アドヴェロスの英雄

青夜

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ミート・デビル

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 教室に入ると、胡蝶が傍に来た。
 挨拶をし、胡蝶が俺の耳元で囁く。

 「石神姉妹がね、放課後に食事をしないかって誘われてるの」
 「なんで?」
 「昨日、昼食に誘ったお礼だって」
 「なんなんです?」
 「ほら、学食で私たちが叱られたじゃん」
 「まあ」
 「だからだってさ。お礼とお詫び」
 「はぁ」

 よく分からないが、とにかく一緒に食事をしたいらしい。
 面倒だ。

 「俺はいいですよ。胡蝶さんはどうぞ。胡蝶はあの二人に興味があるんでしょう?」
 「何言ってるのよ! 磯良が目的に決まってるじゃない!」
 「俺は興味が無いって言うか、断りたいですね」
 「ダメよ! あの石神姉妹なのよ! 断れるわけないじゃない!」
 「はぁ」

 抵抗は無駄なようだった。
 俺の意志は関係無いらしい。
 
 「分かりましたよ。でも早乙女さんから連絡があったらダメですからね」
 「うん、分かった。あっちにも伝えとく」

 胡蝶が石神姉妹に話し掛けてから自分の席に戻った。
 石神姉妹を見ると、二人は黙って座って本を読んでいた。
 瑠璃の読んでいるものは分からなかったが、玻璃の方は分かる。
 でかい図版で『ネッター解剖学アトラス』と書いてある。
 俺も持っている。
 しかもフルセット版だ。
 解剖学の資料として非常に定評があり、外科医の必需品とも言われている。
 俺の目的は陰惨なものだが、玻璃の目的もそう離れてはいないと感じた。
 人体の構造を理解し、効率よく「様々なこと」をするためだ。

 


 その日も胡蝶に誘われて学食に行った。
 胡蝶も自分の弁当を持って来ていた。
 多分、帰蝶さんが作ったものだ。
 品の良いおかずと詰め方で分かる。
 胡蝶はもうちょっと大雑把だ。

 石神姉妹がまた来ていた。
 但し、今日は学食のメニューではない。
 30人前の寿司桶がふたつずつ重なっている。
 取り巻きの連中も一緒に周囲で食べている。
 取り巻きは5人前だ。
 よく食べる連中だ。

 それに、とにかく金のある二人だった。
 あれでは安いネタだとしても、100万円を超える金額になるはずだ。
 実際には安いチェーン店の桶ではない。
 だったら、本当に幾らになることか。
 俺が見ていることに気付き、瑠璃と玻璃が手を振って来た。
 俺も何となく、頭を少し下げた。




 体育の授業があった。
 男子はサッカーで、女子は陸上競技のようだった。

 100メートルのタイムを計っている。
 何気なく見ると、石神姉妹が走ろうとしている。

 「石神! 真面目にやれ!」

 体育教師に注意されている。
 他の女子がクラウチングスタートの構えをしているのに、石神姉妹は背中を向けている。
 教師の注意を無視しているので、仕方なくそのままスタートした。

 速い。

 他の女子を圧倒的な差で引き離し、ゴールした。
 後ろ向きのままで走っていた。

 「7秒65!」

 同時にゴールした石神姉妹のタイムらしかった。

 「「ニャハハハハハハ!」」

 石神姉妹が笑っていた。
 全員が驚愕していた。
 体育教師が叫びながら、ゴールの二人に駆けて行った。




 放課後。
 美しいブルーのベントレー・リムジンが校門の前に停まっていた。
 俺と胡蝶は石神姉妹と一緒に玄関を出たが、もうその車が誰を待っているのかが分かった。
 何故か、ルーフに何かの金属製の大きなネコの彫像が乗っている。

 「俺はバイクがあるから」
 「いいじゃない、一日くらい。今日はあれに乗って」
 
 瑠璃からそう言われた。
 乗りたくない。

 「磯良、行きましょう」

 胡蝶が俺の手を握った。
 胡蝶も一人であんな車に乗るのは嫌なのだろう。
 仕方が無い。

 石神姉妹が運転席側に座り、俺と胡蝶は後部の座席に座る。
 恐ろしくクッションの効いたシートに身体が沈み込む。
 内装も特注なのだろうと思った。
 向かい合わせになっている。

