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第四章 毒花令嬢にズキュンするわけなんてない!

第三十五話 生まれてはじめてのデート6 見合い相手が俺に断られるんじゃないかと心配してるみたいなんだけど可愛い

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 静かな店内に入るとお仕着せを着た男性の店員が慇懃に近づく。通された衝立パーティションで仕切られた席に座ると紅茶が提供される。

 富裕層が出入りする店だったのか?

 どうせ使用人が出入りするような店だと軽く考えていた事を後悔する。伯爵家の上級使用人であれば俺よりも実家の家柄がいい者や裕福な者が勤めていても不思議じゃない。街中と違い、今度は俺が店の中で浮いてる。慌てて脇に抱えていたジャケットを羽織った。

 机に商品見本サンプルが置かれ説明が始まる。そつのない店員は毒花にどんな意匠が流行っているのかなど質問攻めにされてもにこやかに答える。半製品の部品を組み合わせてデザインし、店内の工房で仕上げているらしく、オートクチュールの十分の一以下の値段で品質の良い商品が手に入るとのことだった。店内の雰囲気に圧倒されていたが思ったよりも手頃な値段だ。

「なんでもいいから、早くきめたらどうだ」
「自分で買うものにそんな指図される筋合いはないわ」
「は? 俺が買うんじゃないのか?」
「……貴方が? どうして? 先ほども言いましたけど、わたくしは事業投資などをしておりますから、自分で自由にできるお金は十分持っています。女だからというだけで貴方みたいな労働者に強請ったりしないわ」
「失礼な。王室の官吏として充分な給金は貰っている。仕事に打ち込むだけで使い道もなかったから貯金だってしている。そりゃあんたの実家みたいに湯水の如く何でもかんでも買ってやる事は出来ないけれど、俺だって婚約者にブローチを買うくらいの甲斐性はあるんだ。馬鹿にするな」
「……そりゃ貴方だって婚約者に贈る甲斐性はあるでしょうけど……断るつもりの見合い相手に贈るほど余裕があるわけではないでしょう?」

 断るつもりの見合い相手?

 どういうことだ? 俺は目を見開いて毒花を見つめる。

 毒花は俺に見合いを断られるんじゃないかと不安にかられいるのか唇をフルフルと震わせて、眉を曇らせて切なげに見上げ……じゃない、俺の事を馬鹿にしたように、顔を皺くちゃにして睨みつけている。
 小さな手は膝の上で不安に潰されないようにドレスの布を握りしめている……ように見えるだけで、きっと怒りに打ち震え拳を握っているんだ。

 俺がじっと見ていると、顔がどんどん真っ赤に染まる。

 えっええっ? えっ?

「何か仰ったらどうなの?」

 唇を尖らせて、拗ねたような愛らしい仕草に動揺した俺は、冷静さを取り戻そうと必死になる。
 違う。拗ねてるんじゃない。勝手に見合いを断ると思い込み、俺を罵っているんだ。

 罵っている。罵っている。罵っている。

 俺は目を瞑り呪文のように心の中で唱える。

「俺がいつネリーネ嬢との縁談を断るなんて言った? 婚約の話は進んでいるのだから贈り物の一つくらいしてもおかしくないだろう」

 ……意識しすぎて、気取った言い回しになってしまったか?
 いや。別に自分が好かれてるなんて思って調子に乗ったわけではない。事実無根な事で罵られてしまったから、反論しているだけだ。

 鼻はあかしたいが、簡単に断れる縁談ではないとこはわかっている。クソジジイが自分の利益のために裏で糸を引いているんだから、このまま結婚することになるんだろう。
 今後の結婚生活だって毒花に蔑まれながら暮らすのだ。こんくらいで動揺してどうする。罵られようが馬鹿にされようがなんの感情も湧かない。

「本当ですの?」

 キラキラとした瞳が俺を捉え、小さな手が俺の腕をしっかりと掴む。

 可愛いぃぃぃぃぃ。

 異性から好意なんて向けられたことのない俺は、感情のコントロールの仕方がわからなくなってしまった。
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