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第1章

古典の王子様との再会②

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「授業が始まりますが、何処に行くんですか? 常春さん、海堂さん」

 うららがぶつかったのは、今まさに話題に上がろうとしていた冬木至だった。
 彼はというと相変わらず全身草臥くたびれたスーツ姿で、上着を脱いでいる為にダサさと格好良さの中間を攻める絶妙なセンスのセーターが露わになっていた。そして、恐らくそれほど手入れがされていない艶を失った黒髪に、一昔前に使われていたであろう牛乳瓶の底の如く分厚いガラスの眼鏡といった垢抜けない雰囲気と格好である。

 しかし、生まれて初めての恋に侵されたうららの瞳にはその姿はまるで、自分の事を迎えに遠路はるばる日本までやって来た何処かの国の王子様のように映った。至を前にすると、チカチカと目の前が煌めき目が醒めるような心地である。

「はぁ!? センセー、ウチらそれどころじゃないんです~。不要不急の話が————」
「至センセーっ!! 昨日ぶりっ♡」
「ちょ、うらら!? どした!?」

 百香は声がワントーン上がり、薄桃色のクリームチークをはたいた頰をさらに染めてはにかむうららの豹変ぶりに再び驚いた顔を見せる。

「はい、おはようございます。⋯⋯体調が優れないのでしたら保健室に行くことを許可しますが、元気ならきちんと授業を受けてからにして下さいね」
「はいっ♡」
「⋯⋯⋯⋯」

 目をハートにし、あからさまに媚を売るうららを見た百香の表情からはドン引きしている事がひしひしと伝わってきた。

「ね、ねえ、うらら⋯⋯アンタもしかして⋯⋯⋯⋯」
「さ、ももちぃ戻るよ! 至センセーの授業をサボるなんてあり得ないからっ!!」
「⋯⋯いや、今までサボってたアンタが言うなし」





✳︎✳︎✳︎




 行儀よく椅子には座ってはいるものの、至の姿を凝視し記録する事に脳内メモリーの大半を割いている為、肝心の授業内容は殆どが右の耳から入って左の耳からそのまま通り抜けて行く。
 心ここに在らずといったようすでぽーっと惚けた顔をして至を見つめるうらら。そんなうららを隣の席で引きつった顔をして見ている百香。

 授業が終わっても尚、教壇を見つめて悩ましげなため息を吐くうららの肩を百香の指がツンツンとつついた。


「ねえ、うらら。今更聴くまでもないけど一応確認させて。アンタの好きな人って————」
「あ、分かっちゃった? そう、冬木至センセーがあたしの運命の人♡」

 両手を頬に当てて「恥ずかしい♡」とモジモジと身体をくねらせるうららを、本日何度目かの驚愕の視線で見つめる百香は暫しフリーズした後、ハッとして声を荒げた。

「どしてそうなった!? あーいうタイプ、うらら一番嫌いじゃんっ!!」
「嫌いだった人を好きになるなんて良くある事じゃん? てか、それこそがロマンスのセオリー的な?」
「いや、それにしてもさあ⋯⋯。ごめんだけど、うららの趣味わからんわ⋯⋯⋯⋯」
「いや、分かられても困るから。あたし、同担拒否だから」
「うん、同担になることは一生ないから安心しろ」
「良かったぁ! ももちぃとの友情終わるかと思ったわ~」
「アンタ、恋すると豹変するタイプなのね⋯⋯⋯⋯」
「なんのこと⋯⋯⋯⋯?」

 百香は「頭が痛い⋯⋯」と言って額に手を当てる。そして、深くため息を吐いた後、再び口を開いた。

「しっかしあのダサセーター、何とかならんのかね~」
「はぁ!? 何言ってんのももちぃ! あのセーターシンプルでめっちゃかっこいいじゃん!? 良い男は華美に着飾らないんだよっ!」
「⋯⋯ボサボサの髪もありえない。せめてとかしてこいよ」
「うんうん、無造作ヘアはセクシーだよね。わかる」
「⋯⋯⋯⋯授業中かける眼鏡がダサい。とにかく、ダサい」
「メガネによるギャップの演出! 至センセー、自分の魅せ方分かってるゥ!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯何より、25歳なんてオジサンじゃん! うららならもっと良い人いるでしょ!?」
「歳上男性万歳! 素晴らしきかな、大人の魅力と包容力! てかあたし、昨日気付いたんだけど歳上好きだから」

 うららが間髪入れずに答える度に、百香との距離が離れていく。心の距離に比例して物理的な距離も、だ。

「怖っ!! 全てに言い返してくるし、全てポジティブに捉えてんじゃん⋯⋯。そんなんうららだけだわ。逆に尊敬する⋯⋯⋯⋯」

 何処か遠くを見つめる百香は小さな身体を自らの両腕でギュッと抱き締め、震え声で言った。

「あたしだけがセンセーの魅力をわかってれば良いの! もう至センセーしか勝たん!! BIG LOOOOVEッ♡」
「はいはい⋯⋯⋯⋯とりま、放課後オケるよ」

 そこで洗いざらい吐かせる、とギラリと光る百香の瞳が物語っていた。





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