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早乙女さん
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翌朝。
俺はハーレーに跨って学校へ向かった。
俺の通う都立筑紫野高校には、特別な制度というか暗黙のルールがある。
「1組制度」と呼ばれるものだが、学年のトップの成績者を集めた「1組」の生徒には、多大な恩恵があるのだ。
服装規範は適用されず、したいのなら金髪に髪を染め、私服で登校しても許される。
特にその中でも成績が学年トップ10に入ると、登校の必要さえない。
テストさえ受けてトップの成績を維持すれば、あとは自由だ。
要は、成績が全ての学校なのだ。
俺がバイクで通っていることも、「1組制度」により黙認されている。
もちろん法に触れることはダメだが、俺は一応法的にも免除されている。
公安の早乙女さんが、俺の「任務」上の必要性で特別措置的に便宜を図ってくれた。
俺も胡蝶も学年トップ5に入っているので、中間テストでヘマをしなければ、今の「1組制度」の最高自由度を維持出来る。
入学試験で同率1位は石神姉妹だ。
全科目満点という、過去に一人しかいない快挙だ。
その一人は、石神姉妹の姉、石神亜紀らしいのだが。
俺は小学六年生の時に、公安警察官の早乙女久遠(くおん)さんに誘われ、対妖魔特殊部隊「アドヴェロス」に入った。
当時は新興宗教団体「太陽界」のテロがあり、妖魔化した連中が相手だった。
妖魔の身体の一部が添加された「デミウルゴス」という麻薬によるものだった。
俺にとっては何のこともない敵だったが、早乙女さんは常に俺の傍について、一緒に任務をこなしていった。
早乙女さんはいつも俺のことを心配し、気に掛け、何度も「子どもの君にこんなことを」と嘆いていた。
優しい人だった。
やはり、龍子さんが見込んだ人だった。
俺は難なく仕事をこなしていったが、早乙女さんはいつだって俺を守ろうとしていた。
そのために、早乙女さん自身が危ない目にもあっていた。
でも、その度に早乙女さんは、俺が無事なことを喜んでいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれは俺が中学1年の夏。
俺は早乙女さんと一緒に埼玉県秩父の廃工場に出掛けた。
白のライトエースだ。
「今回は随分と広い場所なんだ」
「はい」
「ターゲットの妖魔は結構でかいらしい。体長10メートルを超えるらしいよ。トロールタイプ。それにこちらは初めてなんだけど、ダークエンジェルタイプと名付けたものがいる」
「それはどういうものなんですか?」
「まだ能力は未知だ。ただ、遠距離攻撃が出来るらしい。黒い羽のある形で、熱線系の何らかのエネルギーを発射する」
「分かりました」
「今回は一応俺も武器を持って来た」
「え?」
「対物ライフルだ。親友から借りているものなんだよ」
「でも、早乙女さんは」
「大丈夫だ。俺の親友が貸してくれたものなんだ。きっと役に立つよ」
「そうですか。でも無理しないで下さいね」
「ああ」
早乙女さんは、よく「親友」と言う。
どういう人かは知らないが、早乙女さんが相当信用している人らしい。
それに、結構伝手のある人のようで、対物ライフルなんてものまで用意出来るらしい。
謎の人だ。
しかし、早乙女さんが信頼する人なのだから、悪い人間であるはずがない。
俺はそう思っていた。
早乙女さんは「親友」と口にする時、嬉しそうな顔をする。
「着いたよ」
「はい」
早乙女さんは後ろの荷台から大きなバレットM82という対物ライフルを取り出した。
「ああ、懐かしいな」
「え?」
「ここじゃないんだけどね。親友と初めて一緒に戦ったのが、秩父のセメント工場だったんだ」
「そうなんですか」
二人で敷地に入った。
作戦も何もない。
「何か感じるかい?」
「はい。建物の中ですね。大きな気配がトロールタイプでしょうね。もう一体は、ちょっとまだ」
「そうか」
俺は大きな建屋を指差した。
「あの中です」
「じゃあ、行こうか」
いつものように、二人で近づく。
早乙女さんは、もう俺の能力を信頼してくれ、真直ぐに近づいても何も言わない。
建屋の入り口に着いた。
扉は無く、高さ10メートルの何もない入り口が開いている。
トロールタイプが目の前に立っていた。
俺は「無影刀」で首を落とした。
その瞬間、奥の壁で何かが動いた。
早乙女さんが俺を突き飛ばす。
赤い光が早乙女さんに当たった。
同時に激しい熱で、俺は目を閉じた。
「早乙女さん!」
俺の油断だった。
早乙女さんは赤い光をまともに浴びた。
