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第二部 第三章

68 エレナと王室の別荘

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 やっと、わたしたちは、トワイン領内の大きな湖畔にある王室の別荘に到着した。

『それでは、本日からはうちの領地内にある王室の別荘でお過ごしください。本当はうちの屋敷にご招待したかったのですが、警備の兼ね合いで願いが叶わず残念です。その分領地内は僕がしっかりご案内しますね』

 そう言ってウィンクしたお兄様が、恭しく手を差し伸べて、馬車から降りるアイラン様をエスコートする。
 お兄様に手を取られたアイラン様の顔は赤い。
 そして顔を赤らめるアイラン様を見つめるアイラン様の侍女の顔は怖い。

 アイラン様御一行を引き連れてシーワード領から移動するにあたり、王室の立派な馬車は、王太子殿下と隣国の王女殿下に王太子殿下の婚約者を乗せるという状況になり、往路以上の厳重警備体制がしかれていた。
 窓はカーテンで閉ざされ周りの景色を見るどころではない。
 そんな中、アイラン様はわたしに遠慮もせずに殿下へのアプローチを続け、それを邪魔するようにお兄様がアイラン様へ甘言を囁き続けるという異様な状態が目の前で繰り広げられはじめた。
 お兄様を注意してくれそうな殿下もランス様も、そんなお兄様を放っていた。
 うちの領地まで馬車で三日もあれば着くはずが、アイラン様は視察という名の寄り道ばかりするから、到着までたっぶり一週間もかかり、その期間で、もうすでにアイラン様はお兄様にほだされている。

 わたしは馬車から最後に解放される。

 いつもならエスコートしてくれるお兄様は、アイラン様をちやほやするのに忙しくて、わたしが馬車から降りるのなんて気にも止めてない。
 馬車を先に降りていた殿下と目が合う。

「エスコートなさったらどうですか」

 牽制する相手がいなければ、エレナに手を差し伸べることは思いつかないのね……
 ランス様の助言を受けてようやく動き出そうとする殿下の姿に、胸が詰まる。

「一人で降りられますから大丈夫です。殿下は別荘の管理人とご調整もあるでしょう? お先に行かれてください」

 わたしは泣きそうになるのをこらえて、穏やかに微笑み殿下を見送った。



 王室は公爵領や侯爵領など、国内の有力貴族の領地内に直轄領を置き離宮を建てている。
 昔は領主達に対する牽制の意味があったんだろうけど、今は単純に別荘として利用されているだけ。

 トワイン領には、わたしが階段から落ちて気を失ったのから目覚めたときにお兄様が連れてきてくれた、あの湖のほとりに建っている。
 この別荘は王妃様がご健在の頃は夏になると避暑のためによくいらしていた。
 元々王妃様付きの女官だったお母様は、結婚後も王妃様と親交があったため、よく母子でこの別荘に招待されていた。

 別荘一帯はエレナにとっては殿下に恋心を抱いたマーガレットの丘や、お嫁さんにしてくれると言われた時に登っていた胡桃の木がある、思い出の場所だ。
 いまも辺りを見回すと、小さな頃のエレナの記憶がよみがえる。

 最後にエレナがこの別荘に来たのは……王妃様が亡くなられた頃だからだから、七年ぶり。

 王妃様がお亡くなりになった後、殿下達はこの別荘には徐々に来なくなった。
 王宮へのお誘いも、お兄様は幾度となく呼ばれても、年下の女の子は遊び相手にならないからかエレナが呼ばれることはなかった。

 殿下は、エレナのことを幼馴染の妹として幼い頃に可愛がっていたに過ぎない。

 それを証拠に、成長してからは益々縁遠くなり、殿下がお兄様に会いにいらした時に少しご挨拶をしたとかくらいしか顔を合わせた記憶がない。
 婚約することが決まった去年のエレナの誕生日まで、お会いするのに何年も期間が空いていた。

 それくらいの薄い関係性なのに、エレナは殿下が大好きで、幼い頃に可愛い妹として扱ってくれたことや、毎年誕生日のプレゼントとして本を贈ってくださる事を心の拠り所として、仮初の殿下の婚約者でしかないのに執着している。

 妹のように可愛いがってもらったのは事実だけど、もういまは、妹とすら思ってらっしゃらないのかもしれない。
 それなのに、婚約者として愛されるのは無理でも、妹としてでいいから愛されたいだなんて図々しい考えを捨てることはできない。

 先を歩く殿下の後ろ姿を見ながらため息をついた。
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