62 / 231
第二部 第二章
57 エレナ、シーワード領へ
しおりを挟む
わたしとお兄様は馬車に乗りシーワード領に向かう。
海に向かって南下する広い街道は、貿易船からの積荷を王都まで運ぶため、石畳が整備されていて快適だ。
トワイン領を含めた国土を北上する街道は、北に進めば進むほど寂れていくのに、シーワード領までの街道沿いの町はどこも賑わっている。
国の経済を支えている南部の貴族たちが貴族院でも発言力を持ち、南部ばかりが繁栄する。
国内の火種にため息をついて、わたしは窓の外を眺める。
お兄様とわたしが乗る馬車の後ろを、メリー達使用人が乗る馬車が追いかけ、周りを王室から派遣された騎士団が囲み護衛をしてくれている。
「随分と物々しいのね」
「正式に発表されてなくても、一応、エレナは王太子殿下の婚約者だからね」
そうか。いくら安全な街道とは長距離だものね。
発表はまだでも、一応は王太子殿下の婚約者であるエレナの事をよく思わない人もいて、何かしようと企む人もいるかもしれない。
仕方のないことかもしれないけれど、窓の外は騎士団の馬が見えるばかりだ。
「窓の外の景色を見るの楽しみにしていたのに、馬に囲まれてよく見えないわ」
「でも、騎士団の手入れが行き届いた名馬を見ているのも楽しいよ? ほら、あの馬とかうちが産出した子じゃないかなぁ」
名馬の産出で有名なトワイン領で、幼少期から乗馬を嗜んでいらしたなんて貴族丸出しのお兄様は、さっきから窓に張り付いて馬を眺めている。
「お兄様は本当に馬が好きなのね。外交のお仕事じゃなくて、騎士になったらいいのに」
「そりゃ、小さい頃は馬に乗る仕事がしたいから騎士になりたかったけど、僕は剣術や体術はそれほど得意じゃないから諦めたんだ」
悲しげな顔で笑うお兄様にキュンとする。
「あら。そうだったの? 残念ね……」
「馬術は得意なんだけどね」
「そうよね! お兄様に馬に乗せてもらうのはとても楽しいわ!」
エレナはお兄様に馬に乗せてもらって遠出をするのが好きだった。
わたしは慰めるためにお兄様の手を力強く握る。
「でしょ? 馬の扱いに関しては、剣術や体術がそれほど得意じゃなくて騎士を諦めるしかなかった僕の右に出るものは騎士を目指すものが多いアカデミーでもいなんだよね……」
あれ。自嘲しているはずなのに、そこはかとないマウントを感じる。
「そうなの?」
「だから、騎士になってもそこそこの地位にはつけるとは思うんだけどさ」
「……そうね。じゃあ騎士になられたら?」
「まぁ、でも殿下の腹心の補佐官がランスだけだと大変だろうし、気心が知れた僕が側近として殿下のお側にいた方がいいと思うんだよね。殿下もランスも頭がいいだけで、社交性がないからさ。僕くらい社交的な人間が外交の仕事をしてあげたほうがいいと思うんだ」
「……そうなのかしら……」
「そうだよー! だから僕が文官にならずに騎士になったらこの国の損失だとエレナも思うでしょ?」
「……そうね」
お兄様の自虐に見せかけた自慢話を聞きながら、旅路は進む。
自慢話はさておき、兄妹二人きりの空間は気安くて居心地がいい。
最初は三日間の馬車旅なんて……と思っていたけれど、今はもっと続けばいいのにと思う。
「こうやって……エレナと一緒に出かけられるのも、あとどれくらいあるのかな」
お兄様は窓の外を眺めながら、ポツリと呟く。
一年後はお兄様も王宮勤めになってお仕事を担うのだろう。
本当に外交の仕事が出来るような職に着任されたら、何年も外国に駐在する事だってあり得る。
エレナだって正式に婚約発表されれば王妃教育が始まるんだろうから、きっとやる事がいっぱいあるに違いないはず。
忙しい日々になって、兄妹二人でのんびりと旅行にいくなんて事は、もしかしたらこれが最後かもしれない。
淋しくなったわたしはお兄様に寄りかかると、お兄様はギュッと私の肩を抱き寄せてくれる。
イスファーン王国の使者を歓迎するための式典だとか、王女様の案内係だとかいろいろと不安はいっぱいあるけれど、いまはお兄様との馬車旅を心の底から楽しむ事にした。