高熱の光線だ。
目を開けると早乙女さんは、何事も無かったかのように立っており、M82を構えて熱線が来た方向を撃った。
轟音で、今度は耳が痛い。
「磯良! あっちだ! 見えるか?」
俺は早乙女さんが指さす方向を向いた。
「無限斬」でその周囲を切り裂いた。
《ギェェェェ!》
気味の悪い絶叫が聞こえ、やがて沈黙した。
俺はすぐに早乙女さんに駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「ああ。磯良は大丈夫か?」
「はい! すみませんでした! 油断しました!」
早乙女さんは、笑って俺の身体の土ぼこりをはたいてくれた。
「君が無事で良かった。ごめんね、急なことなんで突き飛ばしてしまって」
「いいえ! お陰で助かりました。でも、早乙女さんは確かに撃たれたと思ってました」
「うん。親友が用意してくれた防御機構があってね。それで助かったよ」
「そうなんですか!」
どのような防衛機構かは分からない。
でも、あの凄まじい熱線を浴びて無事なのだから、相当なものだ。
「でも無理しないで下さいね。本当に肝が冷えましたよ」
早乙女さんが俺の頭を撫でた。
俺も身長は低い方では無いが、190センチ近い早乙女さんはずっと高い。
「ありがとう、磯良。うん、気を付けるよ」
「お願いします」
本当に気を付けて欲しい。
でも、早乙女さんが身を挺して自分を守ってくれたことは感謝している。
「じゃあ、うちに寄って行けよ」
「いいんですか!」
「もちろんだ」
早乙女さんは最近、任務が終わると自宅へ誘ってくれていた。
最初は遠慮したかった。
他人と一緒に食事をすることが苦手だった。
でも、早乙女さんのお宅で奥さんの雪野さんが作る美味しい手料理、そして二人の優しく俺に接してくれることに、いつしか俺自身が楽しみにするようになっていた。
小さな子どもたちもカワイイ。
俺が嫌いなはずの、賑やかな食卓。
何が俺を変えたのか。
それはよく分かっている。
早乙女さんの、底知れぬ優しさだ。
雪野さんの温かな優しさだ。
何かを斬ることしか出来ない、本来は恐ろしいだけの俺という人間を、心から優しく接してくれている。
俺の周りは、そんな人ばかりだ。
ただ、あの豪華過ぎる家にだけは、未だに慣れていない。
なんなんだ、あの豪邸という言葉では到底足りないような「城」は。
俺はハーレーに跨って学校へ向かった。
俺の通う都立筑紫野高校には、特別な制度というか暗黙のルールがある。
「1組制度」と呼ばれるものだが、学年のトップの成績者を集めた「1組」の生徒には、多大な恩恵があるのだ。
服装規範は適用されず、したいのなら金髪に髪を染め、私服で登校しても許される。
特にその中でも成績が学年トップ10に入ると、登校の必要さえない。
テストさえ受けてトップの成績を維持すれば、あとは自由だ。
要は、成績が全ての学校なのだ。
俺がバイクで通っていることも、「1組制度」により黙認されている。
もちろん法に触れることはダメだが、俺は一応法的にも免除されている。
公安の早乙女さんが、俺の「任務」上の必要性で特別措置的に便宜を図ってくれた。
俺も胡蝶も学年トップ5に入っているので、中間テストでヘマをしなければ、今の「1組制度」の最高自由度を維持出来る。
入学試験で同率1位は石神姉妹だ。
全科目満点という、過去に一人しかいない快挙だ。
その一人は、石神姉妹の姉、石神亜紀らしいのだが。
俺は小学六年生の時に、公安警察官の早乙女久遠(くおん)さんに誘われ、対妖魔特殊部隊「アドヴェロス」に入った。
当時は新興宗教団体「太陽界」のテロがあり、妖魔化した連中が相手だった。
妖魔の身体の一部が添加された「デミウルゴス」という麻薬によるものだった。
俺にとっては何のこともない敵だったが、早乙女さんは常に俺の傍について、一緒に任務をこなしていった。
早乙女さんはいつも俺のことを心配し、気に掛け、何度も「子どもの君にこんなことを」と嘆いていた。
優しい人だった。
やはり、龍子さんが見込んだ人だった。
俺は難なく仕事をこなしていったが、早乙女さんはいつだって俺を守ろうとしていた。
そのために、早乙女さん自身が危ない目にもあっていた。
でも、その度に早乙女さんは、俺が無事なことを喜んでいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれは俺が中学1年の夏。
俺は早乙女さんと一緒に埼玉県秩父の廃工場に出掛けた。
白のライトエースだ。
「今回は随分と広い場所なんだ」
「はい」
