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第六章 可愛い婚約者にズキュンさせれれっぱなしの俺
第六十話 二度目のデート1 長期休暇の始まりと約束のチケット
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休み明け、俺はいつも以上に仕事に邁進する日々だった。
書類の最後の頁をめくり、貴族院から領主達に送られる文書に両国にとって法的な不備がないかを確認する。
やっと……やっと終わった……
「それじゃあ、ステファンお先に! また近いうちに一緒に仕事をしよう」
「もちろん」
すでに片付けを終えたケインとニールスが俺に声をかける。
今確認を終えた書類を文書室に持ち込めば、俺も仕事のかたがつく。
俺たちは皆いつもよりも長めの休暇と報奨金を得て、元の部署に戻ったり、新しい部署に移ったりする。ケインは元いた財務を管轄している部署に戻り、ニールスは貴族院の秘書官になる。
別の部署になっても、俺は王太子殿下付きの秘書官として二人と顔を合わせることは多いだろう。
今生の別れではない。
片手を上げて軽く挨拶して見送った。
「あれ。ステファンはまだ残って仕事してんの? 好きだねぇ」
二人と入れ違うようにお坊っちゃまが現れた。
「今終わって帰りがてらに文書室に書類を届けに行くところです」
俺は脱いだ制服の上着と書類入れを片手に立ち上がるところだった。
「そうなの? じゃあ届け終わったら僕と食堂でお茶でも飲まない? うちの妹の女官ごっこがまだ終わらなくて暇なんだよね」
「せっかくのお誘いですがこれから予定がありますから」
「予定ってデート?」
お坊ちゃんが目を輝かすのを、冷静な視線で牽制する。
暇つぶしの話題なんかにされてたまるか。
俺は荷物を抱えて部屋を出て、文書室に向かい歩き出した。
「ステファンったら、おしえてくれてもいいじゃない」
「芝居を観に行くだけです」
歩みを緩めずに廊下を進むが、クソガキは気にも止めずについてくる。
「芝居を観に行くのがデートじゃなきゃなんなのさ」
「ですから私が芝居を観に行くだけです」
「へぇ。一人で行くの?」
「お答えする必要はないと思いますが」
「ネリーネ嬢と行くんでしょ? 一人で行くなら答えるはずだし。そもそもステファンが一人で見に行くほど芝居鑑賞の趣味があるなんて聞いたことがない」
「一人で行くのか誰かと行くのかを答える義務もありませんし、俺の趣味を知るほどエリオット様と親しくさせていただいている記憶もございません」
「じゃあ、仮に一人で観に行くほど芝居が好きだとして、なんて題名の芝居を観に行くの?」
言葉に詰まる。
「ほら、芝居鑑賞なんて興味ないんじゃない」
「うっかり忘れただけです! ほら、これですよ!」
立ち止まり、ポケットからチケットを取り出して見せる。
「あれ。チケット二枚あるね」
あぁ! クソッ!
年下のクソガキにいいようにされて腹立たしい。
先日会いに行った帰り、ネリーネが自分で買った芝居のチケットを俺に押し付けてきた。
当日はエスコートして欲しい。などという可愛いおねだりで渡された大切なチケットをクソガキは俺から奪っていった。
「ちょっと、ステファンこんなの観にいくの?」
睨みつけて奪い返すタイミングをうかがっていると、チケットをひらひらと振り回して、お坊ちゃんは嫌そうな顔をした。
「こんなの? 市井で流行っているんじゃないですか?」
「うへぇ。悪趣味だね。うちの妹が悪役にされてるのに。そうかぁ。もうステファンはネリーネ嬢に夢中だから、うちの妹が市井で悪く言われているのに同調するんだね。少し前までは、あんなにうちの妹のこといやらしい目で見ていたのに」
「いやらしい目では見ていません! ですから、そもそも観に行きたいと言われて連れていくだけで、どんな内容か知らないんです」
お坊ちゃんはこれ見よがしに肩をすくめる。
「感情を無くした王子様が王宮で虐げられて働く庶民出身の女官と恋に落ちる。そんな二人は小太りの醜女のくせに気位だけは高い王太子の婚約者からの嫌がらせを乗り越えて真実の愛を知り、王子様は感情を取り戻す。なんていう馬鹿みたいな安っぽい芝居だよ。明らかに殿下やうちの妹を揶揄して民意を扇動してるくせに、作り話だなんてうそぶいてるんだ」
……聞いただけで反吐が出る。
「そんな内容だとはつゆ知らず……その……同調するつもりは全くありません。私は王太子殿下に忠誠を誓っておりますし、王太子殿下のご婚約者様に対する深い愛情に疑いを持ったことはありません」
いくらネリーネが行きたがっていても、王太子殿下付きになる俺がそんな内容の芝居を観に行くわけにはいかない……
ネリーネは芝居に行けずに悲しむかもしれないが、きちんと説明すれば理解してくれるはずだ。
お坊ちゃんから返されたチケットに手をかけた瞬間、慌てた声が制止する。
「わっ! 待って待って! あくまでも作り話だから! チケット破こうとなんてしないで! 行ったからって殿下もうちの妹もステファンのこと責めたりしないから! そんなとこで忠誠心を発揮しないで! ……あ! そういや、その格好で行くの?」
頷いた俺に、お坊ちゃんは自分の髪のリボンを解きそのリボンで俺の髪をまとめ、襟元から引き抜いたスカーフを俺に結ぶ。
「デートなんでしょ。男だってお洒落して行った方がいいよ。僕のお下がりでよければリボンとスカーフはステファンにあげるよ。暇つぶしに付き合ってくれたお礼。じゃあ楽しんできてね!」
