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プロローグ: 邂逅交錯
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戦技 波紋体術
国防軍(前自衛隊)特殊作戦群正式採用近接戦闘術:ゼロレンジコンバットのベースとして提唱されている体術。菱形筋、肩甲挙筋、前鋸筋、腸腰筋と言った骨内筋の働きにより、骨格と重心全体を突き動かすように連動させることで、打突技、投げ技、組み技、掛け技等人間の域で出すあらゆる破壊力を最大化する骨主肉従の技法が特徴。
ウェイブ(ゼロレンジコンバット、ティー(空手の前身))、肩抜き(ボクシング等)、波動拳(日本拳法)、波浪勁(詠春拳)、ストライク(システマ)等、流派や技術系統によって異なる呼び名がある。
人類史で最初に認知された人能臨界。
*
― 戦技 蹴脚波紋 ―
「はぁッ!」
フードの女の構えた刃越しから強烈な高蹴りを見舞う。軸足ごと捻り出した腎部から膝、足先に至るまで、連結された重心が、正面を捉えた姿勢調整によって打点に集約され、抉るような衝撃が女の体を駆け抜けていく。
「ぇえいあッ!」
2、3歩後退した女の足元へ、今しがた手にした刃を振るう。
臨界装Ⅰ型 β・マチェットタイプ。
それがこの武器の名であり、レイカの専用装備だった。
地を這うように姿勢を下げ、しゃがみ蹴りを振り抜く。膝を上げてかわす女に、更に地を擦った足払いをかける。重心を崩して地に伏せたところに、マチェットを振り下ろして鍔迫り合い。女は倒れながらでもその刃をX字に重ねて、渾身の一撃を受け止めている。
「やるね お姉さん…!」
「...お前に”姉”と呼ばれる覚えは ない!」
「 ふーん...そっ、うっ、かいッ!」
レイカの横腹に蹴りが見舞われる。
「ぐ... 」
女はよろめくレイカを見送りつつ、ブレイクダンスのように足先を振り回し、1度軽く飛んで手をついて伏せる構えを見せた。
「この...! 」
苛立ちが混ざった声で、レイカは刃を握る腕を引き絞りつつ踏み出す。
斜め上に引き絞った腕で騙した、下段切り払い。歩行機能を両断しやすい大腿部の下半分を狙って、弧を描いて振り下ろす。
だが、この女は”ありえない動き”をした。
この女は今、全力で駆け出して来た。
突進してきたのだ。その運動で緩んだ脚を狙った時点で、レイカの勝ちは確定しつつあった。
相手がそのまま突き進んでくれば勝ち。怯んで止まっても勝ち。受け止めようにも間に合わない、勝ちだ。
だが、今この女の刃の切っ先がレイカの喉笛に迫りつつある。この女がここにたどり着くに至って行った動作は、3つ。
止まる。
横に逃げつつ刃を下ろす。
下段に合わせた刃を跳躍点に、回転捻り飛び。
これらを、この一瞬でやってのけた。
その瞬間だけ、女の身体がコマ送りとなったようだった。
手にかけた勝駒がいきなり消え、相手のコマが進む。そんな理不尽なイメージすら浮かぶ。
だが。
その一瞬、女の顔に見据えられていた彼女の瞳には、なんの動揺も映らなかった。
「どぅルルルァァァァァァッ! 」
横殴りに鉄塊が叩きつけられる。
臨界装 Ⅰ 型 Σ・ガントレットタイプ。
それがこの武器の名前。
殴りつける暇もなかったので、急勾配だった___そう遼は後に語る。両の鉄拳をピッタリと肘までつけて、空中タックル。レイカの喉元に触れかける曲刃を引き離す形で女を連れ去った。
斜めに十字を切って吹き飛ばしつつ、遼は着地する。
女はまたも動作を加速させ、激突するはずの木箱の寸前で受身を取った。
「気安く鮫島サンに…触るなナァァァァァァァァッ! 」
女に向かって猛然と、だが軽快に駆け出しながら、突き出した左の掌を狙い目にして右の拳を引き絞る。
「_____小鷹狩! ”かわせ”!!! 」
「 ! 」
遼はその声でハッとした。
そう、遼は気づかなかった。
腹から肩口までバッサリと裂け目を作ろうとする、その倒れ伏した地面からの太刀筋に。
*
「あぁっ! ぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」
新田は、ズボンと下着をおっぴろげに、痛々しく腫れ上がったペニスを激しく擦られて慟哭する。否応なく膨らまされたモノを、しゅるしゅると小麦色の手のひらでしごかれて、まるで少女のように泣き叫んだ。
しゅこっしゅこっしゅこっ…
にゅるっ…
にゅするる…っ! しゅこしゅこしゅこしゅこしゅこっ!
唾液とカウパーをべっとりと広げた手のひらで裏スジを擦られる。
握られる細長いペニスは既に真っ赤に腫れ上がり、触れられるだけで高電圧のスタンガンを流されるような激痛を催す。
その痛みをかき消すほど強烈で暴力的な刺激を受け、またもや精巣から望まぬ射精衝動がせりあがってくる。
新田が泣き出すのも無理はない。
この射精は、通算9回目だ。
「ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
びゅくっ どりゅっ! どくくくくっっっっ……!!!!
流石にその水色は薄く、量も少ない。が、
その否応なく突き抜ける快楽に。
新田の身体は、何度も痙攣した。
────目の前に構えられた、スマホカメラの前で。
「ちゃんと…撮れました」
「ご苦労っ♡ 」
未だ溢れ続ける精液を床に垂らしながら、そんなやり取りがぼーっと耳に入ってくる。
少し震えながらスマホを構えているのは、さっき俺にイチャモンを付けてきたメガネのインテリ君だった。
「あ、あと何テイクですか黒夜崎さん...ぼ、僕色々限界でしてぁう!?」
ジュ...ピヂュヂュヂュヂュルルルルルルルルルルルルル!
戦子は、おもむろにインテリのズボンを開け、下品な咀嚼音を大きく、ギンギンに腫れたそれを吸い上げ、絞り上げた。
びくんっ、びくっ!どくっどくっ……
ん、と短く声を漏らして立ち上がると、口にぶちまけられた劣情液を少し苦そうな困り顔で飲み下した。
「...”これ”、私のせいだもんね?まだ、おっきい♡」
戦子は未だ勃起収まらぬ肉棒を宝物のように愛おしく撫でながら、蛇のようにインテリ君の耳元へと這い上がる。
言葉を発する度に吹きかけられる熱い息が、理性を直接破壊しにきた。
「普通のセックスじゃ飽き飽きしてるでしょ?ほら、頑張ったごほーびっ 」
彼の横で、戦子はストリップのように腰をくねらせながらモゾモゾとスカートの中の下着をずらす。
「ほらほら、腿マンコキだよっ 底の底まで出しちゃえ♡」
そういいつつ、下ろしたパンツをくぐらせながら歳の小麦色の腿で肉棒を跨ぐ。そうして脚を交差させ、肉と肉を密着させる形で、膣口から垂れ流れる生暖かい粘液と共に包み込んだ。
優しさなのか、メガネの方は射出口から避けるようにスカートをたくしあげてやる。そして、空いた手でぱしっ、くにゅ、と戦子の尻肉を揉みあげた。
「ん、もうケダモノ♡それ、 いっくよ~」
ニチュ…..チュク…
戦子は懐深く、前かがみに上着にしがみつきながら、必死なつま先立ちの様相で前後に扱く。
ニチュッチュクッニチュッチュクッニチュッチュクッ
「あっ…ああああああぁぁぁやばい…黒夜崎さぁん…ッ♡♡ 」
「あっ…あぁ!私もヤバい!これッ…! 」
2人の声色が甘く乱れる。メガネの方もガクガクと自分から腰を振り、身体がその麻薬的な快楽電流に逆らえない。
「「イク…ッ」」
ビュク!ビュル!ビュルルルゥ…!
甘く痺れる余韻を感じながら、肩口にしがみついた戦子越しに恨めしそうにこちらを見る新田を見下ろす。
静止を振り切った新田を追いかけ、たどり着いた先は地獄絵図。
ひしゃげた鉄扉、ぶちまけられた血反吐、そして為す術なく天井を仰いでいる、自分より強い男。そして、それを足蹴にしながら、服を破いて陵辱しようとしている、更に強く凶暴な女子高生。そんな中、逃げようとしたところに、逃がさないとばかりに振り返った眼差し。射すくめられた所に詰め寄ってきて、笑顔で差し出されるスマホ。これ以上の脅迫が、あるであろうか。これ以上に拒否できない要求が、あるであろうか。
だが、今はある種の優越感すら感じる。
新田は拷問としてしごかれただけだが、僕は...愛された。愛されたと感じた。
思春期男子特有の愚かで浅ましい感性だとわかっていたが、今のぼんやりとした頭では、この身体を支配する甘く優しい幸福感を噛み締める他なかった。
「…ほんとにごめんね、脅したつもりなんかなかったんだけど なんか怖がらせちゃったみたい でっ♡ 」
「い、いえ…」
「私も軽くイッちゃった… 気に入ったよ 今度“お礼”するからさ、あと1テイク頑張って♡」
そういうと、戦子は優しく口付けをする。
「は、はひ…」
ガクガクヘナヘナと、下半身をむき出しにしたまま壁に持たれてしまうインテリ君を後に、戦子は向き直る。
達した後の脱力感、倦怠感などは要は気の持ちようだ、と戦子は思う。戦子が心の底から満足したセックスは、むしろ手足に行き届く熱エネルギーをくれる。英気を養う、という言葉の意味はこういうものなのだと実感する。
「 君はまだ寝ちゃダメ」
足で仰向けに戻すと、戦子はスカートをたくしあげ、絹のような肌つやの太ももの付け根を見せつける。その脚にはヌルヌルの体液が混ざり合い、染み付いた跡が残り、独特のツヤを放っていた。他のオスに先を越された屈辱と、疲労と摩擦で残る痛みを度外視して膨らんでいくペニスを感じながらも、新田は動けない。痛々しく腫れ上がったペニスに、腰を落として行く。
そう。彼女の狙いは、新田のコンプレックスを抉ることだ。
今まで奪ってきた女。狙ったら逃がさなかった女。
コンプレックスを誤魔化すために女を寝取り築いたプライドを、あえて狙われた女という立場から先に別の男への奉仕を見せつけることで打ち砕く。
「君は今日からまた ドン底に落ちる。目を逸らさないでね」
そして、そこから性玩具として壊れるまで弄ぶことでもう一度トラウマを植え付け、一生消えない傷を付ける。どこまでも徹底主義者だ。報復など考えられぬよう、武力の差をふんだんに見せつけてから心を何度も踏みにじるのだ。
あぁ、もはや新田は生きる気力を失った。こんな女に
いや、こんな怪物に 勝てるわけがない。
邪悪にも狂気にも見える真っ赤な瞳で微笑む戦子。あわや、ずらした下着越しに挿入、というところで、突然戦子の瞳は驚いたように見開かれた。
頭皮から脳髄までムズムズするような、奇妙な感覚。それと同時に、耳に響くは風を切る異変。
次の瞬間、
振り向いた戦子の目前に、音もなく刃物が迫っていた。
*
「_____小鷹狩! ”かわせ”!!! 」
「 ! 」
そう、遼は気づかなかった。
腹から肩口までバッサリと裂け目を作ろうとする、その倒れ伏した地面からの太刀筋に。
女の刃は地面に火花を散らしながら摩擦し、その拘束から開放される加速度で一瞬現世から消失する。
遼は、地面から足が浮き上がるのを感じた。
急いで閉じた鉄腕で、受けたその曲刃。
ムチのようにしなる腕先から伸びた刃は、見た目と想像を越えた重みを帯びている。骨格をピッタリと締めて固めたガードも、その衝撃で無理やりに開かされた。
「ナッ....!」
「死ね 」
フワリと浮いて着地するところを狙い、勢いを殺さずに袈裟懸けに片方が振り下ろされる。
咄嗟に受けた右の鉄腕から、即座に内部の髐骨が粉砕された。
「グ...ガ...! 」
押し込まれそうになる腕を支えるように、左の腕も叩きつけるように加勢させ、ようやく拮抗した。
だが、止められたのは片方のみ。
即座に脇腹に、鋭く熱い痛みが走る。
女の得物、曲刃が突き刺されていた。
「遼!!!」
「大...丈夫...でっす! 」
レイカの悲痛な声を振り切るように、足刀で蹴り離す。
さすがに力が通らなかったか、女は転がって受け身を取ったのみで、スクと立ち上がった。
だが、反撃に出る力が残っていることに驚いたのか、その場に立ち尽くしている。
「へへ... 残念だったナ」
― 異能 回復者 ―
刃が突き刺さった脇腹から、白い煙が上がる。
その柄を握り、引き抜く先からボコボコと沸騰する赤黒い体液と煙が溢れ出し、塞がっていく。
だが、刃が遼の身体から完全に離れても傷口は完治しない。
この刃、何かしらの治癒阻害効果を持つようだが、特殊な細工を施された感じはない。なにかあるのだとすれば、この波打つような武器の形状だろうか。
「そっか...MISTのエージェントは”能力”持ちだったね 」
参ったな、というふうに女が踵を返して歩き出した先に、再びレイカが立ち塞って来るのも構わず語り続ける。
「その武器...”クリス” って言うんだけどね 斬りつけると治りにくい傷口の形を作るから、普通は1週間後くらいに肉が腐って死ぬんだよ」
「何...」
「大丈夫ッス...この治り方なら... 」
「そう 明け方には治っちゃう あーあ、仕留め損なっちゃったなぁ~」
女は面倒くさそうなため息を吐きながら、別の方向へとつま先を向ける。だが、その方角には遼が滑り込み、回復能力の表れである煙が溢れ出す鉄拳を構えた。
「今更なんだがな...何者だ貴様... なぜ私たちのことを知っている...! 」
怒気を込めて問うても、相手から返ってくるのは沈黙のみ。
「———答えろッ! 」
レイカの怒鳴り声が響いても、この硬直状態は解けない。
女は、観念したように言葉を発した。
「私たちは、”レフト”。”取り残された人間”だよ」
言い終わらぬうちに、女は再び黒い霧に包まれる。
「待て...! 」
女はこの光学迷彩と思しき黒霧が現れるまで影も形もなかった。この霧が晴れれば、コイツを捉えることは出来ない。レイカは霧に向かって飛びかかった。
だが、捕まえた感触はない。空を切り、地面を転がるだけだ。
「覚えてろ、オトコ女 」
遥か背後から、再び声がする。黒い霧の女は、倉庫入口に現れた。
振り返ると、女の人差し指はレイカを指し示す。
「次は あんたにこの刃(は) 突き立ててやるから 」
「だらァ!!! 」
地に伏せているレイカの横を駆け抜け、遼は女の居る場所に鉄拳を振り抜く。
だがやはり、女は既にそこにおらず、霧が晴れれば地面に拳を突き立てている遼の姿だけがあった。
「舐めやがッて....! 」
治癒しつつも出血しながらの運動だったからだろう。毒づきながらも、遼は青白い顔をしており、僅かに口から血を吐いている。
怒り心頭の部下を見据えながら、レイカはすぐさま立ち上がり、トランシーバーを手に取る。
「所属不明の敵と接敵。敵は逃走、1名負傷。まもなく完治。応援と指示を乞う 繰り返す、所属不明の敵接敵のち逃走、応援と指示を乞う」
「そんなに焦って喋らなくても、もう着いてるわ」
レイカは声をかけられるまでまるで気配を感じなかったことにヒヤリとしたが、同時にその聞き親しんだ声色にほんの少しだけ安堵した。
「所長 」
レイカが漏らした声をかき消すように、黒服のエージェント達が慌ただしくレイカたちの横をすり抜け、所長と呼ばれた女性の前で整列する。
「あなたとあなた、さっき遁走したほうを追いなさい。相手はこのレイカちゃんが手こずった敵、くれぐれも深追いはしちゃダメ。戦闘は絶対に避けなさい、他は残って死体処理。————状況開始 」
「「「了解 」」」
エージェントがバラバラと散っていくと、そこには先程から変わらぬ体勢で並ぶ二人が現れた。
「相変わらず予想外のことばかり起きるわね、あなた達が当たる任務って 」
「.... すンません 」
「アクシデントが起きる度に、無茶してケガして 」
「申し訳ありません 私の監督不行き届きです 」
珍しくしょげている2人に視線を配ったあと、所長の困った顔から笑みがこぼれた。
「ほんとそういうとこは、2人ともそっくりね 」
「エ? 」
少しそっぽを向いてうつむいていたレイカがすごい勢いで振り返る。顔は驚きと羞恥で赤く染まり、キョトンと此方を見つめている遼に一瞬目をやったきり、目を合わせられなくなった。
「似てるってどういう... 」
「——— 所長 指示を 」
まるで先程のリアクションをなかったことにしようとするように、凛々しい声で遮る。
その表情は一見冷静さを取り戻し、仕事に取りかかるための真剣なものに見える。
キョトンとした表情でレイカを見やる遼の視線から逃れるためか、こちらに向ける目の色は 必死そのものだった。
「そうね、まずは 」
所長は、土埃と切り傷の目立つ2人の服を一瞥したあと、ひとつ呆れるようなため息をついてこう切り出した。
「 寝なさい 」
振り返った2人の顔には、大きな隈があった。
*
ズシャッ!