「ターゲットの妖魔は結構でかいらしい。体長10メートルを超えるらしいよ。トロールタイプ。それにこちらは初めてなんだけど、ダークエンジェルタイプと名付けたものがいる」
「それはどういうものなんですか?」
「まだ能力は未知だ。ただ、遠距離攻撃が出来るらしい。黒い羽のある形で、熱線系の何らかのエネルギーを発射する」
「分かりました」
「今回は一応俺も武器を持って来た」
「え?」
「対物ライフルだ。親友から借りているものなんだよ」
「でも、早乙女さんは」
「大丈夫だ。俺の親友が貸してくれたものなんだ。きっと役に立つよ」
「そうですか。でも無理しないで下さいね」
「ああ」
早乙女さんは、よく「親友」と言う。
どういう人かは知らないが、早乙女さんが相当信用している人らしい。
それに、結構伝手のある人のようで、対物ライフルなんてものまで用意出来るらしい。
謎の人だ。
しかし、早乙女さんが信頼する人なのだから、悪い人間であるはずがない。
俺はそう思っていた。
早乙女さんは「親友」と口にする時、嬉しそうな顔をする。
「着いたよ」
「はい」
早乙女さんは後ろの荷台から大きなバレットM82という対物ライフルを取り出した。
「ああ、懐かしいな」
「え?」
「ここじゃないんだけどね。親友と初めて一緒に戦ったのが、秩父のセメント工場だったんだ」
「そうなんですか」
二人で敷地に入った。
作戦も何もない。
「何か感じるかい?」
「はい。建物の中ですね。大きな気配がトロールタイプでしょうね。もう一体は、ちょっとまだ」
「そうか」
俺は大きな建屋を指差した。
「あの中です」
「じゃあ、行こうか」
いつものように、二人で近づく。
早乙女さんは、もう俺の能力を信頼してくれ、真直ぐに近づいても何も言わない。
建屋の入り口に着いた。
扉は無く、高さ10メートルの何もない入り口が開いている。
トロールタイプが目の前に立っていた。
俺は「無影刀」で首を落とした。
その瞬間、奥の壁で何かが動いた。
早乙女さんが俺を突き飛ばす。
赤い光が早乙女さんに当たった。
同時に激しい熱で、俺は目を閉じた。
「早乙女さん!」
俺の油断だった。
早乙女さんは赤い光をまともに浴びた。
高熱の光線だ。
目を開けると早乙女さんは、何事も無かったかのように立っており、M82を構えて熱線が来た方向を撃った。
轟音で、今度は耳が痛い。
「磯良! あっちだ! 見えるか?」
俺は早乙女さんが指さす方向を向いた。
「無限斬」でその周囲を切り裂いた。
《ギェェェェ!》
気味の悪い絶叫が聞こえ、やがて沈黙した。
俺はすぐに早乙女さんに駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「ああ。磯良は大丈夫か?」
「はい! すみませんでした! 油断しました!」
早乙女さんは、笑って俺の身体の土ぼこりをはたいてくれた。
「君が無事で良かった。ごめんね、急なことなんで突き飛ばしてしまって」
「いいえ! お陰で助かりました。でも、早乙女さんは確かに撃たれたと思ってました」
「うん。親友が用意してくれた防御機構があってね。それで助かったよ」
「そうなんですか!」
どのような防衛機構かは分からない。
でも、あの凄まじい熱線を浴びて無事なのだから、相当なものだ。
「でも無理しないで下さいね。本当に肝が冷えましたよ」
早乙女さんが俺の頭を撫でた。
俺も身長は低い方では無いが、190センチ近い早乙女さんはずっと高い。
「ありがとう、磯良。うん、気を付けるよ」
「お願いします」
本当に気を付けて欲しい。
でも、早乙女さんが身を挺して自分を守ってくれたことは感謝している。
「じゃあ、うちに寄って行けよ」
「いいんですか!」
「もちろんだ」
早乙女さんは最近、任務が終わると自宅へ誘ってくれていた。
最初は遠慮したかった。
他人と一緒に食事をすることが苦手だった。
でも、早乙女さんのお宅で奥さんの雪野さんが作る美味しい手料理、そして二人の優しく俺に接してくれることに、いつしか俺自身が楽しみにするようになっていた。
小さな子どもたちもカワイイ。
俺が嫌いなはずの、賑やかな食卓。
何が俺を変えたのか。
それはよく分かっている。
早乙女さんの、底知れぬ優しさだ。
雪野さんの温かな優しさだ。
何かを斬ることしか出来ない、本来は恐ろしいだけの俺という人間を、心から優しく接してくれている。
俺の周りは、そんな人ばかりだ。
ただ、あの豪華過ぎる家にだけは、未だに慣れていない。
なんなんだ、あの豪邸という言葉では到底足りないような「城」は。
応援ありがとうございます!
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