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第六章 可愛い婚約者にズキュンさせれれっぱなしの俺

第七十六話 ドレスのオーダー8 毒花令嬢の興奮は貴族のお戯れにしか見えない

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「さあ、貴女はどんなドレスを作る服飾店メゾンにしたいの? 思うがままにおっしゃっていいのよ! ほら、遠慮なんていらないわ!」

 興奮を隠しきれないネリーネは、閉じた扇子握りしめて鼻息荒く尋ねる。先程まで偉そうにしていた針子の女は、圧の強いネリーネに怯んでいる。

「……あっあたしは、別に独立したいなんて野心はなくて、ただ、その人に合ったドレスを作りたいだけんだ。着る人を輝かせるような新しいドレスをさ。……なのにこの店は効率主義で『新たなるオートクチュール』なんて言いながら新しいものは何も生み出しちゃいない。いくつかの定番のドレスの型から選ばせて生地やアレンジで違いを出してるだけだ。それを指摘したら、マダムが店の方針が気に食わないなら独立でもしろって言い出したんだ。あたしみたいな店の意向に沿わない針子は邪魔だから捨てられるのさ……」

 針子の女は俯きながらぼそぼそと話す。

「そう。でもマダムは王室御用達を掲げて『伝統にも新しい風を』といっているのだから、定番のドレスのアレンジをするやり方はひとつも間違っていないわ。単純に貴女がやりたいことがこの店に合わないだけなのですから、マダムの言うように独立なさったらいいのよ」

 ご機嫌なネリーネは扇子で針子の女を指す。遠慮せずに思うがままに発言するようになんて言ったくせに、容赦ないネリーネに針子の女は委縮している。

「むっ無理よ。独立なんてしたら、目の敵にされるわ。王室御用達の店に勝てるわけないじゃない。潰されておしまいよ」
「あら。気弱なこと。いまは王室御用達だなんて言ったって、王太子殿下のご婚約者様はリュクレールはご贔屓にしていらっしゃらないから、あと数年で服飾店メゾンの勢力図は変わるのよ。貴女にはいくらでも好機が転がっているわ」
「だからって……」
「王太子殿下のご婚約者様は上辺の豪華さよりも、職人の丁寧な仕事を評価する方よ。腕がいい貴女の服飾店メゾンが選ばれるに違いないわ」

 俺にしてみれば頬を染めて嬉々として話すネリーネは可愛いだけしかない。
 だが、針子の女にしてみれば話が通じずどんどん独立話を進めようとするネリーネとの会話は、貴族のお戯れに巻き込まれたようで恐ろしいに違いない。日頃マグナレイ侯爵始め、上位貴族のお戯れに振り回されている俺は針子の女の気持ちが少しわかる。

「ネリーネ様。人生の決断を迫るのですから考える時間をお与えにならなくてはなりませんよ。提案が自分に都合がよければ良いほど猜疑心がもたげるものです。婚礼用のドレスを依頼すればこの後も何度もお会いしますから、服飾店メゾンの立ち上げについてお話しする機会はございますよ」
「あら、そうね! 先走ってしまうのは私の悪い癖ですわ。では貴女の店の話は次にお会いする時までに考えておいてくださればいいわ。では、婚礼用のドレスの話を先にしましょう」

 見かねたミアの助け舟で、ようやく針子の女が安堵のため息をついた。
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