と、刃が鍔までめり込む。
床が抉られたその光景を、戦子は紅い眼で見下ろしていた。
「せっかくの実験台だったけど...ここらへんが潮時かな」
戦子は、咄嗟に軸を捻り、今や木造の床に深々と突き刺さっているナイフを躱していた。
今、その目はその持ち主に向けられる。
その風貌は、あまりに時代錯誤なものだった。
顔全体を覆い尽くすような巨大な笠、袈裟のようなマント。そして口元を隠す荒い布。その姿は、まるで、虚無僧のようであった。
「────どちら様? …って聞きたいとこなんだけどさ」
いつの間に拾ったのか、その投げナイフを、
「とりあえずこれ 返してあげる」
ほぼ予備動作もなく男の眉間に向かって投げ返す。その軌道はあまりにも直線的で、速度は音速を超え弓矢にも匹敵した。
それを男は、右手から”霧”と共に展開した手甲鉤で弾き上げる。
超高速で宙を舞ったその刀身は、男の側の床に突き刺さった。
「投擲用の刃物など所詮使い捨てだ。その男のようにな」
男は、肩もゆらさず歩く。地も蹴らず、ただ足を置くように無駄がなく静かに歩み寄ってくる。そのあまりの機能美が、戦子にとって不気味だった。
戦子は、この歩法を知っている。
知っているもなにも、この男の立ち振る舞いは戦子がもう1人現れたのかと言うほどに同じだからだ。
「だがお前は違う。黒夜崎 戦子」
戦子は眉をひそめる。
「はじめましてだと思うけど」
「ハハ、どうだかな」
その場の空気が、圧力でねじ曲がり、重苦しいものに変わっていく。
この男は、”黒夜崎 戦子”を知っているのか。
この学校に来てからの戦子ではない。
その以前から戦子を知っているのか。
その意味を戦子は危惧していた。
「我々の“商品”を試す気はないか、黒夜崎? “後遺症”は辛かろう」
変声機をつけているのか、ノイズ越しにねっとりとした声色が戦子の鼓膜を不快に撫でる。
「静養療法(リハビリ)ならセックスと親友2人で間に合ってる。いらない」
ふん、と鼻を鳴らし、どんどん眉間にへの字のシワが寄っていく。
「その小僧に与えたような”活力剤”など比べものにならないブツを処方してやろう。 その”能力”も飛躍的に向上するだろう。どうだ黒夜崎、”守るための力”がほしいのだろう。」
こちらに与すれば、クスリで適応者を強くしてやる。どうだ、私たちはそちらを理解している、理解者がいてくれて嬉しいだろう。この文言は、戦子にとってとんでもない侮辱だった。私がどうやってこの能力を押し付けられたのか何も知らないだろうくせに、知ったような口を。
軽蔑するような眉間の寄りに反比例して、瞳の真紅色は怒りに呼応し燃え盛る。
「 私たちは同じく”取り残された者”だ。苦悩は分け合って生きようじゃないか」
「そう。じゃ最近悩みがあって」
諦めるように、戦子は呼吸をひとつ挟み、差し伸べられた手に歩みを進める。
「目の前に1人、ぶっ殺したいヤツがいてさ」
**
「 ————起きろ、小鷹狩」
その声色ひとつで、桃髪の少年は1秒の誤差もなくハッキリと大きく目を開いた。同時に、運転席の女性は少し仰け反り、ビニールの座席を擦る音を響かせる。小鷹狩遼には十分すぎる目覚ましだった。
「あー...おはようございますぅ...」
特に眠そうに見えない表情から、すごく気だるげな声が溢れる。
「”あなた達が追うのは、例の下手人よ”」
「”あのヤクザ達の死体は死後2~3時間が経過していた。相手が女子高生だったのなら、どこかに帰る場所があって、とっくに巣に戻っているはず”」
「今から追っても追いつけないし、追いつけてもその身体じゃ2人がかりでだって勝てないわ。この周辺のいくつかの学校に目星を付けるまでしばらく待機してちょうだい”」
「そして待つ間も調査の間も、ちゃんと寝なさい 約束_____いいえ、命令よ」
その指示を受けたのが、約1週間前。
調査対象は早3校目。
車で寝泊まりする張り込みは、もはや常識となりつつあった。
2人は買い置きしていたコンビニのおにぎりを、ただの栄養摂取と割り切ってガツガツと噛みちぎって茶で流し込む。
レイカ、続いて遼と最後の一口を水分で喉に流し込んだ時、数秒の沈黙の後口を開いたのは遼だった。
「…殺すんスか」
「何?」
「件の女子高生、やっぱり殺しちゃうんすか」
レイカは遼を一瞥する。彼の表情は、黄昏ているような、向こうぞらを見ているような、どこか虚ろな色を浮かべていた。
「…何故そんなことを訊く」
遼は、1つ咳払いをして言葉を紡いだ。
「昨日のチンピラならともかく、鮫島サンが簡単に女子供殺すってイメージが…どうしてもわかねーッつーか…」
「随分甘いんだな、お前の中の私は」
「アッいえ、そんナ…」
珍しく少し狼狽える遼を横目に、レイカはどういう顔をしていいか分からない。責めたつもりはないのだが。
「…だがまぁ、分からない。どうするかは、ソイツと顔を突き合わせて決める。...行くぞ」
レイカと遼は車のドアを開け放つ。
────am 8:30、接敵まで7時間。
**
1歩、
右足を引きつける。
2歩、
浮いた左足を寄せる。
3歩、
足腰を沈めて。
重心が落下するまま、前へ、相手と交差する。小手調べ程度に振られた爪先をいなし、回転裏拳で牽制。
怯みも後退もしないものの、その場に居着いたその隙を突き、肝臓目掛けて中足で中段を蹴る。
だが、相手もできる。その場で左の掌底を、蹴り足に落として止めていた。そのまま、背を唸らせて顔面に爪を突いてくる。
かろうじて5本のうち1番上の爪を掴んで止る。返し刃はなかったが、その摩擦で食いこんだ手のひらからドス黒い血がボタボタと堕ちた。
「チッ.... 」
「いくら目が良かろうと、このリーチの前では無力さ 」
掴んでいる手を打ち付け、戦子の袈裟懸けにズシャッと引き裂く。
「ッ! 」
反射的に軸を逸らし、致命傷は免れたが、制服のセーターとカッターがザックリと裂け、胸元が若干はだける。
「特に、”その程度の反応”ではね。僕の知る君は この程度じゃない」
「そろそろ...”こちら側”に戻って来てほしいな」
そのどこまでも不愉快な知った口に、戦子は劣勢ながらもフンと鼻息一つで答えた。
*
「やっぱり多いっスネ、学生 」
「あぁ 」
学び舎の廊下を、2人は歩いていく。向けた視線の先には、校門。
「…今更だが、こんな総当りでたった1人が見つかると思えるか、小鷹狩 」
「いやー…今更すぎるかと…でも仕方ないですよ 」
鮫島レイカと、小鷹狩遼。気だるげな弱音と、遼の苦笑いの交じったやり取りは砕けた印象を受ける。だが、先週の戦闘からほぼ休息もなく調査に乗り出した二人のエージェントの目つきには、未だ修羅の色が宿っている。
「正直、“私がヤクザ殺したJKです♡”…とか言うなんて思えないですネ。やっぱあのチンピラから聞き出せた情報が中途半端すぎたンですよ… 」
「どこの制服か知ってたかどうかも聞く前に殺しちゃったし……よく考えたらあんなのでわかるわけないっスねうん! さくっと殺しちゃったの鮫島サンなんですから、今日くらい探すの手伝ってくださいよ? 」
口調が荒れるのも無理はない。昨晩、状況的に彼らの仮眠時間は3時間。パンをかじることさえ気だるく感じるような、ずっしり重い疲労感。理由のない胸のムカムカに、神経もトゲが立つというものだ。
「悪かったと言っただろう。...こうなった以上地道に探していくしかない。ショートカットに、赤い目の女子高生…。赤い眼というなら十中八九”臨界者”で間違いないだろう。戦闘麻薬によるものか、自然発生か... 」
危機的状況、もしくは過剰な精神への負荷などの極限状態を生き抜く過程で分泌される脳麻薬(エンドルフィン)。人能臨界は、それによって覚醒する様々な超常的な能力。
近代で最初に顕現が確認された人能臨界は、ある軍隊式近接格闘術の創始者が、そうとは知らずに過酷な訓練と修練の末に覚醒し、その術理に組み込まれていた極地的、全共通的な身体操作。それが、”波紋体術”。
「“臨界者”同士の戦闘になるてことッスね。ここんとこキツいのばっかだナ... 」
*
pm5:10.接敵まで———
*
「わからん。…その特徴が当てはまりそうな女は見たか? 」
二人は、とある人物を探していた。先日、「捜査」をしたときに得た情報をもとに、横島組の幹部を殺したとされる女子高生を捜索しているところである。
「同じような見た目の子はいっぱい居ましたけど…赤い目は居ませんね。つかそんな変な色の目をした人普通いませんし、十中八九臨界者ッスね 」
夕陽色の目をした遼がそう愚痴を零す。”変な見た目”に関しては、人のこと言えないだろうお前。
「....そういえば、何故髪の色を黒にしている。あれか イメチェンってやつか 」
女──鮫島は遼の髪をじっと見た。普段は少し明るくて淡い桃色なのが、今は彼女と同じ、黒色である。そう、珍しい。
「これですか? ウィッグですよ。もし探してる対象に見つかったら、あんな色だとすぐに特徴掴まれるじゃないですか、それ対策です。それに染めるのはもうこりごりですよ、金かかるし。俺がいうほどお金持ってないの知ッてますよね?」
遼は毛先を指でくるくると弄りながら答える。
「はあ。しかし新鮮だな…お前にもこんな大人しい髪色の時代があったとは」
「なんですかその言い方! そんな中年みたいな──痛! イタタタ! いやー痛い! もっと! もう1回!♡ 」
女性に対して絶対に言ってはいけない単語を放ってしまい、更に大腿部を2回ほど蹴られる。それでも痛みから快楽を訴えるのだから、この軽口は実は故意的なものなのではないかと思ってしまう。
「...お前は遠慮ってものを知らんようだな、変態 」
その点はアンタも人のこと言えないでしょう。その言葉が喉元まで出かけたが、ゆっくり飲み込んだ。
「いやァすみません……でも、あー、まあ…この髪色あんまり落ち着かないですネ。いい気分じゃないというか、なーんか……」
遼の声が徐々に小さくなる。そのまま俯いてしまった。なんか、から続く言葉がなかなか出てこない。あまりに長い沈黙に、この男はショートを起こしてしまったのではと鮫島は顔を覗き込んだ。
「...小鷹狩? 」
「え? あ、こっちの話なんで大丈夫です! いや~ッ久々に髪色戻したから慣れないな~! 鏡見て誰だコイツってなっちゃいましたし、参ったなァ、アハハ!」
「……そうか 」
こいつはいつもこんな調子でヘラヘラ笑っている。常に笑顔を崩さないやつで、先日の捜査のような真剣な表情を見せることは滅多にないほどだ。あれは珍しかった。
普段の会話でも、任務の時も、ましてや戦う時も、笑っている……が、その笑顔が心の底から出ているものではないことに、鮫島は何となく気づいていた。あくまでも好印象を保つための「営業スマイル」で、声のトーンも一定であり、言わば感情が読めない。
彼が何を考えているのか、直属の上司でバディを組む鮫島でさえ、全く見当がつかないのだ。
「…とにかく、行くぞ 着替えろ 」
「ハイ♡ 」
着替える、と言ってもこれから公衆の面前で脱衣プレイをする訳では無い。2人は、ベルトの留め金にあたる部分にデバイスを装着し、USBを挿入する。
レイカの腕時計型デバイスと、遼のベルト型のデバイスから霧が噴出されていく。
2人は再び、レーザーの駆け巡る白い霧の中に包まれた。
*
────pm 5:12.接敵まで、20分。
*
相手の獲物は鋼鉄の鉤爪。距離を取り続けたところで、徒手のこちらに勝ち目はない。ならば、あえて前へ。
相手から攻撃せざるを得ない間合いへ、肉薄する。
迎え撃ってくる突き刺しを半身を切って躱し、その身体と鉤爪の接地面から一気に間合いを0にする。そのまま喉に腕刀をねじ込んで、掴んだ突き手への引力そのままに地面に打ち倒した。
「悪かったな...”この程度”で! 」
戦子は腹の底から敵意の籠った声を震わせ、流れそのままに馬乗りになり、膝と腕で腹と喉をロックした。もう片方の手は、鉤爪の右手を上に捻りあげて封じている。そのまま、重心を肘関節の捻りで喉にねじ込んでいく。
「それでお前は……”この程度”以下だぁ! 」
「 いいや、まだだ 」
だが、相手もこのままやられるタマでは無い。その腕に指をかけたかと思うと、戦子の背中越しから膝で打ち、そのまま捻り投げた。
「…まだまだ もっとだ “レッドアイズ” 」
レッドアイズ。その名は
その名で呼ばれることだけは、どうしても許せなかった。
「...その名で 呼ぶなァッ! 」
横一文字一閃。
戦子の手には、ナイフが握られている。
先程2度かわされ、地面に突き刺さっていたナイフだ。
「ほう…」
「お望み通り、”あの頃”のやり方で潰す…ッ 」
逆手に構え、間合いからジリジリと圧をかけていく。その刹那、浪人笠はフッと笑った。
「それでこそ 黒夜崎 戦子だ 」
黙れ、と戦子は踏み出した。
*
「こんにちはー っ 」
「 …こんにちは 」
レイカは、ぎこちなく挨拶を返す。
ポニーテールの女子生徒が通り抜けた後、待っていた2人に合流して、あの作業員さんかっこいーっ♡と黄色い陰口を流してきた。
そう、作業員だ。
鮫島レイカは、若手の作業員服に身を包んでいる。黒と白を基調としたエージェントスーツは、今やボロい黄緑色のツナギへと擬態していた。
「それらしい子を見つけた。だが髪型が違う 」
「 あぁ...今渡り廊下で挨拶した子ッスか?」
何
なんでこいつは、
「なんでお前それを知ってる…今どこだ 」
「あぁ、俺今東棟3階を当たってるんすけど、10秒に1回鮫島サンのこと見てるんスよ。俺、目が利くんで♡ 」
はぁ、と大きな溜息をつく。
公私を混同するとろくな事がない。それが恋愛感情なら尚更だ。
想われている身の上ではあるが、ここはひとつ上司としてピシッと…
「キモい 」
「はぅうッ!?♡」
悶えるような声がトランシーバーから漏れる。
忘れていた、コイツにはこういう牽制は逆効果だった。
「あのな、お前の気持ちは否定しないが、私たちには使命と自覚というものがだな────」
「誰か来て! 赤い目の子が暴れてる! 」
その説教は、けたたましい女子生徒の叫び声で遮られる。
人が逃げていく。レイカは、その瞳を黄金に変化させて、その流れの元を追った。
…体育館。
*
────pm 5:31. 接敵まで、およそ40秒。
*
右斜め、左斜めと軽く振って牽制し、前斜めに振り出す。そこに振り出される爪のカウンターを軌道修正で勢いが出ぬうちに抑え、横なぎに切り払う。防御に体勢が間に合わず、浪人笠は少し後退した。したが、更に追撃を仕掛けに来る戦子を蹴り出し、頭に爪を振りかぶる。
ただの振りでも、その一撃で重症になりかねない。1度外し、返す刃の一撃をもう一度ナイフで抑えた。
「…おい! 大丈夫か! 」
その様子を呆然と見ていたインテリ眼鏡は、後ろから肩を叩かれる。
「びゃあああああッ!? 」
「「うわっ 」」
残りの2人組がようやく新田に追いついた。だが、その新田は地面に倒れ伏せたまま。先に着いたメガネは、下半身を丸出しにして2つの凶刃の交差を見守っていた。
「いやお前…この状況で致すとか…. 」
「い、いやっ違いますよ! これはその 」
その弁明は、甲高い金属音でかき消された。
見ゆれば、体育館の中央で、殺し合いが起こっている。仕掛けては溜め、捌いては引き絞る。
常人の目に映るのは、一瞬2人が静止する端々の駆け引きのみ。
次の瞬間に繰り出される攻防から見えるのは、手先足先の消失と、繰り出された結果。喉元に音もなく突き込んだナイフを、腕を包むように掴むことでギリギリで止められた戦子の姿。
気がついた時には、戦子は突き出された鉤爪を躱した姿勢だった。
否、違う。よく見れば、その腕を打ち払ったのは掴まれた方の腕だ。その腕にナイフはない。
掴みを波のような腕のうねりで外し、その勢いで間合いを取り、反発力を利用してぶん回して相手の突き手を撃ち抜いたのだ。無論、このことを3人組が理解しようはずもない。
反撃の脇腹突きを浪人笠がわざと転がって躱すことで、駆け引きは万事休すかと思われた姿勢の崩れから振り出しに戻る。
「すげー…やっぱぜんっぜん見えねぇ 」
「っていうか…黒夜崎ってやべーやつのイメージしか無かったけど… 」
男子生徒はゴクリと唾を飲む。
「胸元のちっぱい…えっろぉぉぉぉ… 」
投擲用であるため刃渡りは小さく、刀身はか細いが、間合いの差はやや縮まった。お互いギリギリ攻撃が届かない間合いから、斜めに、横に刃を軽く振って互いを牽制する。
振り切ったまま静止し、互いに肘を見せたまま、すぐにでも袈裟懸けに相手を切り裂ける体勢でじり、と距離が詰まる。
一瞬の静寂の後、先に動いたのは戦子だった。
重心が沈み、前方へ突進する。
浪人笠は強かだった。間合いで有利をとっている以上、近距離での先の取り合いをしてやる義理はない。一瞬線を外し、斜めから余裕を持って腹部に突き込む。
黒夜崎 戦子、破れたり。浪人笠はそう信じて疑わなかった。
────
「そこまでだッ! 」
*
「誰か来て! 赤い目の子が暴れてるの! 体育館近く! 」
その説教は、けたたましい女子生徒の叫び声で遮られる。
人が逃げていく。レイカは、その瞳を黄金に変化させて、その流れの元を追った。
…体育館。
「小鷹狩 」
「はい 」
その一言で、2人は通じ合う。レイカは、逃げる生徒達を意に介することも無くつかつかと直進する。そして、その大元に、逃げ出すことなくギャラリーを作っている人だかりを見つけると、その歩みを早めて駆け出した。
「すみません、あの、失礼します 」
人を書き分ける間、金属音と足さばきの摩擦音が耳に入る。
戦っている…?
なんの罪もない生徒たちが通う学び舎で、巻き添えも厭わずに戦闘を行っているというのか。
そう考えると、人をかきわける指に怒気が宿る。不意に、その音がやんだ。だが構わず突き進む。
やっと視界が晴れたところで、レイカは叫んだ。
「そこまでだッ! 」
*
体育館
pm 5:31
*
黒夜崎 戦子、破れたり。浪人笠はそう信じて疑わなかった。
だが、その爪は戦子には届かなかった。
― 強化 適応者 ―
その刺突は、それまでの牽制と違い、確実に相手を捉えるための踏み込んだ刺突だった。そう。奴は踏み込んだ。
その、全身運動を、たたき落とすように抑えつけた。
数秒前戦子は、わざと速度を緩めて前に出た。それまで、全力で攻めておいて、そこで敢えて緩めたのだ。全てはこの時の為に。ナイフなど、脅しに見せかけた囮に過ぎない。この潰れた間合いを作り出す為の、囮。
「捕まえた...ッ」
その言葉から間もなく、裏拳が浪人笠を横殴りにめり込んだ。
本命は、あくまで拳だ。
正直、タイミングを外しての刺突は予想外だった。だが問題ない。相手は問題なく私の太刀筋を読んで、攻撃した。問題は、私がそれを見逃さないようにすることだ。そう、この眼で。だから、私にはなんの問題も無い。
浪人笠はよろめく。戦子はさらに詰め寄るが、目前に例の鉤爪が突きつけられる。
浪人笠は倒れなかった。それどころか、軸の通った構えのまま、こちらに刃をかざしている。戦子の裏拳は、相手のコメカミ辺りを狙って打ったものだった。裏拳はあまり重い威力は期待できない部類の打撃とはいえ、急所付近にまともに喰らってすぐさま反撃の体勢を整えている。なんて奴だ。
なんて素敵なやつなんだ。
戦子は、今日初めて相手への嫌悪感を越えて、武者震いがするのを感じていた。
「そこまでだッ! 」
不意に、扉から女の声が聞こえた。
*
体育館
pm 5:31
*
「そこまでだッ! 」
慄いている女子生徒たちを押しのけ、レイカは体育館の中へと進み入る。
見つけたぞ、赤い眼の女子高生!お前は何なんだ。あの殺戮は正義のつもりか。それともただの殺人鬼か。
どちらでもいい。ようやく辿り着いた。お前を...倒す!
人混みをかき分け、正面扉から躍り出る。
“人能臨界”。レイカは目を見開き、群青の瞳を強烈な黄金へと色を変えた。
その瞳が捉えたものは────
「ほらほらほらぁ~ぶぅへぇへぇ~ほぅらあ~ 」
そこに居たのは...ほぼ全裸のシルエットの男だった。
「……」
男はほらほらと、倒れ伏す女子生徒に向かって、漆黒のタイツ越しに浮き出した生殖器を最大限に膨張させて、メトロノームのように規則的な動きを描いてみせつけている。
被害者は、1人だった。暴れていると言うのだから、もっと派手に生徒を襲っているものと思ったが。
そもそも、目の前の相手は
女子高生では、なかった。
「 ほら、見ろ! ヒーロー敗北陵辱シチュだぞ!ホントにしちゃうぞ! 」
「re:俺のチェリー卒業論文☆床オナと幸福度指数の相関グラフっ♡ 」
「いやぁァァァァ!た、たす...助けてっ...! 」
男はユラユラと生殖器を見せつけ続ける。
周りの生徒は助けに入る様子はなく、便乗してスマートフォンでその様子を撮影している者まで居る。その盛況に、男はますますヒートアップしていた。
「そ~よ、JKをっ、はーらます恋ッ!!?! 」
突如横凪に振るわれた拳が、男を強かに打って一回転させた。
女子生徒の様子に気を取られていた男に、つかつかと歩み寄っての容赦のない一撃。眉をへの字に寄せたレイカの表情には、困惑と畏怖と嫌悪の色が浮かんでいた。
「あひぃ...ぶへぇ... 」
心底嬉しそうな顔で横たわっている男に、レイカの顔からは一切の感情が失せた。
膝を胸あたりまで持ち上げて、勢いよく踏みつける。
何度も、何度も。自分を刺した毛虫に、怒り心頭で復讐する子供のように、繰り返し踏みつける。
「はい警察でース、皆さん離れてくださーい、警察でース 」
“国防軍警察”と銘打たれた手帳を生徒に見せ、女子生徒の波をかき分けていく遼。
口直しとばかりにその美貌にはわわと惚けた視線を向けられながらも、やっと視界が開ける。体育館の扉横の壁を手にかけたところで、遼は動きを止めた。
その手のひらからコンクリートに亀裂が入り、こめかみ付近に青黒い血管が浮き上がる。
「...あンのクソカス変態...モブの分際で...ッ 」
「やめてッ! 」
声を上げたのは、意外にも倒れている女子生徒だった。
*
叡智中央高校
体育館
pm 5:32
*
「そこまでだ!….なーんてね♪ 」
ふふん、と人差し指を立てて2人に向かい不敵な笑みを浮かべる少女。
脇に、木製のなぎなたを携える腕には、”生徒会”と刺繍されたワッペンを身につけている。
「...委員長 」
戦子はなんでもなくその呼び名を口にする。
その言葉に、彼女はむぅと拗ねたような顔をする。
「それは去年までよ、黒夜崎さん。今あなたとはクラスも違えば立場も違うわ 」
「…それはいいけど、委員長が割って入れるような戦いじゃ 」
そう言う戦子は突然目を見開き、背後から迫る投げナイフに対して全力の回避行動を取った。側転でもするかのように、横へきりもみ回転を掛けて舞い、姿勢低く着地する。
そして、外れた刃の軌道は、そのまま委員長へ向かう。
「あ...! 」
まっすぐ彼女の瞳へと向かう凶刃。
それを、彼女のナギナタが打ち払った。
「おぉ すごい 」
戦子は安堵混じりにそう言うが。
肝心の彼女の表情は。
「ふ、フン…当然よ 」
「嘘だー!!! 」
後ろのピンク3人組に突っ込まれた通り、その得意げな笑みは引きつっており、ナギナタを構えた腕はプルプルと震えていた。
今しがたの目を見張るような超反応は、慄いて振ったナギナタが偶然浪人笠の投擲を弾いたに過ぎなかったのである。
「…邪魔が入ってしまったかな 」
浪人笠はマントを翻し、立ち去ろうとする。
それを見逃す戦子ではない。
「はぁっ! 」
再び目前で手のナイフをX字に切り払ってフェイントをかけ、そのまま2度突き込む。わざと空けた 脇を狙う鉤爪を左腕で躊躇なく下段に払い、さらに喉へと最短距離で突きを放つが、その軌道を完全に捉えてその腕を掴まれてしまう。
結果、この2人の構図は腕をつかみ合った顔の突き合わせへと帰結した。
「お前...”誰だ” …ッ 」
浪人笠は答えない。
「“屋敷”にいた誰かなのか... 」
不安と怒りに声を震わせた問いは宙を切る。
「“戦隊”の誰かなのか...! 」
あの頃が蘇る。忌まわしい過去が。
また向き合えというのか。
「———答えろッ 」
戦子が叫んだところで、唐突に空気の流れが変わった。
「面!!!!! 」
奇声にも似た気合いを込めて、ナギナタが唐竹に振り下ろされる。
*
私立青霹女学院高校
体育館
pm 5:34
*
「やめて!!! 」
突然、地べたから響く懇願の声。
一人の少女が、レイカを見据えて立ち上がろうとしている。
制服は土埃が目立ち、顔面には殴打痕。口を切って血を流している。
そして、その周りには不自然な床の凹みが出来ている。
アレには見覚えがある。少林拳法の修行僧が踏み込み鍛錬場に作るクレーターだ。
そして、それは明らかに1人分の数ではない。
戦っていたのだ、この少女は。恐らく、拳法の技術の応酬で。
見下ろされる威圧的な視線に怯みながらも、しっかりと目を合わせたまま言葉を続ける。
「兄を、どうするつもりですか 」
「無力化する ひとまずはな 」
「本当だったんですね 都市伝説 」
少女は、拳を握りしめ、上げる顔の表情に、全霊の怒りを見せた。
「────MIST。”こうなった人間”を殺しにくる公安組織!!! 」
「殺すかどうかは、現場を見て決めることだ 」
「いいえ、兄を止めるのは私────家に連れて帰ります 」
「どちらにせよもう遅い 」
「兄は…ちょっとオタクっぽかったけど 優しい人だった」
「こうなったのだって、私をいじめた…」
「…アイツらから守るために!”薬”を飲んだんだから!!! 」
指さす先の少し化粧のキツい女は、構えたスマホ越しに指された指先に驚きと戸惑いの色を示したあと、周囲の視線から逃避するように目を伏せる。
「あの子のお父さんは、地主の大物で…バックには暴力団も警察官僚も居る 誰も助けてくれなかった」
少女がめくりあげる袖の裏には、青黒く残った打撲痕の消えない火傷。タバコを押し付けられたのだろうか。
「…でも、その暴力団が襲われたって話を聞いて 兄は暴走してるんだってわかった その日から兄も帰ってこなくなった!」
「私たち ただ普通に生きたかった 暴力なんか無縁に、普通に生きたかった……! 」
「私達を見放した世の中のために、何も悪くない私達を踏みにじるんですか……! 」
レイカは、何も言わなかった。
八つ当たりのように向けられる糾弾を、なんの反論もせず受け止めている。
「私のせいでこんなことになってしまったのなら…また、上から揉み消されてしまうくらいなら 」
少女は、ドロップ缶のような銀色の容器を取り出した。
「…! よせ!!! 」
「あなた達も倒して、私がお兄ちゃんを連れて帰る! 」
少女は、取り出した錠剤を一気に口にする。
止められなかった。否、紅い瞳という報告を受けた時点で、もはやこの少女は手遅れだったかもしれない。それでもレイカは後悔した。苦々しい表情が、不甲斐ない思いを伺わせる。
「うっ...がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
伸ばした腕の先で、届かなかった少女は胸を抑えて座り込む。
苦痛に満ちた少女の声が、人の本能に恐怖を呼び起こす獣の唸りに変わる。
「うっひひひひひひははは! 汚ギャル!! 中出し! レイプ!!! すべてはァァァァァァァ!!! 」
同時に、足元の男、少女の兄はあらゆる関節をあらぬ方向にぐねらせて踏みつけられた拘束をすり抜ける。そのまま立ち上がった兄は、腕の先を太極拳のように回転させながら、意味不明な文言と共にいじめっ子の方に向かっていく。
この時点で女生徒は蜘蛛の子を散らすように逃げていたが、そのいじめっ子だけは身体を硬直させて危機的状況を抜け出せずにいる。
狂気に支配され、下劣なうわ言を漏らす男の目の光には、確かな報復心の色が宿っていた。
この男の目的は、男性器を女生徒の前で晒すことによるオーガズムではない。
注目を集め、ギャラリーを作った暁に、紛れもない自分を見つけ出すことだったのだ。
「遼!!! 」
「この...!!!! 」
その突進を追い抜きざまに十字受けで受け止め、右、左と拳を振り抜く。
…やはり、”戦闘”麻薬と称されるだけはある。
まったくの素人だろうに、プロボクサーもかくやという拳速を、咄嗟に前腕でガードしている。
「っらァ!」
だが、素人は素人。
固めてしまったガードの下から、鳩尾を載せた膝高い前蹴りが突き抜ける。
「────逃げろ、クズ! 逃げねぇなら俺が殺してやンぞ!!! 」
振り向いた遼の一言で、化粧の少女はハッとし、バツの悪そうな顔をしながら逃げ出した。
「…よし 遼、私も」
「行か”せない !!! 」
― 強化 無銘者 ―
少女はいつの間にか立ち上がる。
その薄紅色の瞳を憎悪に滾らせながら。
「”機能臨界”...ッ」
少女はそう宣言すると
長めの”柄”を取り出した。
「何...!!!!」
そこにあってはならないものがある。
そこにあるはずのないものがある。
本来、私達だけが持つはずの”秘密兵器”。
それを、目の前の哀れな少女は手にしている。
柄から霧が吹き出し、黄緑色のレーザーが駆け巡る。
次の瞬間、柄は六尺の棍棒となっていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
少女は腹の底から絞り出した無謀な勇気と怒りを、地面に突き立てる杖に込めた。
「!!!」
次の瞬間、少女は走り高跳びの要領で棒に捕まり、両足でレイカに飛び蹴りを叩き込んだ。
「ッ...!」
ブロックした。辛うじてブロックした。
戦闘のプロにとっては、あまりに奇抜で想定外の動き。
両腕のガードを、腕の骨ごと持っていかれそうな衝撃から逃がしてやる、
多少よろめきながらも、その直線の起動を闘牛士のようにいなし切った。
しかし、予想外はそれにとどまらなかった。
「はァッ!」
やや遠くに着地した少女は、踏み込みもせず棍棒を振り抜く。その違和感に
思わず、両足を開き、腕を地面に突き込んで屈んだ。
それは正解だった。その棍棒は、煙とともその穂先を構築し、伸ばしてきた。その凶悪な攻撃範囲と加速度は、見てからかわすにはあまりに無理があった。
「あ...!」
そして、その打撃が兄にも届くと寸前で気づいたのか、その伸長された穂先は少女の意思で霧散した。
結果、突然軽くなった棍棒の勢いに負け、少女はもんどり打って倒れることになった。
「陸上部か?」
「…!」
― 戦技 先駆者 ―
レイカの黄金色の瞳が、少女を見下ろしている。
先程と違い、その光には哀しげながら、優しい色が灯っていた。
「私も中学の時そうだった。楽しいだろう、走り高跳び。特に、一人練習の時間。何もかも忘れて、没頭出来る」
「…知ったような口、きかないで」
少女は、後ずさりしながらも立ち上がり、棒を半身に構える。
なるほど、あれはなぎなたの構えに近い。運動神経の優れた乱用者とは言え、手探りでその境地に至るとは。
だが、感心している場合ではない。少女を武の境地に導いているのは、人間の身体を強制的にブーストしてしまう薬物だ。微力だが、臨界能力まで発現している。少女にかかる負担は計り知れない。
「機能臨界」
レイカは自分の柄を取り出し、カートリッジを装填する。
「machete 」と銘打たれたそれは、柄の先から霧状にスプレーされ、緑色の光線でその名通りの形を構築する。
その後ろで、変態男は遼に荒削りの太極拳を繰り出す。
円を描く拳の軌道と、狂気故に先読みできない意図。
瞳は白金色で、薄紅色ではない。異能力の素質がないがゆえの、身体強度度外視のブーストに暴走。
あのゴリ押しは小鷹狩には最悪の相手だ。何とかカウンターを入れ続けて前進を止めているようだが、長くは持たない。1分といった所か。
レイカは、その投影までの1秒間に、黄金の瞳をゆらめかせ、目の前の敵と、小鷹狩の敵を全て”分析した”。
彼女は、この切迫した戦況を前に、あえてこう言い放った。
「———すぐに終わらせる。待ってろ」
―戦技 先駆者―
*
叡智中央高校
体育館
pm 5:36
*
「面!!!!!」
奇声にも似た気合いを込めて、ナギナタが唐竹に振り下ろされる。。
2人は同時に身を翻して互いの膠着状態を解いた。
身構えた所へ、委員長は1歩下がって牽制してきた。
「学園の平穏を脅かす者 何人たりとも 私が許さない…」
委員長は戦子から浪人笠の方へと切っ先を向ける。
「生徒会の名にかけて! 」
言うが早いか、1歩踏み出して振り上げた持ち手を翻し、左斜めから八相(はっそう)に切り下ろす。
浪人笠はその遠心力のかかった殴打を右腕の手甲鉤に左腕を添えて受け止め、横なぎに弾く。
「わ…」
彼女は、このような形で体勢を崩されるのは初めてだった。
故に、本来ならこの場でとるはずの残心で、この中心を捉えた突き込みをいなせるはずもなく。
「っらァ! 」
― 戦技 波紋旋穿脚 ―
ドン
ガシャーン!!!
戦子が回転をかけて蹴り足を突き出す。
瞬間、浪人笠はドアを横扉を突き破って外に放り出された。
外で2、3人の「きゃあ」という声が漏れる。
結果、彼女の命は、横から割り込んだ強烈な後ろ蹴りによって繋がれたのだった。
「きゃあッ!?」
戦子が廊下に躍り出た瞬間、呆然としていた女子3人が更に大きな声をあげる。
この3人には見覚えがあった。
新田を囲み、性的に崇拝していた女子達だ。
当人は今、そこの体育館で局部を晒して放心状態だが。
「さっきのヤツは!?」
思わず大きな声を上げて詰め寄ってしまう。3人はまともな受け答えさえ出来ず、ひしと抱き合いながら首をちぎれそうな勢いで横に振りながら逃げ出そうとするだけだ。
その様子にハッとして呼吸をひとつ、戦子はバツが悪そうに頭をかく。
いずれにしろ、どれだけ見渡しても浪人笠の人物は見当たらなかった。
*
「それで これは降りかかった火の粉だったと」
「まぁ、うん…」
「それで、放課後にわざわざ体育館に寄った理由は?」
「えっとそれは…何となく…」
「あの不自然にひしゃげた”正面扉”も、あの不審者の仕業かしら」
「う、うん….」
「ふーん…」
戦子が委員長と呼ぶ少女────鬼女谷 マイは、矢継ぎ早に質問を繰り出したあと、意味深に横扉のひしゃげた形を見比べる。
正面扉のひしゃげ方と似ている。そう言いたいのだろう。
戦子は固唾を飲んで次の追及に身構えた。
「そう。ならいいわ。」
意外にも、続いたのは淡々とした了承の言葉だった。
「でも、いつか必ず貴方の尻尾は掴むわよ。それまで陽貴くんを変なことに巻き込んだら、私が直接あなたに手をかけるわ」
「はは…」
愛想笑いしか出来ない。マイの怒りは分からなくもないのだ。陽貴はボランティア部に来る前、なぎなた部のメンバーだった。剣道よりも、剣術のヒントになるから、と言っていた。
…いや、あいつの場合”ダース・モールの真似をやりたい”とか混ざってそうだが。
とにかく、同じ女部長の元に鞍替えしたとなれば、コチラに想い人を取られたと解釈されてもおかしくはないだろう。
……当の本人は、「なぎなたはだいたい分かったから」とか適当なことを言っているのだが。
「ウチの隠蔽体質に感謝する事ね、今は」
今現場を調べているのは警察では無い。
マイと同じく”生徒会”のワッペンを付けた生徒たちだ。
教育の場としては異常だが、この学校ではこうした荒事に関しても生徒会自治が八割がた解決する。
副会長のマイがなぎなた部の主将であるように、生徒会メンバーの多くは武道・格闘技系の部員だ。
言わば、この学校では彼らが治安維持組織なのだ。
「それで」
再びマイは戦子の方へと向き直る。
「陽貴君は 無事なのかしら」
眉ひとつ動かさないが、深刻そうな声色で訊く。
「いや、陽貴と何の関け 」
「陽貴君は無事かしら 」
参ったな。完全にシャットアウトされた。質問の答え以外は受け付けない姿勢らしい。
「アイツは大したことないけど、今は保健室に」
「保健室!? 大変! お見舞いに行かなきゃ!」
大声を張り上げ、駆け出そうとするマイの後ろ襟をがしりと捉える者がいる。
「ぐえっ」
まさに牛乳瓶の底という表現が似合う分厚い丸眼鏡をかけた少女が、指先1つで彼女の初動を完全に取り押さえ、自然体のまま拘束をキープしている。
大人しそうに見えて、やることがエグい。
「副会長…まだお仕事ありますから」
「放しなさい! 私は陽貴君の付き添いに行くのーっ! 」
マイの動きを封じたまま、底眼鏡ちゃんはこちらへ顔を向ける。
「ウチの珍獣がご迷惑をお掛けしてます...」
「 ちょっと!? 今アナタこの副会長を珍獣って言わなかった!?ちょっと離して! もー!!!」
更にうるさくなったマイの襟を、指先で捻り落として圧力をかける。
結果、マイはぐええええ、という声とともに前のめりに押さえつけられた形になる。
「副書記の、草刈ツムギです...あ、覚えなくていいです 聴取はもう結構ですから、寄り道せずにお帰り下さい...」
ツムギと名乗った少女に対して、先程まで緊張の色を見せていた戦子の顔がどこかいやらしい満面のにやけ顔へと変わる。
「いや、覚えてるよ 前も名乗ったじゃん つむちゃん」
つむちゃん...? と、困惑と怪訝の色を示すツムギに、戦子は畳み掛ける。
「覚えてるって言うかね、色々知ってるよ。今つむちゃんが書いてる小説、確かモデルは」
次の瞬間、ツムギは疾風のような体のこなしで距離を縮める。
戦子はそのニヤケ顔を変えることなく、初手の手刀を輪受けで難なく弾き流し、襟首に伸びてきた二の手先は、万力のごとき握力で難なく止めた。
両腕をクロスさせて競り合う様は、さながら鍔迫り合いである。
「…澄ました顔をしているところ、申し訳ありません。すぐにでも外して壁か地面に叩きつけるくらいはできますが?」
「うん、うん。そうだよね。”合気道”だもんね。でも」
戦子は、ツムギの背後を顎で指す。
「見られちゃってるよ、私達」
不審者の痕跡を調べていた生徒会ワッペン達が、じっとこちらを探るように目線を投げかけている。閉じたツムギの喉奥から、焦燥と自戒の声色が唸った。
「なんだか、恥ずかしいね....♡」
「…この人は、やはり重要な参考人のようです。私が個別で聴取をします。副会長、構いませんね」
2人のあまりの雰囲気に呑まれて目を見開いていたマイが、ようやく呼吸を思い出す。
「えっ? えっえぇ...いや、え?」
一方戦子は、面食らう周囲には動じず、ツムギの耳元で囁く。
「話が早くて助かるよ 私もお願いごととかちょっとさ それに小説のモデル資料、欲しいでしょ? ね?」
「...それも含めて、聴取です 」
取引は、どうやら成立しそうだ。
*
青霹女学院高校
体育館
pm 5:45
*
「あぁ、ユミ」
兄は、胸元から突き出た刃から血を滴らせる。
致命傷となるほどの血液が体外へ流れ出たからだろうか。
戦闘麻薬の狂気から解放され、今にも消えそうな朦朧とした意識の中で私を認識して、名前を呼んできた。
「ごめんな」
その言葉を最後に、今引き抜かれたマチェットが支えだったかのように兄の体は崩れ落ちる。
その様を見下ろす女——-鮫島 レイカの瞳に、もう軽蔑の色はない。
それはどこか、同情的なやるせなさを感じさせるものだった。
「いも...頼... 」
「あァ、分かってるよ」
妹を頼む。
血沼に沈む兄の遺言を、片膝をついて聞き入れる少年の名は小鷹狩 遼。
人は死ぬ。どのような結末であっても。
だから、こんな結末も有り得る。
割り切ろうとするように口を噤むも、その目元から悲哀は隠せない。
普段軽薄なお調子者のお面を被っていても、彼は悲劇を前にして若者であり、人間だった。
「小鷹狩 回収班に連絡」
「...ハイ」
「あ”ぁ”ぁぁぁぁぁぁぁ....!!!!!! 」
地獄の底から煮立つような怨嗟の声を、ユミは上げる。
臨界装はもう無い。真ん中の柄の部分を、戦いの中で的確に裁断され、構築機能は完全に殺された。
残された武器は、薬でブーストされた身体能力だけだった。
薄紅色の瞳を滾らせて、力いっぱい殴り掛かる。
だが、足を踏み出して腕をくりだす瞬間、レイカは消えた。
そして、全ての戦意を根こそぎ奪う鈍痛に、鳩尾の1点から一瞬で貫かれる。
レイカは、その初動を抑えるように、姿勢低く拳を突き込んでいた。ユミの命まで奪わぬよう、浅く突き刺す手加減の余裕を持って。
「なんっ…でよ……! 」
「あなた達は悪くない」
崩れ落ちる寸前に目にするのは、再び黄金色に染まった瞳。
明白な色の瞳は、格上の能力者の証なのだろう。
「君のお兄さんは、ウチでは”死生者”と呼ぶ状態にあった。生き物としては生きながら、人としては死んでいる。そして人を無差別に傷つける────君をいじめた人も、いじめなかった人も、全てだ」
私がもっと強ければ、兄を守れたのだろうか。兄を止められたのだろうか。
受け身も取れず背中を強かに打つ痛みと悔しさで、目と心が焼けるような熱い涙が横這いに零れ落ちる。
「つまり、手遅れだ。このままでは君も、遅かれ早かれそうなる」
「絶対...許さない...!!!! 」
「それでいい 」
無力感を押しのけ、精一杯の怨念を込めた弱々しい声に
いまだそびえ立つレイカという女は淡々と答える。
「私たちを恨めるなら、明日からもとにかく生きていけるだろう 」
振り返ったレイカは、決して軽くない語調でそう続けた。
*
「お帰りなさいませ 戦子お嬢様」
ぺこりと、メイド服の女性____糸井川 結子が出迎える。頭をあげると、見慣れた彼女のにこやかな表情が見えた。
彼女は常に微笑んでいる。開いているかどうか微妙な細い目のまま、ずっと微笑みかけてくれる。彼女もまた、黒夜崎 戦子の平和の象徴である。
結子は、1人には広すぎる屋敷で1人になった戦子の元に突然訪ねてきた。お父上様にはお世話になりました、恩返しという程ではございませんが、何卒身の回りの世話をさせてくださいませ。
父。その単語を聞きとった戦子は不信感を募らせた。
父は、死んだのだ。今更、あの恐怖の象徴に縛られたくない。
だが、その言葉の後におもむろに作り始めた料理は 荒れに荒れ、争いに次ぐ争いの中で暴力的なインスタント食の塩味に毒されていた戦子の体を満たした。味は一流ではなかったが、この牛すじカレーライスが、戦子と結子の馴れ初めであった。
「...また、喧嘩でございますか?もう、困ったお方」
「望んでじゃないよ」
体が火照っているのが分かるのか、直ぐに見抜かれてしまった。声も図らずぶっきらぼうになる。
「存じております。お友達のためでございますね。しかし、ご満足もしておられないようです。お相手とは好敵手にはなれなかった、ということでございますね」
穏やかな結子の笑顔に、硬く強ばったな戦子の表情が緩んでいく。
「なーんでもお見通しだ 結子はっ」
戦子は、満面の笑みでわーっと手を広げ、結子に抱きつく。彼女の温もりと、安心感にしがみつくように、顔を左右に擦る。
殺しがいも食いぶちもなかったあの敵では、1度起こした戦子の衝動は抑えきれなかったのだ。戦子は笑顔のまま茶化しているが、心の中のどす黒い渦と破壊衝動は晴れない。例え新田のような羽虫程度の相手でも、戦子の心を蝕むには十分。その上、今日はとびきり不気味な相手に過去を掘り返された気分なのだ。
結子は、戦子を抱き締め、頭を撫でる。
「本日は稽古お休みの日ですし、今夜は夜伽を致します 精のつくものを用意致しますね」
荒れに荒れて暴れ回っていた戦子を止めたのも、空手の技術を仕込んだのも 紛れもなく、彼女だ。 結子はメイドだが、今の戦子の保護者であり、拠り所でもある。戦子は結子を軽口の叩ける姉や母のように慕う。それは、肉体関係という側面でも同じだった。
*
「あっ!!!!...んっ...!!やーっ!♡」
結子の細くも角張った指が、戦子の中を弄り回し、彼女の理性と思考を奪い去っていく。戦子の片方の乳首は指ではさみあげられながらくにゅくにゅとこねくり回され、もう片方は唾液たっぷりにちゅぷっ、ちゅるるるる、ちぶーっと音を立てて吸われ、しゃぶられている。
「ぷは...ふふ、戦子お嬢様」
「あ、あぁあっぁぁぁぁ!!」
「可愛い...♡」
後ろから熱く耳に囁かれる声でまた、身体を悪寒と熱い血流が駆け巡る。夕食のチキンカレー分の戦子のカロリーは、もはや燃えカスと化していた。
自分をいじめ抜いた結子の指を歓迎するように、屈服するように締め上げて絶頂した戦子は、ベッドの上にへたれこむ。が、休むことも許さず結子は戦子に覆い被さる。
「あぁ...戦子お嬢様 お許しください 結子めは今日獣になります…どうか」
「犯してッ!結子!ぐちゃぐちゃに私を奪って!ぁぁぁぁんッ!♡」
間髪入れず、戦子の秘部に結子が吸い付く。吸い上げる。やや白濁した本気汁が、吸い出されて溢れていく。戦子の脚にはもう力は入らない。ぶらぶらと伸び切り、ただ生殖の時を待つ。戦子の体は今、敗北したのだ。
「お嬢様...今行きます!」
「あっやっあぁっ‼︎ ゆっゆいっ...こっ.....ゆいっこぉぉぉ‼︎」
結子は、戦子の愛液を舌に含ませたまま、戦子の下腹から舐め上げていく。子宮にあたる部分を執拗に舐めまわして生暖かく濡らしたあと、再び戦子の乳房に迫ってきた。
ちゅっ...じゅるるるるる!
ついに戦子の乳房は舐めあげられ、戦子は大きく痙攣する。同時に、結子のぬっちゃりと唾液を絡ませた舌も遅れて戦子の太ももを這い上がってきた。
「お嬢様...私はもう...」
下の口で接吻しながら、結子の表情にも余裕が無くなる。結子は16歳の戦子の肌を堪能し尽くしたのだ。
「結子...きてっ...♡ 」
「お嬢様っ! 」
お互いに甘い痺れが激しい、限界のクリトリスの貝合わせで、3往復半。2人は大きく痙攣し、脳幹にまで届く電流に狂喜しながら、2人仲良く気絶したのだった。
*
…
すっかり暗くなった校門前で、レイカはセブンスターメンソールの先端に火をつけ、煙を吐く。
無駄足ではあったが、無駄ではなかった。私たちが目処を間違えなければ、あの兄妹はもっと不幸な結末に導かれたかもしれない。
そして、私にとっても無駄ではない。真っ赤な瞳の女子高生。
私は、この一件で、まだ見ぬ彼女と相対する覚悟を決めていた。
決めていたはずだった。この電話を取るまでは。
「…はい 鮫島です」
「回収班、そっち行ったかしら」
「はい 対象は沈黙していますが、私も支部まで同行するつもりです」
「片方だけ助けた理由は? 残された者の怨みは怖いわよ」
「それでも、これから辛いことを乗り越える原動力になります。引き続きの調査は、小鷹狩が。それと」
「ここで目撃された”紅い瞳の少女”は、恐らく”ヤクザ殺し”ではありません 」
「というと?」
「あの少女は暴走した兄を止めるために、ごく最近に戦薬を使い始めています。時期が合わない。そもそも、彼女の戦い方は臨界装依存のもの。徒手空拳のみでは私に触れることも出来なかった」
そもそも、レイカ達はヤクザ殺しはほぼ同じことを当日に成し遂げている。しかし、レイカは遼との2人がかりで、隠密で虚をつく搦手を使ったのだ。
それを犯人は、拳と現地で奪った道具だけで、正面からやってのけている。レイカ1人に敵わない少女が、”真っ赤な瞳の女子高生”であるはずがない。
「あの凶行をやり遂げるには、無理があります。引き続き捜索にあたり────」
「あぁ、その事なんだけどねレイカちゃん。もう、見つかったの。“ヤクザ殺し”」
「────…!?」
レイカは、開いた口で思わず煙草を落としてしまった。
「…今、何と」
「身元も割れた。…灯台もと暗しというのは、このことだわ」
「所長。ちゃんと分かるように説明を」
若干食い入るように、レイカは衛星電話に問いかけた。
その名を聞き逃してはならない。どういうわけか、理由もないのか、そう思っている。
徒手空拳であの軍勢をまとめて葬る奴だ。
戦闘技術。実戦の経験と勘。恐らく全てが私たち二人の上を行く相手。
返答までの数瞬が、永遠のように感じられる。手も足も冷えきり、指先に力がこもらない。
私は、怖いのか。その名を聞くのが怖いのか。
「…彼女の名は、黒夜崎 戦子。」
センコ。
私がこれから、殺さなければならないかもしれない相手の名だ。
レイカは、自然に瞳を黄金色に豹変させて、右の拳をブルブルと握りしめた。
*
To be continued...
