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第一部 最終章

44 エレナとツンデレ公爵令嬢と流行りのイヤリング

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「ねぇ。エレナ。本当にこのカフスボタンをもらってもいいの?」
「……殿下さえよろしければどうぞ」

 殿下は、満足げに身に付けたカフスボタンを眺めている。

 どういうつもりなんだろう。

 殿下はコーデリア様のことがお好きなのかと思っていたのに今日の振る舞いからはそんなことは感じない。
 むしろダスティン様の恋路を応援していらした。
 なんならエレナが作ったカフスボタンを喜んでつけてくれている。

 もしかして殿下もエレナの事を好きだったりして……

 なんて、都合の良い事を考えてみても、エレナには悪いけど、殿下が子供みたいなエレナを好きになる要素は何も思いつかない。

 きっと、このカフスボタンをつけていれば、殿下とエレナは円満に見える。

 エレナに直接嫌がらせをする人は表面上はいなくなったけど、噂によると今でもエレナは殿下にふさわしくない、他にもふさわしいご令嬢がいると言っている人がたくさんいるらしい。
 王室に仕える重臣達は自分達に都合のいい家のご令嬢と殿下を結婚させようと未だに画策したりしていて、殿下はそういうのを煩わしく思っていらっしゃっているそうだ。

 正式に婚約発表するのは殿下のお誕生日なので、最低でもあと半年近くはその画策が続く。

 エレナと円満なんだ、入る隙などない。と殿下を陥れようとする人物達を牽制するために、身につけたいんだ。
 多分そういう事だ。

 殿下はカフスボタンに触れる手を止めて、ベンチから立ち上がり、わたしに向き合う。

「エレナに謝らなくてはいけないことがある」
「謝らなくてはいけないこと?」

 殿下は思い詰めた様な顔をして、わたしを見つめる。

 王族である殿下が謝るなんて滅多にない事だ。

 嫌な想像ばかりが頭の中にどんどんと浮かんでくる。

「毎年エレナの誕生日には私がその一年で読んで興味深かった本を贈ることになっていただろう。今までは空いている時間は読書をして過ごしていたが、この一年間は、空いている時間はエレナの事を考えているばかりで本を読むのが疎かになっていた。いつもの年のように誕生日に本を贈ることは叶わない」

 何かと思ったらそんな事か。

 エレナがボロボロになるほど教科書みたいな本を読み込んでいたのは、殿下が誕生日プレゼントに贈ってくださっていたから。

 そうか誕生日かぁ。

 きっと、エレナは今年も楽しみにしてただろうなぁ……

 って。え?

 エレナの事ばかり考えて本を読めなかったって……

「エレナはあまりアクセサリーを身につけるのが好きではないのは分かってはいるが……今年の贈り物はこれでいいかな」

 殿下はひざまずいて、わたしの耳にイヤリングをつける。

「誕生日おめでとうエレナ。いつもそばにいるよ。私はお伽話の王子様かもしれないが、これくらいならしても許されるかな?」

 耳元で囁くと、今まで見たことのないくらい穏やかな笑顔でわたしを見つめ手を取る。

 ちょっと待って?

 殿下はお伽話の王子様なの? というか物語の登場人物って自覚があるの?

 えっ! もしかして殿下も転生者なの?

 殿下は物語のこの先の展開を知っていて、だからなんだか殿下の都合のいい様に話が進んでいるの?

 わたしのパニックを知らない殿下は、穏やかな笑顔を浮かべるとわたしの指先に唇を落とした。

 お伽話の王子様みたいなポーズで殿下にキスされたことや、うっとりとする穏やかな笑顔とエレナの事ばかり考えていたなんて甘い囁きにときめく。
 それと同時に、殿下も転生者かもしれないという疑いでわたしはキャパオーバーで倒れ……られなかった。
 貧血でもないし。

 わたしの演技力だと、倒れたふりもできる気がしない。

 リーンゴーン 

 パニックになったわたしに助け舟を出す様に昼休みが終わる事を告げる鐘が鳴り響く。
 わたしはベンチから立ち上がると、殿下に挨拶をして、脱兎の如く四阿を逃げ去ることしか出来なかった。

 そして、逃げ戻って受けた午後の講義は記憶にないし、気がついたら屋敷に戻ってた。

 髪の毛で耳を隠すようにしていたのに、隣に座っていたスピカさんにめざとくイヤリングを見つけられて「素敵」と微笑まれた事だけ、鮮明に記憶に残った。
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