9 / 10
シーア
しおりを挟む
目が覚めると、『黄金の乙女』の拠点だった。
何度か泊めてもらったことがある、客室のベッドだ。
「トラが目を覚ました!」
キースが叫んだ。
ヤンドラとニアン、そしてニアンに肩を貸してもらっているシーアさん。
「シーア、言った通りだろう! ちゃんとトラは生き延びた」
「うん」
シーアが顔を抱きしめてくる。
温かいものが、頬に伝わってくる。
「バカ、あたしなんかのために」
それ以上は言葉にならなかった。
子どものように、シーアさんは泣いた。
他の三人も目を拭いながら笑ってくれる。
あの日の状況を、ニアンが教えてくれた。
「シーアをギルドに頼んで、すぐに強い奴らを集めて助けに戻ったんだ。そうしたら、お前の前でレッドキマイラが死んでるし、お前は手足を喰われてぐったりしてるし。驚いたなんてもんじゃなかったよ」
「そうですか」
「とにかくお前を担いで急いで街に戻って、ギルドでシーアと同じように治療師に手当てしてもらった。でも血を流しすぎてたから、本当に危ないところだったんだ」
「ありがとうございました」
「あのレッドキマイラは、やっぱりお前が倒したのか?」
「すいません。よく覚えてなくて」
「そうだよなぁ。お前が倒せるはずもない。でも誰かがやったんなら、瀕死のお前を放っておくなんて考えられないし」
冒険者同士は、いがみ合うこともあるが、基本は助け合いだ。
自分たちに危険が無い場合は、絶対に見捨てることはない。
一週間もすると、杖をついて歩けるようになった。
傷口が丁寧に治療されていたためだ。
シーアさんも日常生活に戻り、それからは付きっ切りで看病してくれた。
「長い間お世話になりました。もう傷も治りましたので、出て行きます」
そう言うと、シーアさんが怒り出した。
「何言ってんの! そんな身体で何しようって言うのさ!」
「いえ、でもいつまでもここにいるわけには」
「バカ! あんたの面倒くらいあたしが見るよ!」
寝てろと言われ、おとなしくベッドに横になる。
下の食堂で話し合う声が聞こえる。
シーアさんを他の三人が諌めている。
「あんたの気持ちは分かるけどさ。あんただって今回の治療費で蓄えのほとんどを無くしたじゃないか」
「そうだよ! トラに助けられたのはあたしたちも同じだから、トラの治療費はみんなで負担したけど。だけどあたしたちだって、結構な金額を払った。今は『黄金の乙女』は金欠だよ」
「でも、トラはあんな身体じゃ、生きて行けないよ」
「そりゃどうだけどさ。でも、冒険者になったからには、こういうことだってある。あんたも散々見てきただろ?」
シーアさんは、三人に説得されなかった。
最後にはパーティを抜けるとまで言い出した。
それで三人の方が折れた。
家の中のことを、多少やらせてもらった。
大したことは出来ない。
掃除と片付け、それにほんの少し装備の手入れ。
シーアさんの部屋に引き取られ、同じベッドに寝た。
シーアさんの甘い香りが、幸せというものを感じさせてくれた。
風呂にも一緒に入った。
片手で身体を洗うのが困難だったからだ。
シーアさんの裸を見るのが申し訳なかった。
『黄金の乙女』はよく働いた。
特にシーアさんは居候を養うために、無理をすることもあったようだ。
よく傷を負って帰ってきた。
「すぐに手当てを」
「大丈夫だよ。すぐに治るさ」
いつも優しく笑ってくれた。
ある貴族の依頼を受けるため、四人は離れた貴族の領地へ向かうと言った。
「トラ、しばらく帰れないから、これで食事をしていてくれ」
シーアさんが銀貨を何枚も手渡してくる。
情けないが、それを受け取るしかなかった。
四人が出発して、三週間が経った。
二週間ほどで戻る予定だった。
節約していたので、まだお金には余裕はある。
しかし、何の連絡も無いのはおかしい。
ギルドで何か情報が無いか聞いてみた。
「ああ、あの貴族か。あんまり良い噂は聞かないな」
数少ない顔見知りのベテラン冒険者に聞いた。
「若い獣人の女を囲いたがる奴らしいよ。あんまり言いたくはないけど、『黄金の乙女』は結構粒ぞろいだからなぁ」
すぐに定期馬車を探した。
貴族の領地へは二日かかる。
馬車代はギリギリだった。
貴族の屋敷は街の中心にあり、すぐに分かった。
まずこの街のギルドへ向かった。
『黄金の乙女』の情報を求めたところ、年配のギルド職員が教えてくれた。
「依頼は問題なく達成したんだけどね。その後で領主の屋敷に呼ばれて、その後は「知らない」んだ」
それが答えだった。
ギルド職員の表情が、すべてを教えてくれた。
すぐに貴族の屋敷へ向かった。
自分の中で、また大きな渦が回り始めた。
激しい怒りが、その渦によってさらに大きく燃え上がって行く。
俺は「俺」になった。
喪った手足は、元に戻っていた。
何度か泊めてもらったことがある、客室のベッドだ。
「トラが目を覚ました!」
キースが叫んだ。
ヤンドラとニアン、そしてニアンに肩を貸してもらっているシーアさん。
「シーア、言った通りだろう! ちゃんとトラは生き延びた」
「うん」
シーアが顔を抱きしめてくる。
温かいものが、頬に伝わってくる。
「バカ、あたしなんかのために」
それ以上は言葉にならなかった。
子どものように、シーアさんは泣いた。
他の三人も目を拭いながら笑ってくれる。
あの日の状況を、ニアンが教えてくれた。
「シーアをギルドに頼んで、すぐに強い奴らを集めて助けに戻ったんだ。そうしたら、お前の前でレッドキマイラが死んでるし、お前は手足を喰われてぐったりしてるし。驚いたなんてもんじゃなかったよ」
「そうですか」
「とにかくお前を担いで急いで街に戻って、ギルドでシーアと同じように治療師に手当てしてもらった。でも血を流しすぎてたから、本当に危ないところだったんだ」
「ありがとうございました」
「あのレッドキマイラは、やっぱりお前が倒したのか?」
「すいません。よく覚えてなくて」
「そうだよなぁ。お前が倒せるはずもない。でも誰かがやったんなら、瀕死のお前を放っておくなんて考えられないし」