戦技 波紋体術
国防軍(前自衛隊)特殊作戦群正式採用近接戦闘術:ゼロレンジコンバットのベースとして提唱されている体術。菱形筋、肩甲挙筋、前鋸筋、腸腰筋と言った骨内筋の働きにより、骨格と重心全体を突き動かすように連動させることで、打突技、投げ技、組み技、掛け技等人間の域で出すあらゆる破壊力を最大化する骨主肉従の技法が特徴。
ウェイブ(ゼロレンジコンバット、ティー(空手の前身))、肩抜き(ボクシング等)、波動拳(日本拳法)、波浪勁(詠春拳)、ストライク(システマ)等、流派や技術系統によって異なる呼び名がある。
人類史で最初に認知された人能臨界。
*
― 戦技 蹴脚波紋 ―
「はぁッ!」
フードの女の構えた刃越しから強烈な高蹴りを見舞う。軸足ごと捻り出した腎部から膝、足先に至るまで、連結された重心が、正面を捉えた姿勢調整によって打点に集約され、抉るような衝撃が女の体を駆け抜けていく。
「ぇえいあッ!」
2、3歩後退した女の足元へ、今しがた手にした刃を振るう。
臨界装Ⅰ型 β・マチェットタイプ。
それがこの武器の名であり、レイカの専用装備だった。
地を這うように姿勢を下げ、しゃがみ蹴りを振り抜く。膝を上げてかわす女に、更に地を擦った足払いをかける。重心を崩して地に伏せたところに、マチェットを振り下ろして鍔迫り合い。女は倒れながらでもその刃をX字に重ねて、渾身の一撃を受け止めている。
「やるね お姉さん…!」
「...お前に”姉”と呼ばれる覚えは ない!」
「 ふーん...そっ、うっ、かいッ!」
レイカの横腹に蹴りが見舞われる。
「ぐ... 」
女はよろめくレイカを見送りつつ、ブレイクダンスのように足先を振り回し、1度軽く飛んで手をついて伏せる構えを見せた。
「この...! 」
苛立ちが混ざった声で、レイカは刃を握る腕を引き絞りつつ踏み出す。
斜め上に引き絞った腕で騙した、下段切り払い。歩行機能を両断しやすい大腿部の下半分を狙って、弧を描いて振り下ろす。
だが、この女は”ありえない動き”をした。
この女は今、全力で駆け出して来た。
突進してきたのだ。その運動で緩んだ脚を狙った時点で、レイカの勝ちは確定しつつあった。
相手がそのまま突き進んでくれば勝ち。怯んで止まっても勝ち。受け止めようにも間に合わない、勝ちだ。
だが、今この女の刃の切っ先がレイカの喉笛に迫りつつある。この女がここにたどり着くに至って行った動作は、3つ。
止まる。
横に逃げつつ刃を下ろす。
下段に合わせた刃を跳躍点に、回転捻り飛び。
これらを、この一瞬でやってのけた。
その瞬間だけ、女の身体がコマ送りとなったようだった。
手にかけた勝駒がいきなり消え、相手のコマが進む。そんな理不尽なイメージすら浮かぶ。
だが。
その一瞬、女の顔に見据えられていた彼女の瞳には、なんの動揺も映らなかった。
「どぅルルルァァァァァァッ! 」
横殴りに鉄塊が叩きつけられる。
臨界装 Ⅰ 型 Σ・ガントレットタイプ。
それがこの武器の名前。
殴りつける暇もなかったので、急勾配だった___そう遼は後に語る。両の鉄拳をピッタリと肘までつけて、空中タックル。レイカの喉元に触れかける曲刃を引き離す形で女を連れ去った。
斜めに十字を切って吹き飛ばしつつ、遼は着地する。
女はまたも動作を加速させ、激突するはずの木箱の寸前で受身を取った。
「気安く鮫島サンに…触るなナァァァァァァァァッ! 」
女に向かって猛然と、だが軽快に駆け出しながら、突き出した左の掌を狙い目にして右の拳を引き絞る。
「_____小鷹狩! ”かわせ”!!! 」
「 ! 」
遼はその声でハッとした。
そう、遼は気づかなかった。
腹から肩口までバッサリと裂け目を作ろうとする、その倒れ伏した地面からの太刀筋に。
*
「あぁっ! ぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」
新田は、ズボンと下着をおっぴろげに、痛々しく腫れ上がったペニスを激しく擦られて慟哭する。否応なく膨らまされたモノを、しゅるしゅると小麦色の手のひらでしごかれて、まるで少女のように泣き叫んだ。
しゅこっしゅこっしゅこっ…
にゅるっ…
にゅするる…っ! しゅこしゅこしゅこしゅこしゅこっ!
唾液とカウパーをべっとりと広げた手のひらで裏スジを擦られる。
握られる細長いペニスは既に真っ赤に腫れ上がり、触れられるだけで高電圧のスタンガンを流されるような激痛を催す。
その痛みをかき消すほど強烈で暴力的な刺激を受け、またもや精巣から望まぬ射精衝動がせりあがってくる。
新田が泣き出すのも無理はない。
この射精は、通算9回目だ。
「ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
びゅくっ どりゅっ! どくくくくっっっっ……!!!!
流石にその水色は薄く、量も少ない。が、
その否応なく突き抜ける快楽に。
新田の身体は、何度も痙攣した。
────目の前に構えられた、スマホカメラの前で。
「ちゃんと…撮れました」
「ご苦労っ♡ 」
未だ溢れ続ける精液を床に垂らしながら、そんなやり取りがぼーっと耳に入ってくる。
少し震えながらスマホを構えているのは、さっき俺にイチャモンを付けてきたメガネのインテリ君だった。
「あ、あと何テイクですか黒夜崎さん...ぼ、僕色々限界でしてぁう!?」
ジュ...ピヂュヂュヂュヂュルルルルルルルルルルルルル!
戦子は、おもむろにインテリのズボンを開け、下品な咀嚼音を大きく、ギンギンに腫れたそれを吸い上げ、絞り上げた。
びくんっ、びくっ!どくっどくっ……
ん、と短く声を漏らして立ち上がると、口にぶちまけられた劣情液を少し苦そうな困り顔で飲み下した。
「...”これ”、私のせいだもんね?まだ、おっきい♡」
戦子は未だ勃起収まらぬ肉棒を宝物のように愛おしく撫でながら、蛇のようにインテリ君の耳元へと這い上がる。
言葉を発する度に吹きかけられる熱い息が、理性を直接破壊しにきた。
「普通のセックスじゃ飽き飽きしてるでしょ?ほら、頑張ったごほーびっ 」
彼の横で、戦子はストリップのように腰をくねらせながらモゾモゾとスカートの中の下着をずらす。
「ほらほら、腿マンコキだよっ 底の底まで出しちゃえ♡」
そういいつつ、下ろしたパンツをくぐらせながら歳の小麦色の腿で肉棒を跨ぐ。そうして脚を交差させ、肉と肉を密着させる形で、膣口から垂れ流れる生暖かい粘液と共に包み込んだ。
優しさなのか、メガネの方は射出口から避けるようにスカートをたくしあげてやる。そして、空いた手でぱしっ、くにゅ、と戦子の尻肉を揉みあげた。
「ん、もうケダモノ♡それ、 いっくよ~」
ニチュ…..チュク…
戦子は懐深く、前かがみに上着にしがみつきながら、必死なつま先立ちの様相で前後に扱く。
ニチュッチュクッニチュッチュクッニチュッチュクッ
「あっ…ああああああぁぁぁやばい…黒夜崎さぁん…ッ♡♡ 」
「あっ…あぁ!私もヤバい!これッ…! 」
2人の声色が甘く乱れる。メガネの方もガクガクと自分から腰を振り、身体がその麻薬的な快楽電流に逆らえない。
「「イク…ッ」」
ビュク!ビュル!ビュルルルゥ…!
甘く痺れる余韻を感じながら、肩口にしがみついた戦子越しに恨めしそうにこちらを見る新田を見下ろす。
静止を振り切った新田を追いかけ、たどり着いた先は地獄絵図。
ひしゃげた鉄扉、ぶちまけられた血反吐、そして為す術なく天井を仰いでいる、自分より強い男。そして、それを足蹴にしながら、服を破いて陵辱しようとしている、更に強く凶暴な女子高生。そんな中、逃げようとしたところに、逃がさないとばかりに振り返った眼差し。射すくめられた所に詰め寄ってきて、笑顔で差し出されるスマホ。これ以上の脅迫が、あるであろうか。これ以上に拒否できない要求が、あるであろうか。
だが、今はある種の優越感すら感じる。
新田は拷問としてしごかれただけだが、僕は...愛された。愛されたと感じた。
思春期男子特有の愚かで浅ましい感性だとわかっていたが、今のぼんやりとした頭では、この身体を支配する甘く優しい幸福感を噛み締める他なかった。
「…ほんとにごめんね、脅したつもりなんかなかったんだけど なんか怖がらせちゃったみたい でっ♡ 」
「い、いえ…」
「私も軽くイッちゃった… 気に入ったよ 今度“お礼”するからさ、あと1テイク頑張って♡」
そういうと、戦子は優しく口付けをする。
「は、はひ…」
ガクガクヘナヘナと、下半身をむき出しにしたまま壁に持たれてしまうインテリ君を後に、戦子は向き直る。
達した後の脱力感、倦怠感などは要は気の持ちようだ、と戦子は思う。戦子が心の底から満足したセックスは、むしろ手足に行き届く熱エネルギーをくれる。英気を養う、という言葉の意味はこういうものなのだと実感する。
「 君はまだ寝ちゃダメ」
足で仰向けに戻すと、戦子はスカートをたくしあげ、絹のような肌つやの太ももの付け根を見せつける。その脚にはヌルヌルの体液が混ざり合い、染み付いた跡が残り、独特のツヤを放っていた。他のオスに先を越された屈辱と、疲労と摩擦で残る痛みを度外視して膨らんでいくペニスを感じながらも、新田は動けない。痛々しく腫れ上がったペニスに、腰を落として行く。
そう。彼女の狙いは、新田のコンプレックスを抉ることだ。
今まで奪ってきた女。狙ったら逃がさなかった女。
コンプレックスを誤魔化すために女を寝取り築いたプライドを、あえて狙われた女という立場から先に別の男への奉仕を見せつけることで打ち砕く。
「君は今日からまた ドン底に落ちる。目を逸らさないでね」
そして、そこから性玩具として壊れるまで弄ぶことでもう一度トラウマを植え付け、一生消えない傷を付ける。どこまでも徹底主義者だ。報復など考えられぬよう、武力の差をふんだんに見せつけてから心を何度も踏みにじるのだ。
あぁ、もはや新田は生きる気力を失った。こんな女に
いや、こんな怪物に 勝てるわけがない。
邪悪にも狂気にも見える真っ赤な瞳で微笑む戦子。あわや、ずらした下着越しに挿入、というところで、突然戦子の瞳は驚いたように見開かれた。
頭皮から脳髄までムズムズするような、奇妙な感覚。それと同時に、耳に響くは風を切る異変。
次の瞬間、
振り向いた戦子の目前に、音もなく刃物が迫っていた。
*
「_____小鷹狩! ”かわせ”!!! 」
「 ! 」
そう、遼は気づかなかった。
腹から肩口までバッサリと裂け目を作ろうとする、その倒れ伏した地面からの太刀筋に。
女の刃は地面に火花を散らしながら摩擦し、その拘束から開放される加速度で一瞬現世から消失する。
遼は、地面から足が浮き上がるのを感じた。
急いで閉じた鉄腕で、受けたその曲刃。
ムチのようにしなる腕先から伸びた刃は、見た目と想像を越えた重みを帯びている。骨格をピッタリと締めて固めたガードも、その衝撃で無理やりに開かされた。
「ナッ....!」
「死ね 」
フワリと浮いて着地するところを狙い、勢いを殺さずに袈裟懸けに片方が振り下ろされる。
咄嗟に受けた右の鉄腕から、即座に内部の髐骨が粉砕された。
「グ...ガ...! 」
押し込まれそうになる腕を支えるように、左の腕も叩きつけるように加勢させ、ようやく拮抗した。
だが、止められたのは片方のみ。
即座に脇腹に、鋭く熱い痛みが走る。
女の得物、曲刃が突き刺されていた。
「遼!!!」
「大...丈夫...でっす! 」
レイカの悲痛な声を振り切るように、足刀で蹴り離す。
さすがに力が通らなかったか、女は転がって受け身を取ったのみで、スクと立ち上がった。
だが、反撃に出る力が残っていることに驚いたのか、その場に立ち尽くしている。
「へへ... 残念だったナ」
― 異能 回復者 ―
刃が突き刺さった脇腹から、白い煙が上がる。
その柄を握り、引き抜く先からボコボコと沸騰する赤黒い体液と煙が溢れ出し、塞がっていく。
だが、刃が遼の身体から完全に離れても傷口は完治しない。
この刃、何かしらの治癒阻害効果を持つようだが、特殊な細工を施された感じはない。なにかあるのだとすれば、この波打つような武器の形状だろうか。
「そっか...MISTのエージェントは”能力”持ちだったね 」
参ったな、というふうに女が踵を返して歩き出した先に、再びレイカが立ち塞って来るのも構わず語り続ける。
「その武器...”クリス” って言うんだけどね 斬りつけると治りにくい傷口の形を作るから、普通は1週間後くらいに肉が腐って死ぬんだよ」
「何...」
「大丈夫ッス...この治り方なら... 」
「そう 明け方には治っちゃう あーあ、仕留め損なっちゃったなぁ~」
女は面倒くさそうなため息を吐きながら、別の方向へとつま先を向ける。だが、その方角には遼が滑り込み、回復能力の表れである煙が溢れ出す鉄拳を構えた。
「今更なんだがな...何者だ貴様... なぜ私たちのことを知っている...! 」
怒気を込めて問うても、相手から返ってくるのは沈黙のみ。
「———答えろッ! 」
レイカの怒鳴り声が響いても、この硬直状態は解けない。
女は、観念したように言葉を発した。
「私たちは、”レフト”。”取り残された人間”だよ」
言い終わらぬうちに、女は再び黒い霧に包まれる。
「待て...! 」
女はこの光学迷彩と思しき黒霧が現れるまで影も形もなかった。この霧が晴れれば、コイツを捉えることは出来ない。レイカは霧に向かって飛びかかった。
だが、捕まえた感触はない。空を切り、地面を転がるだけだ。
「覚えてろ、オトコ女 」
遥か背後から、再び声がする。黒い霧の女は、倉庫入口に現れた。
振り返ると、女の人差し指はレイカを指し示す。
「次は あんたにこの刃(は) 突き立ててやるから 」
「だらァ!!! 」
地に伏せているレイカの横を駆け抜け、遼は女の居る場所に鉄拳を振り抜く。
だがやはり、女は既にそこにおらず、霧が晴れれば地面に拳を突き立てている遼の姿だけがあった。
「舐めやがッて....! 」
治癒しつつも出血しながらの運動だったからだろう。毒づきながらも、遼は青白い顔をしており、僅かに口から血を吐いている。
怒り心頭の部下を見据えながら、レイカはすぐさま立ち上がり、トランシーバーを手に取る。
「所属不明の敵と接敵。敵は逃走、1名負傷。まもなく完治。応援と指示を乞う 繰り返す、所属不明の敵接敵のち逃走、応援と指示を乞う」
「そんなに焦って喋らなくても、もう着いてるわ」
レイカは声をかけられるまでまるで気配を感じなかったことにヒヤリとしたが、同時にその聞き親しんだ声色にほんの少しだけ安堵した。
「所長 」
レイカが漏らした声をかき消すように、黒服のエージェント達が慌ただしくレイカたちの横をすり抜け、所長と呼ばれた女性の前で整列する。
「あなたとあなた、さっき遁走したほうを追いなさい。相手はこのレイカちゃんが手こずった敵、くれぐれも深追いはしちゃダメ。戦闘は絶対に避けなさい、他は残って死体処理。————状況開始 」
「「「了解 」」」
エージェントがバラバラと散っていくと、そこには先程から変わらぬ体勢で並ぶ二人が現れた。
「相変わらず予想外のことばかり起きるわね、あなた達が当たる任務って 」
「.... すンません 」
「アクシデントが起きる度に、無茶してケガして 」
「申し訳ありません 私の監督不行き届きです 」
珍しくしょげている2人に視線を配ったあと、所長の困った顔から笑みがこぼれた。
「ほんとそういうとこは、2人ともそっくりね 」
「エ? 」
少しそっぽを向いてうつむいていたレイカがすごい勢いで振り返る。顔は驚きと羞恥で赤く染まり、キョトンと此方を見つめている遼に一瞬目をやったきり、目を合わせられなくなった。
「似てるってどういう... 」
「——— 所長 指示を 」
まるで先程のリアクションをなかったことにしようとするように、凛々しい声で遮る。
その表情は一見冷静さを取り戻し、仕事に取りかかるための真剣なものに見える。
キョトンとした表情でレイカを見やる遼の視線から逃れるためか、こちらに向ける目の色は 必死そのものだった。
「そうね、まずは 」
所長は、土埃と切り傷の目立つ2人の服を一瞥したあと、ひとつ呆れるようなため息をついてこう切り出した。
「 寝なさい 」
振り返った2人の顔には、大きな隈があった。
*
ズシャッ!
と、刃が鍔までめり込む。
床が抉られたその光景を、戦子は紅い眼で見下ろしていた。
「せっかくの実験台だったけど...ここらへんが潮時かな」
戦子は、咄嗟に軸を捻り、今や木造の床に深々と突き刺さっているナイフを躱していた。
今、その目はその持ち主に向けられる。
その風貌は、あまりに時代錯誤なものだった。
顔全体を覆い尽くすような巨大な笠、袈裟のようなマント。そして口元を隠す荒い布。その姿は、まるで、虚無僧のようであった。
「────どちら様? …って聞きたいとこなんだけどさ」
いつの間に拾ったのか、その投げナイフを、
「とりあえずこれ 返してあげる」
ほぼ予備動作もなく男の眉間に向かって投げ返す。その軌道はあまりにも直線的で、速度は音速を超え弓矢にも匹敵した。
それを男は、右手から”霧”と共に展開した手甲鉤で弾き上げる。
超高速で宙を舞ったその刀身は、男の側の床に突き刺さった。
「投擲用の刃物など所詮使い捨てだ。その男のようにな」
男は、肩もゆらさず歩く。地も蹴らず、ただ足を置くように無駄がなく静かに歩み寄ってくる。そのあまりの機能美が、戦子にとって不気味だった。
戦子は、この歩法を知っている。
知っているもなにも、この男の立ち振る舞いは戦子がもう1人現れたのかと言うほどに同じだからだ。
「だがお前は違う。黒夜崎 戦子」
戦子は眉をひそめる。
「はじめましてだと思うけど」
「ハハ、どうだかな」
その場の空気が、圧力でねじ曲がり、重苦しいものに変わっていく。
この男は、”黒夜崎 戦子”を知っているのか。
この学校に来てからの戦子ではない。
その以前から戦子を知っているのか。
その意味を戦子は危惧していた。
「我々の“商品”を試す気はないか、黒夜崎? “後遺症”は辛かろう」
変声機をつけているのか、ノイズ越しにねっとりとした声色が戦子の鼓膜を不快に撫でる。
「静養療法(リハビリ)ならセックスと親友2人で間に合ってる。いらない」
ふん、と鼻を鳴らし、どんどん眉間にへの字のシワが寄っていく。
「その小僧に与えたような”活力剤”など比べものにならないブツを処方してやろう。 その”能力”も飛躍的に向上するだろう。どうだ黒夜崎、”守るための力”がほしいのだろう。」
こちらに与すれば、クスリで適応者を強くしてやる。どうだ、私たちはそちらを理解している、理解者がいてくれて嬉しいだろう。この文言は、戦子にとってとんでもない侮辱だった。私がどうやってこの能力を押し付けられたのか何も知らないだろうくせに、知ったような口を。
軽蔑するような眉間の寄りに反比例して、瞳の真紅色は怒りに呼応し燃え盛る。
「 私たちは同じく”取り残された者”だ。苦悩は分け合って生きようじゃないか」
「そう。じゃ最近悩みがあって」
諦めるように、戦子は呼吸をひとつ挟み、差し伸べられた手に歩みを進める。
「目の前に1人、ぶっ殺したいヤツがいてさ」
**
「 ————起きろ、小鷹狩」
その声色ひとつで、桃髪の少年は1秒の誤差もなくハッキリと大きく目を開いた。同時に、運転席の女性は少し仰け反り、ビニールの座席を擦る音を響かせる。小鷹狩遼には十分すぎる目覚ましだった。
「あー...おはようございますぅ...」
特に眠そうに見えない表情から、すごく気だるげな声が溢れる。
「”あなた達が追うのは、例の下手人よ”」
「”あのヤクザ達の死体は死後2~3時間が経過していた。相手が女子高生だったのなら、どこかに帰る場所があって、とっくに巣に戻っているはず”」
「今から追っても追いつけないし、追いつけてもその身体じゃ2人がかりでだって勝てないわ。この周辺のいくつかの学校に目星を付けるまでしばらく待機してちょうだい”」
「そして待つ間も調査の間も、ちゃんと寝なさい 約束_____いいえ、命令よ」
その指示を受けたのが、約1週間前。
調査対象は早3校目。
車で寝泊まりする張り込みは、もはや常識となりつつあった。
2人は買い置きしていたコンビニのおにぎりを、ただの栄養摂取と割り切ってガツガツと噛みちぎって茶で流し込む。
レイカ、続いて遼と最後の一口を水分で喉に流し込んだ時、数秒の沈黙の後口を開いたのは遼だった。
「…殺すんスか」
「何?」
「件の女子高生、やっぱり殺しちゃうんすか」
レイカは遼を一瞥する。彼の表情は、黄昏ているような、向こうぞらを見ているような、どこか虚ろな色を浮かべていた。
「…何故そんなことを訊く」
遼は、1つ咳払いをして言葉を紡いだ。
「昨日のチンピラならともかく、鮫島サンが簡単に女子供殺すってイメージが…どうしてもわかねーッつーか…」
「随分甘いんだな、お前の中の私は」
「アッいえ、そんナ…」
珍しく少し狼狽える遼を横目に、レイカはどういう顔をしていいか分からない。責めたつもりはないのだが。
「…だがまぁ、分からない。どうするかは、ソイツと顔を突き合わせて決める。...行くぞ」
レイカと遼は車のドアを開け放つ。
────am 8:30、接敵まで7時間。
**
1歩、
右足を引きつける。
2歩、
浮いた左足を寄せる。
3歩、
足腰を沈めて。
重心が落下するまま、前へ、相手と交差する。小手調べ程度に振られた爪先をいなし、回転裏拳で牽制。
怯みも後退もしないものの、その場に居着いたその隙を突き、肝臓目掛けて中足で中段を蹴る。
だが、相手もできる。その場で左の掌底を、蹴り足に落として止めていた。そのまま、背を唸らせて顔面に爪を突いてくる。
かろうじて5本のうち1番上の爪を掴んで止る。返し刃はなかったが、その摩擦で食いこんだ手のひらからドス黒い血がボタボタと堕ちた。
「チッ.... 」
「いくら目が良かろうと、このリーチの前では無力さ 」
掴んでいる手を打ち付け、戦子の袈裟懸けにズシャッと引き裂く。
「ッ! 」
反射的に軸を逸らし、致命傷は免れたが、制服のセーターとカッターがザックリと裂け、胸元が若干はだける。
「特に、”その程度の反応”ではね。僕の知る君は この程度じゃない」
「そろそろ...”こちら側”に戻って来てほしいな」
そのどこまでも不愉快な知った口に、戦子は劣勢ながらもフンと鼻息一つで答えた。
*
「やっぱり多いっスネ、学生 」
「あぁ 」
学び舎の廊下を、2人は歩いていく。向けた視線の先には、校門。
「…今更だが、こんな総当りでたった1人が見つかると思えるか、小鷹狩 」
「いやー…今更すぎるかと…でも仕方ないですよ 」
鮫島レイカと、小鷹狩遼。気だるげな弱音と、遼の苦笑いの交じったやり取りは砕けた印象を受ける。だが、先週の戦闘からほぼ休息もなく調査に乗り出した二人のエージェントの目つきには、未だ修羅の色が宿っている。
「正直、“私がヤクザ殺したJKです♡”…とか言うなんて思えないですネ。やっぱあのチンピラから聞き出せた情報が中途半端すぎたンですよ… 」
「どこの制服か知ってたかどうかも聞く前に殺しちゃったし……よく考えたらあんなのでわかるわけないっスねうん! さくっと殺しちゃったの鮫島サンなんですから、今日くらい探すの手伝ってくださいよ? 」
口調が荒れるのも無理はない。昨晩、状況的に彼らの仮眠時間は3時間。パンをかじることさえ気だるく感じるような、ずっしり重い疲労感。理由のない胸のムカムカに、神経もトゲが立つというものだ。
「悪かったと言っただろう。...こうなった以上地道に探していくしかない。ショートカットに、赤い目の女子高生…。赤い眼というなら十中八九”臨界者”で間違いないだろう。戦闘麻薬によるものか、自然発生か... 」
危機的状況、もしくは過剰な精神への負荷などの極限状態を生き抜く過程で分泌される脳麻薬(エンドルフィン)。人能臨界は、それによって覚醒する様々な超常的な能力。
近代で最初に顕現が確認された人能臨界は、ある軍隊式近接格闘術の創始者が、そうとは知らずに過酷な訓練と修練の末に覚醒し、その術理に組み込まれていた極地的、全共通的な身体操作。それが、”波紋体術”。
「“臨界者”同士の戦闘になるてことッスね。ここんとこキツいのばっかだナ... 」
*
pm5:10.接敵まで———
*
「わからん。…その特徴が当てはまりそうな女は見たか? 」
二人は、とある人物を探していた。先日、「捜査」をしたときに得た情報をもとに、横島組の幹部を殺したとされる女子高生を捜索しているところである。
「同じような見た目の子はいっぱい居ましたけど…赤い目は居ませんね。つかそんな変な色の目をした人普通いませんし、十中八九臨界者ッスね 」
夕陽色の目をした遼がそう愚痴を零す。”変な見た目”に関しては、人のこと言えないだろうお前。
「....そういえば、何故髪の色を黒にしている。あれか イメチェンってやつか 」
女──鮫島は遼の髪をじっと見た。普段は少し明るくて淡い桃色なのが、今は彼女と同じ、黒色である。そう、珍しい。
「これですか? ウィッグですよ。もし探してる対象に見つかったら、あんな色だとすぐに特徴掴まれるじゃないですか、それ対策です。それに染めるのはもうこりごりですよ、金かかるし。俺がいうほどお金持ってないの知ッてますよね?」
遼は毛先を指でくるくると弄りながら答える。
「はあ。しかし新鮮だな…お前にもこんな大人しい髪色の時代があったとは」
「なんですかその言い方! そんな中年みたいな──痛! イタタタ! いやー痛い! もっと! もう1回!♡ 」
女性に対して絶対に言ってはいけない単語を放ってしまい、更に大腿部を2回ほど蹴られる。それでも痛みから快楽を訴えるのだから、この軽口は実は故意的なものなのではないかと思ってしまう。
「...お前は遠慮ってものを知らんようだな、変態 」
その点はアンタも人のこと言えないでしょう。その言葉が喉元まで出かけたが、ゆっくり飲み込んだ。
「いやァすみません……でも、あー、まあ…この髪色あんまり落ち着かないですネ。いい気分じゃないというか、なーんか……」
遼の声が徐々に小さくなる。そのまま俯いてしまった。なんか、から続く言葉がなかなか出てこない。あまりに長い沈黙に、この男はショートを起こしてしまったのではと鮫島は顔を覗き込んだ。
「...小鷹狩? 」
「え? あ、こっちの話なんで大丈夫です! いや~ッ久々に髪色戻したから慣れないな~! 鏡見て誰だコイツってなっちゃいましたし、参ったなァ、アハハ!」
「……そうか 」
こいつはいつもこんな調子でヘラヘラ笑っている。常に笑顔を崩さないやつで、先日の捜査のような真剣な表情を見せることは滅多にないほどだ。あれは珍しかった。
普段の会話でも、任務の時も、ましてや戦う時も、笑っている……が、その笑顔が心の底から出ているものではないことに、鮫島は何となく気づいていた。あくまでも好印象を保つための「営業スマイル」で、声のトーンも一定であり、言わば感情が読めない。
彼が何を考えているのか、直属の上司でバディを組む鮫島でさえ、全く見当がつかないのだ。
「…とにかく、行くぞ 着替えろ 」
「ハイ♡ 」
着替える、と言ってもこれから公衆の面前で脱衣プレイをする訳では無い。2人は、ベルトの留め金にあたる部分にデバイスを装着し、USBを挿入する。
レイカの腕時計型デバイスと、遼のベルト型のデバイスから霧が噴出されていく。
2人は再び、レーザーの駆け巡る白い霧の中に包まれた。
*
────pm 5:12.接敵まで、20分。
*
相手の獲物は鋼鉄の鉤爪。距離を取り続けたところで、徒手のこちらに勝ち目はない。ならば、あえて前へ。
相手から攻撃せざるを得ない間合いへ、肉薄する。
迎え撃ってくる突き刺しを半身を切って躱し、その身体と鉤爪の接地面から一気に間合いを0にする。そのまま喉に腕刀をねじ込んで、掴んだ突き手への引力そのままに地面に打ち倒した。
「悪かったな...”この程度”で! 」
戦子は腹の底から敵意の籠った声を震わせ、流れそのままに馬乗りになり、膝と腕で腹と喉をロックした。もう片方の手は、鉤爪の右手を上に捻りあげて封じている。そのまま、重心を肘関節の捻りで喉にねじ込んでいく。
「それでお前は……”この程度”以下だぁ! 」
「 いいや、まだだ 」
だが、相手もこのままやられるタマでは無い。その腕に指をかけたかと思うと、戦子の背中越しから膝で打ち、そのまま捻り投げた。
「…まだまだ もっとだ “レッドアイズ” 」
レッドアイズ。その名は
その名で呼ばれることだけは、どうしても許せなかった。
「...その名で 呼ぶなァッ! 」
横一文字一閃。
戦子の手には、ナイフが握られている。
先程2度かわされ、地面に突き刺さっていたナイフだ。
「ほう…」
「お望み通り、”あの頃”のやり方で潰す…ッ 」
逆手に構え、間合いからジリジリと圧をかけていく。その刹那、浪人笠はフッと笑った。
「それでこそ 黒夜崎 戦子だ 」
黙れ、と戦子は踏み出した。
*
「こんにちはー っ 」
「 …こんにちは 」
レイカは、ぎこちなく挨拶を返す。
ポニーテールの女子生徒が通り抜けた後、待っていた2人に合流して、あの作業員さんかっこいーっ♡と黄色い陰口を流してきた。
そう、作業員だ。
鮫島レイカは、若手の作業員服に身を包んでいる。黒と白を基調としたエージェントスーツは、今やボロい黄緑色のツナギへと擬態していた。
「それらしい子を見つけた。だが髪型が違う 」
「 あぁ...今渡り廊下で挨拶した子ッスか?」
何
なんでこいつは、
「なんでお前それを知ってる…今どこだ 」
「あぁ、俺今東棟3階を当たってるんすけど、10秒に1回鮫島サンのこと見てるんスよ。俺、目が利くんで♡ 」
はぁ、と大きな溜息をつく。
公私を混同するとろくな事がない。それが恋愛感情なら尚更だ。
想われている身の上ではあるが、ここはひとつ上司としてピシッと…
「キモい 」
「はぅうッ!?♡」
悶えるような声がトランシーバーから漏れる。
忘れていた、コイツにはこういう牽制は逆効果だった。
「あのな、お前の気持ちは否定しないが、私たちには使命と自覚というものがだな────」
「誰か来て! 赤い目の子が暴れてる! 」
その説教は、けたたましい女子生徒の叫び声で遮られる。
人が逃げていく。レイカは、その瞳を黄金に変化させて、その流れの元を追った。
…体育館。
*
────pm 5:31. 接敵まで、およそ40秒。
*
右斜め、左斜めと軽く振って牽制し、前斜めに振り出す。そこに振り出される爪のカウンターを軌道修正で勢いが出ぬうちに抑え、横なぎに切り払う。防御に体勢が間に合わず、浪人笠は少し後退した。したが、更に追撃を仕掛けに来る戦子を蹴り出し、頭に爪を振りかぶる。
ただの振りでも、その一撃で重症になりかねない。1度外し、返す刃の一撃をもう一度ナイフで抑えた。
「…おい! 大丈夫か! 」
その様子を呆然と見ていたインテリ眼鏡は、後ろから肩を叩かれる。
「びゃあああああッ!? 」
「「うわっ 」」
残りの2人組がようやく新田に追いついた。だが、その新田は地面に倒れ伏せたまま。先に着いたメガネは、下半身を丸出しにして2つの凶刃の交差を見守っていた。
「いやお前…この状況で致すとか…. 」
「い、いやっ違いますよ! これはその 」
その弁明は、甲高い金属音でかき消された。
見ゆれば、体育館の中央で、殺し合いが起こっている。仕掛けては溜め、捌いては引き絞る。
常人の目に映るのは、一瞬2人が静止する端々の駆け引きのみ。
次の瞬間に繰り出される攻防から見えるのは、手先足先の消失と、繰り出された結果。喉元に音もなく突き込んだナイフを、腕を包むように掴むことでギリギリで止められた戦子の姿。
気がついた時には、戦子は突き出された鉤爪を躱した姿勢だった。
否、違う。よく見れば、その腕を打ち払ったのは掴まれた方の腕だ。その腕にナイフはない。
掴みを波のような腕のうねりで外し、その勢いで間合いを取り、反発力を利用してぶん回して相手の突き手を撃ち抜いたのだ。無論、このことを3人組が理解しようはずもない。
反撃の脇腹突きを浪人笠がわざと転がって躱すことで、駆け引きは万事休すかと思われた姿勢の崩れから振り出しに戻る。
「すげー…やっぱぜんっぜん見えねぇ 」
「っていうか…黒夜崎ってやべーやつのイメージしか無かったけど… 」
男子生徒はゴクリと唾を飲む。
「胸元のちっぱい…えっろぉぉぉぉ… 」
投擲用であるため刃渡りは小さく、刀身はか細いが、間合いの差はやや縮まった。お互いギリギリ攻撃が届かない間合いから、斜めに、横に刃を軽く振って互いを牽制する。
振り切ったまま静止し、互いに肘を見せたまま、すぐにでも袈裟懸けに相手を切り裂ける体勢でじり、と距離が詰まる。
一瞬の静寂の後、先に動いたのは戦子だった。
重心が沈み、前方へ突進する。
浪人笠は強かだった。間合いで有利をとっている以上、近距離での先の取り合いをしてやる義理はない。一瞬線を外し、斜めから余裕を持って腹部に突き込む。
黒夜崎 戦子、破れたり。浪人笠はそう信じて疑わなかった。
────
「そこまでだッ! 」
*
「誰か来て! 赤い目の子が暴れてるの! 体育館近く! 」
その説教は、けたたましい女子生徒の叫び声で遮られる。
人が逃げていく。レイカは、その瞳を黄金に変化させて、その流れの元を追った。
…体育館。
「小鷹狩 」
「はい 」
その一言で、2人は通じ合う。レイカは、逃げる生徒達を意に介することも無くつかつかと直進する。そして、その大元に、逃げ出すことなくギャラリーを作っている人だかりを見つけると、その歩みを早めて駆け出した。
「すみません、あの、失礼します 」
人を書き分ける間、金属音と足さばきの摩擦音が耳に入る。
戦っている…?
なんの罪もない生徒たちが通う学び舎で、巻き添えも厭わずに戦闘を行っているというのか。
そう考えると、人をかきわける指に怒気が宿る。不意に、その音がやんだ。だが構わず突き進む。
やっと視界が晴れたところで、レイカは叫んだ。
「そこまでだッ! 」
*
体育館
pm 5:31
*
黒夜崎 戦子、破れたり。浪人笠はそう信じて疑わなかった。
だが、その爪は戦子には届かなかった。
― 強化 適応者 ―
その刺突は、それまでの牽制と違い、確実に相手を捉えるための踏み込んだ刺突だった。そう。奴は踏み込んだ。
その、全身運動を、たたき落とすように抑えつけた。
数秒前戦子は、わざと速度を緩めて前に出た。それまで、全力で攻めておいて、そこで敢えて緩めたのだ。全てはこの時の為に。ナイフなど、脅しに見せかけた囮に過ぎない。この潰れた間合いを作り出す為の、囮。
「捕まえた...ッ」
その言葉から間もなく、裏拳が浪人笠を横殴りにめり込んだ。
本命は、あくまで拳だ。
正直、タイミングを外しての刺突は予想外だった。だが問題ない。相手は問題なく私の太刀筋を読んで、攻撃した。問題は、私がそれを見逃さないようにすることだ。そう、この眼で。だから、私にはなんの問題も無い。
浪人笠はよろめく。戦子はさらに詰め寄るが、目前に例の鉤爪が突きつけられる。
浪人笠は倒れなかった。それどころか、軸の通った構えのまま、こちらに刃をかざしている。戦子の裏拳は、相手のコメカミ辺りを狙って打ったものだった。裏拳はあまり重い威力は期待できない部類の打撃とはいえ、急所付近にまともに喰らってすぐさま反撃の体勢を整えている。なんて奴だ。
なんて素敵なやつなんだ。
戦子は、今日初めて相手への嫌悪感を越えて、武者震いがするのを感じていた。
「そこまでだッ! 」
不意に、扉から女の声が聞こえた。
*
体育館
pm 5:31
*
「そこまでだッ! 」
慄いている女子生徒たちを押しのけ、レイカは体育館の中へと進み入る。
見つけたぞ、赤い眼の女子高生!お前は何なんだ。あの殺戮は正義のつもりか。それともただの殺人鬼か。
どちらでもいい。ようやく辿り着いた。お前を...倒す!
人混みをかき分け、正面扉から躍り出る。
“人能臨界”。レイカは目を見開き、群青の瞳を強烈な黄金へと色を変えた。
その瞳が捉えたものは────
「ほらほらほらぁ~ぶぅへぇへぇ~ほぅらあ~ 」
そこに居たのは...ほぼ全裸のシルエットの男だった。
「……」
男はほらほらと、倒れ伏す女子生徒に向かって、漆黒のタイツ越しに浮き出した生殖器を最大限に膨張させて、メトロノームのように規則的な動きを描いてみせつけている。
被害者は、1人だった。暴れていると言うのだから、もっと派手に生徒を襲っているものと思ったが。
そもそも、目の前の相手は
女子高生では、なかった。
「 ほら、見ろ! ヒーロー敗北陵辱シチュだぞ!ホントにしちゃうぞ! 」
「re:俺のチェリー卒業論文☆床オナと幸福度指数の相関グラフっ♡ 」
「いやぁァァァァ!た、たす...助けてっ...! 」
男はユラユラと生殖器を見せつけ続ける。
周りの生徒は助けに入る様子はなく、便乗してスマートフォンでその様子を撮影している者まで居る。その盛況に、男はますますヒートアップしていた。
「そ~よ、JKをっ、はーらます恋ッ!!?! 」
突如横凪に振るわれた拳が、男を強かに打って一回転させた。
女子生徒の様子に気を取られていた男に、つかつかと歩み寄っての容赦のない一撃。眉をへの字に寄せたレイカの表情には、困惑と畏怖と嫌悪の色が浮かんでいた。
「あひぃ...ぶへぇ... 」
心底嬉しそうな顔で横たわっている男に、レイカの顔からは一切の感情が失せた。
膝を胸あたりまで持ち上げて、勢いよく踏みつける。
何度も、何度も。自分を刺した毛虫に、怒り心頭で復讐する子供のように、繰り返し踏みつける。
「はい警察でース、皆さん離れてくださーい、警察でース 」
“国防軍警察”と銘打たれた手帳を生徒に見せ、女子生徒の波をかき分けていく遼。
口直しとばかりにその美貌にはわわと惚けた視線を向けられながらも、やっと視界が開ける。体育館の扉横の壁を手にかけたところで、遼は動きを止めた。
その手のひらからコンクリートに亀裂が入り、こめかみ付近に青黒い血管が浮き上がる。
「...あンのクソカス変態...モブの分際で...ッ 」
「やめてッ! 」
声を上げたのは、意外にも倒れている女子生徒だった。
*
叡智中央高校
体育館
pm 5:32
*
「そこまでだ!….なーんてね♪ 」
ふふん、と人差し指を立てて2人に向かい不敵な笑みを浮かべる少女。
脇に、木製のなぎなたを携える腕には、”生徒会”と刺繍されたワッペンを身につけている。
「...委員長 」
戦子はなんでもなくその呼び名を口にする。
その言葉に、彼女はむぅと拗ねたような顔をする。
「それは去年までよ、黒夜崎さん。今あなたとはクラスも違えば立場も違うわ 」
「…それはいいけど、委員長が割って入れるような戦いじゃ 」
そう言う戦子は突然目を見開き、背後から迫る投げナイフに対して全力の回避行動を取った。側転でもするかのように、横へきりもみ回転を掛けて舞い、姿勢低く着地する。
そして、外れた刃の軌道は、そのまま委員長へ向かう。
「あ...! 」
まっすぐ彼女の瞳へと向かう凶刃。
それを、彼女のナギナタが打ち払った。
「おぉ すごい 」
戦子は安堵混じりにそう言うが。
肝心の彼女の表情は。
「ふ、フン…当然よ 」
「嘘だー!!! 」
後ろのピンク3人組に突っ込まれた通り、その得意げな笑みは引きつっており、ナギナタを構えた腕はプルプルと震えていた。
今しがたの目を見張るような超反応は、慄いて振ったナギナタが偶然浪人笠の投擲を弾いたに過ぎなかったのである。
「…邪魔が入ってしまったかな 」
浪人笠はマントを翻し、立ち去ろうとする。
それを見逃す戦子ではない。
「はぁっ! 」
再び目前で手のナイフをX字に切り払ってフェイントをかけ、そのまま2度突き込む。わざと空けた 脇を狙う鉤爪を左腕で躊躇なく下段に払い、さらに喉へと最短距離で突きを放つが、その軌道を完全に捉えてその腕を掴まれてしまう。
結果、この2人の構図は腕をつかみ合った顔の突き合わせへと帰結した。
「お前...”誰だ” …ッ 」
浪人笠は答えない。
「“屋敷”にいた誰かなのか... 」
不安と怒りに声を震わせた問いは宙を切る。
「“戦隊”の誰かなのか...! 」
あの頃が蘇る。忌まわしい過去が。
また向き合えというのか。
「———答えろッ 」
戦子が叫んだところで、唐突に空気の流れが変わった。
「面!!!!! 」
奇声にも似た気合いを込めて、ナギナタが唐竹に振り下ろされる。
*
私立青霹女学院高校
体育館
pm 5:34
*
「やめて!!! 」
突然、地べたから響く懇願の声。
一人の少女が、レイカを見据えて立ち上がろうとしている。
制服は土埃が目立ち、顔面には殴打痕。口を切って血を流している。
そして、その周りには不自然な床の凹みが出来ている。
アレには見覚えがある。少林拳法の修行僧が踏み込み鍛錬場に作るクレーターだ。
そして、それは明らかに1人分の数ではない。
戦っていたのだ、この少女は。恐らく、拳法の技術の応酬で。
見下ろされる威圧的な視線に怯みながらも、しっかりと目を合わせたまま言葉を続ける。
「兄を、どうするつもりですか 」
「無力化する ひとまずはな 」
「本当だったんですね 都市伝説 」
少女は、拳を握りしめ、上げる顔の表情に、全霊の怒りを見せた。
「────MIST。”こうなった人間”を殺しにくる公安組織!!! 」
「殺すかどうかは、現場を見て決めることだ 」
「いいえ、兄を止めるのは私────家に連れて帰ります 」
「どちらにせよもう遅い 」
「兄は…ちょっとオタクっぽかったけど 優しい人だった」
「こうなったのだって、私をいじめた…」
「…アイツらから守るために!”薬”を飲んだんだから!!! 」
指さす先の少し化粧のキツい女は、構えたスマホ越しに指された指先に驚きと戸惑いの色を示したあと、周囲の視線から逃避するように目を伏せる。
「あの子のお父さんは、地主の大物で…バックには暴力団も警察官僚も居る 誰も助けてくれなかった」
少女がめくりあげる袖の裏には、青黒く残った打撲痕の消えない火傷。タバコを押し付けられたのだろうか。
「…でも、その暴力団が襲われたって話を聞いて 兄は暴走してるんだってわかった その日から兄も帰ってこなくなった!」
「私たち ただ普通に生きたかった 暴力なんか無縁に、普通に生きたかった……! 」
「私達を見放した世の中のために、何も悪くない私達を踏みにじるんですか……! 」
レイカは、何も言わなかった。
八つ当たりのように向けられる糾弾を、なんの反論もせず受け止めている。
「私のせいでこんなことになってしまったのなら…また、上から揉み消されてしまうくらいなら 」
少女は、ドロップ缶のような銀色の容器を取り出した。
「…! よせ!!! 」
「あなた達も倒して、私がお兄ちゃんを連れて帰る! 」
少女は、取り出した錠剤を一気に口にする。
止められなかった。否、紅い瞳という報告を受けた時点で、もはやこの少女は手遅れだったかもしれない。それでもレイカは後悔した。苦々しい表情が、不甲斐ない思いを伺わせる。
「うっ...がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
伸ばした腕の先で、届かなかった少女は胸を抑えて座り込む。
苦痛に満ちた少女の声が、人の本能に恐怖を呼び起こす獣の唸りに変わる。
「うっひひひひひひははは! 汚ギャル!! 中出し! レイプ!!! すべてはァァァァァァァ!!! 」
同時に、足元の男、少女の兄はあらゆる関節をあらぬ方向にぐねらせて踏みつけられた拘束をすり抜ける。そのまま立ち上がった兄は、腕の先を太極拳のように回転させながら、意味不明な文言と共にいじめっ子の方に向かっていく。
この時点で女生徒は蜘蛛の子を散らすように逃げていたが、そのいじめっ子だけは身体を硬直させて危機的状況を抜け出せずにいる。
狂気に支配され、下劣なうわ言を漏らす男の目の光には、確かな報復心の色が宿っていた。
この男の目的は、男性器を女生徒の前で晒すことによるオーガズムではない。
注目を集め、ギャラリーを作った暁に、紛れもない自分を見つけ出すことだったのだ。
「遼!!! 」
「この...!!!! 」
その突進を追い抜きざまに十字受けで受け止め、右、左と拳を振り抜く。
…やはり、”戦闘”麻薬と称されるだけはある。
まったくの素人だろうに、プロボクサーもかくやという拳速を、咄嗟に前腕でガードしている。
「っらァ!」
だが、素人は素人。
固めてしまったガードの下から、鳩尾を載せた膝高い前蹴りが突き抜ける。
「────逃げろ、クズ! 逃げねぇなら俺が殺してやンぞ!!! 」
振り向いた遼の一言で、化粧の少女はハッとし、バツの悪そうな顔をしながら逃げ出した。
「…よし 遼、私も」
「行か”せない !!! 」
― 強化 無銘者 ―
少女はいつの間にか立ち上がる。
その薄紅色の瞳を憎悪に滾らせながら。
「”機能臨界”...ッ」
少女はそう宣言すると
長めの”柄”を取り出した。
「何...!!!!」
そこにあってはならないものがある。
そこにあるはずのないものがある。
本来、私達だけが持つはずの”秘密兵器”。
それを、目の前の哀れな少女は手にしている。
柄から霧が吹き出し、黄緑色のレーザーが駆け巡る。
次の瞬間、柄は六尺の棍棒となっていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
少女は腹の底から絞り出した無謀な勇気と怒りを、地面に突き立てる杖に込めた。
「!!!」
次の瞬間、少女は走り高跳びの要領で棒に捕まり、両足でレイカに飛び蹴りを叩き込んだ。
「ッ...!」
ブロックした。辛うじてブロックした。
戦闘のプロにとっては、あまりに奇抜で想定外の動き。
両腕のガードを、腕の骨ごと持っていかれそうな衝撃から逃がしてやる、
多少よろめきながらも、その直線の起動を闘牛士のようにいなし切った。
しかし、予想外はそれにとどまらなかった。
「はァッ!」
やや遠くに着地した少女は、踏み込みもせず棍棒を振り抜く。その違和感に
思わず、両足を開き、腕を地面に突き込んで屈んだ。
それは正解だった。その棍棒は、煙とともその穂先を構築し、伸ばしてきた。その凶悪な攻撃範囲と加速度は、見てからかわすにはあまりに無理があった。
「あ...!」
そして、その打撃が兄にも届くと寸前で気づいたのか、その伸長された穂先は少女の意思で霧散した。
結果、突然軽くなった棍棒の勢いに負け、少女はもんどり打って倒れることになった。
「陸上部か?」
「…!」
― 戦技 先駆者 ―
レイカの黄金色の瞳が、少女を見下ろしている。
先程と違い、その光には哀しげながら、優しい色が灯っていた。
「私も中学の時そうだった。楽しいだろう、走り高跳び。特に、一人練習の時間。何もかも忘れて、没頭出来る」
「…知ったような口、きかないで」
少女は、後ずさりしながらも立ち上がり、棒を半身に構える。
なるほど、あれはなぎなたの構えに近い。運動神経の優れた乱用者とは言え、手探りでその境地に至るとは。
だが、感心している場合ではない。少女を武の境地に導いているのは、人間の身体を強制的にブーストしてしまう薬物だ。微力だが、臨界能力まで発現している。少女にかかる負担は計り知れない。
「機能臨界」
レイカは自分の柄を取り出し、カートリッジを装填する。
「machete 」と銘打たれたそれは、柄の先から霧状にスプレーされ、緑色の光線でその名通りの形を構築する。
その後ろで、変態男は遼に荒削りの太極拳を繰り出す。
円を描く拳の軌道と、狂気故に先読みできない意図。
瞳は白金色で、薄紅色ではない。異能力の素質がないがゆえの、身体強度度外視のブーストに暴走。
あのゴリ押しは小鷹狩には最悪の相手だ。何とかカウンターを入れ続けて前進を止めているようだが、長くは持たない。1分といった所か。
レイカは、その投影までの1秒間に、黄金の瞳をゆらめかせ、目の前の敵と、小鷹狩の敵を全て”分析した”。
彼女は、この切迫した戦況を前に、あえてこう言い放った。
「———すぐに終わらせる。待ってろ」
―戦技 先駆者―
*
叡智中央高校
体育館
pm 5:36
*
「面!!!!!」
奇声にも似た気合いを込めて、ナギナタが唐竹に振り下ろされる。。
2人は同時に身を翻して互いの膠着状態を解いた。
身構えた所へ、委員長は1歩下がって牽制してきた。
「学園の平穏を脅かす者 何人たりとも 私が許さない…」
委員長は戦子から浪人笠の方へと切っ先を向ける。
「生徒会の名にかけて! 」
言うが早いか、1歩踏み出して振り上げた持ち手を翻し、左斜めから八相(はっそう)に切り下ろす。
浪人笠はその遠心力のかかった殴打を右腕の手甲鉤に左腕を添えて受け止め、横なぎに弾く。
「わ…」
彼女は、このような形で体勢を崩されるのは初めてだった。
故に、本来ならこの場でとるはずの残心で、この中心を捉えた突き込みをいなせるはずもなく。
「っらァ! 」
― 戦技 波紋旋穿脚 ―
ドン
ガシャーン!!!