お坊ちゃんは手をひらひらとさせてどこかに去って行った。
書類の最後の頁をめくり、貴族院から領主達に送られる文書に両国にとって法的な不備がないかを確認する。
やっと……やっと終わった……
「それじゃあ、ステファンお先に! また近いうちに一緒に仕事をしよう」
「もちろん」
すでに片付けを終えたケインとニールスが俺に声をかける。
今確認を終えた書類を文書室に持ち込めば、俺も仕事のかたがつく。
俺たちは皆いつもよりも長めの休暇と報奨金を得て、元の部署に戻ったり、新しい部署に移ったりする。ケインは元いた財務を管轄している部署に戻り、ニールスは貴族院の秘書官になる。
別の部署になっても、俺は王太子殿下付きの秘書官として二人と顔を合わせることは多いだろう。
今生の別れではない。
片手を上げて軽く挨拶して見送った。
「あれ。ステファンはまだ残って仕事してんの? 好きだねぇ」
二人と入れ違うようにお坊っちゃまが現れた。
「今終わって帰りがてらに文書室に書類を届けに行くところです」
俺は脱いだ制服の上着と書類入れを片手に立ち上がるところだった。
「そうなの? じゃあ届け終わったら僕と食堂でお茶でも飲まない? うちの妹の女官ごっこがまだ終わらなくて暇なんだよね」
「せっかくのお誘いですがこれから予定がありますから」
「予定ってデート?」
お坊ちゃんが目を輝かすのを、冷静な視線で牽制する。
暇つぶしの話題なんかにされてたまるか。
俺は荷物を抱えて部屋を出て、文書室に向かい歩き出した。
「ステファンったら、おしえてくれてもいいじゃない」
「芝居を観に行くだけです」
歩みを緩めずに廊下を進むが、クソガキは気にも止めずについてくる。
「芝居を観に行くのがデートじゃなきゃなんなのさ」
「ですから私が芝居を観に行くだけです」
「へぇ。一人で行くの?」
「お答えする必要はないと思いますが」
「ネリーネ嬢と行くんでしょ? 一人で行くなら答えるはずだし。そもそもステファンが一人で見に行くほど芝居鑑賞の趣味があるなんて聞いたことがない」
「一人で行くのか誰かと行くのかを答える義務もありませんし、俺の趣味を知るほどエリオット様と親しくさせていただいている記憶もございません」
「じゃあ、仮に一人で観に行くほど芝居が好きだとして、なんて題名の芝居を観に行くの?」
言葉に詰まる。
「ほら、芝居鑑賞なんて興味ないんじゃない」
「うっかり忘れただけです! ほら、これですよ!」
立ち止まり、ポケットからチケットを取り出して見せる。
「あれ。チケット二枚あるね」
あぁ! クソッ!
年下のクソガキにいいようにされて腹立たしい。
先日会いに行った帰り、ネリーネが自分で買った芝居のチケットを俺に押し付けてきた。
当日はエスコートして欲しい。などという可愛いおねだりで渡された大切なチケットをクソガキは俺から奪っていった。
「ちょっと、ステファンこんなの観にいくの?」
睨みつけて奪い返すタイミングをうかがっていると、チケットをひらひらと振り回して、お坊ちゃんは嫌そうな顔をした。
「こんなの? 市井で流行っているんじゃないですか?」
「うへぇ。悪趣味だね。うちの妹が悪役にされてるのに。そうかぁ。もうステファンはネリーネ嬢に夢中だから、うちの妹が市井で悪く言われているのに同調するんだね。少し前までは、あんなにうちの妹のこといやらしい目で見ていたのに」
「いやらしい目では見ていません! ですから、そもそも観に行きたいと言われて連れていくだけで、どんな内容か知らないんです」
お坊ちゃんはこれ見よがしに肩をすくめる。
「感情を無くした王子様が王宮で虐げられて働く庶民出身の女官と恋に落ちる。そんな二人は小太りの醜女のくせに気位だけは高い王太子の婚約者からの嫌がらせを乗り越えて真実の愛を知り、王子様は感情を取り戻す。なんていう馬鹿みたいな安っぽい芝居だよ。明らかに殿下やうちの妹を揶揄して民意を扇動してるくせに、作り話だなんてうそぶいてるんだ」
……聞いただけで反吐が出る。
「そんな内容だとはつゆ知らず……その……同調するつもりは全くありません。私は王太子殿下に忠誠を誓っておりますし、王太子殿下のご婚約者様に対する深い愛情に疑いを持ったことはありません」
いくらネリーネが行きたがっていても、王太子殿下付きになる俺がそんな内容の芝居を観に行くわけにはいかない……
ネリーネは芝居に行けずに悲しむかもしれないが、きちんと説明すれば理解してくれるはずだ。
お坊ちゃんから返されたチケットに手をかけた瞬間、慌てた声が制止する。
「わっ! 待って待って! あくまでも作り話だから! チケット破こうとなんてしないで! 行ったからって殿下もうちの妹もステファンのこと責めたりしないから! そんなとこで忠誠心を発揮しないで! ……あ! そういや、その格好で行くの?」
頷いた俺に、お坊ちゃんは自分の髪のリボンを解きそのリボンで俺の髪をまとめ、襟元から引き抜いたスカーフを俺に結ぶ。
「デートなんでしょ。男だってお洒落して行った方がいいよ。僕のお下がりでよければリボンとスカーフはステファンにあげるよ。暇つぶしに付き合ってくれたお礼。じゃあ楽しんできてね!」
お坊ちゃんは手をひらひらとさせてどこかに去って行った。
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