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タカさん教

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 〈最近、若者たちの間で流行っているものがあります。ビンチョウさん、御存知ですか?〉

 偶然に朝に見ていた情報番組で、司会者が芸人のコメンテーターに聞いていた。
 出勤前の俺はコーヒーを飲みながら、何となくソファでそれを眺めていた。

 〈ハイハーイ! なんか、両手を合わせて「タカさん、バンザイ!」って言うやつですよねー)
 〈そのとーり! 数年前から増え続けてるんですねー。今回はその取材を……〉

 コーヒーを吹きかけた。
 「タカさん」ってなんなんだ。

 俺が観ているので、亜紀ちゃんと柳がコーヒーを持って傍に来た。
 ルーとハーは「人生研究会」の朝会でもう出掛けている。
 画面では、取材のリポーターが繁華街の若者を取材していた。
 二人の若い男たちが地面に座って「タカさん、バンザーイ!」と大声で叫んで伸ばした両手を上から下に下げている。
 一人は金髪の先染めで、もう一人は全茶髪であり、服装からもどう見てもガラは良さそうな連中には見えない。
 ただ、繁華街の大勢の人間が歩く中で堂々とヘンなことをしている。
 カメラが周囲の人間も映して、笑っていたり指差している通行人もいた。
 そりゃそうだろう。
 若者二人は3回やって、立ち上がった。
 リポーターが近付いてマイクを向ける。

 〈あの、すみません。お二人は何をなさってるんですか?〉
 〈ぼ、ぼくたちは《タカさん教》の信徒ですから!〉
 〈タカさん教?〉
 〈はい! 詳しくはお話し出来ませんが、どうしようもなかった僕たちを助けてくれた方がいまして! その方に勧誘されて……〉

 「……」
 「「!」」

 亜紀ちゃんと柳が明らかにヘンな感じだった。
 なんか物凄いイヤな予感がしたが、もう出勤時間なので最後まで見ずに家を出た。





 病院で一江を呼んだ。

 「おい、お前さ、若い連中の間で「タカさん教」って流行ってるの知ってる?」
 「ああ、なんかSNSや動画サイトなんかで流行ってるみたいですね」
 「そうなのかよ。今朝テレビでたまたま観てさ」
 「そうなんですか。まあ、ネットじゃ大分話題になってるんで、テレビでも取り上げたんでしょうねぇ」

 やっぱり一江は知ってた。

 「それでさ、「タカさん教」って何なんだよ?」
 「まー、なんですかねぇ。とにかく、一日三回「タカさん、バンザイ」って言うものらしいですよ?」
 「なんだよ、そりゃ」
 「なんか宗教っぽいんですが、別に教義があるとかじゃないらしくて。ああ、ネットの中では、時々集会もあるってウワサも」
 「集会?」
 「ええ、あくまでも噂ですけどね。だからどんな集まりなのかも分からなくて」
 「なんなんだよ。おい、「タカさん」ってなんだ?」
 「分かりませんよ! 神様っぽいナンカじゃないんですか?」
 
 気持ちが悪い。

 「ほら、俺も「タカさん」じゃん」
 「部長のことをそう呼んでるのは亜紀ちゃんたちだけでしょう。それを言うなら「トラ」「赤虎」「部長」「ヘンタイガー」とかいろいろあるじゃないですか」
 「なんだよ、「ヘンタイガー」って!」
 「きっと変態なんでしょう」
 「俺は違うよ!」
 「わはははは」
 「おい、一江!」

 一江が笑って部屋を出て行った。
 まあよく考えて見れば、一江の言う通り、「タカさん」なんて俺のことであるはずがない。
 あんな輩と俺が関わるはずも無い。

 その日は午前にオペはなく、響子の部屋へ遊びに行った。
 もう茜は退院し、響子も退屈している。

 「よう!」
 「タカトラ!」

 丁度セグウェイの巡回から戻った響子が、ヘルメットを脱ぎながら俺に抱き着いて来た。

 「今日もカワイイな!」
 「エヘヘヘヘ!」

 六花が笑いながら響子の手足のプロテクターを外してやる。
 汗をかいていないか、Tシャツの下からサッと背中を触るので、俺も前から手を入れてオッパイの汗を確認した。

 「もう、タカトラのエッチ!」
 「ワハハハハハ! ヘンタイガーだぞー!」
 「アハハハハハハ! なにそれ!」

 六花も笑い、自分にもやれとスカートをめくった。
 
 「六花!」

 響子に怒られて、ちょっと頬を膨らませながら響子のプロテクターを仕舞いに行く。

 「そういえばさ、今朝テレビで「タカさん教」ってやってたんだよ」
 「なにそれ?」
 
 響子と二人でベッドに腰掛けて話した。

 「なんかよく分かんねぇ。俺も出掛けで途中までだったしな。なんか最近さ、若い連中が「タカさん、バンザイ!」って地面にひざまずいてやるんだと」
 「へぇー」

 「あ、それ私知ってます!}
 「ほんとか!」

 六花が、前に桜花たちを渋谷に連れて行った時に見たと言った。
 桜花たちがなかなか出掛けないので、そうやって六花や鷹に頼んで連れ出してもらっていたのだ。

 「渋谷のセンター街で、4人の若い連中が地面にひざまずいて、「タカさん、バンザイ!」ってやってました!」
 「マジか!」
 「桜花さんたちに何なのかと聞かれたんですが、知らなくって」
 「そっかぁー」

 六花もそう出掛ける人間では無い。
 とくに渋谷などは、もうほとんど行かないはずだ。
 以前に住んでいたから街自体は詳しくないわけでもないのだが。
 久し振りに行った渋谷で遭遇したということは、もしかしたら本当に流行しているのかもしれない。

 「あれ、なんなんでしょうね?」
 「知らないけどなぁ。テレビで取り上げるくらいだから、結構な流行なんだろうよ」
 「新興宗教ですかね?」
 「そんな感じかな。まあ、教義とかは無いらしいんだよ。ひたすらアレをやってるのかな」

 俺たちが話していると、響子がタブレットで検索していた。

 「あ、出たよ!」

 俺と六花も覗き込むと、結構な数の動画が挙がっていた。
 多くは他人が撮ったものらしいが、中には自分で撮影してアップしているものもあった。
 その一つを観てみる。
 どこかの公園で、3人の若い男性たちが地面でやってた。

 〈「タカさん、バンザイ!」……俺ら、ちゃんとやってますんで! もう勘弁して下さい!〉

 「なんだこりゃ?」
 「なんでしょうね?」
 「「タカさん」ってタカトラのこと?」
 「まさか! 冗談じゃねぇ!」

 なんなんだ?
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