戦子が回転をかけて蹴り足を突き出す。
瞬間、浪人笠はドアを横扉を突き破って外に放り出された。
外で2、3人の「きゃあ」という声が漏れる。
結果、彼女の命は、横から割り込んだ強烈な後ろ蹴りによって繋がれたのだった。
「きゃあッ!?」
戦子が廊下に躍り出た瞬間、呆然としていた女子3人が更に大きな声をあげる。
この3人には見覚えがあった。
新田を囲み、性的に崇拝していた女子達だ。
当人は今、そこの体育館で局部を晒して放心状態だが。
「さっきのヤツは!?」
思わず大きな声を上げて詰め寄ってしまう。3人はまともな受け答えさえ出来ず、ひしと抱き合いながら首をちぎれそうな勢いで横に振りながら逃げ出そうとするだけだ。
その様子にハッとして呼吸をひとつ、戦子はバツが悪そうに頭をかく。
いずれにしろ、どれだけ見渡しても浪人笠の人物は見当たらなかった。
*
「それで これは降りかかった火の粉だったと」
「まぁ、うん…」
「それで、放課後にわざわざ体育館に寄った理由は?」
「えっとそれは…何となく…」
「あの不自然にひしゃげた”正面扉”も、あの不審者の仕業かしら」
「う、うん….」
「ふーん…」
戦子が委員長と呼ぶ少女────鬼女谷 マイは、矢継ぎ早に質問を繰り出したあと、意味深に横扉のひしゃげた形を見比べる。
正面扉のひしゃげ方と似ている。そう言いたいのだろう。
戦子は固唾を飲んで次の追及に身構えた。
「そう。ならいいわ。」
意外にも、続いたのは淡々とした了承の言葉だった。
「でも、いつか必ず貴方の尻尾は掴むわよ。それまで陽貴くんを変なことに巻き込んだら、私が直接あなたに手をかけるわ」
「はは…」
愛想笑いしか出来ない。マイの怒りは分からなくもないのだ。陽貴はボランティア部に来る前、なぎなた部のメンバーだった。剣道よりも、剣術のヒントになるから、と言っていた。
…いや、あいつの場合”ダース・モールの真似をやりたい”とか混ざってそうだが。
とにかく、同じ女部長の元に鞍替えしたとなれば、コチラに想い人を取られたと解釈されてもおかしくはないだろう。
……当の本人は、「なぎなたはだいたい分かったから」とか適当なことを言っているのだが。
「ウチの隠蔽体質に感謝する事ね、今は」
今現場を調べているのは警察では無い。
マイと同じく”生徒会”のワッペンを付けた生徒たちだ。
教育の場としては異常だが、この学校ではこうした荒事に関しても生徒会自治が八割がた解決する。
副会長のマイがなぎなた部の主将であるように、生徒会メンバーの多くは武道・格闘技系の部員だ。
言わば、この学校では彼らが治安維持組織なのだ。
「それで」
再びマイは戦子の方へと向き直る。
「陽貴君は 無事なのかしら」
眉ひとつ動かさないが、深刻そうな声色で訊く。
「いや、陽貴と何の関け 」
「陽貴君は無事かしら 」
参ったな。完全にシャットアウトされた。質問の答え以外は受け付けない姿勢らしい。
「アイツは大したことないけど、今は保健室に」
「保健室!? 大変! お見舞いに行かなきゃ!」
大声を張り上げ、駆け出そうとするマイの後ろ襟をがしりと捉える者がいる。
「ぐえっ」
まさに牛乳瓶の底という表現が似合う分厚い丸眼鏡をかけた少女が、指先1つで彼女の初動を完全に取り押さえ、自然体のまま拘束をキープしている。
大人しそうに見えて、やることがエグい。
「副会長…まだお仕事ありますから」
「放しなさい! 私は陽貴君の付き添いに行くのーっ! 」
マイの動きを封じたまま、底眼鏡ちゃんはこちらへ顔を向ける。
「ウチの珍獣がご迷惑をお掛けしてます...」
「 ちょっと!? 今アナタこの副会長を珍獣って言わなかった!?ちょっと離して! もー!!!」
更にうるさくなったマイの襟を、指先で捻り落として圧力をかける。
結果、マイはぐええええ、という声とともに前のめりに押さえつけられた形になる。
「副書記の、草刈ツムギです...あ、覚えなくていいです 聴取はもう結構ですから、寄り道せずにお帰り下さい...」
ツムギと名乗った少女に対して、先程まで緊張の色を見せていた戦子の顔がどこかいやらしい満面のにやけ顔へと変わる。
「いや、覚えてるよ 前も名乗ったじゃん つむちゃん」
つむちゃん...? と、困惑と怪訝の色を示すツムギに、戦子は畳み掛ける。
「覚えてるって言うかね、色々知ってるよ。今つむちゃんが書いてる小説、確かモデルは」
次の瞬間、ツムギは疾風のような体のこなしで距離を縮める。
戦子はそのニヤケ顔を変えることなく、初手の手刀を輪受けで難なく弾き流し、襟首に伸びてきた二の手先は、万力のごとき握力で難なく止めた。
両腕をクロスさせて競り合う様は、さながら鍔迫り合いである。
「…澄ました顔をしているところ、申し訳ありません。すぐにでも外して壁か地面に叩きつけるくらいはできますが?」
「うん、うん。そうだよね。”合気道”だもんね。でも」
戦子は、ツムギの背後を顎で指す。
「見られちゃってるよ、私達」
不審者の痕跡を調べていた生徒会ワッペン達が、じっとこちらを探るように目線を投げかけている。閉じたツムギの喉奥から、焦燥と自戒の声色が唸った。
「なんだか、恥ずかしいね....♡」
「…この人は、やはり重要な参考人のようです。私が個別で聴取をします。副会長、構いませんね」
2人のあまりの雰囲気に呑まれて目を見開いていたマイが、ようやく呼吸を思い出す。
「えっ? えっえぇ...いや、え?」
一方戦子は、面食らう周囲には動じず、ツムギの耳元で囁く。
「話が早くて助かるよ 私もお願いごととかちょっとさ それに小説のモデル資料、欲しいでしょ? ね?」
「...それも含めて、聴取です 」
取引は、どうやら成立しそうだ。
*
青霹女学院高校
体育館
pm 5:45
*
「あぁ、ユミ」
兄は、胸元から突き出た刃から血を滴らせる。
致命傷となるほどの血液が体外へ流れ出たからだろうか。
戦闘麻薬の狂気から解放され、今にも消えそうな朦朧とした意識の中で私を認識して、名前を呼んできた。
「ごめんな」
その言葉を最後に、今引き抜かれたマチェットが支えだったかのように兄の体は崩れ落ちる。
その様を見下ろす女——-鮫島 レイカの瞳に、もう軽蔑の色はない。
それはどこか、同情的なやるせなさを感じさせるものだった。
「いも...頼... 」
「あァ、分かってるよ」
妹を頼む。
血沼に沈む兄の遺言を、片膝をついて聞き入れる少年の名は小鷹狩 遼。
人は死ぬ。どのような結末であっても。
だから、こんな結末も有り得る。
割り切ろうとするように口を噤むも、その目元から悲哀は隠せない。
普段軽薄なお調子者のお面を被っていても、彼は悲劇を前にして若者であり、人間だった。
「小鷹狩 回収班に連絡」
「...ハイ」
「あ”ぁ”ぁぁぁぁぁぁぁ....!!!!!! 」
地獄の底から煮立つような怨嗟の声を、ユミは上げる。
臨界装はもう無い。真ん中の柄の部分を、戦いの中で的確に裁断され、構築機能は完全に殺された。
残された武器は、薬でブーストされた身体能力だけだった。
薄紅色の瞳を滾らせて、力いっぱい殴り掛かる。
だが、足を踏み出して腕をくりだす瞬間、レイカは消えた。
そして、全ての戦意を根こそぎ奪う鈍痛に、鳩尾の1点から一瞬で貫かれる。
レイカは、その初動を抑えるように、姿勢低く拳を突き込んでいた。ユミの命まで奪わぬよう、浅く突き刺す手加減の余裕を持って。
「なんっ…でよ……! 」
「あなた達は悪くない」
崩れ落ちる寸前に目にするのは、再び黄金色に染まった瞳。
明白な色の瞳は、格上の能力者の証なのだろう。
「君のお兄さんは、ウチでは”死生者”と呼ぶ状態にあった。生き物としては生きながら、人としては死んでいる。そして人を無差別に傷つける────君をいじめた人も、いじめなかった人も、全てだ」
私がもっと強ければ、兄を守れたのだろうか。兄を止められたのだろうか。
受け身も取れず背中を強かに打つ痛みと悔しさで、目と心が焼けるような熱い涙が横這いに零れ落ちる。
「つまり、手遅れだ。このままでは君も、遅かれ早かれそうなる」
「絶対...許さない...!!!! 」
「それでいい 」
無力感を押しのけ、精一杯の怨念を込めた弱々しい声に
いまだそびえ立つレイカという女は淡々と答える。
「私たちを恨めるなら、明日からもとにかく生きていけるだろう 」
振り返ったレイカは、決して軽くない語調でそう続けた。
*
「お帰りなさいませ 戦子お嬢様」
ぺこりと、メイド服の女性____糸井川 結子が出迎える。頭をあげると、見慣れた彼女のにこやかな表情が見えた。
彼女は常に微笑んでいる。開いているかどうか微妙な細い目のまま、ずっと微笑みかけてくれる。彼女もまた、黒夜崎 戦子の平和の象徴である。
結子は、1人には広すぎる屋敷で1人になった戦子の元に突然訪ねてきた。お父上様にはお世話になりました、恩返しという程ではございませんが、何卒身の回りの世話をさせてくださいませ。
父。その単語を聞きとった戦子は不信感を募らせた。
父は、死んだのだ。今更、あの恐怖の象徴に縛られたくない。
だが、その言葉の後におもむろに作り始めた料理は 荒れに荒れ、争いに次ぐ争いの中で暴力的なインスタント食の塩味に毒されていた戦子の体を満たした。味は一流ではなかったが、この牛すじカレーライスが、戦子と結子の馴れ初めであった。
「...また、喧嘩でございますか?もう、困ったお方」
「望んでじゃないよ」
体が火照っているのが分かるのか、直ぐに見抜かれてしまった。声も図らずぶっきらぼうになる。
「存じております。お友達のためでございますね。しかし、ご満足もしておられないようです。お相手とは好敵手にはなれなかった、ということでございますね」
穏やかな結子の笑顔に、硬く強ばったな戦子の表情が緩んでいく。
「なーんでもお見通しだ 結子はっ」
戦子は、満面の笑みでわーっと手を広げ、結子に抱きつく。彼女の温もりと、安心感にしがみつくように、顔を左右に擦る。
殺しがいも食いぶちもなかったあの敵では、1度起こした戦子の衝動は抑えきれなかったのだ。戦子は笑顔のまま茶化しているが、心の中のどす黒い渦と破壊衝動は晴れない。例え新田のような羽虫程度の相手でも、戦子の心を蝕むには十分。その上、今日はとびきり不気味な相手に過去を掘り返された気分なのだ。
結子は、戦子を抱き締め、頭を撫でる。
「本日は稽古お休みの日ですし、今夜は夜伽を致します 精のつくものを用意致しますね」
荒れに荒れて暴れ回っていた戦子を止めたのも、空手の技術を仕込んだのも 紛れもなく、彼女だ。 結子はメイドだが、今の戦子の保護者であり、拠り所でもある。戦子は結子を軽口の叩ける姉や母のように慕う。それは、肉体関係という側面でも同じだった。
*
「あっ!!!!...んっ...!!やーっ!♡」
結子の細くも角張った指が、戦子の中を弄り回し、彼女の理性と思考を奪い去っていく。戦子の片方の乳首は指ではさみあげられながらくにゅくにゅとこねくり回され、もう片方は唾液たっぷりにちゅぷっ、ちゅるるるる、ちぶーっと音を立てて吸われ、しゃぶられている。
「ぷは...ふふ、戦子お嬢様」
「あ、あぁあっぁぁぁぁ!!」
「可愛い...♡」
後ろから熱く耳に囁かれる声でまた、身体を悪寒と熱い血流が駆け巡る。夕食のチキンカレー分の戦子のカロリーは、もはや燃えカスと化していた。
自分をいじめ抜いた結子の指を歓迎するように、屈服するように締め上げて絶頂した戦子は、ベッドの上にへたれこむ。が、休むことも許さず結子は戦子に覆い被さる。
「あぁ...戦子お嬢様 お許しください 結子めは今日獣になります…どうか」
「犯してッ!結子!ぐちゃぐちゃに私を奪って!ぁぁぁぁんッ!♡」
間髪入れず、戦子の秘部に結子が吸い付く。吸い上げる。やや白濁した本気汁が、吸い出されて溢れていく。戦子の脚にはもう力は入らない。ぶらぶらと伸び切り、ただ生殖の時を待つ。戦子の体は今、敗北したのだ。
「お嬢様...今行きます!」
「あっやっあぁっ‼︎ ゆっゆいっ...こっ.....ゆいっこぉぉぉ‼︎」
結子は、戦子の愛液を舌に含ませたまま、戦子の下腹から舐め上げていく。子宮にあたる部分を執拗に舐めまわして生暖かく濡らしたあと、再び戦子の乳房に迫ってきた。
ちゅっ...じゅるるるるる!
ついに戦子の乳房は舐めあげられ、戦子は大きく痙攣する。同時に、結子のぬっちゃりと唾液を絡ませた舌も遅れて戦子の太ももを這い上がってきた。
「お嬢様...私はもう...」
下の口で接吻しながら、結子の表情にも余裕が無くなる。結子は16歳の戦子の肌を堪能し尽くしたのだ。
「結子...きてっ...♡ 」
「お嬢様っ! 」
お互いに甘い痺れが激しい、限界のクリトリスの貝合わせで、3往復半。2人は大きく痙攣し、脳幹にまで届く電流に狂喜しながら、2人仲良く気絶したのだった。
*
…
すっかり暗くなった校門前で、レイカはセブンスターメンソールの先端に火をつけ、煙を吐く。
無駄足ではあったが、無駄ではなかった。私たちが目処を間違えなければ、あの兄妹はもっと不幸な結末に導かれたかもしれない。
そして、私にとっても無駄ではない。真っ赤な瞳の女子高生。
私は、この一件で、まだ見ぬ彼女と相対する覚悟を決めていた。
決めていたはずだった。この電話を取るまでは。
「…はい 鮫島です」
「回収班、そっち行ったかしら」
「はい 対象は沈黙していますが、私も支部まで同行するつもりです」
「片方だけ助けた理由は? 残された者の怨みは怖いわよ」
「それでも、これから辛いことを乗り越える原動力になります。引き続きの調査は、小鷹狩が。それと」
「ここで目撃された”紅い瞳の少女”は、恐らく”ヤクザ殺し”ではありません 」
「というと?」
「あの少女は暴走した兄を止めるために、ごく最近に戦薬を使い始めています。時期が合わない。そもそも、彼女の戦い方は臨界装依存のもの。徒手空拳のみでは私に触れることも出来なかった」
そもそも、レイカ達はヤクザ殺しはほぼ同じことを当日に成し遂げている。しかし、レイカは遼との2人がかりで、隠密で虚をつく搦手を使ったのだ。
それを犯人は、拳と現地で奪った道具だけで、正面からやってのけている。レイカ1人に敵わない少女が、”真っ赤な瞳の女子高生”であるはずがない。
「あの凶行をやり遂げるには、無理があります。引き続き捜索にあたり────」
「あぁ、その事なんだけどねレイカちゃん。もう、見つかったの。“ヤクザ殺し”」
「────…!?」
レイカは、開いた口で思わず煙草を落としてしまった。
「…今、何と」
「身元も割れた。…灯台もと暗しというのは、このことだわ」
「所長。ちゃんと分かるように説明を」
若干食い入るように、レイカは衛星電話に問いかけた。
その名を聞き逃してはならない。どういうわけか、理由もないのか、そう思っている。
徒手空拳であの軍勢をまとめて葬る奴だ。
戦闘技術。実戦の経験と勘。恐らく全てが私たち二人の上を行く相手。
返答までの数瞬が、永遠のように感じられる。手も足も冷えきり、指先に力がこもらない。
私は、怖いのか。その名を聞くのが怖いのか。
「…彼女の名は、黒夜崎 戦子。」
センコ。
私がこれから、殺さなければならないかもしれない相手の名だ。
レイカは、自然に瞳を黄金色に豹変させて、右の拳をブルブルと握りしめた。
*
To be continued...
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