冒険者同士は、いがみ合うこともあるが、基本は助け合いだ。
自分たちに危険が無い場合は、絶対に見捨てることはない。
一週間もすると、杖をついて歩けるようになった。
傷口が丁寧に治療されていたためだ。
シーアさんも日常生活に戻り、それからは付きっ切りで看病してくれた。
「長い間お世話になりました。もう傷も治りましたので、出て行きます」
そう言うと、シーアさんが怒り出した。
「何言ってんの! そんな身体で何しようって言うのさ!」
「いえ、でもいつまでもここにいるわけには」
「バカ! あんたの面倒くらいあたしが見るよ!」
寝てろと言われ、おとなしくベッドに横になる。
下の食堂で話し合う声が聞こえる。
シーアさんを他の三人が諌めている。
「あんたの気持ちは分かるけどさ。あんただって今回の治療費で蓄えのほとんどを無くしたじゃないか」
「そうだよ! トラに助けられたのはあたしたちも同じだから、トラの治療費はみんなで負担したけど。だけどあたしたちだって、結構な金額を払った。今は『黄金の乙女』は金欠だよ」
「でも、トラはあんな身体じゃ、生きて行けないよ」
「そりゃどうだけどさ。でも、冒険者になったからには、こういうことだってある。あんたも散々見てきただろ?」
シーアさんは、三人に説得されなかった。
最後にはパーティを抜けるとまで言い出した。
それで三人の方が折れた。
家の中のことを、多少やらせてもらった。
大したことは出来ない。
掃除と片付け、それにほんの少し装備の手入れ。
シーアさんの部屋に引き取られ、同じベッドに寝た。
シーアさんの甘い香りが、幸せというものを感じさせてくれた。
風呂にも一緒に入った。
片手で身体を洗うのが困難だったからだ。
シーアさんの裸を見るのが申し訳なかった。
『黄金の乙女』はよく働いた。
特にシーアさんは居候を養うために、無理をすることもあったようだ。
よく傷を負って帰ってきた。
「すぐに手当てを」
「大丈夫だよ。すぐに治るさ」
いつも優しく笑ってくれた。
ある貴族の依頼を受けるため、四人は離れた貴族の領地へ向かうと言った。
「トラ、しばらく帰れないから、これで食事をしていてくれ」
シーアさんが銀貨を何枚も手渡してくる。
情けないが、それを受け取るしかなかった。
四人が出発して、三週間が経った。
二週間ほどで戻る予定だった。
節約していたので、まだお金には余裕はある。
しかし、何の連絡も無いのはおかしい。
ギルドで何か情報が無いか聞いてみた。
「ああ、あの貴族か。あんまり良い噂は聞かないな」
数少ない顔見知りのベテラン冒険者に聞いた。
「若い獣人の女を囲いたがる奴らしいよ。あんまり言いたくはないけど、『黄金の乙女』は結構粒ぞろいだからなぁ」
すぐに定期馬車を探した。
貴族の領地へは二日かかる。
馬車代はギリギリだった。
貴族の屋敷は街の中心にあり、すぐに分かった。
まずこの街のギルドへ向かった。
『黄金の乙女』の情報を求めたところ、年配のギルド職員が教えてくれた。
「依頼は問題なく達成したんだけどね。その後で領主の屋敷に呼ばれて、その後は「知らない」んだ」
それが答えだった。
ギルド職員の表情が、すべてを教えてくれた。
すぐに貴族の屋敷へ向かった。
自分の中で、また大きな渦が回り始めた。
激しい怒りが、その渦によってさらに大きく燃え上がって行く。
俺は「俺」になった。
喪った手足は、元に戻っていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
転生してテイマーになった僕の異世界冒険譚
ノデミチ
ファンタジー
田中六朗、18歳。
原因不明の発熱が続き、ほぼ寝たきりの生活。結果死亡。
気が付けば異世界。10歳の少年に!
女神が現れ話を聞くと、六朗は本来、この異世界ルーセリアに生まれるはずが、間違えて地球に生まれてしまったとの事。莫大な魔力を持ったが為に、地球では使う事が出来ず魔力過多で燃え尽きてしまったらしい。
お詫びの転生ということで、病気にならないチートな身体と莫大な魔力を授かり、「この世界では思う存分人生を楽しんでください」と。
寝たきりだった六朗は、ライトノベルやゲームが大好き。今、自分がその世界にいる!
勇者? 王様? 何になる? ライトノベルで好きだった「魔物使い=モンスターテイマー」をやってみよう!
六朗=ロックと名乗り、チートな身体と莫大な魔力で異世界を自由に生きる!
カクヨムでも公開しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない
兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お願いだから俺に構わないで下さい
大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。
17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。
高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。
本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。
折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。
それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。
これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。
有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活
ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる