アドヴェロスの英雄

青夜

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外道会の鮫島

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 5月中旬。
 高校に入学して最初の中間テストがあった。
 進学校だけあって、成績は全てオープンになり廊下に貼り出された。
 
 《石神瑠璃・石神玻璃 全教科満点 同率1位》

 俺は5位で胡蝶は9位だった。
 ここから本格的に成績優秀者の優遇が始まる。
 上位10名は、基本的に「自由」になる。
 登校も免除される。
 学校規則も全面的に外され、刑事事件などは別だが、大抵のことでは問題にならない。
 まあ、俺は別に何をしたいわけではない。
 ただ、「アドヴェロス」の活動に支障が無くなるだろうことは嬉しかった。

 この筑紫野高校では成績が全てだ。
 成績が良い人間は優遇され、そうでない生徒は、まあ普通だ。
 しかし、環境的に成績下位が成績上位に逆らうことは難しい。
 他の高校では、例えば暴力であり、またはスポーツの成績やカリスマ性なんてものもあるだろう。
 それがここでは「成績」のみとなる。

 と思っていた。
 それでもはやり学校も社会の縮図だ。
 暴力に訴える連中もちゃんといた。




 「おい、磯良」
 
 昼休みに俺の机の前に、三人の男子生徒が来た。

 「お前、ちょっと来い」

 見ると、胡蝶がおかしそうに笑っていた。
 まったく。

 三人に連れられ、屋上に出た。
 15人ほどが集まっている。
 三人は一年生だが、他の連中は恐らく上級生だろう。
 どうでもいいが。

 「連れて来ました! 鮫島さん!」

 三人が俺を一人の前に連れて行く。
 鮫島と呼ばれた男。
 身長175センチ、体重80キロ。
 髪は両サイドと後ろを剃り上げ、頭頂の長い髪を右に流している。
 両耳に蛇のピアス。
 目は大きく、酷薄そうな光を湛えている。
 冷酷な男なのは、一目で分かった。

 「お前、ハーレーで通学してるらしいな」
 「……」
 「俺に寄越せ」
 「……」
 「お前、女みたいな顔をしてるな?」
 「……」
 「尻にいろんなものをぶち込まれたいか?」
 「……」

 周りの男たちが俺を黙って見ている。
 統率が取れているのは、この鮫島が恐ろしいのだろう。

 「2000万円」
 「なに?」
 「それで売りますよ」
 「ああ」

 鮫島の右手が動いた。
 ドスだ。
 俺は慌てずに左手で手首に当て、右手で鮫島の喉を突いた。
 声帯を斬る。
 鮫島がへたり込んだ。
 激痛に加え、喉に流れ込んだ血で咽ている。
 その顎へサッカーボールキックを浴びせる。
 鮫島が縦に回転して引っ繰り返った。
 脳震盪で意識が飛んだ。

 周りの男たちを見る。
 全員がビビって動けない。
 
 「お前ら、鮫島が怖いのか?」

 全員が黙っている。

 「俺がこいつを殺してやろうか?」
 
 何人かが顔を輝かせて俺を見た。
 それですべてが分かった。
 こいつらは鮫島が恐ろしくて逆らえないのだ。

 「鮫島さんは、外道会に兄貴がいるんだ」
 「ほう」

 外道会は、稲城会から抜けた連中が集まった愚連隊だ。
 他の組からはじかれた連中も引き入れ、どんな汚いことも酷いことも平然とやると言われている。
 先日、高島平で俺を襲って来たヤクザたちが外道会の人間だと分かった。

 「あそこに睨まれれば、俺たちなんて」
 「そうなんだ」

 そうだろう。
 高校生が組織の暴力団を恐れるのは当然だ。
 でも、だからと言ってこんなクズに付き合っている連中を大事には思えない。
 鮫島はあの一瞬で俺を殺しても構わないと思っていた。
 恐らく、あいつは人を殺したことがある。
 そしてこの連中もそれを知っている。
 逆らって死ねとは言わないが、付き合わない方法は幾らでもある。
 まあ、鮫島はその辺も分かっていて、こいつらを支配していたのだろうが。

