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第五章 毒花令嬢は俺の可愛い婚約者
第四十六話 満ち足りた日々5 この世の春と似たもの兄妹の口車
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デスティモナ伯爵と挨拶の後は、結婚の話を前向きに進めたい事をお互いに確認する。
短い滞在時間にもかかわらず、ずっと俺の信奉者だったと褒めそやかすデスティモナ伯爵の言葉は、普段虐げられてばかりの俺には耳心地が良い。
ネリーネ嬢は本当に俺の事が好きだとしても、伯爵は俺が侯爵家の跡取りになるから取り入ろうとしてるにすぎないのだ。調子に乗ってはいけない。と自戒しても、賛美の言葉は俺の自尊心を満たしてくれる。
あれほど身構えていたのに、驚くほどに何事もなく終わった。
別れ際伯爵からいつでも訪問を歓迎するとの言葉に、近いうちにと返事して部屋から出た。
俺は自分の人生に遅ればせながら春が来た事を喜び、足元も軽やかに仕事に戻った。
……そして、その日から相変わらず忙しい日々が続いている。
今日もネリーネ嬢に会いに行けない。出来上がっているはずのブローチを持って会いに行きたい。
俺は机の上の書類を見てため息をついた。
「戻りました」
小柄な少女が書類入れを抱えて部屋に入ってぬる。
可愛らしい少女が男ばかりのむさくるしい部屋にいるだけで、荒涼とした大地に一輪の小花が咲いたようだ。みな顔がだらしなく緩む。
「あら。ステファン様。どうされたの? 浮かない顔されてらっしゃるわ」
「あれ、ご存じありませんでしたか? こいつ、少し前に気の乗らない見合いをしてきたんですよ」
「ニールス。余計なこと言うなよ」
ニヤニヤと笑うニールスを牽制する。
「まぁ、それで浮かない顔をされているのね」
同情して眉を下げ俺を見上げるクリクリとした瞳も愛らしい。
いや。俺にはネリーネ嬢がいる。
ネリーネ嬢は睨みつけるような目で見上げるだろうが、それはネリーネ嬢が真剣な証拠だ。
「違いますよ。見合い相手に簡単に絆されて、贈り物を準備したのに忙しくて会えないもんだから、渡せてないんですよ。それでこんな顔になってるんです。」
「ニールスッ!」
「ふふっ。ご婚約者様は幸せね」
ケインの口を塞ごうとして慌てる俺を見て少女は笑う。
「そうでしょうか」
「そうよ。お見合いや政略結婚でお相手に結婚前から思いやっていただけるなんて滅多にない事だわ。結婚してからだって表面だけ繕うだけがほとんどだもの」
ゴホン。と書類が山積みになった王太子殿下の机から咳払いが聞こえた。
「まぁ、殿下いらしたの? 議会に出てらっしゃるのかと思ったわ」
「議会に出ていた方が都合がよかったかな?」
「そんなことないわ。殿下に至急見ていただきたいとお預かりした書類があるの。早くお渡しできてよかったわ」
王太子殿下相手に臆する事なくそう答えて書類を渡す、女官見習いの格好をした少女はトワイン侯爵家のご令嬢……王太子殿下がご寵愛してやまない婚約者様だ。
「有能でいつもお仕事のことばかり考えていらっしゃるようなステファン様でも、婚約者様のことを思われるとお仕事が手につかなくなってしまわれるのね」
書類を渡したと思ったらすぐ俺の方に振り返りまた先ほどの話題が蒸し返される。
「はは。そうかもしれませんね」
「そうかステファン。仕事が手につかないのか。それなら帰ったらどうだ」
王太子殿下の冷たい声色に部屋の中は暑いはずなのに背すじが凍る。
まずい。失望させてしまったか。
慌てて王太子殿下の執務机に顔を向ける。書類の影から恨めしげな顔が覗いた。
……いや、婚約者様への独占欲がむき出しになっているだけだった。
「殿下。言葉が足りないわ。ステファン様がびっくりされているじゃない。きちんとご説明なさらないと誤解されるわ。気を悪くなさらないでね。殿下はステファン様がご婚約者様に贈り物を渡しに行く暇がないのを気にされていらっしゃるのよ」
頬を膨らませたご婚約者様は王太子殿下の事を叱責してから俺をみあげる。
「気を悪くするなどありません。私のことを思っていってくださったのだと理解しております」
少し前なら見上げられただけでドキドキしてしまって王太子殿下への忠誠心との狭間で苦しい思いをしたが、今は違う。冷静に返事ができた。
「そうだわ! お仕事がお忙しくて会えないのなら、こちらにお呼びしてみたらいかがかしら」
愛らしい見た目だが、やはりお坊っちゃまの妹だ。何食わぬ顔して他人の私事に踏み込んでくる。
「いや、あちらも忙しいと思いますし……」
「あら。何かされてらっしゃる方なの?」
「投資家だと聞きましたけど」
「まぁ! ちょうどいいわ! 我が家で新しい事業をしたいと思っているから投資してもらえないかお話をしたいわ! ステファン様ご仲介お願いしますね」
