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第二部 第三章
75 エレナと王室の別荘
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屋敷に到着すると入れ違いで屋敷を出るお父様とお母様を見送り、メリーに部屋へ押し込まれる。
サイズ合わせのためにメリーの手によって着せられた女神様の衣装は、真っ白な綿紗生地をたっぷり使ったハイウェストのシュミーズドレスで、まるでギリシャ神話とかの世界から出てきた様な雰囲気がある。
もちろん貴族の奥方様であるお母様やお嬢様のエレナが着るものだからいやらしい感じではないけれど、体のラインを拾うので結構恥ずかしい。
着終わると、毎年お母様が女神様の格好をする時に身につけている金メッキの腕輪や冠、ネックレスそれにイヤリングなんかのアクセサリーと麦の穂を模した杖を、家令のノヴァが仰々しく運び込む。
メイド達が嬉々としながらわたしを飾り付けていくのを暖かな眼差しでノヴァとメリーが眺めている。
アクセサリーがめちゃくちゃ重い。
確か今までエレナはこんなにアクセサリーはつけてなかったと思うんだけど……
「これ全部わたしがつけるの? お母様の分は?」
わたしの質問にノヴァとメリーが目を丸くする。
「エレナ様。何をおっしゃってるんですか。奥様はもう着られませんよ。今年の祭りからはエレナ様がお一人で女神様として振る舞っていただくことになっていらっしゃるじゃないですか」
ノヴァの発言に今度はわたしが目を丸くするしかなかった。
「お兄様! わたしが一人で女神様の格好をするなんて聞いてないわ!」
わたしは、女神様の衣装のままお兄様の部屋のドアをノックと同時に勢いよく開ける。
「え? 去年のお祭りの時に父上がエレナに「来年からはエレナが一人でやるんだよ」って言ってたよ。どうせエレナの事だから、頭の中で誕生日に殿下からもらった歴史論文の討論会でも開催してて、父上の話をちゃんと話を聞いてなかったんでしょ。みんなのことを困らせたらダメだよ。それに似合ってるから、大丈夫。大丈夫。できる。できる」
お兄様はわたしの事をろくに見もしないで、ユーゴにいれてもらったお茶を飲みながら祭りで子供達に配る胡桃のケーキを味見している。
「ユーゴのいれるお茶はいつも渋いね」
「仕方ないじゃないですか。だって、いつもお茶を抽出している最中にエリオット様が急に僕に用を言いつけるから、戻った頃には砂時計が落ちきっていて渋くなるんですからね」
ユーゴは拗ねたようにお兄様を見上げる。あざとい。
「あはは。僕のせいか」
暢気に笑うイケメンが腹立たしい。
「ユーゴは用意しながらお茶をいれるから、用意してる最中にお兄様から違うお菓子も食べたいとか、ミルクを入れたいだとか、砂糖じゃなくて蜂蜜の気分だとか好き勝手にわがままを言われるんだわ。メリーみたいに先に聞いてからお茶をいれてしまえばいいのよ。お兄様にわがままを言わせる隙なんて与えちゃだめよ。そりゃメリーのお茶がこの世で一番美味しいけれど、ユーゴだって普通にすれば一応は飲めるお茶をいれられるわ」
「……エレナ様は僕にばかり厳しい」
美少年が唇を尖らすのは可愛いけれど、いまはほだされない。
「違うよユーゴ。エレナは僕にも厳しいよ」
「違うわ。わたしはお兄様がユーゴにわがままばかり言うからユーゴに助言をしているだけよ。ユーゴに厳しい訳じゃないわ」
「ははっ。エレナは僕にばかり厳しい」
お兄様はそういって肩をすくめる。
「ねぇ、お兄様わざと話を逸らしてるでしょう? 本当に今年はわたしが一人で女神様の格好をしないといけないの? お母様はご一緒くださらないの?」
