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第二部 最終章
86 エレナと羊の毛刈り競争
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「ユーゴ。いい加減にエレナを女神様にしようとするのはやめなさい。エレナはエレナだよ」
わたしはお兄様の声を聞きながら、ユーゴの真剣な瞳に、エレナの記憶を思い出す。
そうだ。エレナは本当に領地の女神様だったんだ。
……って「本当」はいいすぎだ。
お兄様の言うようにエレナはエレナで、人間だ。魔法も何も使えない。
前世の記憶があるだけで、チート能力も何もない。
領地の子供達にとっても、女神様の格好はお祭りでお菓子を配っている目印でしかない。
けれど、大人達はエレナの事を女神様として崇めてくれている。
この国の人たちはみんな、小さな頃に国づくりの神話を聞いて育つ。
神話にはこの世界とこの国を作った『創世神』と『十二柱の神々』の活躍が記されている。
『創世神』はヴァーデン王室の祖先として『十二柱の神々』はこの国の三つの公爵家と九つの侯爵家の祖先とされている。
エレナは由緒正しい侯爵家のご令嬢だ。
だから一応エレナの先祖も辿っていけば、神様に繋がる。
エレナも小さい頃はトワイン領の神様である『恵みの女神様』の話が大好きで、いつも神話の本を読んでいた。
殿下から初めてもらった誕生日プレゼントの本も『ヴァーデン王国神話』の本だった。
神話によると『始まりの神』により統治されたばかりでまだ戦禍による傷跡で荒涼とした土地に作物が育たず誰もが苦しんでいた時代に『恵みの女神』が飢えに苦しむ子供達を哀れみ、子供達のために作物を実らせたとされている。
その後も『恵みの女神』は『創世神』と共にこの国の復興と発展のために身を捧げ、国内を行脚し多くの大地を癒し作物を実らせた。
そのため『恵みの女神』はこの国最初の『癒しの聖女』とも呼ばれている。
『聖女様』は強力な治癒魔法が使えてこの世の危機に現れて癒してくれるらしい。
ちなみにいまも聖女様はいて、王都の礼拝堂で多くの病人や怪我人を救ってるって聞く。
聖女様が現れたのにまだこの国に危機らしい危機は起こってないから、みんな小さな違和感を見つけては予兆だ予兆だと騒ぎ立てている。
話を戻そう。
領地ごとに信仰する神様の違いはあるけれど、だいたいが創世の神様と自領にゆかりのある神様と恵みの女神様の三柱を祀っている事が多い。
国中に女神様への信仰は根づいているけれど、特にトワイン領は領地に広がる広大な農地を護る『地母神』である『恵みの女神』への信仰が篤い。
領都の礼拝堂には大きな女神様の像が飾られているし、礼拝堂に併設されている領地の子供達向けの学校では必ず朝の礼拝で女神様にお祈りを捧げている。
女神様に感謝を祈り、豊穣を願うお祭りも国内で一番盛り上がっている。
ユーゴは母方の祖父が領都で祭司様をしていて熱狂的な女神様信者だ。
なかなか婚約の話が出ないエレナに、ユーゴは自分と白い結婚をして礼拝堂で暮らせばいいとかしきりに言っていた。
いつも通り軽薄な言い方だったし、揶揄われていたと思っていたけど……
そうか……ユーゴは本気だったんだ。
「エリオット様も旦那様もエレナ様は女神様じゃないなんておっしゃいますが、領民達はみな、エレナ様を女神様だと信じてるんです」
「別に信じるのは勝手だ。でもエレナを女神様として礼拝堂に縛り付けるなんて認められないよ。ユーゴだってエレナが殿下と婚約した時に諦めたんだろ?」
お兄様に叱られてもユーゴは引かないで、お兄様を見つめ返す。
「エリオット様はエレナ様が婚約された当初王立学園の寮にいらしたからご存じないかもしれませんが、エレナ様は婚約したのに王太子様から何の音沙汰もない事にとても傷ついていました」
ああ、やっぱり何の音沙汰もなかったんだ。
「挙句、春先の事故です。王都でのお二人のご婚約に対する心無い噂だって領民達の耳にまで入ってるんです。それなのに王太子様とのご婚約を進めるんですか? 王太子様だって相手がいないと困るからって、エレナ様を仮初の王太子妃候補として縛り付けてるじゃありませんか。恵みの女神様を蔑ろにして天罰が下るに違いありません。エリオット様も自分の保身ばかり考えずに領地のことも、ちゃんと考えてください」
わたしは陶酔しているユーゴを冷ややかに見つめる。
ユーゴは女神様が大好きなだけで、エレナ自体を大好きなわけではない。
女神様強火担当のユーゴとなんて絶対に結婚したくない。
それならこのまま殿下の婚約者として時が来た時に悪役令嬢ムーブなんて起こさずに素直にポイ捨てされた方がマシだ。
エレナの特技である手芸を生かして領地のはずれでスローライフするとか、チートな頭脳を生かしてアカデミーで先生をするとか、どこかのご令嬢の家庭教師するとかしたい。
「ユーゴ。僕だって領地の事を何も考えてないわけじゃないからね」
「なら、早くご結婚相手をお決めになったらどうですか? 愛想よく振る舞うだけで特定の方をお決めにならずにフラフラされてると、うちの父をはじめ使用人一同嘆いております。エレナ様が嫁がれてしまうとこの領地に女神様がいなくなるのです。うちのお祖父様は毎日教会堂で女神様の加護がこの土地にあり続ける様に祈りを捧げております」
「はいはい。祭司様に感謝の言葉を伝えておいて」
「エリオット様! ごまかさないでください。エリオット様がこの地に女神様をもたらせないのであれば、やっぱりエレナ様に女神として残っていただかないと! エレナ様なんて誰からも相手にされないんですから、女神様としてこの地に残るのが一番いいんです!」
誰からも相手にされない。
ユーゴの本音に、ギュッと胸が苦しくなって気がつくとわたしは部屋から飛び出していた。
わたしはお兄様の声を聞きながら、ユーゴの真剣な瞳に、エレナの記憶を思い出す。
そうだ。エレナは本当に領地の女神様だったんだ。
……って「本当」はいいすぎだ。
お兄様の言うようにエレナはエレナで、人間だ。魔法も何も使えない。
前世の記憶があるだけで、チート能力も何もない。
領地の子供達にとっても、女神様の格好はお祭りでお菓子を配っている目印でしかない。
けれど、大人達はエレナの事を女神様として崇めてくれている。
この国の人たちはみんな、小さな頃に国づくりの神話を聞いて育つ。
神話にはこの世界とこの国を作った『創世神』と『十二柱の神々』の活躍が記されている。
『創世神』はヴァーデン王室の祖先として『十二柱の神々』はこの国の三つの公爵家と九つの侯爵家の祖先とされている。
エレナは由緒正しい侯爵家のご令嬢だ。
だから一応エレナの先祖も辿っていけば、神様に繋がる。
エレナも小さい頃はトワイン領の神様である『恵みの女神様』の話が大好きで、いつも神話の本を読んでいた。
殿下から初めてもらった誕生日プレゼントの本も『ヴァーデン王国神話』の本だった。
神話によると『始まりの神』により統治されたばかりでまだ戦禍による傷跡で荒涼とした土地に作物が育たず誰もが苦しんでいた時代に『恵みの女神』が飢えに苦しむ子供達を哀れみ、子供達のために作物を実らせたとされている。
その後も『恵みの女神』は『創世神』と共にこの国の復興と発展のために身を捧げ、国内を行脚し多くの大地を癒し作物を実らせた。
そのため『恵みの女神』はこの国最初の『癒しの聖女』とも呼ばれている。
『聖女様』は強力な治癒魔法が使えてこの世の危機に現れて癒してくれるらしい。
ちなみにいまも聖女様はいて、王都の礼拝堂で多くの病人や怪我人を救ってるって聞く。
聖女様が現れたのにまだこの国に危機らしい危機は起こってないから、みんな小さな違和感を見つけては予兆だ予兆だと騒ぎ立てている。
話を戻そう。
領地ごとに信仰する神様の違いはあるけれど、だいたいが創世の神様と自領にゆかりのある神様と恵みの女神様の三柱を祀っている事が多い。
国中に女神様への信仰は根づいているけれど、特にトワイン領は領地に広がる広大な農地を護る『地母神』である『恵みの女神』への信仰が篤い。
領都の礼拝堂には大きな女神様の像が飾られているし、礼拝堂に併設されている領地の子供達向けの学校では必ず朝の礼拝で女神様にお祈りを捧げている。
女神様に感謝を祈り、豊穣を願うお祭りも国内で一番盛り上がっている。
ユーゴは母方の祖父が領都で祭司様をしていて熱狂的な女神様信者だ。
なかなか婚約の話が出ないエレナに、ユーゴは自分と白い結婚をして礼拝堂で暮らせばいいとかしきりに言っていた。
いつも通り軽薄な言い方だったし、揶揄われていたと思っていたけど……
そうか……ユーゴは本気だったんだ。
「エリオット様も旦那様もエレナ様は女神様じゃないなんておっしゃいますが、領民達はみな、エレナ様を女神様だと信じてるんです」
「別に信じるのは勝手だ。でもエレナを女神様として礼拝堂に縛り付けるなんて認められないよ。ユーゴだってエレナが殿下と婚約した時に諦めたんだろ?」
お兄様に叱られてもユーゴは引かないで、お兄様を見つめ返す。
「エリオット様はエレナ様が婚約された当初王立学園の寮にいらしたからご存じないかもしれませんが、エレナ様は婚約したのに王太子様から何の音沙汰もない事にとても傷ついていました」
ああ、やっぱり何の音沙汰もなかったんだ。
「挙句、春先の事故です。王都でのお二人のご婚約に対する心無い噂だって領民達の耳にまで入ってるんです。それなのに王太子様とのご婚約を進めるんですか? 王太子様だって相手がいないと困るからって、エレナ様を仮初の王太子妃候補として縛り付けてるじゃありませんか。恵みの女神様を蔑ろにして天罰が下るに違いありません。エリオット様も自分の保身ばかり考えずに領地のことも、ちゃんと考えてください」
わたしは陶酔しているユーゴを冷ややかに見つめる。
ユーゴは女神様が大好きなだけで、エレナ自体を大好きなわけではない。
女神様強火担当のユーゴとなんて絶対に結婚したくない。
それならこのまま殿下の婚約者として時が来た時に悪役令嬢ムーブなんて起こさずに素直にポイ捨てされた方がマシだ。
エレナの特技である手芸を生かして領地のはずれでスローライフするとか、チートな頭脳を生かしてアカデミーで先生をするとか、どこかのご令嬢の家庭教師するとかしたい。
「ユーゴ。僕だって領地の事を何も考えてないわけじゃないからね」
「なら、早くご結婚相手をお決めになったらどうですか? 愛想よく振る舞うだけで特定の方をお決めにならずにフラフラされてると、うちの父をはじめ使用人一同嘆いております。エレナ様が嫁がれてしまうとこの領地に女神様がいなくなるのです。うちのお祖父様は毎日教会堂で女神様の加護がこの土地にあり続ける様に祈りを捧げております」
「はいはい。祭司様に感謝の言葉を伝えておいて」
「エリオット様! ごまかさないでください。エリオット様がこの地に女神様をもたらせないのであれば、やっぱりエレナ様に女神として残っていただかないと! エレナ様なんて誰からも相手にされないんですから、女神様としてこの地に残るのが一番いいんです!」
誰からも相手にされない。
ユーゴの本音に、ギュッと胸が苦しくなって気がつくとわたしは部屋から飛び出していた。
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