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モスクワ侵攻作戦 Ⅶ

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 ルイーサは刺身が気に入り、鷹が喜んで新たに別なものを切って出した。
 鷹がもしもルイーサが刺身を好んだ場合に備えて、幾つものネタを用意していたのだ。
 生食に馴染みのないルイーサが気に入る予感があったのだろう。
 伊勢海老、金サバ、ヒラメ、キンメダイ、ホタテ、エゾアワビ、ズワイガニなど。
 それぞれに鷹が醤油やワサビ、ショウガ、アサツキなどを添えてルイーサを唸らせた。
 キンメダイはその場で煮物も作ってルイーサを更に喜ばせた。
 ちなみにルイーサはナイフとフォーク、スプーンで食べていたが、俺たちが箸を使うのでそれを求めた。
 銀座「夏野」の黒檀の最高級品を渡す。
 すぐに争ってへし折るうちの子どもたちには、絶対に使わせない高級品だ(最初は使わせて折られた)。
 ルイーサは最初こそたどたどしかったが、すぐに優雅に扱うようになってみんなが驚いた。
 
 「食事は美学じゃ。なるほど、箸というものもなかなか良いな」
 「ルイーサの美しさは全てに行き渡るのだな」
 「当然だ」

 俺が褒めるとルイーサが嬉しそうに笑う。
 
 「カシワギ、お前は普段からこのような美味いものを食しておるのか?」
 「いいえ、とんでもございません。もっと質素なものばかりです」
 「ほう、どのようなものだ?」
 「飯を炊き、一菜の汁、それに一品の何かと香の物です」
 
 俺がもう少し詳しく教えた。

 「柏木さんにとって食事は礼拝なんだ。自分のことをまだまだ全然ダメだと思っているから、食事も質素になるんだよ。自分などが生きさせてもらっているという思いで、それを感謝しながら食べている」
 「ほう、坊主たちのようじゃの」

 ルイーサは基本的に聖職者を嫌っている。
 まあ、正確に言えば聖職者たちが自分たちを嫌って来たことを侮蔑しているのだが。
 だから別に聖職者そのものを否定しているのではない。

 「そうだな。なるべく他の生命を冒したくない。だから優れている人なんだ」
 「タカトラ、お前はどうなんだ?」
 「お、俺も同じだ!」

 ルイーサが笑った。

 「バカを言うな。お前は我と同じだ。心したもの以外は全て自分の好きなようにする。そして出来ないことはさっぱりと諦める。心したものだけは絶対にそうはしない」
 「ま、まあな」

 流石にルイーサには「普段はメザシ」などのジョークは言えない。

 「カシワギ、お前の生き方を否定しているわけではないぞ。我とは違うが、お前の生き方を理解は出来る。己を常に高めるために、自分を低き場所に置いているのだろう。だが、我といる時には我の食事に付き合え」
 「はい、かしこまりました、レジーナ様」
 「お前の魂は美しい。美獣と共にある運命がよく分かるぞ。お前はそのままその美しさで戦え。美獣に尽くせ」
 「はい、必ず!」

 どうやら本格的に、ルイーサは柏木さんのことを認めてくれたようだ。
 だからこそ自分との違いを明白にし、その上で柏木さんの生き方を肯定してくれた。
 気に入らない相手であれば、最初から全否定になる。

 「我も時折一切の「食事」をしない。長き眠りに就くのだ」

 ルイーサが突然に自分のことを話し始めたので、みんなが驚いた。
 それに、今ルイーサが話していることは「ノスフェラトゥ」の中でも結構な秘密のはずだ。
 おれや子どもたちは知ってはいるが、柏木さんにまで話すとは思わなかった。

 「喰わぬことで我の中で力が衰えていく。そして同時に我の力の枠が拡大して行く。長き眠りから覚めた後で我が「食事」をし力を取り戻した時、我は以前よりも一層大きな力を得ておる」

 なるほど、そういうことだったか。
 ルイーサが何故定期的に眠りに就くのか、それは誰も知らない謎であった。
 ルイーサが絶対女王として君臨してきたのは、そのような謂れがあったのだ。
 今は口にしていないが、ルイーサの力の高まりによって、眷属たちも大きな力を得て行く。
 「ノスフェラトゥ」は人類にとって脅威であり続けてきたが、恐らく、その存在意義は……

 「カシワギはずっとそれをやっているのだな。肉を養うことよりも、魂を養うことに費やして来た。見事な生きざまじゃ」
 「畏れ多いことでございます」
 「食事というものは、生きている者にとって抗いがたい魅力じゃ。生きる楽しみの中でも一際大きなものとなる。それをお前は耐えることで魂を拡大した。なかなかに出来ることではなかろう」
 「いいえ、自分などは十二分に頂いておりますので」
 「まあよい。でも、今日のような食事も為せ。もうお前の生き方は成った。だからこれからは肉も養え。さすればお前は新たな力を得よう」
 「お教えの通りに。レジーナ様のお言葉、決して忘れません」
 「うむ」

 ルイーサが満足そうに微笑んだ。
 柏木さんが決して表面上の追従ではなく、ルイーサの言葉の真意を信じたことが分かったのだろう。

 「カシワギ、そして皆の者に言う。我はタカトラと共に戦うために生きておる。そのことは忘れるな」
 『はい!』

 子どもたちが返事をした。
 ルイーサという絶対女王が俺たちの味方であることが、みんなにも分かったのだろう。



 
 鷹がフグの鍋を出した。
 子どもたちは今日は非常に大人しい。
 普段であればフグを奪い合うところなのだが、柳が鍋を管理し、みんなの器に入れて行く。
 なるほど、子どもたちで事前に話し合ったか。
 やはりルイーサは別格なのだ。
 しかしどうしても切り身の大きさが違うので時々物凄い睨まれ方をされ、柳が泣きそうな顔をしていた。

 「ほう、これはまた一段と良いな」
 「ありがとうございます」
 
 口に入れると幸せに満たされる味だった。
 出汁の効いた鍋のフグを、酢醤油の器で頂く。
 淡白なフグが、途轍もない高みに昇華されている。
 ルイーサは締めに鷹自らが作った雑炊を食べ、満足した。

 最後に柚子のシャーベットとコーヒーが出た。
 ルイーサが気付いた。

 「このソルベ(シャーベット)はタカトラが作ったか」
 「バレたか。やっぱり鷹には劣るよな」
 「いや、お前の愛情を感じた。我のためにやってくれたのだな」
 「まあな。一つくらいは俺も関わりたかったんだよ」
 「そうか、感謝するぞ」
 「お前、今日はやけに礼を言うよなぁ」
 「フフフフ」

 食べ終わり、ルイーサが立ち上がった。

 「ヨウ、今日の晩餐に心から感謝する。我の下僕以外に、これほどの心尽くしの食事は初めてだ」
 「恐れ入ります」
 「また是非呼んでくれ。楽しみにしておるぞ」
 「はい、いつでも仰って下さい」

 柏木さんに向いた。

 「カシワギ、お前と戦場に並ぶのが楽しみじゃ。期待しておるぞ」
 「存分にお使い下さい」
 「うむ。では美獣、世話になった」
 「こちらこそ宜しく頼む」

 俺と柏木さんでルイーサを下まで送った。
 また恭しく御者が馬車(?)の扉を開いた。
 ルイーサは俺たちに一瞥し、空へ上がって行った。

 「帰ったな」
 「ハハハハハ」

 柏木さんが笑った。
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