 他の連中にその気が無いようなので、俺は屋上を降りて学食へ行った。

 学食では石神姉妹が大量に喰い尽くし、俺は何も喰えなかった。





 教室に戻ると、胡蝶が手招いていた。
 俺に紙の袋を押し付ける。
 サンドイッチが入っていた。
 買っておいてくれたらしい。

 「どうだったの?」
 「鮫島って奴が絡んで来た」
 「それで?」
 「大人しくなってもらった」
 「ふーん」

 胡蝶がニコニコしている。

 「鮫島って、外道会に兄貴がいるんだよね?」
 「よく知ってるな?」

 俺はサンドイッチを袋から出した。
 フルーツサンドとブルーベリージャムサンドだった。

 「おい、調理系のは無かったのかよ」
 「いいじゃん。磯良に似合ってるよ?」
 「俺は似合うかどうか考えて食事してないよ」
 「そう?」

 腹が減っていたので、仕方なく食べた。

 「あ、美味いな」
 「でしょー!」

 胡蝶が喜んだ。
 本当に美味かった。
 これまで食べて来なかったことを、ちょっと後悔した。
 まあ、普通のハムカツなどの方がいいのだが。

 しばらくしても、救急車も警察も来なかった。
 多分、あいつらが鮫島を運んで行ったのだろう。
 
 「磯良、外道会と揉めるの?」
 「あっちがその気ならな」
 「へぇー」
 「堂前家には迷惑は掛けないよ」
 「それって、全員殺っちゃうってこと?」
 「そうじゃないよ」

 そうなるかもしれない。
 堂前家に火の粉が掛かるのならば。

 「まあ、磯良なら楽勝だよね」
 「やめろって」

 石神姉妹が帰って来た。
 取り巻きの連中が椅子を引いて行く。

 「磯良! さっき学食に来たでしょう!」
 「なんで声を掛けないで行っちゃうのよ!」

 大量に喰ったとは思えないスリムな身で俺に言った。

 「もう何も残ってなかったんで」
 「なんだー! 声を掛けてくれればまだあったのに」
 「今日はレチョンを作ってもらったんだ。だから他の食事があんまり無かったんだよ」
 「レチョン?」

 「フィリピン料理だよ。子豚の丸焼き。まだ頭が残ってたよ?」
 「磯良が行っちゃうからあたしたちで食べちゃったけど」
 「いいですよ」

 そんなもの喰いたくない。
 でも、もしかしたらフルーツサンドのように、意外と美味いのかもしれないが。

 午後の授業を受けて、下校した。




 胡蝶と校門へ向かうと、黒いセンチュリーが停まっていた。
 一目で分かった。

 「胡蝶、早かったようだ」
 「あ、外道会ね」
 「俺から離れろよ」
 「うん」

 俺は一人で歩いて行った。
 三人の一目でヤクザと分かる男が、俺を呼びに来た一年の三人を連れている。
 一年の三人は、酷く顔を腫らしていた。
 俺を指差す。

 「おい、車に乗れ」

 ヤクザの一人が上着をまくって銃を俺に見せた。
 俺は言われるまま、車に乗った。
 顔を腫らした一年の三人は残された。
 不安そうな顔で俺を見ていた。

 俺はヤクザ二人に両側を挟まれた。
 もう銃を抜いている。
 コルト・ガヴァメントだった。
 スライドさせなかったので、もう薬室に弾は入っているのだろう。
 他の銃ならともかく、ガヴァメントにはグリップ・セーフティがある。
 ハンドルを握らない限り、トリガーがロックされるので、薬室に弾を入れてサイドのセーフティを外したままで持ち歩ける。
 軍用銃として長年採用されただけある。

 俺は新宿にある事務所まで連れて行かれた。
 外道会の本部は誰も知らない。
 もしかしたら、そういうものは無いのかもしれない。
 勝手に組を起こしてそれぞれのシマで活動しているとも言われていた。
 まあ、はみ出し者の集団なので、誰も統率出来ないのかもしれない。

