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第一部 悲劇の公爵令嬢に婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します! 第一章

11 エレナとマーガレット

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 日が暮れはじめた王都のお屋敷街は、今日もどこかの屋敷で開かれるパーティーに向かう馬車や人々のざわめきに包まれている。

 そんな中でこの屋敷はエレナが倒れたばかりだからか、パーティーを開くような予定もなく、今日もいつも通りの一日を終える。

 わたしは読んでいた本を閉じてメリーに髪の毛をとかしてもらう。
 エレナの髪の毛は柔らかな癖っ毛だから、ちょっとした事でしょっちゅう髪の毛が絡まって、メリーがその度に香油を垂らした目の粗い櫛で優しく髪の毛をとかしてくれる。
 優しくて丁寧で、でも手際のいいブラッシングはとても気持ちいい。
 絡まってなくてもついついねだって髪の毛をとかしてもらっちゃう。

 香油を垂らした櫛でしょっちゅうブラッシングしてもらっているからか、エレナからは常に花みたいないい香りがする。

 テーブルに本を置いて、わたしは自分から漂ういい香りに身を委ね思考を巡らせる。

 エレナは普段何をして過ごしてたんだろう。

 いま、王立学園アカデミーを休んですることといったら、お兄様とダンスの練習をしたり、お母様にお茶会のマナーを教わったりするくらい。

 それ以外は特になんの変化もない。

 なんなら、ダンスの練習もお茶会のマナーもエレナが日ごろからしていた事なので、やり始めたら勝手に身体が動き出して復習にしかならない。

 毎日になんの変化もないご令嬢生活はたった一週間で、もう飽きてしまった。

 漫画もゲームもアニメもなんもない生活は刺激が足りない。

 いくらお兄様がイケメンでお父様がイケオジだからって、四六時中萌えてはいられない。
 そりゃダンスの練習とかはお兄様の顔も身体も近いからときめいたりするけれど。
 エレナの記憶も少しずつ戻ってくると、お兄様の顔もお父様の顔も基本的に見慣れた顔にしか思えなくなってくる。
 もったいない。

 使用人達も美男美女揃いで執事とかめっちゃイケオジ。メイドさん達も可愛い。
 侯爵家の使用人だからか、家柄のいい人たちが多いみたいでみんな品がいい。
 でも、やっぱりエレナの記憶が戻ってくると存在が当たり前の人物たち過ぎてすぐに見慣れてしまった。
 もったいない。

 そもそもお兄様やお父様を見慣れてるエレナは、眺めるなら殿下くらい絶世のイケメンじゃないと心がときめかない。

 使用人達とも話をしたりすれば違うんだろうけど、何かをきっかけにわたしがエレナに転生している事がバレるんじゃないかって思うと怖くて積極的に話せない。
 安静にしているように言われたのを口実に、部屋に引きこもってすごしている。

 とにかく大人しくご令嬢らしくと思って本でも読もうとしたけれど、お父様やお母様に持ってきてもらった本はどれもこれも教訓めいたお伽噺ばかりで、全く食指が動かない。

 毎日のように漫画だ小説だと本を読んでいたから、本ならいくらでも読めると思ったのに……
 
 エレナが好んで読んでいた本は恋物語とかだったりしないかな? と本棚を覗いて見たら、読み込んでボロボロになった社会科の教科書みたいな堅苦しい内容の本ばっかり並んでいた。   

 エレナは勉強熱心なのね。

 たしかにお父様達もエレナは勉強がよくできるって言っていた。

 あ、そうそう。
 文字は日本語じゃなくてこの世界独自のものみたいだけど、自然に読める。
 便利な設定で助かった。

 今は読めそうな本を見繕っている時に見つけた、この国の神話? を読んでいる。

 相変わらず自分が転生した先の作品がなんなのかわからないままなので、とりあえずこの国の歴史でも学んでおこうかなって思って読み始めたけど、読むと結構面白い。

 創世の神様がこの王国を作ったり、いろんな神様や女神様が出てきて国を発展させている。

 王族は創世の神様の末裔で、この国の上位貴族達もいろんな神様たちの末裔ってことになってるらしい。

 エレナも大地の豊穣を司っている女神様の末裔で由緒正しいお家柄だった。
 さすが殿下の婚約者に選ばれるだけある。

 そして本を読み始めるとエレナが勉強して覚えた事も芋づる式に思い出す。
 この国の地理や歴史、経済に他国との関わり……
 さすがボロボロになるまで教科書みたいな小難しい本を読み込んでいるだけある。

 エレナの生活を、送っていると何かをきっかけにエレナの記憶がドバッと溢れ出す。

 でもこの世界がなんの作品なのかは思い出せない。

 思い出せないから、ついエレナが悪役令嬢になる可能性ばかりを考えてしまう。

 殿下はあの日にお越しになって以来、何の音沙汰もない。

 たった一週間。されど一週間。

 殿下もお忙しいに違いないとは理解しているつもりでも、顔出す暇はなくても手紙を侍従に持たせるとか、婚約者に何かあってもいいんじゃない?という思いで気持ちが晴れない。

 きっと花束を下賜して婚約者の役割は全うしたとお思いなのね。

 なんてお嬢様っぽく拗ねたりして、余計ネガティブになってしまう。

 窓辺で月明かりに照らされた、無邪気に咲き誇るマーガレットを見ていると、きっと殿下の事が大好きで大好きでたまらないエレナと、そんなエレナの事をマーガレットが似合う無邪気な少女くらいにしか思っていない殿下の関係性が簡単に想像着く。

「殿下は、お好きになられた女性にはバラの花束を贈られたりするのかしら……」

 ふと頭に掠めた考えを口に出してしまった。

「何をおっしゃいますか! エレナお嬢様が婚約者でいらっしゃいますよ。シリル殿下にお好きな女性なんているわけがありません!」

 メリーが慌てて否定してくれたけど、その言い回しにメリーも殿下がエレナのことを好いているとは思ってないのだと知り、虚しさが込み上げる。

 誰もがわかるくらい相手にされていないなんて、可哀想なエレナ……
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