アドヴェロスの英雄

青夜

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新宿の焼き肉屋にて

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 新宿の大ガード近くの焼き肉屋で、個室に案内された。

 「石神様! いつもご利用ありがとうございます!」

 店主に愛想よく出迎えられた。
 何も注文する前から、じゃんじゃん大皿に山盛りの肉が持って来られた。
 石神姉妹は躊躇なくどんどん肉を焼き始める。

 「磯良も早霧も好きなだけ食べてな」

 俺の他は、早霧さんだけが付いて来た。
 愛鈴さんたちは、焼肉はどうもと言って帰って行った。
 俺も断りたかったが、石神姉妹が許さなかった。
 仕方なく、ロース肉を焼く。
 しかし、一口食べて感動した。

 「美味いですね!」
 「そうだろう? 俺も石神に最初に連れて来られて驚いたんだ」
 
 早乙女さんは、自分と石神との関係を隠さなくなった。
 まあ、石神姉妹とあれだけ共闘したのだ。
 今更隠すようなことでもないだろう。

 「横須賀の後始末は大変ですね」
 「まあな。今回は特に米軍基地までやられたしな」
 「大丈夫なんですか?」

 俺は米軍から日本政府への抗議があると思った。

 「石神が何とかするだろう。俺は政治の方はさっぱりだしな」
 「「アドヴェロス」への影響はありませんか?」
 「それは大丈夫だろう。むしろ感謝して欲しいよ。仇を討ってやったんだからなぁ」
 「そうですか」

 早乙女さんは普段はのんびりとした優しい人だが、相当な切れ者であることは分かっている。
 今回の大事件も、きっとちゃんと決着の方針はあるのだろう。

 「磯良、はい、テールスープ!」

 ルーが俺の目の前に丼に入ったスープを置いた。
 誰も注文していないのに、ちゃんと人数分来た。

 「うめぇ!」
 
 早霧さんが感動している。
 俺も一口飲み、出汁の効いた濃厚なスープに驚いた。

 「ね、美味しいでしょ?」
 
 ルーがニコニコしている。
 
 「はい、これはいいですね」
 「ね!」

 何故か石神姉妹は食べながら時々殴り合っていた。
 俺と早霧さんが驚いていると、早乙女さんはいつもの「食べ方」だから気にするなと言った。
 そして、二人が育てた肉には絶対に手を出すなと警告される。
 石神姉妹はビールを飲み始めた。
 未成年なのだが、早乙女さんはまったく止める気配はない。

 「おい、警察官の前だぞ」
 「ああ、磯良。この二人は「超高校生」だから」
 「はい?」

 俺は二人の姉・石神亜紀も高校生の時から飲んでいたのだと聞いた。

 「ルーちゃんとハーちゃんには、いろいろとあるんだよ」
 「はぁ」

 早乙女さんは、少し石神家との関りを教えてくれた。

 「石神はね、俺の父親と姉の仇を討ってくれたんだ。その仇が妖魔化していてね。俺だけでは絶対に果たせなかった」
 「そうなんですか」
 「それ以来の付き合いなんだよ。俺に警察内に「対妖魔部隊」を設立するように言ったのも石神だったんだ」
 「それじゃ!」
 「ルーちゃんとハーちゃんにも、いろいろとお世話になってる。「アドヴェロス」だけでは対応できない事件の場合、昔から手伝ってもらってるんだ」
 
 俺と早霧さんが驚いた。

 「石神さんって、日本の裏社会の頂点ですよね?」
 「まあね。磯良のとこの吉住連合も、石神には逆らわないだろ?」
 「はい。稲城会の潰され方は衝撃でしたからね」
 
 「ヤクザだけじゃないよ」
 「ニューヨークのジャンニーニさんはタカさんの親友だしね」
 「そっから他のマフィアも支配下に入ってるし」
 「えぇ!」
 
 マフィアのことは詳しくないが、ニューヨークを締める一家ならば、相当な規模だろう。
 話した石神姉妹はクロスカウンターを決めながらクスクスと笑っていた。

 「小島将軍も協力してくれてるしね!」
 「楽しいおじいちゃんだよね!」
 「!」

 小島巌。
 戦後の日本の政界と裏社会を動かして来た超大物だ。
 
 「まあ、あんまりそういう話はな。俺たちは警察官として、日本の治安を守ることに専念すればいいんだ」
 「「はーい!」」

 俺は石神一家の想像を絶する規模に驚いていた。
 力だけでのし上がった人間では無い。
 石神高虎という人物に会ってみたくなった。





 「はい、298万円です!」
 「きょ、今日は少食だったね」
 「ニッキュッパだぁ!」

 石神姉妹が喜んで言った。
 俺と早霧さんは何も言うことが出来なかった。
 ただ、早乙女さんに自分たちの分を払うと言ったが、断られた。

 「ああ、俺も本当はちょっとお金を持ってるんだよ」
 「そうなんですか?」
 「副業でさ、漫画の原作なんか書いてて」
 「「エェー!」」

 早霧さんとまた驚いた。
 今日はもう驚きまくりだ。

 「ほら、『サーモン係長』って知ってるかな?」
 「「はい!」」

 有名な人気漫画だ。

 「アレの原作者って、実は俺。これも石神の縁なんだけどね」
 「そうなんですか!」
 「他にもちょっとね。だから心配しないでいいよ。まあ、流石に毎日こんな食事は出来ないけどね」
 「「ワハハハハハハ!」」

 石神姉妹が大笑いした。
 俺たちはビルの下で解散し、早乙女さんは石神姉妹と同じタクシーに乗って帰った。




 横須賀の惨劇はニュースでも話題になっていた。
 妖魔関連事件としては、過去にない大規模なものになる。
 警察との協定で、許可なく現場にマスコミが入ることはない。
 しかし、望遠で撮ったらしい映像は、衝撃的だ。
 倒壊した無数のビル、夥しい血痕。
 速やかに遺体は回収されたが、それでも惨状は明らかだった。

 電話を確認すると、胡蝶からのものが幾つも入っていた。
 俺は電話した。

 「磯良! ああ、無事だったのね!」
 「大丈夫だよ」
 「良かった! あ、帰蝶姉さんに替わるね」
 「磯良! どこも怪我な無い?」
 「大丈夫ですよ。でもご心配をお掛けしました」
 「うん、びっくりしたよ! あんなに大規模な攻撃は初めてでしょ?」
 「そうですね。でも海外ではもっと」
 「何言ってるの! 磯良が大事なんだから!」
 「すいません」
 
 俺はしばらく二人と話さなければならなかった。
 でも、俺の身を心配してのことだったので、邪険にも出来なかった。
 
 「明日、二人で行くから!」
 「え?」
 「無事な磯良を確認するまで安心できない!」
 「いや、それはちょっと」
 「行くからね!」
 「はい」

 無理矢理承諾させられてしまった。
 流石に明日はのんびりとしたかったのだが。
 まあ、あの二人ならば仕方が無い。

 俺はすぐに風呂に入り、ベッドに潜り込んだ。
 
 急激に眠気が襲ってくる。
 そういえば、明日の時間を決めていなかったことを思い出したが、俺はそのまま落ちた。
 夢も見ずに、ぐっすりと眠った。
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