海に向かって南下する広い街道は、貿易船からの積荷を王都まで運ぶため、石畳が整備されていて快適だ。
トワイン領を含めた国土を北上する街道は、北に進めば進むほど寂れていくのに、シーワード領までの街道沿いの町はどこも賑わっている。
国の経済を支えている南部の貴族たちが貴族院でも発言力を持ち、南部ばかりが繁栄する。
国内の火種にため息をついて、わたしは窓の外を眺める。
お兄様とわたしが乗る馬車の後ろを、メリー達使用人が乗る馬車が追いかけ、周りを王室から派遣された騎士団が囲み護衛をしてくれている。
「随分と物々しいのね」
「正式に発表されてなくても、一応、エレナは王太子殿下の婚約者だからね」
そうか。いくら安全な街道とは長距離だものね。
発表はまだでも、一応は王太子殿下の婚約者であるエレナの事をよく思わない人もいて、何かしようと企む人もいるかもしれない。
仕方のないことかもしれないけれど、窓の外は騎士団の馬が見えるばかりだ。
「窓の外の景色を見るの楽しみにしていたのに、馬に囲まれてよく見えないわ」
「でも、騎士団の手入れが行き届いた名馬を見ているのも楽しいよ? ほら、あの馬とかうちが産出した子じゃないかなぁ」
名馬の産出で有名なトワイン領で、幼少期から乗馬を嗜んでいらしたなんて貴族丸出しのお兄様は、さっきから窓に張り付いて馬を眺めている。
「お兄様は本当に馬が好きなのね。外交のお仕事じゃなくて、騎士になったらいいのに」
「そりゃ、小さい頃は馬に乗る仕事がしたいから騎士になりたかったけど、僕は剣術や体術はそれほど得意じゃないから諦めたんだ」
悲しげな顔で笑うお兄様にキュンとする。
「あら。そうだったの? 残念ね……」
「馬術は得意なんだけどね」
「そうよね! お兄様に馬に乗せてもらうのはとても楽しいわ!」
エレナはお兄様に馬に乗せてもらって遠出をするのが好きだった。
わたしは慰めるためにお兄様の手を力強く握る。
「でしょ? 馬の扱いに関しては、剣術や体術がそれほど得意じゃなくて騎士を諦めるしかなかった僕の右に出るものは騎士を目指すものが多いアカデミーでもいなんだよね……」
あれ。自嘲しているはずなのに、そこはかとないマウントを感じる。
「そうなの?」
「だから、騎士になってもそこそこの地位にはつけるとは思うんだけどさ」
「……そうね。じゃあ騎士になられたら?」
「まぁ、でも殿下の腹心の補佐官がランスだけだと大変だろうし、気心が知れた僕が側近として殿下のお側にいた方がいいと思うんだよね。殿下もランスも頭がいいだけで、社交性がないからさ。僕くらい社交的な人間が外交の仕事をしてあげたほうがいいと思うんだ」
「……そうなのかしら……」
「そうだよー! だから僕が文官にならずに騎士になったらこの国の損失だとエレナも思うでしょ?」
「……そうね」
お兄様の自虐に見せかけた自慢話を聞きながら、旅路は進む。
自慢話はさておき、兄妹二人きりの空間は気安くて居心地がいい。
最初は三日間の馬車旅なんて……と思っていたけれど、今はもっと続けばいいのにと思う。
「こうやって……エレナと一緒に出かけられるのも、あとどれくらいあるのかな」
お兄様は窓の外を眺めながら、ポツリと呟く。
一年後はお兄様も王宮勤めになってお仕事を担うのだろう。
本当に外交の仕事が出来るような職に着任されたら、何年も外国に駐在する事だってあり得る。
エレナだって正式に婚約発表されれば王妃教育が始まるんだろうから、きっとやる事がいっぱいあるに違いないはず。
忙しい日々になって、兄妹二人でのんびりと旅行にいくなんて事は、もしかしたらこれが最後かもしれない。
淋しくなったわたしはお兄様に寄りかかると、お兄様はギュッと私の肩を抱き寄せてくれる。
イスファーン王国の使者を歓迎するための式典だとか、王女様の案内係だとかいろいろと不安はいっぱいあるけれど、いまはお兄様との馬車旅を心の底から楽しむ事にした。
2
お気に入りに追加
1,108
あなたにおすすめの小説
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる