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空に咲く花 Ⅴ

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 デュールゲリエの先輩たちのお話を伺い、私はようやく行動に移すつもりになった。
 私は、自分がどうしてこれまで躊躇していたのかも理解するようになっていた。
 自分の気持ちが分からないということだけではなかったのだ。
 私は、森本少尉に嫌われることを恐れていたのだ。
 しかし、小春さんも綾さんもディディさんも紅さんも、一切そんなことは考えてもいなかった。
 ひたすらに、唯々自分が相手に尽くそうとすることだけだった。
 ああ、私にもその気持ちはもうある。
 「愛」は、既に私が持っている。
 だったら何も迷うことは無いのだ。

 ある日の訓練の休憩中、森本少尉に話しかけた。
 森本少尉はいつものように、食堂でお一人で食事をされていた。
 川尻軍曹たちの小隊がいる時には、御一緒に食事を召し上がることも多くなった。
 しかし今日は川尻小隊は休日になっていた。

 「森本少尉、お願いがあるのですが」
 「はい、なんでしょうか?」

 森本少尉が顔を上げて私をご覧になった。

 「今度のお休みに、一緒に服を選んで頂きたいのです」
 「え?」
 
 私はユニークタイプの個体として、服を着て行動している。
 訓練中はコンバットスーツだが、それ以外は私服を着るように命じられていた。
 他のデュールゲリエとは違って、私が人間の女性の肉体を持っているためだ。
 私だけは、宿舎に個室も与えられていた。

 「お願い出来ませんか?」
 「いえ、自分など何の役にも立ちませんし。そもそも、デュールゲリエの方とプライベートを過ごすことは軍規で禁じられています」
 「はい、でも私にはその軍規はあてはまりません。私が希望すれば、どなたとでも出掛けられることになっています」
 「そうなのですか!」

 森本少尉は驚かれていたが、私が特別な機体としてそう規定されていることをお話しすると納得された。

 「それは分かりましたが、自分などは……」
 「以前に、演習場の整備をお手伝いいたしましたよね?」
 「はい?」
 「あの時のお礼をして下さい」
 「!」
 「一緒にお出掛けして下さい」
 
 まさか私がお礼を求めるなどと考えもしなかっただろう。
 でも、そう言わなければこの方は絶対に聞き入れてはくれない。

 「分かりました。そうですよね、あの時は大変にお世話になりました」
 「では!」
 「はい、お役に立てるとは思いませんが、せめてお荷物を持ちましょう」
 「ありがとうございます!」

 私が笑顔で喜ぶと、森本少尉は驚かれ、そして微笑まれた。





 数日後の休日に、森本少尉と幻想都市《アヴァロン》へ出掛けた。
 宿舎の前で待ち合わせ、一緒に電動移動車に乗った。
 今日の森本少尉は私に気を遣って下さったか、髪を整えて整髪料で後ろへ流し、スーツを着ていらした。
 宿舎の前で何人かが私たちを見て、驚かれていた。

 「今日はお付き合い下さってありがとうございます」
 「いいえ、自分など何の役にも立ちませんが」
 「一緒に来て下さるだけで嬉しいのです」
 「そうですか、よくは分かりませんが」

 森本少尉は、訓練以外の時間は自主トレーニングに主に費やしている。
 予約で埋まりやすいヴァーチャルリアリティの「ポッド」をよく利用され、また様々な訓練施設を巡っていらっしゃった。
 お食事は自炊されることが多いようだった。
 恐らく、外食では自分が注目されることを考えておられたのだろう。
 森本少尉を嫌う方々はまだ大勢いるからだ。
 これまでの経験で、外で絡まれて問題を起こすことを恐れておられたのだと思う。

 電動移動車の中では、私が主に話し掛けた。
 
 「私の今日の服は如何ですか?」
 「よくお似合いだと思います。素敵なスーツなので、最初は本当に驚いてしまいました」
 「まあ、嬉しい!」
 「いいえ、自分などは何も分かっていませんから。でも、本当にそう思ったのです」
 「!」

 私が嬉しくて微笑むと、森本少尉ははにかんだ表情で窓の外へ視線を向けた。
 訓練以外の話題は森本少尉が恥ずかしそうだったが、訓練の話や技のことについての話題は饒舌に語って下さった。
 やはり真面目な方なのだと思った。
 《アヴァロン》のブティックに入った。
 私がよく利用するお店で、デュールゲリエの私にも丁寧に接客下さるお店だった。
 お店に入ると、すぐに店長のモーガンさんが笑顔で迎えてくれた。

 「あら、《無量》様、今日はお連れの方がいらっしゃるのですね」
 「はい! いつも自分で同じようなものばかり選んでしまいますので。今日はこの方にアドバイスを頂こうと」
 「そうなのですか。失礼しました、店主のバーバラ・モーガンです。今後とも宜しくお願いいたします」
 「森本です、こちらこそ」
  
 森本少尉は当惑されていた。
 女性の服装など、この方には大いに困ったことだろう。
 でも、そういう森本少尉を見て、私は可愛らしいと思った。
 だから服を選んではその度に感想をお聞きした。

 「これなんかどうでしょうか?」
 「はぁ、お似合いかと」
 「そうですか!」

 何度かやっていると、森本少尉がついに音を上げた。

 「《無量》さん、自分などには何も分かりませんので」

 私とバーバラさんが笑うと、森本少尉が真っ赤になってうつむいていた。
 私が青のスーツを選ぶと、森本少尉が立ち上がって支払おうとされた。

 「いいえ、自分で買いますので」
 「今日はお礼がしたくて来ました。どうか自分にプレゼントさせてください」
 「とんでもない! 私こそ無理にお願いしましたのに!」
 「どうせ自分にはお金を使う当てもありません。今日は本当に感謝のお礼を」

 私はプレゼントを受け取ることにした。
 せめてものお返しにと、近くのバルコニーのあるレストランで食事をご馳走した。
 そうさせてもらえる口実になった。
 もちろん私は食事はしない。
 デュールゲリエであることを話すと、お店の方も微笑んでコーヒーだけを出して下さった。

 「ネイムドの方に来店いただけるなんて!」
 「食事が出来なくて申し訳ありません」
 「いいえ! 光栄です!」

 デュールゲリエに抵抗の無い方はここには多いが、反対にユニークタイプである私のような存在は珍しいので歓迎された。
 本当は違うのだが、特別な機体と皆様が思っていらっしゃる。
 遠慮される森本少尉に料理の注文をしていただき、窓辺の気持ちの良い席で食事を始めた。




 森本少尉は「いただきます」と小さな声で言い、私を見てからナイフとフォークを握った。
 これまで見たことの無い森本少尉の所作を私は見詰めていた。
 私がずっと見ているものだから、森本少尉がまた恥ずかしそうなお顔をなさった。
 私は森本少尉を見詰めていた。
 もう目が離せなかった。
 自分の気持ちを改めて確信した。
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