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モスクワ侵攻作戦 Ⅲ

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 12月の初旬の土曜日。
 鷹が昨夜から泊まっており、一緒に『虎は孤高に』を観たあとで、早速仕込みに入ってくれた。
 本島は鷹は「やるべきことをやって、録画をちゃんと観たい」と言ったのだが、亜紀ちゃんがこの世の終わりかという悲しそうな顔をして大泣きした。
 鷹が慌て、俺が宥めようとしたが亜紀ちゃんは泣き続ける。
 『虎は孤高に』は第六部の「「虎」の軍編」が始まり、亜紀ちゃんの熱狂がいやが上にも高まっていたためだ。
 俺と南は以前にも増して脚本のための打ち合わせをするようになり、また亜紀ちゃんからも「資料」が渡され、亜紀ちゃんの愛着が尋常では無い。
 それに亜紀ちゃんたちも登場していることが、一層の拍車をかけている。
 まだ日常的な部分が多いが、既に花岡家で「花岡」に触れ、双子がそれを習得、発展させていることが放映されていた。
 最初の戦闘である「新宿中央公園」での蓮華たちとの戦闘も済んでいる。
 流石に鷹も一緒に観るしかなかった。
 まあ、楽しんだのだが。
 その後で鷹がまた仕込みをし、俺が鷹を目一杯に身体をほぐしてやってから一緒に寝た。

 「もう、明日起きれません」
 「ワハハハハハハハハ!」

 そして土曜日、午前中に柏木さんを呼んでいた。
 俺が一昨日に概要を話すと、何も聞かずに必ず行くと言ってくれた。
 柏木さんには「ノスフェラトゥ」については初耳だったのだが、全て受け入れた。
 それはどうでも良いこと、と柏木さんは電話でおっしゃっていた。
 本当に有難い限りだ。

 柏木さんは現在「アドヴェロス」の嘱託であり、同時に「虎」の軍の観測員としても働いてもらっている。
 「アドヴェロス」は便利屋がほぼ常駐しているので、柏木さんは主に観測員として全国の俺たちの拠点建設において霊的防衛の観点からアドバイスを貰ったりもしている。
 便利屋の感覚とは少々異なることは、俺も見ていて分かった。
 便利屋の場合、自然に敵意や良くないものを感知し、その方向と距離を示すことが出来る。
 柏木さんはそれとは違い、自ら何らかの術を使って探り出すようなのだ。
 ソナーに例えれば、便利屋は収音するパッシブであり、柏木さんはアクティブという感じか。
 それに、捜索の方面でも、佐野さんを支えてくれていた。
 これまでも失せ物、行方不明者の仕事もこなしていたので、そういう能力なのかもしれない。

 11時に柏木さんが来た。
 俺が門を開け、玄関で出迎えた。
 いつもの作務衣に上掛けを着ている。
 90歳の高齢者に見えない、矍鑠とした体形と動きだ。
 いつも思うのだが、目が透き通って美しく、それでいて非常に強い。
 しかも威圧する強さではなく、強靭な意志を秘めた強さだ。
 そしてこの上なく優しい眼差しだ。

 「柏木さん、お忙しいところをどうも」
 「石神さん、こちらこそ。今日は相当なお方に会うということで」
 「まあ、世界で一番難しい相手ですよ。吸血鬼の総本山で気位のチョモランマです」
 「アハハハハハ。まあ、頑張りますよ」

 柏木さんは器がでかい。
 相手がノスフェラトゥであろうと、まったく気後れは無い。
 ロボが駆け下りて挨拶をし、一緒にリヴィングへ上がった。
 子どもたちも歓迎し、亜紀ちゃんがすぐにお茶を持って来る。
 みんな柏木さんが大好きだ。
 亜紀ちゃんが心配そうに俺に確認して来た。

 「タカさん、レジーナ様は本当に和食で大丈夫なんですか?」
 「大丈夫だ。何しろ鷹を呼んでるからな!」
 「いや、そういう問題なんでしょうか?」
 「ワハハハハハハハ!」