「くださらないよ。だってほら今年から母上は父上と祭りに来るのが難しい村の慰問に行かれてるでしょ? 母上はいつも父上が一人で行かれるのを心配なさっていたから、今年はご一緒できるって喜んでご出立されたのをさっき見送ったじゃない」
そうよね。さっき見送って祭りの最終日に戻るっ聞いたばかりだった。
「あっ、メリー。そういえば今年も子供達に配るのは胡桃のケーキなの?」
私の後を追いかけてきたメリーにお兄様は声をかける。
「もう! お兄様、そうやってまたすぐ話を逸らさないで」
「だから去年から決まってたことだって言ってるじゃない。祭りは実質ノヴァが取り仕切ってくれてるけれど、もう今年からは名目上僕とエレナが祭りの主催者なんだから。今更女神様をやりたくないなんて、それこそエレナのわがままだ」
「でも……」
去年のエレナの記憶が曖昧すぎて、去年から決まった話と言われてしまうと何も言い返せない。
わたしが恨みがましくお兄様の事を見つめていても、お兄様は取りあってくれる気はないみたい。
素知らぬ顔で紅茶を飲んであまりの渋さに顰めっ面をする。
「ねぇ、メリー。もう胡桃のケーキはいっぱい焼いちゃったの? いまから僕の好きなクッキーに変えるのはどう? 主催者の僕が好きなクッキーを子供達に配るのもありだと思わない?」
お兄様はまた話を逸らす。
「もう準備は終わっているので無理ですよ。いくらエリオット坊ちゃんからのお願いでも聞けません」
「やっぱり駄目か」
「駄目だって分かってるのに仰っているのはメリーにはお見通しですからね。それに今年は、シリル殿下が祭りにお越しになるんですから……やっと胡桃のケーキを食べていただけますからね」
そう言ってメリーは泣きそうな顔でわたしの事をギュッと抱きしめる。
殿下がお越しになるから?
「……だからやめておきたいのに」
メリーの胸の中で聞いたお兄様の呟きの意味はこの時のわたしには理解ができなかった。
サイズ合わせのためにメリーの手によって着せられた女神様の衣装は、真っ白な綿紗生地をたっぷり使ったハイウェストのシュミーズドレスで、まるでギリシャ神話とかの世界から出てきた様な雰囲気がある。
もちろん貴族の奥方様であるお母様やお嬢様のエレナが着るものだからいやらしい感じではないけれど、体のラインを拾うので結構恥ずかしい。
着終わると、毎年お母様が女神様の格好をする時に身につけている金メッキの腕輪や冠、ネックレスそれにイヤリングなんかのアクセサリーと麦の穂を模した杖を、家令のノヴァが仰々しく運び込む。
メイド達が嬉々としながらわたしを飾り付けていくのを暖かな眼差しでノヴァとメリーが眺めている。
アクセサリーがめちゃくちゃ重い。
確か今までエレナはこんなにアクセサリーはつけてなかったと思うんだけど……
「これ全部わたしがつけるの? お母様の分は?」
わたしの質問にノヴァとメリーが目を丸くする。
「エレナ様。何をおっしゃってるんですか。奥様はもう着られませんよ。今年の祭りからはエレナ様がお一人で女神様として振る舞っていただくことになっていらっしゃるじゃないですか」
ノヴァの発言に今度はわたしが目を丸くするしかなかった。
「お兄様! わたしが一人で女神様の格好をするなんて聞いてないわ!」
わたしは、女神様の衣装のままお兄様の部屋のドアをノックと同時に勢いよく開ける。
「え? 去年のお祭りの時に父上がエレナに「来年からはエレナが一人でやるんだよ」って言ってたよ。どうせエレナの事だから、頭の中で誕生日に殿下からもらった歴史論文の討論会でも開催してて、父上の話をちゃんと話を聞いてなかったんでしょ。みんなのことを困らせたらダメだよ。それに似合ってるから、大丈夫。大丈夫。できる。できる」
