【一次選考通過作品】公爵夫人の完全犯罪〜死に戻った悪女は、悪魔の王と契約して虐げられた一族に復讐を果たす〜

アスモデウス編

密やかに重ねる逢瀬

　アスモデウスの策略により、マリアンヌとセオの距離は順調に縮まってきていた。
　マリアンヌとセオの2人は、毎日のように人目を忍んで書庫へと通っていた。



「セオ！　貴方の教えてくれた本、今回もとても面白かったわ！」


「それは良かった。義姉さんが勧めてくれた本も面白かった。主人公が意中のヒロインから辛辣な言葉をかけられるところでつい笑ってしまったよ」


　そう言ってセオはマリアンヌの勧めた小説の内容を思い出したのか、クスリと笑いを漏らした。

　最初、セオはマリアンヌの目を見ることなく、微妙に視線が合わない2人だったが、今では真っ直ぐに視線を合わせて話すようになり、笑顔を見せることも増えていた。
　セオの好きなものをきっかけとして徐々に心の距離を縮めていったマリアンヌは、確かな手応えを感じていた。



　今日も、マリアンヌとセオの2人は書庫に集まっていつもの長椅子に座り、時々会話を交わしながらお互いが選んだ本を読んでいた。


　しかし、今回勧められた本は、マリアンヌには難解なものだった。そのため、分からないところは逐一セオに質問しながら読み進めている。

（この文章、どういう意味かしら⋯⋯？）


　再び理解が難しい文章に遭遇したマリアンヌが集中するセオに話しかけようと、身を乗り出してグッと彼に近づく。

「ねぇ、セオ。ここって⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯どうしたんだ？」

　すると、マリアンヌの声に反応したセオもすぐに彼女の方を向いた。



「「！！」」

　マリアンヌの目の前にはセオの顔が迫り、唇が触れてしまいそうなほどの至近距離まで近づいていた。


「うわぁっ⋯⋯！？」


「きゃ⋯⋯っ！」

　
　しかし、その事に驚いたセオが後退ろうとしてバランスをくずしてしまい、彼はマリアンヌに覆い被さるようにして倒れ込んでしまう。


　そのことをマリアンヌは特に気に留めることは無かったが、セオは顔を真っ赤にして起き上がり、バッと両手を高く上げる。
　セオの身体が離れてもマリアンヌには、バクンバクンと彼の心臓が激しく脈打つ音が聞こえた。


「す、すまない⋯⋯⋯⋯」


　小さく震える声で謝るセオを見ると、彼は未だに可哀想なほど真っ赤な顔をしていた。


（視線は感じるくせに、私がセオを見ると目を逸らしていたのは女性に免疫が無かったからなのね）


　大丈夫だと返事をするためにマリアンヌが口を開こうとした時、側に控えていたアスモデウスから「ご主人さま、貴女も恥じらってっ！」という指示を受けた。
　その言葉に、マリアンヌはコクリと小さく頷く。


　不安げに揺れるブラウンの瞳とブルーの瞳がパチリと合う。
　マリアンヌはアスモデウスの指示通りにフイッと視線を逸らし、恥ずかしそうに頬を染めてみせた。


「う、ううん⋯⋯⋯⋯私の方こそいきなり声をかけてごめんなさい⋯⋯」


「い、いや⋯⋯義姉さんのせいじゃない」


「じ、じゃあ私⋯⋯今日はもう帰るわね⋯⋯！」



「ま、まってくれ⋯⋯！！」


　不意にグイッと強い力で手首を掴まれる。
　マリアンヌが驚いて振り返ると、セオは縋るような表情でマリアンヌを見ていた。


「っ！」


「あっ⋯⋯すまない⋯⋯」


　マリアンヌが痛がる仕草を見せると、すぐにセオの手は離れていった。


「だ、大丈夫よ⋯⋯それよりどうしたの？」


「⋯⋯ああ」


　セオは暫し言い淀んだ後、グッと心を決めて言い放つ。



「あし、た⋯⋯明日も！　また、ここで会ってくれるだろうか⋯⋯義姉さん⋯⋯」


　最後の方は消え入りそうな声音で話すセオの必死さに、マリアンヌは思わず笑いそうになるのを頬の内側を噛んでなんとか堪えた。












✳︎✳︎✳︎









「さっすが僕のご主人さまっ！　あっという間にセオを落としちゃうんだからっ♡」


「ふふっ⋯⋯セオは女性に免疫が無い分簡単だったわ」


「あー！　ご主人さまってば悪い顔してるーっ！」



「そんなことないわよ。でも、これで計画の成功に一歩近づいたわ」



「次はノアの攻略だねっ！　明日からも頑張ろーっ！」


　テンション高く拳を振り上げるアスモデウスを見たマリアンヌは、静かに笑う。


「ええ。オリヴァーに手を出そうとする奴はどうなるか⋯⋯⋯⋯私がしっかりと教えてあげなくてはね」



　マリアンヌの足音はコツコツと静かな廊下に響き渡った。