 俺も知らん。
 だが、ルイーサの城で食事をしていて分かったことがある。
 それは、どの料理も一切の手抜きや妥協が無く、完璧に作られていることだった。
 食材の切り方も完全で、歪な形は一つも無かった。
 つまり、味はもちろんだが、ルイーサの好みはそういうことなのだろう。
 最高のものを最高の心遣いで扱う。
 真心に似た、そういう配慮が好ましいのだ。
 だから鷹を呼んでいる。
 鷹には悪いが、今日は一段と気合を入れて作ってもらう。
 それが俺に出来る最高の歓迎だ。
 鷹の手腕はルイーサ、俺、柏木さんの三人だけだ。
 今回の主役となる人間たち。
 子どもたちは、鷹の手伝いだが、まあどれだけ手数になるのかは分からん。
 本気の鷹の調理は凡人にはほとんど何も出来ない。
 それでも火加減、焼き加減の監視くらいは出来るだろう。
 
 柏木さんと近況を交換し、やがて昼食となった。
 今日は柏木さんのお好きな牛すきうどんにした。
 出汁は関西風の品の良い昆布出汁だ。
 透き通ったつゆがいつもと違う。
 鷹は双子に昼食の指示はしていたが、基本は今晩の夕食の準備に集中していた。
 昨夜も仕込みに懸命だった。
 食事は一緒にしたが、食べ終えてすぐにまたキッチンへ籠る。
 相当気合が入っていて申し訳ない。

 リヴィングは鷹の気合で圧があるので、俺はお茶を持って柏木さんと地下へ降りた。
 
 「電話で少しお話ししてますが、「グレイプニル」というドイツの戦闘集団に同行してもらいたいんです」
 「はい、承知しております。石神さんに言われれば、誰とでも、どこにでも行きますよ」
 「ありがたいんですが、少々特殊な連中でして」

 俺は「グレイプニル」がレジーナ(ルイーサ)の率いる吸血鬼集団なのだとあらためて話した。

 「戦闘力は高く、重傷を負っても自力で治癒する特殊な体質なんです。その他にも特殊能力があります。その上、女王と崇められるレジーナが数百年の眠りから覚醒し、その能力は今や飛躍的に増大しています。眷族もその影響で、格段に強くなったんですよ」
 「凄いものですね。吸血鬼というのはそういうものなのですか」
 「そうです。前にレベル7の《ハイヴ》を一緒に攻略しましたが、まったくの余裕でしたよ。《ハイヴ》には最下層に強力な妖魔が控えているものなんですが、それもレジーナが一蹴です。俺なんか寝てても良かった」
 「ワハハハハハハハ!」

 俺は柏木さんに、「グレイプニル」の同行において、現地の走査をお願いしたいと話した。

 「行き先はまだ言えませんが、大都市です。恐らく、多くの人間が「業」によって何らかの操作をされてます」

 俺は柏木さんにロシアのモスクワだと話さなかった。
 万一ルイーサが柏木さんを認めなかった場合は、柏木さんは何も知らない方がいい。
 大都市モスクワを壊滅させ、市民を全て虐殺する作戦なのだ。

 「それは妖魔を埋め込まれているということですか?」
 「そういうライカンスロープ的なことも多いでしょうが、洗脳、または脅迫などもあり得ます」
 「石神さん、私は洗脳や脅迫は感知出来ないかもしれません」
 「それで結構です。波動を見てください」
 「波動ですか」
 「はい。心底から敵に降った者はどす黒い波動になっているはずです。柏木さんがそういうものを感知するのは、病葉衆の一件で分かっていますので。ルイーサは、その都市の全てがそういう者たちであると言っています。柏木さんも、それを確認してください」
 「もしもそうでない人間がいた場合は?」
 「出来る限り救出したいと思っています。でも、作戦の状況ではそうも行かない場合も考えられます」

 柏木さんが沈んだ顔でうなずいた。
 俺が正直に答えたことが分かっただろう。
 他人の痛みを何よりも辛く思う柏木さんの優しさは、恐らく今回の戦場では相当辛いことになるだろう。
 柏木さんの生涯は、そういう苦しむ人間を救うことに傾けられて来たのだ。
 それでも柏木さんは言ってくれた。

 「お話しいただいてありがとうございます。分かりました、是非ご協力させてください」
 「はい。危険な戦場になりますが、柏木さんのことは必ずお守りします」
 「いえ、私などはどうなっても。作戦の遂行を優先して下さい」
 「……」
 
 俺は答えなかった。
 絶対に柏木さんを護るつもりだが、戦場に絶対はない。
 もちろん柏木さんを見捨てるつもりは全く無いのだが。
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