お兄様はわたしの事をろくに見もしないで、ユーゴにいれてもらったお茶を飲みながら祭りで子供達に配る胡桃のケーキを味見している。
「ユーゴのいれるお茶はいつも渋いね」
「仕方ないじゃないですか。だって、いつもお茶を抽出している最中にエリオット様が急に僕に用を言いつけるから、戻った頃には砂時計が落ちきっていて渋くなるんですからね」
ユーゴは拗ねたようにお兄様を見上げる。あざとい。
「あはは。僕のせいか」
暢気に笑うイケメンが腹立たしい。
「ユーゴは用意しながらお茶をいれるから、用意してる最中にお兄様から違うお菓子も食べたいとか、ミルクを入れたいだとか、砂糖じゃなくて蜂蜜の気分だとか好き勝手にわがままを言われるんだわ。メリーみたいに先に聞いてからお茶をいれてしまえばいいのよ。お兄様にわがままを言わせる隙なんて与えちゃだめよ。そりゃメリーのお茶がこの世で一番美味しいけれど、ユーゴだって普通にすれば一応は飲めるお茶をいれられるわ」
「……エレナ様は僕にばかり厳しい」
美少年が唇を尖らすのは可愛いけれど、いまはほだされない。
「違うよユーゴ。エレナは僕にも厳しいよ」
「違うわ。わたしはお兄様がユーゴにわがままばかり言うからユーゴに助言をしているだけよ。ユーゴに厳しい訳じゃないわ」
「ははっ。エレナは僕にばかり厳しい」
お兄様はそういって肩をすくめる。
「ねぇ、お兄様わざと話を逸らしてるでしょう? 本当に今年はわたしが一人で女神様の格好をしないといけないの? お母様はご一緒くださらないの?」
「くださらないよ。だってほら今年から母上は父上と祭りに来るのが難しい村の慰問に行かれてるでしょ? 母上はいつも父上が一人で行かれるのを心配なさっていたから、今年はご一緒できるって喜んでご出立されたのをさっき見送ったじゃない」
そうよね。さっき見送って祭りの最終日に戻るっ聞いたばかりだった。
「あっ、メリー。そういえば今年も子供達に配るのは胡桃のケーキなの?」
私の後を追いかけてきたメリーにお兄様は声をかける。
「もう! お兄様、そうやってまたすぐ話を逸らさないで」
「だから去年から決まってたことだって言ってるじゃない。祭りは実質ノヴァが取り仕切ってくれてるけれど、もう今年からは名目上僕とエレナが祭りの主催者なんだから。今更女神様をやりたくないなんて、それこそエレナのわがままだ」
「でも……」
去年のエレナの記憶が曖昧すぎて、去年から決まった話と言われてしまうと何も言い返せない。
わたしが恨みがましくお兄様の事を見つめていても、お兄様は取りあってくれる気はないみたい。
素知らぬ顔で紅茶を飲んであまりの渋さに顰めっ面をする。
「ねぇ、メリー。もう胡桃のケーキはいっぱい焼いちゃったの? いまから僕の好きなクッキーに変えるのはどう? 主催者の僕が好きなクッキーを子供達に配るのもありだと思わない?」
お兄様はまた話を逸らす。
「もう準備は終わっているので無理ですよ。いくらエリオット坊ちゃんからのお願いでも聞けません」
「やっぱり駄目か」
「駄目だって分かってるのに仰っているのはメリーにはお見通しですからね。それに今年は、シリル殿下が祭りにお越しになるんですから……やっと胡桃のケーキを食べていただけますからね」
そう言ってメリーは泣きそうな顔でわたしの事をギュッと抱きしめる。
殿下がお越しになるから?
「……だからやめておきたいのに」
メリーの胸の中で聞いたお兄様の呟きの意味はこの時のわたしには理解ができなかった。
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