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モスクワ侵攻作戦

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 11月の下旬。
 俺はまたルイーサの城に行っていた。
 定期的に月に一度は来ているのだが、毎回美味い料理が楽しみになってきている。
 何しろ、あのルイーサが認める料理人なのだ。
 仕方のないことではあるが、やはり人間とは圧倒的に違う。
 人間よりも遙かに長命の故に、積み上げたものが断然高いのだ。
 そのために俺が知っている料理であっても、唸る程の美味さになるし、また知らない料理も結構多い。
 一つだけ難を言えば、出て来る料理の中で食材が不明なものが時々あるだけだ。
 瞳が三つある目玉のようなものがスープに浮かんでいた時には、流石に驚いた。
 しかし、ルイーサの前なので勇気を奮って口に入れると、得も言われぬほどの味わいがあった。
 だから、それが何なのかは聞かなかった。
 知りたくねぇー。
 今日も晩餐が豪華で、美しいレジーナと一緒に味わった。
 食事中のワインとは別に、食事の後で酒が振る舞われる。
 今日は「Henri IV Dudognon Heritage Cognac Grande Champagne」という幻のコニャックだ。
 えーと、1億6500万円……
 まあ、双子に頼めば飲めないということもないが、別にそこまでして飲みたくもねぇ。
 アラスカの「ほんとの虎の穴」にはディーヴァという数億円のウォッカも置いているが、俺の提供したレッドダイヤモンドとブルーダイヤモンドで蒸留したものだ。
 飲むためではなく、レイとの思い出で購入した。
 
 「純金のラベルに6500個のダイヤモンドが散りばめられている」
 「へぇ」
 「万能薬が入れられており、飲めば不老不死になるぞ」
 「じゃあいらねえ」

 ルイーサが大笑いした。
 ルイーサは少し前から日本語で話してくれる。
 ルイーサにとっては、言語の習得など何のこともないようだ。

 「まあ飲め。こんなもので不老不死になるはずもない。珍しいものなので美獣に飲ませたかっただけだ」
 「お前が出すものなら何でもいいけどな」

 本当にとんでもないものを贈って来る奴だ。
 フィリピンの顕さんはあの「ナゾ馬車」で訪問されただけで卒倒したそうだ。
 俺の大事な兄貴なのだと紹介したせいなのだが。
 その後で、確かとんでもない絵を頂いたと聞いている。
 一つはレンブラントの真作で、もう一つ別な肖像画。
 俺が知らない高貴な貴族を描いた人物画で、それを掛けた(ルイーサがその場で指示して壁に掛けた)だけで、家の中の波動が変わり以前にも増して健康になったと。
 その上、なんでも相当な妖魔まで寄せ付けないと言われた。
 まあ、とんでもなく良いものなのだろうが。
 顕さんたちは時々、肖像が動くのでコワイとも言っていた。 

 「ところで美獣に頼みがある」
 「何でも言えよ。俺が必ず叶える」
 
 ルイーサが嬉しそうに微笑んだ。
 およそ人間離れした美しさだが、笑顔は最高だ。
 六花は人類最高と俺は思っているが、ルイーサは「存在」最高だ。
 俺はどちらも好きで、優劣は無い。
 もちろん、ルイーサの前では彼女が上だと言う。
 それに、気位が超高いルイーサが「頼む」などと言うのは俺だけだ。

