されるさ」
「そうね。お兄様は優秀な上に殿下の幼馴染だもの。将来は王宮内で要職に着くのは決まったも同然で、しかも妹であるわたしは王太子殿下の婚約者だわ。このままいけばお兄様は未来の国王の義兄になる予定だもの。アイラン様がお兄様と結婚すれば、イスファーン王室にとっては大国であるヴァーデン王室の後ろ盾を手に入れる事が出来るのだから、そう悪い話じゃないはずよ。ね、殿下。そうでしょ?」
「……そっ……そうだな」
わたしの発言に殿下は躊躇いのあるうわずった声で返事をし、動揺が伝わる。
やばい。
何も考えずに発言したけれど、考えてみるとかなりしたたかな発言よね……
きっと殿下はエレナと結婚なんてしたくないはずなのに、この流れでエレナと結婚する前提の話をされても否定できない。
お兄様にアイラン様と結婚する様に言ったのは殿下だ。
エレナと近々婚約破棄を考えてるからやっぱり考え直せなんて言えない。
外堀を埋めるというか退路を断つというか……
したたかな発言に、エレナは悪役令嬢じゃなくてとんでもない策略家で稀代の悪女なんだと気がついて、破滅フラグからは逃げられない事を思い知った。
お兄様が目を見開いてわたしに尋ねる。
「聞き間違いじゃないと思うわ」
「……そのまんまの意味なのかなぁ? ユーゴの思う様にさせないためには、僕が勝っちゃえばいいのはわかるし、じっちゃま達に文句言わせないためには、僕が頑張る理由づけも必要なのは分かるんだけど。どうしよう? アイラン様は本気なのかな?」
お兄様は頭を抱える。
「……情熱的な夜を過ごしたいとかだったりしないかな」
「エリオット。相手は一国の王女で十四歳の少女だぞ。外交問題に発展する様なマネをするな」
お兄様の浅はかな発言を殿下が窘めるのはもっともだわ。
「お前は婚約者もいないのだし、アイラン王女に望まれているのなら貰い受ければいいではないか」
「ちょっと殿下、勝手な事言わないでよ! 相手は一国の王女様だよ? 僕なんかじゃ釣り合いが取れません」
「情熱的な一晩を過ごすよりもよっぽど正しい行いだろう。大陸一の大国の侯爵家の跡取りと、王族とはいえ側妃の産んだ王女だ。それほど不釣り合いというわけではあるまい」
「不釣り合いだよ! 残念ながら、我が家は侯爵家の中でも、名ばかり侯爵家なんて馬鹿にされてるくらいなんだ。他国の王女様の降嫁先になんて相応しい訳がない!」
「どうしたの? そんな卑下されるなんてお兄様らしくないわ」
普段ナルシストでロマンチストでポジティブなお兄様にしては珍しくネガティブだ。
「もしかして、お兄様はお父様達みたいに恋愛結婚されたいの? だから今までたくさんご縁談のお申し込みがあったのにお断りされてたの?」
わたしの発言にお兄様はキョトンとする。
イケメンのキョトン顔は可愛い。
「違うよ。エレナだってわかってるでしょ? 我が家は昔よりは領地の運営が上向いて来たとはいっても、農業や畜産が主な産業でそんな大きな稼ぎはない。困窮はしていなくても、お姫様や高位貴族のお嬢様を満足させられるほど裕福じゃないんだ。だから僕がまだ婚約相手を決めてなかったのは、王宮に勤める様になったら女官の中で優秀であまり贅沢に興味ない女性を探そうと思ったんだ」
「……そうなのね」
せっかくイケメンなのになんていうか夢もロマンもない……
「そうそう。だから、別に政略結婚だってなんだってうちの利益になったり、国益になって殿下に恩が売れるなら一介の貴族の息子として受け入れるよ。でもイスファーンからしたらうちみたいな家に王女様を輿入れさせても国益にはならないでしょ? 反対されるのがオチなのにさ……」
そっか、アイラン様だけが盛り上がってるだけで、どうせイスファーンの王室から断られるのが分かりきっているのにっていうのがお兄様の本音なのね。
だって下手したらアイラン様を誑かしたなんて言われて、あちらの王室から裁かれる可能性がある。
……お兄様はネネイに証言されたら逃げ隠れできないくらいアイラン様の事誑かしてたものね。
「反対されなければ娶るつもりはあるのか?」
「え?」
殿下がお兄様に尋ねる。
「アイラン様をですか? まぁ、反対されなければ……」
お兄様の発言に驚いて目を見開く。
「待って! お兄様はアイラン様の事どう思ってるらっしゃるの?」
「綺麗で可哀想な子猫ちゃん?」
「……そうじゃなくて。お兄様はイスファーンの人たちがお兄様とアイラン様のご結婚を祝福されるなら結婚してもいいと思ってらっしゃるの?」
「そりゃ、祝福されるならね。だってアイラン様は僕に懐いてて可愛いじゃない? それに異国の王女様が我が家に嫁いでくれるなんて箔がつくよ。しかもイスファーンとはこれから積極的な交易が始まるんだ。僕がアイラン様と結婚すれば、イスファーンと交易したい貴族たちがこぞって僕に頭を下げに来るんだよ。そんな機会願ったりかなったりでしょ?」
そうだ。お兄様はそういう人だった。
わたしと殿下は顔を見合わせてため息をつく。
「エリオット。大丈夫だ。我が国の侯爵領では納税の義務はあるが国の政務官を置かずに独自の自治を認められている。国からの介入が求められるイスファーンの部族の族長よりも国内における地位は高い。上手く説明すれば祝福されるさ」
「そうね。お兄様は優秀な上に殿下の幼馴染だもの。将来は王宮内で要職に着くのは決まったも同然で、しかも妹であるわたしは王太子殿下の婚約者だわ。このままいけばお兄様は未来の国王の義兄になる予定だもの。アイラン様がお兄様と結婚すれば、イスファーン王室にとっては大国であるヴァーデン王室の後ろ盾を手に入れる事が出来るのだから、そう悪い話じゃないはずよ。ね、殿下。そうでしょ?」
「……そっ……そうだな」
わたしの発言に殿下は躊躇いのあるうわずった声で返事をし、動揺が伝わる。
やばい。
何も考えずに発言したけれど、考えてみるとかなりしたたかな発言よね……
きっと殿下はエレナと結婚なんてしたくないはずなのに、この流れでエレナと結婚する前提の話をされても否定できない。
お兄様にアイラン様と結婚する様に言ったのは殿下だ。
エレナと近々婚約破棄を考えてるからやっぱり考え直せなんて言えない。
外堀を埋めるというか退路を断つというか……
したたかな発言に、エレナは悪役令嬢じゃなくてとんでもない策略家で稀代の悪女なんだと気がついて、破滅フラグからは逃げられない事を思い知った。
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