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「虎」の軍 新体制 Ⅴ

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 「虎」の軍に入りたいとばかり思っていた馬込には、自分がいきなり新設の部隊長になるという話は想定外だった。
 しかし、俺には馬込を推す確固とした理由があった。

 「ルーとハーから聞いているよ。小学校を二人が支配した時、最後までお前が逆らっていたと」
 「ま、まあ、その通りです。俺はバカで生意気な人間ですから」

 自分の汚点と思うことを素直に認める馬込を気に入っている。
 そうでなければ、主力部隊を何としても護るという《ハイドラ》は率いることが出来ない。
 失敗を正当化する理由、そして諦める理由は無限に生まれるからだ。
 自分の失敗を、能力の低さを認める人間こそ、次に進んで何かを成し遂げることが出来る。

 「そうじゃねぇよ。みんなが、教師たちまでが双子にかしずいていた。双子に逆らうことは、周囲の全員を敵に回すことだった。お前の味方はおらず。お前はみんなから嫌われて不思議じゃなかった。それでもお前は貫いた」
 「ただのバカだったんですよ」
 「バカでもなんでも、普通は出来ることじゃねぇ。孤立してみんなに否定されてもお前は逆らい続けた。要は、状況ではなく、お前自身の大事なものを貫く人間だ、ということだ」
 「……」

 馬込も思い出しているのだろう。
 恥も後悔も多いのだろうが、それでも馬込は思い出していた。

 「そりゃな、当時のお前は下らない欲望だったんだろうよ。誰もがルーとハーに従うのが気に喰わないというよりも、お前自身を特別な人間に起きたかった。従えば楽だったろうが、お前はルーとハーに自分を特別に見て欲しかった。それを四面楚歌の中で思っていた」
 「やっぱ、下らない人間ですよね」
 「まあな」
 「いや、ちょっとは違うと……」

 みんなで笑った。

 「戦場で圧倒的な敵を前にして退却するのは正しい。でもな、そうすれば戦略は崩れ、目的は達成出来ない。《ハイドラ》は、だからきつい状況、絶望的な状況の中で何とかする部隊なんだ。馬込のような人間に任せたい理由の一つだな」
 「え、そんな……」

 馬込は困っているようだ。
 欲の突っ張った自分の過去が、そのように評価されるとは思ってもみなかっただろう。
 俺は更に続けた。

 「小学校の修学旅行でか。お前は花火の火薬を丸めて二人と戦おうとしたそうじゃないか」
 「あ、あれは! あれは本当にバカで、今でも冷や汗が出ます!」
 「ワハハハハハハ! まあな。でも、その発想は普通はねぇ。まあ、俺には分かるが殺そうとか酷い怪我を狙ったわけじゃねぇ。ただ、二人を驚かせたかったんだろうがな」
 「まあ、その通りです。やられっぱなしの俺が、一泡吹かせたかったというか」

 「タカさん、あれは危なかったよ!」
 「馬込も火傷したもんね!」

 双子が抗議した。
 大量の火薬は確かに危険だ。
 間違えば本当に爆発を起こしかねない。

 「そうだけどな。でも、重要なのは馬込がお前たちを驚かせようというその発想だ。戦場では思いもよらないことが起きる。敵は常に強大で膨大だ。その場で対応出来る戦術が必要だ。だから俺は馬込に期待している」
 「石神さん!」

 「馬込、頑張ってね」
 「期待してるからね!」
 「ルー、ハー、ありがとう!」

 二人が両側から馬込の頬にキスをした。
 打ち合わせも合図も無く同時に同じことをするので、やはりこの双子は凄いと思う。
 そして馬込が満面の笑みで立ち上がった。

 「ヤッタァァァァァァーーーー!」

 前に栞のそんなのを見たことを思い出して微笑んだ。
 純粋な人間はいい。
 その後で、具体的にいつ高校を辞めるのか、その後のことを話した。
 高校は週明けにも辞めると言い、馬込の決意をまた感じた。
 その後はまずアラスカとも思っていたが、馬込は「花岡」はそこそこに身に着けている。
 双子の特別指導のお陰だ。
 馬込は誰よりも努力し、「花岡」を習得した。
 だから斬の所か、もしくはいきなりあそこか。
 興奮する馬込を座らせて、話を続けた。

 「花岡斬という「花岡」の総本山がいる。そこでならば「花岡」を極めることが出来るだろう」
 「はい!」
 「ただ、斬は人間としてぶっ壊れている。お前にまともな指導はしないかもしれない」
 「それでもいいです!」

 いい度胸だ。

 「もう一つは石神家本家だ」
 「はい?」
 「そこは斬の所以上に厳しい。でも、お前が認められれば、最高の戦士になれるだろう」
 「ほんとうですか!」
 「まあな。この世であそこ以上の鍛錬場はねぇ」
 「じゃあ、俺はそこへ!」
 「ただな、本当に相当に厳しいぞ。俺も何度も死に掛けている」
 「マジですか! 石神さんがそこまで!」
 「俺の家系の本家なんだ。まあ、俺が今は当主だけどな」
 「カッケェー!」

 俺が腕を組んで鷹揚にうなずくと、ハーがスマホの画像を馬込に向けていた。
 それまで馬込がキラキラした目で俺を見ているのが変わった。
 なんだ?

 「え、これが石神さん……」

 俺も覗き込むと、俺が斬られまくって裸で泣いている写真だった。

 「こりゃひでぇ……」
 「……」

 確かにひでぇ。
 でも、あそこならばやめてくれと言っても辞めさせねぇし、逃げれば必ず捕まって物凄いことになる。
 一旦虎白さんたちが引き受ければ、馬込は必ず強くなる。

 「どうだ、怖くなったか?」
 「俺は石神家へ行きたいです!」
 「マジか!」
 「はい。確実に強くなれそうなのはそっちですよね?」
 「まあな。斬の所へも必ず行って貰うけどな。まずは石神家でいいのか?」
 「はい!」
 「ああ、多分、石神家じゃ竹流と一緒になるから、ちょっとはましかもな」
 「竹流?」
 「連城竹流、お前と同い年だよ。今はアゼルバイジャンで任務に就いている。でも一度呼び戻して本格的に鍛え上げるつもりなんだ」
 「そうなんですか」
 「お前よりも強い。「虎」の軍のネイムドで「サイレント・タイガー=静かなる虎」と呼ばれている」
 「そんな奴が俺と一緒に?」
 「まあ、あそこじゃ大した違いはねぇ。同年代の奴がいれば、辛い鍛錬も少しは楽かもしれないな」
 「はい! 竹流と会うのが楽しみになりました!」
 「そうか。じゃあその方向で進めるぞ」
 「はい、お願いします!」

 知らないからだろうが、地獄を選びやがる。
 もう、泣いても許されねぇけどな!
 でも、ルーとハーが信頼する男だ。
 なんとかすんだろう。
 亜紀ちゃんがマキシムのケーキを切って来た。
 柳がコーヒーを淹れてみんなに配る。
 双子が馬込に頑張るように言い、馬込も喜んでいた。

 「多分死ぬことは無いけどさ、でも手足はなくなるかもだからね!」
 「橋田病院は腕がいいから大体は大丈夫だよ! それに片手でやってる人もいるからね!」

 「……」

 馬込のテンションが下がっていたがもう遅ぇ。
 まあ、がんばれ。
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