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亜紀ちゃんたち、石神家へ Ⅲ

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 あの日、俺は「黒蠅(クロバエ;あいつらは「ベルゼブブ」と呼ばれたがってた)」の奴らに囲まれていた。
 東京から流れて来たと噂されていたが、誰も詳しいことは知らなかった。
 30人程のグループで、突然俺たちの土地にやって来て暴れ回った。
 どうやらトラのことを探しているようで、それもどうしてか分からない。
 ただ、不良連中を見つけてはフクロにし、トラのことを聞き出そうとしていた。
 アジトも分からず、みんな探していた。

 当然「ルート20」の連中もその情報を掴んでおり、トラもぶつかるつもりでいた。
 ただ、奴らは相当強いらしかった。
 やられた連中の話を聞くと、いつも一人が戦い、一瞬で10人が斃されたこともある。
 その後にトラの情報を得るために数人がかりでボコる。
 喧嘩自慢の奴もいたが、本当に一瞬でやられた。
 何かの武道を使うようなことが分かって来た。
 
 俺は「ルート20」の連中に呼ばれ、俺にも注意するように言われた。
 総長の井上さんが俺に言った。

 「「黒蠅」は相当ヤバいらしい。空手じゃねぇがなんかの武道らしい。お前も気を付けろ」
 「トラは?」
 「あいつはやられた連中の見舞いに行ってる。俺が話を聞いて来いと言った」
 「そうなんだ」
 
 確かにヤバい連中らしい。
 でも俺やトラが負けるわけはねぇ。
 空手の有段者、ボクシング崩れ、いろんな連中と遣り合って来たからだ。
 俺とトラの強さは、格闘技をやってる連中以上だった。
 そう思っていた。

 数日後の午前10時。
 俺はトラに会いに行った。
 まだ「黒蠅」とはぶつかっていない。
 出来るだけトラの傍にいようと思っていた。
 俺とトラが一緒にいれば、どんな連中でも相手に出来る。
 30人はちょっと多いが、俺たちならなんとかなるだろう。

 トラの通う高校に向かおうとした時に、駅前で取り囲まれたのを感じた。
 離れた場所から徐々に近づいて来て、30人に囲まれた。

 「聖だな」

 どうやら、もう俺の顔は割れているようだった。
 「黒蠅」の連中と分かってはいたが、一応聞いてみた。

 「お前らなんだ?」
 「「黒蠅(ベルゼブブ)」だ。
 「べる?」
 「いいから来い」

 年齢は全員20代から40代の奴もいた。
 不良同士の喧嘩ではないのか。
 どいつも強いのが分かった。
 こいつら、トラの学校を知ってこの駅で張っていたのだろう。
 多分、また不良たちを襲うつもりと、もしかしたら俺のことを張っていたのかもしれない。
 不良共を締め上げて、ここまでやって来たか。

 「トラ狙いの連中だよな?」
 「そうだ。お前はあいつのツレだな」
 「ああ、お前らはぶっ潰すぜ」

 全員が大笑いした。
 俺はもう自分一人では勝てないことが分かっていた。
 立ち姿や移動の仕方で分かる。
 こいつら、ただの武術家じゃねぇ。
 もっとヤバい連中だ。
 油断している今がチャンスだ。
 適当にぶっ飛ばして逃げるしかない。
 俺は手近な奴のレバーに蹴りを入れた。
 そいつがぶっ飛んで地面で呻く。

 「こいつ! 「篠懸(すずかけ)」を使うぞ!」
 「ん?」 

 「すずかけ」ってなんだ?
 全員が離れて構えた。
 咄嗟に撃った蹴りは入ったが、もう誰も油断してねぇ。
 俺も覚悟を決めた。
 こいつらには勝てない。
 逃げられるだろうか。
 一人が奇妙な構えで俺に近づき、手足がブレて見えた。
 その瞬間、俺の身体に幾つもの攻撃が来た。
 頭部に喰らうのを防ぐだけで精いっぱいだった。
 左腹と右胸、左右の太ももを打たれた。
 まだ立てるが、思うように動けない。
 左腹は激痛だ。
 井上さんの言っていたように、奇妙な拳法を使う連中だった。
 そして恐ろしく強い。
 不良の喧嘩のレベルではなく、格闘技のレベルすら超えた集団だ。

 その時、一番離れた奴が頭からこっちへ突っ込んで来た。
 俺は自動的にそいつの頭に踵を振り下ろした。
 ガキンという音がして、地面に顔面をこすりながら、うつぶせで動かなくなった。
 今のこいつは攻撃して来たんじゃない、誰かに吹っ飛ばされたのだ。

 「おい、若い学生さん相手に暗殺拳は不味いだろうよ」
 
 背の高い中年の男が立っていた。
 綿の白いパンツに、長袖のセーターを着ている。
 逞しい身体だ。

 「お前はなんだ!」
 「お前ら、「黒手拳」だろう? 素人さんにそれは使っちゃ不味いぜ」

 男が笑って俺に話しかけて来た。

 「あんちゃんも結構強そうだけどなぁ。ああ、今のよく防いだな?」
 「!」

 笑顔が爽やかで優しかった。
 この人は相手の連中のことも知っているようだ。
 それでいて、余裕がある。
 残った連中が一斉に男に向かった。
 俺も手伝おうと思ったが、その隙間が無かった。
 竜巻が起こった。
 俺にはそう見えた。
 男の周囲から、人間が目まぐるしく吹っ飛んで行く。
 驚いて見ている間に、10メートルもの半径に、気を喪った「黒蠅」の連中が転がっていた。
 男がまた優しい笑顔で近付いて来た。
 もちろん無傷だ。

 「あんちゃん、大丈夫か?」
 「あ、ああ。助かった。あんた強いんだな」
 「まあな。お前、聖ってんだろ?」
 「俺を知ってるのか?」
 「まあ、高虎が世話になってるしな。お前よ、高虎を護りにわざわざ来たのか」
 「は、はい」

 男が微笑んで頭を下げた。

 「ありがとう。あいつは最高の友達を持ってんな」
 「!」

 俺は泣きそうになった。

 「あんたは誰なんだ?」
 「何でもねぇよ。ただ、あいつらはヤバい連中だ。暗殺拳の奴らでなぁ。どうやら高虎にちょっかいを出そうとしてたらしい。あのバカ、いつも何も考えねぇで暴れてるからなぁ。怨みをあちこちで買ってる。そういう連中が雇ったんだろうよ。高虎やお前でも手に余るだろうからな、今回は俺が出張った」
 「あんた、本当に誰なんだよ?」
 「いいじゃねぇか。これからも高虎をよろしくな。ああ、俺のことはあいつには黙っててくれ」

 俺は男の顔を近くで見てやっと分かった。
 トラと同じじゃねぇか!

 「あんた、トラの親父さんか!」
 「まあ、だからよ、黙っててくれな。子どもの喧嘩に親が首を突っ込むもんじゃねぇ。今回は嫌な絵図を描いた奴がいるようだからな」
 「ありがとうございました!」
 
 俺が頭を下げると、その人は笑っていた。

 「いいって。じゃあ、約束な。あいつはこれからも暴れるんだろうけどよ。俺が手出しするのは今回だけだから」
 「そんな!」
 「そういうことでな。じゃあな」

 そう言ってトラの親父さんは去って行った。
 トラとおんなじで、強くて優しくて、カッコイイ。
 俺は後姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
 そんなことをしたのは、生まれて初めてだった。




 その二か月後、トラが親父さんを喪って呆然としていた。
 でも、俺はあの人がトラに酷い事をするわけはないと思っていた。
 トラにはついに話せなかったのだが。
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