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第五章 毒花令嬢は俺の可愛い婚約者
第四十四話 満ち足りた日々3 毒花令嬢との婚約はお気の毒ではない
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マグナレイ侯爵の手筈でデスティモナ伯爵宛に先触れが出される。
いま貴族院では海向かいの隣国との貿易についての取り決めに関わる議会が日夜開かれている。マグナレイ侯爵だけでなく、国内有数の大富豪であり投資家でもあるデスティモナ伯爵も議会に出ずっぱりだ。
貴族院の控室に向かった伝令係から「貴族院の会合が終わった後に時間を取る」とすぐ返事が戻ってきたのを確認して、俺は仕事に戻った。
「ねぇ、ステファン。マグナレイ侯爵は何の用だったの?」
部屋にまだ残っていたお坊っちゃまから、今度はしっかりと名前を呼ばれてしまう。無視ができずに俺はため息をついた。
「なにが『何よりも先に来いって言っていた』ですか。行ったら『時間を見計らって来い。貴族院が始まる前は忙しいんだ』なんて文句を言われたじゃないですか」
「えぇ。やだなぁ。具体的な時間も言わずに、時間を見計らってこいってことは急いでこいって意味だよ。文句言いながら通してくれたんでしょ? 本当にダメだったら通してくれないはずだよ。言葉の通り真に受けて後回しになんてしたら不興をかうに決まってるじゃない。むしろ僕は感謝されてもいいくらいだ。僕に文句を言うのは筋違いだと思うけど? マグナレイ侯爵は何したって文句言うんだから、自分の一族の長であるマグナレイ侯爵の性格くらい、ちゃんと理解しておきなよ」
確かにクソジジイの性格を考えたら言う通りだ。
「で、結局ステファンに何の用だったの? 僕がマグナレイ侯爵の真意を翻訳してあげて、ことなきを得たんだからなんだったか教えてくれてもいいと思うんだけど」
小綺麗な顔が悪戯に笑う。
俺よりも随分年下のくせに侯爵家の嫡男だからと偉そうに振る舞うこのクソガキと、俺はあの書類が受理されれば立場が同じになる。
つい、マグナレイ侯爵の養子となるための手続きをしてきたことをひけらかそうとしてしまうが、踏み留まる。
まだ署名したばかりで貴族院から受理について連絡もない。誰も信じやしない。
「……デスティモナ家へのご挨拶についてです」
俺の一言に周りの視線が集まる。寝る間も惜しんでいた時期から比べれば少しゆとりがあるからか、みんな俺の話に興味深々だ。ネリーネ嬢が毒花令嬢と呼ばれているのを知っているからか「ご愁傷様」だ「お気の毒様」だと揶揄する声が飛ぶ。
複雑な気分の俺に向かってニールスとケインは笑い出した。
「悪かったな! モテないから毒花令嬢相手でも浮かれてて。可愛いく思ったりしちまうんだ。みんなも俺のことを憐れまないでくれ。余計虚しくなる……」
周りが笑い出す中、お坊っちゃまが真面目な顔で俺を見つめる。
「周りの噂なんてどうでもいいじゃない。結婚するステファンにとって可愛いならそれでさ。うちの妹だって周りから好き勝手噂されてるけど、僕にとって可愛い妹だ。デスティモナ家のご令嬢だってハロルドにとって可愛い妹だろうし、ステファンにとって可愛い婚約者なら十分だよ」
王太子殿下の婚約者であるトワイン侯爵家のご令嬢に対する噂は聞くに堪えないものも多い。兄であるお坊っちゃまも嫌な思いを何度もしてきたのだろう。
噂と違い可憐で聡明な少女の姿を知っている俺たちはしんみりした空気になる。
「まぁ、僕の婚約者は名実ともに美少女だからステファンには申し訳ないけどね。さてと。僕はここじゃやる仕事はもうないし、父上の仕事でも手伝いに行こうかな」