 「じゃあ、行って」

 瑠璃が声を掛けると、若い運転手は黙って車を出した。

 「どこに行くの?」
 
 胡蝶が聞いた。

 「ミート・デビルよ?」
 「え! あそこ人気店だから、予約もなかなか取れないんじゃ!」
 「大丈夫。ちゃんと確保してあるから」
 「えぇー!」

 ミート・デビルは本格的なアメリカンステーキを出す店として有名だ。
 芸能人たちもよく出入りしている。
 いつも予約席は埋まっており、一般席を待つ人間が長蛇の列を作っている。
 来日したアメリカ大統領や、各国のVIPもよく利用しているらしい。



 店に着くと、ブラックスーツを着た男が俺たちを出迎えた。

 「お待ちしておりました、オーナー」
 「ゲェッーーーー!」

 胡蝶が叫んだ。

 「山内、じゃあまた後で」

 玻璃が運転手に声を掛け、運転手は頷いて車を駐車場へ入れた。
 専用のものらしい。

 石神姉妹がさっさと店に入るので、俺と胡蝶もその後を付いて歩いた。
 3階の窓際のテーブル席に付く。
 説明されなくても、VIP席なのが分かる。

 「あなたたち! ここのオーナーなの?」
 「そうだけど?」
 「なんで!」
 「なんでって。私たちが買収したんだけど」
 「だって、物凄い人気店じゃない!」
 「うん。私たちがそうしたんだよ?」
 「買収した頃は酷かったよね」
 「そうそう、もう閑古鳥もいなかったわ」

 瑠璃と玻璃が交互に応えていた。
 胡蝶は何かを諦め、椅子の背に身体を預けた。

 「瑠璃さんと玻璃さんは」

 俺が話すと手で制された。

 「磯良。親しい人は私たちを「ルー」と「ハー」って呼ぶの。あなたたちもそう呼んで欲しいな」
 「え、ええ」

 俺のことは、もう呼び捨てだった。
 しかし、どうして俺と親しくしたがる?

 「ええと、ルーとハーは、お金持ちなのかな?」
 「うん、そうだね」

 何の衒いもなくそう言われた。

 「さっきのロールスロイスも、自分で買ったの?」
 「そうだけど?」
 「高校生がどうして」
 「まー、そこはちょっと秘密かな。資金運用は得意なんだ」
 「そうなんだ」

 二人が一瞬見詰め合った。
 それだけで、意思疎通が出来るようだった。

 「小学生の時にね。タカさんに貰ってたお小遣いを貯めて、株を始めたの。数学的に解析してからね。非線形数学だって分かってからは、上手く行ったって感じかな」
 「へぇー」
 「今は幾つか会社を持ってるの。詳しくは言えないけどね。一つだけ、「RUH=HER」は私たちのブランド」
 
 「あ、あの! アニマル・ヘッド・ショルダーの!」

 胡蝶がまた叫ぶ。

 「そうだよ。あのデザインも私たちでやったの」
 「トリケラ商会がいい仕事したよねー」

 「そ、そうか! 「ルー」と「ハー」なんだ!」
 「「アハハハハ!」」

 


 料理が運ばれて来た。
 当然、ステーキだ。

 「好きなだけ食べてね」
 「ストップって言うまで来るからね」

 石神姉妹の前には、三枚ずつ皿が置かれた。
 食べ始めると、早い。
 数分後には二人とも全部食べ終え、タイミング良く次の皿がまた三枚来た。
 店の人間も慣れていることが分かる。
 俺と胡蝶は驚きながら、食べた。

 「あ、ワインとか飲みたかったら注文してね」
 「ここなら、煩いこと言う人はいないから」

 俺は断った。
 俺と胡蝶が食べ終わっても、まだルーとハーは食べ続けていた。

 「私たちもねー」
 「うん。ちゃんと他人と普通の食事が出来るようになったよねー」

 全然普通じゃない。

 後から来る皿は、明らかに肉の厚さが違った。
 多分、一枚一キロだ。
 焼くのに時間が掛かるので、最初には出なかったのだろう。

 二人で30皿食べて、漸く食事が終わった。

 「お二人は、本当にそれだけでいいの?」

 ルーに聞かれた。

 「俺たちはもう、これで。さっき昼食も食べたしね」
 「えー、私たちも食べたけど?」
 「アハハハハ」

 なんなんだ、こいつら。

 食後のコーヒーとバニラアイスが来た。

 「磯良は早乙女さんの下で働いてるんだよね?」
 「え?」
 「隠さなくてもいいよ。まあ、心配なら早乙女さんに聞いてみて。私たちに仕事の話をしていいかどうか」
 「……」

 「私たちもね、早乙女さんを知ってるの」
 「そうなんですか」
 
 その日は、この話はそこで終わった。

 


 俺と胡蝶は家まで送ってもらった。
 石神姉妹について調べなければと考えていた。
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