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聖女爆誕編

デュースター村の環境改革②

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 ペストの主な感染経路はノミによる感染、接触感染、飛沫感染の3つである。
 これらの不安要素を根絶しない限り、ペスト再発の可能性は十分にあり得る。つまりは要因を元から断たねば本当の意味でペストに打ち勝ったとは言えないのだ。
 その為に小夜は常々、その要因となる汚染された村の環境を改善したいと思っていた。

 しかし、村人たちの病状が最初より落ち着いてきたとはいえ、毎日目が回るほど忙しい小夜とルッツにはそこまで手を回す余裕など無かった。

(如何したものかと思っていたけれど、これはまたとない好機だわ!)

 小夜は不審な男改め、フィンに向き直る。そんな彼は部屋に入るなり頻りに辺りを見回していた。

(幸い、フィンは初めから私に対して好意的だった。この様子なら上手く丸めこめそうね)

 小夜はジッとフィンを見つめる。金茶色の髪に橙色の瞳の一見華やかな様相で有るが、困り眉で小刻みに華奢な身体を震わせる彼からは何処か儚げな印象を受ける。

「ねえ、フィン。貴方、私達のやっている事に興味が有るの?」
「あ、えっと⋯⋯ぼくなんかがそんな⋯⋯」

 フィンはうろうろと視線を彷徨わせ口籠る。彼の反応を見るに小夜達の仕事に興味津々だという事は明らかだった。


「⋯⋯実はね、今とっても困っている事があるの」

 小夜が沈んだ声音でそう切り出すと、漸くフィンと目が合った。

「せ、聖女様が⋯⋯?」
「そうなの。もっともっと此の村の人達の助けになれたらと思っているんだけど、残念な事に人手が足りないのよ」

 小夜は大袈裟に困った顔を作る。お人好しな性格のフィンには此れが効果的面だと分析しての事だった。

「⋯⋯」

 フィンは何かを考え込むように俯く。

「もし⋯⋯もしも誰かが手伝ってくれたらとーっても助かるのだけれど」

 態とらしく間延びした声を出して見せれば、フィンは勢い良く顔を上げて小夜を見つめる。

「⋯⋯あ、あのっ聖女様!」
「あら、如何したの?」
「ぼ、ぼくなんかで聖女様のお手伝いを出来るのなら⋯⋯何でも、します⋯⋯ぼくなんかにも聖薬を分けて下さったお優しい聖女様の為なら⋯⋯!」

 未だ頼りない雰囲気は有るものの、小夜を真っ直ぐに見つめるフィンの橙の瞳には強い決意が込められていた。小夜はそんな彼にならこの大役を任せられると思い、手を取りギュッと力強く握る。

「本当!? ありがとう、フィン!!」

 筋書き通りに事が運び気を良くした小夜は人知れずほくそ笑む。
 こうしてフィンはデュースター村の『衛生隊長』に任命されたのだった。


✳︎✳︎✳︎


 初めはルッツと2人きりだった診療所も、フィンが加わり随分と賑やかになった。
 初めは小夜達の活動に何処か懐疑的だった村人達も今では食事の提供や清拭せいしの補助、室内の掃除等の手伝いを申し出る者も居り、円滑に小病院を運営出来ている。

 そして、小夜の目論見通り衛生隊長フィン先導の下、デュースター村は驚く程の変貌を遂げた。
 飼養家畜の放し飼いを止め各々で徹底した管理を行い、路上に放置されていたゴミは新たに作った集積場に集める。
 一番大掛かりだったのは木こりの協力を借り太陽の光を遮っていた巨木を薙ぎ倒した事だ。
 此れにより村の路上は清潔に保たれ、害虫や鼠は滅多に見かけなくなった。暗く高湿気な環境も太陽の光を取り込む事で幾分かマシになったように思える。

(私一人では此処まで来れなかった。デュースター村の人達が一丸となってペストに勝ったのだわ)

 小夜はすっかり活気付いた病院内をゆっくりと見回す。
 死人のように青ざめ床にしていた女性は温度を取り戻して恋人の手を取り睦み合い、嗚咽と涙を溢しながら嘔吐を繰り返していた男の子は美味しそうにパンを頬張っている。
 そんな光景を目の当たりにし、小夜の胸はキュウッと締め付けられた。

「やっぱり、私は——」

 医者とは身を粉にして人に尽くす非常に過酷な職業である。
 しかし、人を扶ける事の何と尊くやりがいの有る事だろうか。改めて、小夜はそう実感するのだった。




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