 「入れ」
 
 雑居ビルの前で車を降ろされ、俺は背後に三人を従えながら、狭い階段を上がった。
 三階のドアに入るように言われた。
 中には一人の男が立っていた。

 「鮫島さん、連れて来ました」

 さっきの屋上と同じセリフが流れた。
 鮫島という男が俺を睨んでいた。
 当然だが。

 「弟に何をした?」

 声帯を斬りました。

 「おい!」

 鮫島が拳銃を抜いた。
 トリガーに掛かった指に力が入るのを見た。
 指が跳んだ。

 「!」

 右手で握った拳銃はそのままだった。
 大したものだ。

 「うるせぇな。あいつが俺を殺ろうとしたんだ。文句を言うな」
 「てめぇ……」

 「一応な。ちょっとは悪いと思ってんだ。だからあんたは殺さなかった」

 背後で殺気が起きた。
 俺は三人の首を飛ばした。

 「!」

 「お前も死ぬか?」
 「何をした!」
 「見た通りだ」
 
 俺は鮫島の首も飛ばした。
 リノリウムの床に血が溢れた。
 俺は靴が汚れないように急いで部屋を出た。




 早乙女さんに連絡した。
 すぐに早霧さんが迎えに来てくれた。
 
 「磯良! 乗れ!」
 
 白のプリウスだ。
 早霧さんの車だった。

 「大変だったな」
 「いいえ。でも、外道会と関わってしまいました」
 「そうか。まあ、高島平でも狙って来たからな。いっそスッキリ出来るんじゃねぇか?」
 「酷いこと言いますね」
 「お前がやったことに比べたらなぁ!」

 俺たちは笑った。
 
 「アドヴェロス」の本部で早乙女さんが待っていた。

 「磯良、怪我は無いか?」
 「はい、すみません、お手数をお掛けしまして」
 「いいよ。それにしてもいきなりだな」
 「はい、展開が早いですね」

 ヤクザは殺人集団ではない。
 カモから金を引き出そうとするのが、今のヤクザだ。
 しかし、あいつらは一瞬も俺を殺すことに躊躇しなかった。
 最初から俺を殺すつもりだった。
 まあ、屋上に呼び出した鮫島は別だが。
 事務所まで連れて行ったのは、弟の仇を自分で取りたかったという程度のことだろう。
 俺は外道会に狙われている。
 早乙女さんも、今日のことでそれに気付いた。

 「高島平の事件も、最初から磯良を殺すことが目的だったのかもな」
 「そうですね」
 「あの横須賀の事件で邪魔になると思っていたか」
 「それはどうでしょうか」

 俺はソファに座らされ、早乙女さんがコーヒーを淹れてくれた。

 「磯良。ルーちゃんとハーちゃんと親しくなったそうだな」
 「え?」

 話題が変わり過ぎて驚いた。

 「二人から聞いたよ。今度石神が会いたいそうだ」
 「え!」
 「会っておけよ。お前にとってもいいことになると思うぞ」
 「どういうことですか?」

 石神高虎。
 日本の暗黒街を支配する男。
 幾つかの伝説は聞いているが、途轍もなく強く、恐ろしい男だ。

 「俺、ただの高校生ですよ?」
 「?」

 後ろで早霧さんが大笑いしていた。

 「まあ、いいから。そのうちルーちゃんとハーちゃんに誘われるはずだよ」
 「そうなんですか!」
 「いい奴なんだ。優し過ぎるほどにな」
 「はぁ」

 全然イメージが違う。
 しかし、早乙女さんの笑顔を見ると、それは本当のことだと分かる。

 鮫島たちの遺体は、警察がヤクザ同士の抗争で処理するだろうと言われた。
 どうでもいい。
 あいつらは、とっくに人の道を外れていた。
 一目でそれが分かった。
 それこそ、俺が戦っている妖魔に近い。




 鮫島は学校に来なくなった。
 他の取り巻きだった連中は、すっかり大人しくなった。
 俺の顔を見ると、頭を下げて来るのがウザかった。

 鮫島がどこでどうしているのか、知らない。
 俺は翌週、石神姉妹に誘われた。
 自宅で御馳走してくれるそうだ。

 俺はそれを承諾した。
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