坊っちゃまが戯言を言って去った後の王太子殿下の席は書類が綺麗に整えられていた。
いま貴族院では海向かいの隣国との貿易についての取り決めに関わる議会が日夜開かれている。マグナレイ侯爵だけでなく、国内有数の大富豪であり投資家でもあるデスティモナ伯爵も議会に出ずっぱりだ。
貴族院の控室に向かった伝令係から「貴族院の会合が終わった後に時間を取る」とすぐ返事が戻ってきたのを確認して、俺は仕事に戻った。
「ねぇ、ステファン。マグナレイ侯爵は何の用だったの?」
部屋にまだ残っていたお坊っちゃまから、今度はしっかりと名前を呼ばれてしまう。無視ができずに俺はため息をついた。
「なにが『何よりも先に来いって言っていた』ですか。行ったら『時間を見計らって来い。貴族院が始まる前は忙しいんだ』なんて文句を言われたじゃないですか」
「えぇ。やだなぁ。具体的な時間も言わずに、時間を見計らってこいってことは急いでこいって意味だよ。文句言いながら通してくれたんでしょ? 本当にダメだったら通してくれないはずだよ。言葉の通り真に受けて後回しになんてしたら不興をかうに決まってるじゃない。むしろ僕は感謝されてもいいくらいだ。僕に文句を言うのは筋違いだと思うけど? マグナレイ侯爵は何したって文句言うんだから、自分の一族の長であるマグナレイ侯爵の性格くらい、ちゃんと理解しておきなよ」
確かにクソジジイの性格を考えたら言う通りだ。
「で、結局ステファンに何の用だったの? 僕がマグナレイ侯爵の真意を翻訳してあげて、ことなきを得たんだからなんだったか教えてくれてもいいと思うんだけど」
小綺麗な顔が悪戯に笑う。
俺よりも随分年下のくせに侯爵家の嫡男だからと偉そうに振る舞うこのクソガキと、俺はあの書類が受理されれば立場が同じになる。
つい、マグナレイ侯爵の養子となるための手続きをしてきたことをひけらかそうとしてしまうが、踏み留まる。
まだ署名したばかりで貴族院から受理について連絡もない。誰も信じやしない。
「……デスティモナ家へのご挨拶についてです」
俺の一言に周りの視線が集まる。寝る間も惜しんでいた時期から比べれば少しゆとりがあるからか、みんな俺の話に興味深々だ。ネリーネ嬢が毒花令嬢と呼ばれているのを知っているからか「ご愁傷様」だ「お気の毒様」だと揶揄する声が飛ぶ。
複雑な気分の俺に向かってニールスとケインは笑い出した。
「悪かったな! モテないから毒花令嬢相手でも浮かれてて。可愛いく思ったりしちまうんだ。みんなも俺のことを憐れまないでくれ。余計虚しくなる……」
周りが笑い出す中、お坊っちゃまが真面目な顔で俺を見つめる。
「周りの噂なんてどうでもいいじゃない。結婚するステファンにとって可愛いならそれでさ。うちの妹だって周りから好き勝手噂されてるけど、僕にとって可愛い妹だ。デスティモナ家のご令嬢だってハロルドにとって可愛い妹だろうし、ステファンにとって可愛い婚約者なら十分だよ」
王太子殿下の婚約者であるトワイン侯爵家のご令嬢に対する噂は聞くに堪えないものも多い。兄であるお坊っちゃまも嫌な思いを何度もしてきたのだろう。
噂と違い可憐で聡明な少女の姿を知っている俺たちはしんみりした空気になる。
「まぁ、僕の婚約者は名実ともに美少女だからステファンには申し訳ないけどね。さてと。僕はここじゃやる仕事はもうないし、父上の仕事でも手伝いに行こうかな」
坊っちゃまが戯言を言って去った後の王太子殿下の席は書類が綺麗に整えられていた。
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