 「「グレイプニル」の戦力も十分に高まった」
 「そうか」

 「グレイプニル」は石神家の剣聖を訓練教官に招き、徹底的に鍛え上げた。
 豪虎さんが半年に亘って付ききりで教練し、ルイーサさえも驚くほどに仕上がった。
 今では恐らく石神家本家に並ぶ戦闘力を持っている。
 ノスフェラトゥは「血刀」の技が使え、そこに石神家の剣技が加わったためだ。
 「魔方陣」は教えていないが、それを除けば石神家本家と並ぶ。
 数は「グレイプニル」二万に対し、石神家一万五千(また増えたなー)。
 「グレイプニル」は不死に近い再生力を持ち、石神家の剣聖は「魔方陣」を使う。
 そういうことで、一師団規模の戦力としては「虎」の軍の双璧となった。
 ちなみにアラスカのソルジャーは100万を超え、上級ソルジャーはそのうち20万、「魔方陣」を使える者は300名だ。
 「グレイプニル」には「魔方陣」は無いが、その代わりにルイーサの「異界魔導」がある。
 直訳をすれば「外道魔法」なのだが、俺が「異界魔導」と翻訳して名付けた。
 どういうものかは俺もよくは理解していないが、存在の実存を破壊するという感じか。
 見た目には何らかの攻撃に見えるのだが、物理的な実態は無い。
 技の発動と同時に、相手の存在が破壊される。
 ルイーサが中央アフリカの《ハイヴ》で見せた技なのだが、200名の「グレイプニル」の上級貴族(という位階)が使える。
 そのうち100名の伯爵級以上になれば、あの時にルイーサの見せた規模に遜色無い威力だ。
 もちろんの話だが、ルイーサは中央アフリカの《ハイヴ》では全力を出してはいなかった。
 だからルイーサの実力がどれほどの規模なのかは俺も知らない。

 「美獣、一度ロシアの首都を襲撃したい」
 「なんだと?」
 「モスクワに精鋭100名を送り、都市ごと破壊する」
 「そりゃ無茶だろう」

 無茶というのは、破壊のことではない。
 俺たちは「業」と戦争をしているが、ロシアが敵なのではないのだ。
 だから「業」に関わらないロシア人は出来るだけ救いたいとは思っており、殺す対象ではない。
 一部のロシア軍のように、「業」に降った奴らや寝返った連中は別だ。

 「そうでもない。既にモスクワは「業」の手に堕ちている。まともな人間はもうほとんどいない」
 「本当か!」

 その事実よりも、俺はその情報を掴んだ手腕に驚いた。
 ロシア国内の情報は既に途絶えて久しい。
 潜入していた各国の諜報員やそれに繋がる組織が壊滅したためだ。
 半分ほどは何とか国外へ逃がしたのだが、多くの者が殺された。
 新たに送り込むことも、もう不可能だった。
 ロシア国内では徹底した諜報に対するカウンター措置が施され、新たに潜入したスパイはすべて殺され、拠点は潰された。
 敵の中に心が読める奴がいる、それが俺たちの結論だ。
 「ローテスラント」もロシアの中枢に枝を伸ばしていたが、全て遮断されていた。
 「業」の手足である「ボルーチ・バロータ」によって、「業」に忠誠を誓わない政治家や官僚たちが粛清(恐らくは殺害)され、一切の情報が入って来なくなった。
 最初は徐々にだったが、この1年の間に急速に進み、ロシア情勢は一切外に漏れなくなっている。

 俺たちは偵察衛星でロシア全土を観測し、そのデータを超量子コンピューターで解析はしているが、内部情報の詳細は掴めないでいた。
 妖魔やライカンスロープたち、そして《ハイヴ》の情報は捉えられるが、実際にロシア国内で何が起きているのかは分からない。
 超量子コンピューターによって多少のことは解析している。
 観測した妖魔やライカンスロープたちの配備や動きによって、ある程度の解析はしている。
 多分、ロシアからの軍事行動を起こせば必ず俺たちが掴めるはずだ。
 そうなのだが、情報としては完全に不足している。
 だから「業」が送り込む「ゲート」は全く予測出来ないでいるのだ。
 しかし、ルイーサたちは何らかの方法でロシアの実態の一部とはいえ、把握しているようだった。
 俺も、モスクワが完全に陥落していようとは、夢にも思っていなかった。
 まだ「業」の多大な影響を受けてはいても、国家として存続していると考えていた。
 改めて、ルイーサたち「ノスフェラトゥ」の力を実感した。
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