キラキラと輝く瞳に結局押し切られて、ネリーネ嬢を職場に招くことになった。
短い滞在時間にもかかわらず、ずっと俺の信奉者だったと褒めそやかすデスティモナ伯爵の言葉は、普段虐げられてばかりの俺には耳心地が良い。
ネリーネ嬢は本当に俺の事が好きだとしても、伯爵は俺が侯爵家の跡取りになるから取り入ろうとしてるにすぎないのだ。調子に乗ってはいけない。と自戒しても、賛美の言葉は俺の自尊心を満たしてくれる。
あれほど身構えていたのに、驚くほどに何事もなく終わった。
別れ際伯爵からいつでも訪問を歓迎するとの言葉に、近いうちにと返事して部屋から出た。
俺は自分の人生に遅ればせながら春が来た事を喜び、足元も軽やかに仕事に戻った。
……そして、その日から相変わらず忙しい日々が続いている。
今日もネリーネ嬢に会いに行けない。出来上がっているはずのブローチを持って会いに行きたい。
俺は机の上の書類を見てため息をついた。
「戻りました」
小柄な少女が書類入れを抱えて部屋に入ってぬる。
可愛らしい少女が男ばかりのむさくるしい部屋にいるだけで、荒涼とした大地に一輪の小花が咲いたようだ。みな顔がだらしなく緩む。
「あら。ステファン様。どうされたの? 浮かない顔されてらっしゃるわ」
「あれ、ご存じありませんでしたか? こいつ、少し前に気の乗らない見合いをしてきたんですよ」
「ニールス。余計なこと言うなよ」
ニヤニヤと笑うニールスを牽制する。
「まぁ、それで浮かない顔をされているのね」
同情して眉を下げ俺を見上げるクリクリとした瞳も愛らしい。
いや。俺にはネリーネ嬢がいる。
ネリーネ嬢は睨みつけるような目で見上げるだろうが、それはネリーネ嬢が真剣な証拠だ。
「違いますよ。見合い相手に簡単に絆されて、贈り物を準備したのに忙しくて会えないもんだから、渡せてないんですよ。それでこんな顔になってるんです。」
「ニールスッ!」
「ふふっ。ご婚約者様は幸せね」
ケインの口を塞ごうとして慌てる俺を見て少女は笑う。
「そうでしょうか」
「そうよ。お見合いや政略結婚でお相手に結婚前から思いやっていただけるなんて滅多にない事だわ。結婚してからだって表面だけ繕うだけがほとんどだもの」
ゴホン。と書類が山積みになった王太子殿下の机から咳払いが聞こえた。
「まぁ、殿下いらしたの? 議会に出てらっしゃるのかと思ったわ」
「議会に出ていた方が都合がよかったかな?」
「そんなことないわ。殿下に至急見ていただきたいとお預かりした書類があるの。早くお渡しできてよかったわ」
王太子殿下相手に臆する事なくそう答えて書類を渡す、女官見習いの格好をした少女はトワイン侯爵家のご令嬢……王太子殿下がご寵愛してやまない婚約者様だ。
「有能でいつもお仕事のことばかり考えていらっしゃるようなステファン様でも、婚約者様のことを思われるとお仕事が手につかなくなってしまわれるのね」
書類を渡したと思ったらすぐ俺の方に振り返りまた先ほどの話題が蒸し返される。
「はは。そうかもしれませんね」
「そうかステファン。仕事が手につかないのか。それなら帰ったらどうだ」
王太子殿下の冷たい声色に部屋の中は暑いはずなのに背すじが凍る。
まずい。失望させてしまったか。
慌てて王太子殿下の執務机に顔を向ける。書類の影から恨めしげな顔が覗いた。
……いや、婚約者様への独占欲がむき出しになっているだけだった。
「殿下。言葉が足りないわ。ステファン様がびっくりされているじゃない。きちんとご説明なさらないと誤解されるわ。気を悪くなさらないでね。殿下はステファン様がご婚約者様に贈り物を渡しに行く暇がないのを気にされていらっしゃるのよ」
頬を膨らませたご婚約者様は王太子殿下の事を叱責してから俺をみあげる。
「気を悪くするなどありません。私のことを思っていってくださったのだと理解しております」
少し前なら見上げられただけでドキドキしてしまって王太子殿下への忠誠心との狭間で苦しい思いをしたが、今は違う。冷静に返事ができた。
「そうだわ! お仕事がお忙しくて会えないのなら、こちらにお呼びしてみたらいかがかしら」
愛らしい見た目だが、やはりお坊っちゃまの妹だ。何食わぬ顔して他人の私事に踏み込んでくる。
「いや、あちらも忙しいと思いますし……」
「あら。何かされてらっしゃる方なの?」
「投資家だと聞きましたけど」
「まぁ! ちょうどいいわ! 我が家で新しい事業をしたいと思っているから投資してもらえないかお話をしたいわ! ステファン様ご仲介お願いしますね」
キラキラと輝く瞳に結局押し切られて、ネリーネ嬢を職場に招くことになった。
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