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湯気とともに上る霊
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俺はどこにでもいる普通の会社員。
毎日会社に行き仕事をして家に帰るの繰り返しだ。
別にこの生活が嫌ってわけではないが、楽しいことは何もない。
月曜日の夜、俺はいつも絶望しながら家に帰る。
明日も会社か。明後日も、明々後日も会社か。
もちろんこれは俺だけでなく、働く人の大半はこの気持ちで帰宅していることだろう。
ちょうど公園の近くを歩いているのだが、遊具で遊ぶ人の姿はなく、ただ寂しい風景が広がっている。
5時間前くらいは多くの子供が遊んでいて、にぎやかだったろうに。
昔は俺も公園でよく遊んだものだ。
木と木の間をゴールにしてサッカーしたり、ベンチにマットを広げてカードゲームしたり。
ああ、あの時はよかったな。
砂場で輪になって人狼したり、木の上に秘密基地をつくったり。
俺はついあの時秘密基地にしていたような大きな木を見つける。
その中に奇妙なものを見た。
あれ?
何かと目が合った。
向こうもこちらをのぞき込んで目をそらさない。
こんな時間に木の上で何を?
わーーー!
俺は驚きと恐怖で言葉を失う。
突然木の上からさかさまにぶら下がるようにして奇妙な影が大声をあげて降りてきたのだ。
それは体が透けていて、この世の人物とは思えなかった。
どうにかして逃げようとするが体が全く動かない。
くそ、動けよ体。
木にさかさまのままぶら下がっているそれもまた、固まったままの俺をじっと見つめたまま動かない。
「お前、おれが怖くないのか?」
沈黙に耐えかねたのか、それは俺に話しかけてきた。
だが俺は口をパクパクさせるのみで声が出ず、何も言い返せない。
「おれの脅かしにあって逃げなかったのはお前が初めてだ」
なんだか祝福されているようで、危害を加えてこなそうと分かると体の硬直がだんだんと解けていった。
「あの、君は家に帰らなくていいのか?」
「ああ、おれは死んでるからな」
やはりか。
さっき体が固まっている間に頭のほうの整理はできていたようで驚きは少ない。
これだけわかりやすく体が透けていたら、おそらく幽霊だろうなとは思っていた。
だが、幽霊だと分かってこれだけ冷静でいられるのは仕事の疲れで、何かを考えることが面倒になっているからだろう。
今日初めて仕事の疲れに感謝した。
「そうか、早く成仏しろよ」
憑りつかれても嫌なので、早々にこの場から離れることにする。
しかし俺が帰りの方向へ歩き出すと、後ろから奇妙な影がついてくるのを感じた。
後ろを振り返る。
予想通り、その奇妙な影は先ほどの幽霊がついてきていた。
「ついてくんなよ」
「俺だって久しぶりに人としゃべったんだ。もっと何か話そうよ」
「いやだ。じゃあな」
再び前を向いて歩き始めるが、奇妙な影の気配が消えることはない。
あーーもう。
「30分だけな」
俺は諦めてベンチに座る。
すると隣に幽霊も腰を下ろした。
いったいこいつの体はどうなっているのだろうか。
「お前なんで木の上にいたんだ?」
「あそこが俺の家だ」
「そうかい」
幽霊よ普通に話しちゃってるよ俺。
どうも幽霊と普通に会話していることに違和感を感じてしまう。
「おれ生きてる頃もあの木の上に住んでたんだ。そしてあそこでぽっくり死んじまった」
「え?」
俺はまたさっきとは違う驚きで言葉を失う。
「俺さ小さいころ親に捨てられたんだ。それから親戚の家に行って生活してたんだけど、嫌われちゃって。また別の親せきの家に行ってんだけど同じように追い出されて。少しの間通ってた学校でもそうだった。最初は気を使って話しかけてくれる人もいたんだ。でも、人と仲良くなる方法なんて知らないし、身なりは汚いし。少ししたら俺は誰からも話しかけられなくなった。空気みたいにずっと一人だった。ただおれはずっと誰かと楽しく話してみたかったんだ」
後半になるにつれて幽霊の声は徐々にしぼんでいった。
だから余計、最後に力強く告げられた一言が印象に残った。
「それはつらかったな」
慰めたいが、何て言ってあげたらいいかわからない。
この子がどれだけつらい思いをしてきたのか。
先ほどまでつまらないことに絶望していた自分にすこし腹が立つ。
この幽霊の苦しみに比べたら俺の苦しみなんてどうしようもないほどちっぼけなものだ。
「つらかった」
幽霊は隣で静かに涙を流していた。
俺はそっと幽霊にハンカチを手渡す。
今はなぜ幽霊が実態を持つハンカチに触れられたのか考える気にもならない。
それから幽霊が泣き止むまでそっと見守った。
「明日も会える?」
涙を出し尽くした幽霊は目元が赤い。
そんな目で幽霊は俺を見つめて聞いた。
「ああ」
俺は一言残し幽霊と分かれた。
次の日、俺は仕事を提示で切り上げ、一番乗りで会社を出る。
公園近くの木に行くと昨日の幽霊が不満げな表情で待っていた。
「遅いよ」
「これでも全速力でここまで来たんだぞ」
俺は息を荒くしたまま、幽霊を見る。
「ラーメンおごってやる。だから黙って俺についてこい」
「替え玉とトッピングは?」
「もちろんありだ。好きなだけ食え」
幽霊は出会ってから一番の笑顔を浮かべ、スキップしながら俺の後についてきた。
俺が連れてきたのは今では珍しい屋台のラーメン屋だ。
仕事のミスで上司に怒られたときはよくここに来る。
「ラーメン大盛2杯で、卵とチャーシュー、あとメンマのトッピングお願いします」
「あいよ」
5分ほど待つとあっという間に湯気を立てたラーメンが目の前に出された。
「いただきます」
幽霊は雑な箸の持ち方でラーメンを吸いこんだ。
「おいしいー」
幽霊は幸せそうな表情を浮かべてこちらを見てくる。
「それはよかった」
幽霊の笑顔を見てなんだか俺も幸せな気持ちになった。
今までもこのラーメンは何度も食べてきたが、今日のが一番おいしく感じた。
これが誰かと食べたほうがうまいってやつか。
その後替え玉も注文し、俺たちは夢中になってラーメンを食べた。
スープまで飲み干して手を合わせる。
横を見ると、幽霊はあと少しの量を残して固まっていた。
「どうした、お腹いっぱいでもう食えないか?」
「いや、こんなにあったかい食事は初めてだったから、なんか感動しちゃって」
幽霊の涙がラーメンのスープに落ち、波を立てた。
「またラーメン食べたくなったら俺に言えよ。連れてきてやるからさ」
「うん。ありがとう。ほんとにありがとう」
幽霊の涙が泣き止んだ時、スープはだいぶ薄くなっていた。
次の日、俺はまた公園近くの木に向かった。
しかしそこに幽霊の姿はなかった。
成仏しちまったか。
どこか寂しさを感じながら木を触ると、見覚えのあるハンカチを見つけた。
ハンカチはまだ幽霊の涙で湿っていて、幽霊と会話しラーメンを食べたことが現実だったと改めて感じる。
「ラーメン食べたくなったら降りて来いよ」
俺はそっと空に向けてつぶやいた。
毎日会社に行き仕事をして家に帰るの繰り返しだ。
別にこの生活が嫌ってわけではないが、楽しいことは何もない。
月曜日の夜、俺はいつも絶望しながら家に帰る。
明日も会社か。明後日も、明々後日も会社か。
もちろんこれは俺だけでなく、働く人の大半はこの気持ちで帰宅していることだろう。
ちょうど公園の近くを歩いているのだが、遊具で遊ぶ人の姿はなく、ただ寂しい風景が広がっている。
5時間前くらいは多くの子供が遊んでいて、にぎやかだったろうに。
昔は俺も公園でよく遊んだものだ。
木と木の間をゴールにしてサッカーしたり、ベンチにマットを広げてカードゲームしたり。
ああ、あの時はよかったな。
砂場で輪になって人狼したり、木の上に秘密基地をつくったり。
俺はついあの時秘密基地にしていたような大きな木を見つける。
その中に奇妙なものを見た。
あれ?
何かと目が合った。
向こうもこちらをのぞき込んで目をそらさない。
こんな時間に木の上で何を?
わーーー!
俺は驚きと恐怖で言葉を失う。
突然木の上からさかさまにぶら下がるようにして奇妙な影が大声をあげて降りてきたのだ。
それは体が透けていて、この世の人物とは思えなかった。
どうにかして逃げようとするが体が全く動かない。
くそ、動けよ体。
木にさかさまのままぶら下がっているそれもまた、固まったままの俺をじっと見つめたまま動かない。
「お前、おれが怖くないのか?」
沈黙に耐えかねたのか、それは俺に話しかけてきた。
だが俺は口をパクパクさせるのみで声が出ず、何も言い返せない。
「おれの脅かしにあって逃げなかったのはお前が初めてだ」
なんだか祝福されているようで、危害を加えてこなそうと分かると体の硬直がだんだんと解けていった。
「あの、君は家に帰らなくていいのか?」
「ああ、おれは死んでるからな」
やはりか。
さっき体が固まっている間に頭のほうの整理はできていたようで驚きは少ない。
これだけわかりやすく体が透けていたら、おそらく幽霊だろうなとは思っていた。
だが、幽霊だと分かってこれだけ冷静でいられるのは仕事の疲れで、何かを考えることが面倒になっているからだろう。
今日初めて仕事の疲れに感謝した。
「そうか、早く成仏しろよ」
憑りつかれても嫌なので、早々にこの場から離れることにする。
しかし俺が帰りの方向へ歩き出すと、後ろから奇妙な影がついてくるのを感じた。
後ろを振り返る。
予想通り、その奇妙な影は先ほどの幽霊がついてきていた。
「ついてくんなよ」
「俺だって久しぶりに人としゃべったんだ。もっと何か話そうよ」
「いやだ。じゃあな」
再び前を向いて歩き始めるが、奇妙な影の気配が消えることはない。
あーーもう。
「30分だけな」
俺は諦めてベンチに座る。
すると隣に幽霊も腰を下ろした。
いったいこいつの体はどうなっているのだろうか。
「お前なんで木の上にいたんだ?」
「あそこが俺の家だ」
「そうかい」
幽霊よ普通に話しちゃってるよ俺。
どうも幽霊と普通に会話していることに違和感を感じてしまう。
「おれ生きてる頃もあの木の上に住んでたんだ。そしてあそこでぽっくり死んじまった」
「え?」
俺はまたさっきとは違う驚きで言葉を失う。
「俺さ小さいころ親に捨てられたんだ。それから親戚の家に行って生活してたんだけど、嫌われちゃって。また別の親せきの家に行ってんだけど同じように追い出されて。少しの間通ってた学校でもそうだった。最初は気を使って話しかけてくれる人もいたんだ。でも、人と仲良くなる方法なんて知らないし、身なりは汚いし。少ししたら俺は誰からも話しかけられなくなった。空気みたいにずっと一人だった。ただおれはずっと誰かと楽しく話してみたかったんだ」
後半になるにつれて幽霊の声は徐々にしぼんでいった。
だから余計、最後に力強く告げられた一言が印象に残った。
「それはつらかったな」
慰めたいが、何て言ってあげたらいいかわからない。
この子がどれだけつらい思いをしてきたのか。
先ほどまでつまらないことに絶望していた自分にすこし腹が立つ。
この幽霊の苦しみに比べたら俺の苦しみなんてどうしようもないほどちっぼけなものだ。
「つらかった」
幽霊は隣で静かに涙を流していた。
俺はそっと幽霊にハンカチを手渡す。
今はなぜ幽霊が実態を持つハンカチに触れられたのか考える気にもならない。
それから幽霊が泣き止むまでそっと見守った。
「明日も会える?」
涙を出し尽くした幽霊は目元が赤い。
そんな目で幽霊は俺を見つめて聞いた。
「ああ」
俺は一言残し幽霊と分かれた。
次の日、俺は仕事を提示で切り上げ、一番乗りで会社を出る。
公園近くの木に行くと昨日の幽霊が不満げな表情で待っていた。
「遅いよ」
「これでも全速力でここまで来たんだぞ」
俺は息を荒くしたまま、幽霊を見る。
「ラーメンおごってやる。だから黙って俺についてこい」
「替え玉とトッピングは?」
「もちろんありだ。好きなだけ食え」
幽霊は出会ってから一番の笑顔を浮かべ、スキップしながら俺の後についてきた。
俺が連れてきたのは今では珍しい屋台のラーメン屋だ。
仕事のミスで上司に怒られたときはよくここに来る。
「ラーメン大盛2杯で、卵とチャーシュー、あとメンマのトッピングお願いします」
「あいよ」
5分ほど待つとあっという間に湯気を立てたラーメンが目の前に出された。
「いただきます」
幽霊は雑な箸の持ち方でラーメンを吸いこんだ。
「おいしいー」
幽霊は幸せそうな表情を浮かべてこちらを見てくる。
「それはよかった」
幽霊の笑顔を見てなんだか俺も幸せな気持ちになった。
今までもこのラーメンは何度も食べてきたが、今日のが一番おいしく感じた。
これが誰かと食べたほうがうまいってやつか。
その後替え玉も注文し、俺たちは夢中になってラーメンを食べた。
スープまで飲み干して手を合わせる。
横を見ると、幽霊はあと少しの量を残して固まっていた。
「どうした、お腹いっぱいでもう食えないか?」
「いや、こんなにあったかい食事は初めてだったから、なんか感動しちゃって」
幽霊の涙がラーメンのスープに落ち、波を立てた。
「またラーメン食べたくなったら俺に言えよ。連れてきてやるからさ」
「うん。ありがとう。ほんとにありがとう」
幽霊の涙が泣き止んだ時、スープはだいぶ薄くなっていた。
次の日、俺はまた公園近くの木に向かった。
しかしそこに幽霊の姿はなかった。
成仏しちまったか。
どこか寂しさを感じながら木を触ると、見覚えのあるハンカチを見つけた。
ハンカチはまだ幽霊の涙で湿っていて、幽霊と会話しラーメンを食べたことが現実だったと改めて感じる。
「ラーメン食べたくなったら降りて来いよ」
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