量子を操る俺は、異世界を蹂躙する そうなるまでは大分苦労したけど

青夜

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シーア

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 目が覚めると、『黄金の乙女』の拠点だった。

 何度か泊めてもらったことがある、客室のベッドだ。



 「トラが目を覚ました!」
 キースが叫んだ。

 ヤンドラとニアン、そしてニアンに肩を貸してもらっているシーアさん。

 「シーア、言った通りだろう! ちゃんとトラは生き延びた」
 「うん」

 シーアが顔を抱きしめてくる。
 温かいものが、頬に伝わってくる。

 「バカ、あたしなんかのために」

 それ以上は言葉にならなかった。
 子どものように、シーアさんは泣いた。

 他の三人も目を拭いながら笑ってくれる。




 あの日の状況を、ニアンが教えてくれた。

 「シーアをギルドに頼んで、すぐに強い奴らを集めて助けに戻ったんだ。そうしたら、お前の前でレッドキマイラが死んでるし、お前は手足を喰われてぐったりしてるし。驚いたなんてもんじゃなかったよ」

 「そうですか」

 「とにかくお前を担いで急いで街に戻って、ギルドでシーアと同じように治療師に手当てしてもらった。でも血を流しすぎてたから、本当に危ないところだったんだ」

 「ありがとうございました」

 「あのレッドキマイラは、やっぱりお前が倒したのか?」
 「すいません。よく覚えてなくて」

 「そうだよなぁ。お前が倒せるはずもない。でも誰かがやったんなら、瀕死のお前を放っておくなんて考えられないし」


 冒険者同士は、いがみ合うこともあるが、基本は助け合いだ。

 自分たちに危険が無い場合は、絶対に見捨てることはない。




 一週間もすると、杖をついて歩けるようになった。
 傷口が丁寧に治療されていたためだ。

 シーアさんも日常生活に戻り、それからは付きっ切りで看病してくれた。


 「長い間お世話になりました。もう傷も治りましたので、出て行きます」

 そう言うと、シーアさんが怒り出した。

 「何言ってんの! そんな身体で何しようって言うのさ!」

 「いえ、でもいつまでもここにいるわけには」

 「バカ! あんたの面倒くらいあたしが見るよ!」

 寝てろと言われ、おとなしくベッドに横になる。



 下の食堂で話し合う声が聞こえる。

 シーアさんを他の三人が諌めている。



 「あんたの気持ちは分かるけどさ。あんただって今回の治療費で蓄えのほとんどを無くしたじゃないか」
 「そうだよ! トラに助けられたのはあたしたちも同じだから、トラの治療費はみんなで負担したけど。だけどあたしたちだって、結構な金額を払った。今は『黄金の乙女』は金欠だよ」

 「でも、トラはあんな身体じゃ、生きて行けないよ」

 「そりゃどうだけどさ。でも、冒険者になったからには、こういうことだってある。あんたも散々見てきただろ?」


 シーアさんは、三人に説得されなかった。
 最後にはパーティを抜けるとまで言い出した。
 それで三人の方が折れた。




 家の中のことを、多少やらせてもらった。
 大したことは出来ない。
 掃除と片付け、それにほんの少し装備の手入れ。

 シーアさんの部屋に引き取られ、同じベッドに寝た。
 シーアさんの甘い香りが、幸せというものを感じさせてくれた。

 風呂にも一緒に入った。
 片手で身体を洗うのが困難だったからだ。
 シーアさんの裸を見るのが申し訳なかった。



 『黄金の乙女』はよく働いた。
 特にシーアさんは居候を養うために、無理をすることもあったようだ。

 よく傷を負って帰ってきた。
 
 「すぐに手当てを」
 「大丈夫だよ。すぐに治るさ」
 いつも優しく笑ってくれた。



 ある貴族の依頼を受けるため、四人は離れた貴族の領地へ向かうと言った。

 「トラ、しばらく帰れないから、これで食事をしていてくれ」
 シーアさんが銀貨を何枚も手渡してくる。

 情けないが、それを受け取るしかなかった。


 四人が出発して、三週間が経った。

 二週間ほどで戻る予定だった。

 節約していたので、まだお金には余裕はある。
 しかし、何の連絡も無いのはおかしい。


 ギルドで何か情報が無いか聞いてみた。



 「ああ、あの貴族か。あんまり良い噂は聞かないな」

 数少ない顔見知りのベテラン冒険者に聞いた。

 「若い獣人の女を囲いたがる奴らしいよ。あんまり言いたくはないけど、『黄金の乙女』は結構粒ぞろいだからなぁ」



 すぐに定期馬車を探した。

 貴族の領地へは二日かかる。
 馬車代はギリギリだった。




 貴族の屋敷は街の中心にあり、すぐに分かった。

 まずこの街のギルドへ向かった。

 『黄金の乙女』の情報を求めたところ、年配のギルド職員が教えてくれた。

 「依頼は問題なく達成したんだけどね。その後で領主の屋敷に呼ばれて、その後は「知らない」んだ」
 それが答えだった。
 ギルド職員の表情が、すべてを教えてくれた。


 すぐに貴族の屋敷へ向かった。
 自分の中で、また大きな渦が回り始めた。
 激しい怒りが、その渦によってさらに大きく燃え上がって行く。







 俺は「俺」になった。
 喪った手足は、元に戻っていた。
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