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王都誘致編

悠久の都ディアマントと呪われた第二王子ミハエル②

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 小夜が口を固く結び無言を貫いていると、無礼な男はあからさまにムッとした様子で先程よりも鋭い声で言い放つ。その声音は静かに発せられた筈なのに何故か有無を言わせぬ迫力があった。

「⋯⋯如何した、答えよ」
「⋯⋯人に名前を尋ねるなら、先ずは自分が名乗るのが筋ってものじゃないかしら?」
「フン、このオレに意見するとは中々度胸のある女ではないか」

 男は更に口角を上げ、可笑しそうにクツクツと笑ってみせた。小夜はそんな男をキッと睨み付ける。

「まあ良い。オレの名はミハエル・フォン・ヴィルヘルム。エーデルシュタイン王国が第二王子である」
「だいに、おうじ⋯⋯?」

 小夜は思わず反覆した。
 この男と直接の面識は無い。しかし、小夜はこの男を知っていた。
 何故なら、噂で嫌という程耳にしてきた為だ。

(じゃあ、この男が⋯⋯自身も呪われ、激しい憎悪から此の国に呪いを運んで来たと言われてる王子様なの? でも、まさか無実の罪で糾弾されている王子直々のお呼び出しだなんて⋯⋯一体何故?)

 瞬間、目が合いミハエルの赤い瞳がきらりと光を帯びる。

「⋯⋯ほう、お前はオレの無実を信じるのか。珍しい奴もいるものだ」
「!?」

 驚愕に目を見開く小夜を横目に、ミハエルは尚も言葉を続ける。

「お前を呼んだのは他でも無い。或る男をお前の力で治療して欲しいのだ」

(え? 私、今声に出てた?)

 咄嗟に口元を押さえる。
 ミハエルに見つめられると何故だか居心地が悪く、顔を背けたいのに金縛りにあったように身動きが取れない。小夜の瞳は未だ、ミハエルの瞳に捉われたままだ。

「声には出ていないから安心しろ」
「なら、何故⋯⋯!」
「そうか、お前はこの世界の人間では無いのだったな。それならば知らぬのも無理はない」

 ミハエルは勿体ぶるようにたっぷりの間を取り、自らの瞳を指して言った。

「オレは人の心が読めるのだ」
「っ!」

(う、嘘でしょ!? 此れが本当なら相性最悪だわ⋯⋯!!)


「その反応は新鮮だな。⋯⋯何か重大な隠し事でも有るのか?」
「っ⋯⋯!!」

 小夜の思考を読み取ったミハエルは不敵な笑みを浮かべる。
 しかし幸いな事に、その時になって漸く身体に自由が戻ってきた。小夜は直ぐさまミハエルから顔を背ける。

(これは非常に不味い事になったわ! 私の嘘なんて直ぐにバレるじゃない⋯⋯!)


 小夜の知り得る情報(出典:弟のライトノベルより)によれば、悪人の末路は決まって目を背けたくなるほどに残酷だった。聖女では無く魔力を持たぬ只の異世界人だと暴かれれば良くて追放、最悪の場合には死刑に処される筈だ。

(ルッツたちは騙せたけど、此の王子の前では何時バレるか分からないわ。目を合わせなければ良い事だけど、不慮の事故だって起こりかねない)


 いっその事、全て白状してしまおうか——。
 否、駄目だ。そうすれば幾分か罪は軽くなるかもしれないがそれでも王族を欺いたのだ。重い罰は免れないだろう。
 二律背反の思考が小夜の中で激しくせめぎ合う。

 小夜は王宮に到着するなり早速、最大のピンチに陥るのだった。







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